妹よ、少しお話をしましょうか
妹と誠心誠意お話します。(毒舌が苦手な方は適宜飛ばしてください)
改めて私達がお茶が用意されている席に座るなり、アンジェリカは私の扇子に目を留めたわ。やはり目敏いわね。
「あら、素敵な扇子。おねえさま……」
すかさずアンジェリカが伸ばした手を扇子で叩いた。
「痛っ」
手を押さえる妹をじっと見据える。
そろそろ、骨身にしみても良い頃よね?
「アンジェリカ?」
「ひっ」
あら、もう怯えているわね。
「アンジェリカ、私はね。貴方は誰よりも美しくて賢くて、我が家の家名に相応しく天辺を取れる子だと思っているのよ」
私は頭を少し傾け扇子で顔半分を隠す。ここはしっかりと言い聞かせないと。
「そんな子が。まさか人様の物を欲しがるなんて下賤なことはしないわよねえ?」
「ええ、ええ。おねえさま」
アンジェリカがガクガクと頷いているわ。表情にですぎだわ。要教育ね。これからこの子が公爵家を背負うのだから。
「日々の暮らしに事欠く貧民ならともかく。王家に次いで恵まれている誇り高くあるべき公爵令嬢が施しこそすれ、人様の物を奪おうなんて物乞いや盗人の様な品性下劣な所業はしないわよね?」
扇子で扇ぐと白檀の香りがふわっと広がっていく。やっぱりいいわね〜、白檀は。始めはウッディな香りがして。清涼感がありながら仄かに甘い香りがするの。気持ちが落ち着くわ。でも大事な事は言わないとね。
「誰よりも恵まれている立場で人様の物を欲しがり奪おうなんてする者はね……」
一呼吸おき。瞬きせずにアンジェリカの目を覗き込む。
「いくらうわべが美しくても人間のゴミよ!クズよ!人間失格よ!一辺死んでハエやゴキブリかダンゴムシに生まれ変わればよい!………とお姉様は思うの」
「はいぃ……。お姉さま」
私は扇子を閉じた。目が据わったままびくびくする妹を見る。
「私の可愛いアンジェリカはそんな悍ましいことはしないわよね?」
ニッコリと笑ってみせたのだけど、妹は身体を小刻みに震わせているわ。どうしたのかしら?
「はいぃ……。お姉さま。私、アンジェリカはその様な品性下劣な事は未来永劫、決して行わないと神かけて誓いますぅ。こ、これまでのお姉さまへの所業、深くお詫びいたしますぅ。だからお姉さま、アンジェを見捨てないでぇ。ごめんなさい~」
あら、アンジェリカが涙を流しているわ。ハンカチを出して涙を拭ってあげる。
「よくってよ、アンジェリカ。繰り返さないのなら私は許すわ。実はね、この扇子はまだ試作品なの」
そして私は説明した。扇子の骨に白檀を使い、扇子に張った薄い布地は男爵領に自生する植物を使っている事を。
「アンジェリカ、どう思う?」
「とても素敵です。これに色糸でお花の刺繍をいれたりレースをつけたら可愛いと思うわ、お姉さま」
食いついてきたわね。それなら。
「今から言う事をクリアして欲しいの。そしてお願いしたい事があるのよ、次期公爵様」
私は微笑んだ。
◇
アンジェリカが叫んだ。
「そんな無理です!今でも一杯一杯なのに!」
ま、そう言うでしょうね。アンジェリカはまだ15歳、デビューもしてないこの子に三ヶ月で国王陛下や王妃様に謁見できるだけの礼儀作法に話法に教養になんてね。
「レイモンド王子が辺境に行ってしまって、我が家は確実に王妃様に恨まれているわ。貴女が一日も早く後継者にふさわしい立ち居振る舞いを身に着けなければ、あっという間につけ込まれるわ。最悪、公爵家が潰れるわよ?」
王妃様は根に持つお方よ。そうなるとと困るのよ、私が。
「いい?公爵令嬢の予算は年に800枚。あなたはお母様に唆されたとは言え、軽率な行動で2歳から私にかけられた15年分、12000枚以上の金貨をゴミにしたの。庶民が汗水流して稼ぐのが年に金貨一枚だから12000年分ね」
そう言うとアンジェリカは遠い目になった。
「あなたは公爵家を支えて行かなければならないの。出来ないじゃない、やるのよ!」
「そ、そんな。お姉様の様に何年も教育を受けていない私が。荷が重すぎますぅ。お姉様が戻ってきてくだされば……」
甘いわね。砂糖菓子の様に頭の中身が甘すぎるわ。
「アンジェ。私は公爵家を出た身よ。これは唯一の公爵令嬢である貴女にしかできない事なの。
このままだと、貴女もお母様と同じやらかし令嬢と見られるわ。
私は、貴女なら出来ると信じてるのよ?
今でさえ、厚化粧して金だけかけた衣装を着て高価な香水を溺れるほどに所構わず考え無しにふりかけて顰蹙買っていた頭空っぽお母様より、あなたの方がずっと若くて美しいわ。
ええ。何十年後にはお母様そっくりになって。若い頃は顔だけはよかった性悪女、姉から婚約者奪おうとして破談にさせた挙句に男に逃げられた女と言われるかもしれませんけどね?
このまま礼儀も貴族としての勉強も放棄すれば簡単になれるわよ。ついでに母親は盗癖はなかっただけまだましだったと言われるかもね?あなた、それで良いの?」
あら?言い過ぎたかしら?
妹が心折れたように泣き出したわ。このままじゃ困るのよ、主に私が。アンジェの両肩を持って揺さぶるわ。
「しっかりして!貴方もお母様に公爵令嬢として与えられるはずの物を奪われてきたの。だからこそお父様も貴女の為にお怒りになられたの。私も怒っているわ。これはあの女を見返す機会なのよ!正念場よ!」
つい、きつく言ってしまったけど忘れてはいけない。アンジェリカも被害者なのよ。
「お姉様…」
「貴女は一人じゃない。もちろん私も手伝うわよ。家の者達もよ。」
そうよね、とクレイグやアンジェリカ付の侍女達に目を向けると皆、頷いたわ。
「まずは優先順位を決めましょう。クレイグ、アンジェリカのカリキュラムを教えてちょうだい?」
お父様の事だから詰め込んでいるに違いない。
―――検討の結果。
「今はお茶会に出席できるだけの礼法と話法の強化が必要ね。私からお父様に手紙を書くわ。クレイグからも話をしてちょうだい」
「かしこまりました。」
アンジェリカに目を向けて。
「アンジェリカ、良い事を教えてあげる。王子しかいらっしゃらない王妃様は可愛くて美しい物、特に女の子が大好きなの。しっかり作法を身につければ貴女なら気に入られるわ」
無表情な私は気に入られなかったけどね。アンジェリカの顔がまた涙でぐじゃぐじゃになった。情緒不安定だわ。よっぽど追いつめられていたのかしら。
「お姉様ぁ、ごめんなさい!私、いつもお姉様を羨んでばかりで何もしなかった。欲しがってばかりで何も言わなかった。弁えずに婚約者に手を出そうとした。それなのに、それなのに〜。うわあぁ〜」
「私こそ、言い過ぎてしまってごめんなさい。貴女は頑張っているわ。お姉様もクレイグ達も助けるから一緒に切り抜けていきましょうね。」
あ〜あ、これは泣き止むのに時間はかかるわね。マーサにタオルを持ってきて貰いアンジェリカに渡してもらうわ。抱きつく妹の背中をとんとんと叩いた。小さな頃に泣きやませた時のように。
◇
結局、アンジェリカは泣いて泣いてお化粧もぐちゃぐちゃになってしまったので妹付の侍女に客間でお化粧直しと着替えをお願いした。
さて。こうしちゃいられない。1秒でも時間は惜しいわ。
「ルビー、私は手紙を書くわ。ついでに用意をお願い」
「かしこまりました。メアリー様」
さすが都から着いてきたルビー。何種類ものレターセットを持ってきてくれたわ。
お父様へアンジェリカの教育方針の一時変更のお願いと、お世話になった先生方へ指導を依頼するお手紙を一気に書き上げる。
後継者教育は厳しかったけど無駄にはならなかったわね。
毒舌、大丈夫でしたでしょうか。次話に続きます。