領民もチートだった
さて。
香木を見つけて商品を作っても。
現物を見て貰って香りを体験して貰わないと、その良さをわかって貰えないわ。
男爵領を拝領したばかりの私はまだ王都に行けない。そうでなくとも遠いのよ。王都までは、海岸側を迂回して一週間以上かかるの。かと言って、託せる人が見つからないのよね。
王子と婚約解消して公爵家を出た私って腫れ物扱いだし。
あ〜あ、拙速が過ぎたわね。終わった事を気にしても仕方ないけど。
商人に頼むのもね。正直迷うわ。
織物はまだ良いかもしれない。
香木はね。白檀は成長するのに15年から30年と時間がかかるわ。香るのは芯木だけだし。沈香にいたっては栽培がほぼできない。資源に限りがあるから薄利多売とはいかないのよ。
砂漠の国や東の国ならいざ知らず、我が国では白檀も沈香も認知されていない。下手に商人に頼って足元を見られて買い叩かれる訳にはいかない。
前世の私が叫ぶのよ、不当な中抜き絶対ダメって。
どうも前世では中抜きなる悪習が横行していたようで。前世の私はそれにショックを受けていたみたい。
職場に来ていた優秀な技術者な同僚がハケン?と言うギルドに中抜きされて1ヶ月に暮らすぎりぎりの報酬しか貰えていなかったらしいの。せっかく労力とお金をかけて技術を身につけたのに結婚すらできない生活。
どうも、前世の私は自分の働き口である商会が同僚を派遣しているギルドに相当お金を払ってたのを知っていたみたいなのよね?
庶民が一年で暮らす収入ってこちらでは金貨一枚。銀貨では24枚、銅貨は2400枚に当たるわ。だいたい月に銅貨200枚ね。同僚は150枚位しか貰えてなくて。商会はギルドに月に銅貨1000枚、銀貨だと10枚払っていたらしいのによ?中間搾取にもほどがあるわね。
頑張っている領民にそんな生活させてはいけないと思うの。
できれば、貴族と直接取引できるパイプが欲しいわね。
―――やはり、せっかくの伝を切った己の短慮が悔やまれるわ。仕方がない。私が王都に出る機会が来るまでやれる事はやりましょうか。
◇ ◇ ◇
数週間後、サミュエル達と領民達とで白檀とラミー織を使った扇子製造の為に白檀の木の伐採基準(芯木ができないと意味ないしね)に調達管理、保管場所、盗難対策の取り決め諸々をまとめて男爵邸へ帰還した。
とりあえず扇子50本位と香料の研究分は確保できる様に手配したわ。
着替えて一息ついていた時にマーサから声をかけられたの。
「メアリー様、少しお時間を頂けますか?私の知り合いが面会を希望してまして」
有能侍女マーサの知り合いなら間違いないでしょう。
「いいわよ、通してちょうだい」
書斎に入ってきたのは十代後半から二十代半ば位の若い女性達だった。
マーサが言うには。お母様から薔薇の香水を作れと言われたけど蒸留器も無く十分な木炭も薪も無くて。なんとかそれらしき物ができないかと領地の皆で試行錯誤していたみたい。
オリーブに似た木の実で作った油(比較的暖かい気候な我が国では入手しやすいわ)にラベンダーやオレンジの皮を浸してベースオイルを作りそれに蜜蝋を混ぜて練り香を作ったというじゃない!
「元々、私達は乾かしたオレンジの皮を使ってハンドクリーム代わりに作っていたんです」
と実家がオレンジを作っているケイティが話してくれたわ。
「領地に出入りしている商人にも見せたのですが、香水と比べると香りが弱いし香りが続かないと言って相手にして貰えなくて」
ケイティとアンナはマーサの親戚で。なんとかして蒸留無しで商品を作ろうとする私の姿に見るにみかねてマーサが相談したらしいの。
素朴な素焼きの陶器に入っていたのはラベンダー、オレンジ、そしてジャスミンの練り香。
蓋を取っただけで広がる優しい香り。そっと手に取って伸ばすと練り香は柔らかく伸びて香り高いラベンダーの香りが広がった。
オレンジは爽やかで、ジャスミンはそれだけで華やかな甘い香り。
日々の仕事の中、時間も十分で無かったろうに。
「ケイティ、アンナ!あなた達素晴らしいわ。これは貴族の若い女性達が欲しがるわ!」
私は感激のあまり身を乗り出して二人に話かけたわ。聞いて見ると香りは二〜三時間しか続かないそうだけど。お茶会なら十分ではないかしら?
「私だけでなく香水が苦手な令嬢は意外に多いの。お茶会で邪魔にならない香りを着けていきたい方はきっと沢山いるわ!」
薔薇の香水を山のように振りかけるお母様とのお茶会は苦痛だった。
夜会では酒と香水の匂いが混ざり合って耐えられずに避難していたわ。同じ様に避難している令嬢もいたから私だけではないはず。
「恐れ多い事です。男爵様」
「メアリーで良いわよ」
そう言うと二人の表情がほぐれたわ。
「ありがたいことです。メアリー様」
「本日、持ってきて貰った練り香は私が買い取りましょう」
マーサに言付けして執事のホプキンスを呼んで貰う。ホプキンスは銀貨一袋をそれぞれ二人に渡したわ。
「こんなに。よろしいのですか?」
「ええ、私からお願いしたい事があるのよ」
戻ってきたマーサに声をかける。
「マーサ、白檀と沈香の粉を少しだして貰えるかしら?」
マーサが瓶から2つの乳鉢に白檀と沈香を一匙ずつ入れて二人に香りを体験してもらう。
「これでベースオイルを作ってくれるかしら。白檀と沈香を混ぜてもよいし。白檀とオレンジ、シナモンも相性が良いかもしれないわね。新しい練り香を作ってほしいの。油の質が悪いと香りを消してしまうから、良い油で作ってみて」
二人は目を輝かせたわ。
「二つともアルウッド領の特産よ。うまくいけば上位貴族に売り込めるかもしれない」
「はい!必ずや新しい練り香を作ってみせます」
前世の私が何か言ってるわね。
「ああ、白檀とオレンジは虫除けにもなるらしいって昔読んだ書物にあったわね。ジャスミンも合いそうだけど」
アンナが頷く。
「確かに合いそうですが、ジャスミンは少しずつが良いかもしれませんね」
おお、直ぐに分かってくれた。アンナは調香の才能があるのかもしれないわ。領民もチートが多いのね。
そこへ、ケイティがおずおずと話しだした。
「メアリー様。メアリー様がラミー織を作る事をお許しになったと聞きました。皆、感謝しているんです。」
「ラミー織は女衆の手仕事で、大事な収入源だっんです。ありがとうございます。」
「それに」
とアンナが続く。
「私達の暮らしを考えて薪を使わない香を作ろうとされているとマーサから聞きまして。私達、メアリー様の力になりたいんです」
「……」
思わず涙がでた。
橫でマーサが
「皆、メアリー様の頑張りをみているのですよ」と呟くものだから。
「あ、ありがとう~。マーサもケイティもアンナも~ッ」
とうとう、声をだして泣いてしまったわ。
泣きながら、私は決めた。
恥を忍んで、お父様に手紙を書こう。お父様にお会いしたら香料ビジネスへの投資のご協力を願おうと。この際、プライドとかどうでもいい。
こうなったら頭でも何でも下げるわ。死なないなら何でもできるでしょう!
「オレンジもジャスミンも乾かすのに時間がかかるでしょうに。二人とも無理していない?」
「ケイティは風魔法が少し使えるので乾燥に時間かからないんですよ」
『はあっ?』
「ケイティはオレンジの収穫やラミーの刈取りでも風魔法使うから、皆助かってるわ〜」
「何言ってんですか〜。マーサさんも身体強化魔法使えるじゃないですか〜」
「どうして二人とも王都に行かないの?」
「都じゃ火魔法や土、水魔法しか重視されませんからね〜」
「これぐらい皆、使えますよ〜」
本当に領民がチートだった件。