私のお姉様(アンジェリカ視点)
遅ればせながらアンジェリカ視点です。
「アンジェリカ、私は貴女にあげてなくてよ。か し て あ げ た の!」
こどもの頃、お姉さまの持ち物を欲しい欲しいと言って、サイズがあっていない帽子を「アンジェの!」と抱え込んだ時だった。お姉さまの眼差しが氷の様になってピシャリと言われたの。本当に怖かったわ。
それでも、大切な事を教えてくださるのは何時だってメアリーお姉さまだった。
◇ ◇ ◇
メアリーお姉さまがアルウッド領に行かれて 三年。
王宮の庭園。薔薇の花壇を前にして私、アンジェリカは王妃様とお茶を楽しんでいた。
「それで、リチャードはまだ口説き落とせないのね?」
「ええ。姉は領地や事業が落ち着くまでは結婚は考えられないと申してまして」
王妃様に気に入られるのは、ずっとお母様の顔色を見て育った私には簡単だった。
今もそう、少しだけ目を潤ませて
「姉はまだ立ち直っていないのでしょう。母と私が酷い事をしましたから」
そういうと王妃様は矛を納められる。まあ、王妃様もわかっていらっしゃるわよね。
レイモンド王子は拗らせたとはいえお姉様を散々に傷つけてきた。
後継者教育が進むに連れて無表情になっていくお姉さまが自分の事を本当に好きなのか不安になっていたそう。それで、私をだしにしてお姉様が悲しんだり癇癪を起こす姿を見て愛情を確認していたのよね。
自分から口説きなさいよ!
この臆病者!
と今の私なら言えるのだけど。
母に煽られたとはいえ、私がレイモンド王子に恋をしたのは今となっては黒歴史だわ。
しっかり者と評判の辺境伯の令嬢と恋仲と噂されるレイモンド王子も同じでしょうけど。お姉さまが身を固めるまでは婚姻はまだまだお預けね。
私も酷かった。私を猫可愛がりしていたお母様は、私が成長して女性の身体になってくると態度を豹変させた。
「これからは私と同じサイズで充分でしょ」
と言って育ちきっていない私にお母様のドレスを着せて。私にお母様と似たような、しかし絶妙に似合わない化粧をさせた。事あるごとに
「私の方が美しいわね」
「アンジェはまだマナーが身についてないのね、恥ずかしいわ。あんまりお馬鹿だからお嫁にだせないわね」
「こんなに物知らずではデビューもできないわ」
とねちねちといたぶるようになって。ついには
「お嫁にいけない貴女はレイモンド王子の愛人になるしかないわよ」
と毎日の様に言うようになったわ。
お父様に訴えようにも、私をお母様と同類と見ているお父様は話を聞こうとすらしなかった。
だから、私はお姉さまに八つ当たりをしたのだ。こどもの頃の様に。
お姉さま、私に気づいて?
どうして私を助けてくれないの?
どうして叱ってくださらないの?
お姉様が後継者教育やお父様の執務の補助やお母様がなさらない公爵夫人の執務に手一杯だった事を私は知ろうともしなかった。
お姉さまに話せば助けてくださっただろうにプライドが邪魔して助けを求めなかった。
レイモンド王子にこれ見よがしにくっついてマウントを取り、プレゼントを奪った。なんて醜かったのだろう。今でも恥ずかしくてならない。
そうして追い詰められたお姉さまが私達に見せた微笑みは今でも忘れられない。
あれは、私達を捨てた笑みだった。
お姉さまが退出した後、私とレイモンド王子は青ざめて震えていたと思う。
それから。私は急遽、公爵家後継になるために詰め込み教育を行う事になった。
できの悪い怠け者の次女
汚物を見るような目で私を見ていた教師達だったが、しばらくすると見る目が変わった。
「基礎はできていらっしゃいますね」
そう、母にお人形扱いされるだけで放っておかれた幼い頃。お姉さまの物を欲しがって気を引こうとした私にお姉さまはご自分の習った教養やマナーを時間を見て教えてくださったのだ。
「アンジェ、私は覚えるのが苦手だから歌にして覚えるのよ。付き合ってくれる?」
一緒に歌った地理や外国語の数々。
それが私の身になっていた。
「お姉さま……」
いてもたってもいられずにお父様に直談判してアルウッド領に押しかけたけど。お姉さまの顔を見たら戻ってこられないのがわかったわ。
久しぶりに容赦なく叱られて泣くほど怖かったけど嬉しかった。
お姉さまが色々と手回してくださったお陰で、私は公爵家後継としてここにいる。私を理解し支えてくれる婚約者もできた。
だから。今度は私の番。
お姉さま、アンジェは社交界の頂点を目指します。お姉さまの夢を叶えるお手伝いをするわ。ずっとね。
お姉さまの領地で開発した香水を社交界で売り込むのが楽しみだわ。未だにメアリーお姉さまを口説き落とせないリチャード様に負けてなるものですか!
ああ、お父様?
こどもができてもお父様とのふれあいは最低限にするつもりよ。
公爵家を傾ける結婚をして、立派な後継のお姉さまを逃がしたお父様。
私達のこどもにぼんくらが染ってはいけませんもの。せいぜい、これ迄の償いに馬車馬の様に働いて頂くわ。
お読み頂きありがとうございます。