うたかたの惚
金魚は綺麗だ、見惚れてしまう。
ずっとこの時間が続けばいいのに、でもそんなわけにはいかない。
もう時間だ、学校に行かなければならない。
「いってきます」
夕は橋を渡り階段を上がる。
その時、一人の少女とすれ違った。
少女は階段の下から夕を見上げ、こう言った。
「人間じゃない」
夕はわかりやすく戸惑った。
だが、無視して学校へと向かった。
何だったのだろうか?
夕は急ぎ足で学校についた。
しかし、学校の門は閉まっていた。
おかしいと思い、スマホで確認した。
案の定、日曜日だった。
日曜日に学校へ行くから人間じゃない? バカにされた?
今日は仕方なく帰った。
翌日、昨日の少女と出くわした。
驚いたことに、少女は夕と同じ制服を着ていた。
とりあえず今日は、一緒に登校することとなった。
名前は憂というらしい。
同じ中学三年生、最近引っ越してきたのだとか。
憂は異様に薄い、どこか儚いオーラをまとっていて、綺麗だと思ってしまった。
憂とは同じクラスになった、しかも席は隣。
放課後、二人で図書室に訪れた。
憂の白いリボンが風になびく、その光景は幻想的だった。
夕は思わず息をのんだ。
憂が本に手を伸ばす、表紙を指で撫でる、そしてページをめくる。
夕は1つ1つの動作に見惚れてしまっていた。
気になっていたことがあった、「人間じゃない」の意味。
夕は口を開き、言った。
「人間じゃないって言ってたけど、どういう意味だったの?」
「その通りの意味だよ」
憂は微笑んだ。
夕には意味なんてわからなかった。
だが、バカにしてる訳ではないことだけは伝わった。
1か月後、二人は夏祭りに訪れていた。
りんご飴を食べたり、ラムネを飲んだり、楽しんでいた。
「次はこれ」
夕が指をさしたのは金魚すくい。
夕は上手に金魚をすくいあげる。
対象に憂はすぐに網が破れ、なかなかすくえなかった。
あっという間に打ち上げ花火の時間になっていた。
二人は人気のない古い神社に腰かけた。
色鮮やかな花火が打ちあがり、花火の光が憂の宝石のような目に映った。
綺麗な瞬間に夕は自然と目を惹かれた。
憂が振り向き、二人の目がバッチリ合った。
こんなに近い距離、花火に目もくれず、胸の鼓動が早まる。
この時、夕は自分の想いに気づいた。
好きだ。
これは恋だ。
夕はゆっくりと、憂の唇の味を確かめた。
憂が頬を赤らめる、それだけで嬉しかった。
二人は手をつなぎ、花火を見終えた。
夏も過ぎ、二人で海を訪れていた。
きれいなせせらぎの中、少し冷ややかな日差しを浴びる夕日の砂浜。
温かな風が吹き抜け心地よかった。
心地よいのは隣に憂がいるからだろうか。
「春になったら、一緒に桜を見よう」と、憂が言った。
「春って、まだ冬も来てないのに?」
「うん、約束」
憂が優しく微笑んだ。
冬になり、夕の誕生日が過ぎ、クリスマス、お正月、受験も終わった頃。
今日、三月三日は憂の誕生日だ。
「夕、花火しようよ」
「花火? いいよ、やろ」
二人は季節外れの花火を始めた。
「私、夕と出会えてよかったよ」
「私も、憂」
時間も自然のごとく流れ、最後の一本。
最後の線香花火に火をつけた。
「あのね。夕、私消えちゃうんだ」
「消えるって?」
「私、人間じゃないの」
憂の足元から薄くなっていく、もうすぐ消えてしまう。
夕は涙ぐみ、震える足を踏み出し憂を抱きしめた。
「いかないでよ」
「ごめんね、夕」
「もっと憂といたかった」
「私も、もっと夕といたかった」
二人、涙を流す。
「たとえ記憶が消えても、思い出は消えないから」
そう言い残し、憂は消えた。
1か月後、夕は一人で桜を見に来ていた。
なぜだろう、桜を見ると胸が痛む。
ふと、「約束」という言葉が脳裏をよぎった。
そして、自然と涙が零れ落ちていた。
桜を見上げ、思う。
これが今までで一番きれいな桜だ。