双子の入れ替わり
思い立った設定で書き始めました。
ご容赦を。
心底どうでもいい。
そう思いながら。
でもそんなこと顔には出さずに。
「スミレ様は本当にお美しい」
「絹のようなお御髪」
「宝石のような瞳ですね。吸い込まれます」
容姿を褒める言葉ばかり。
「ふふふ。そういっていただけて、嬉しいですわ」
と笑い返すだけ。
だって私は知っている。
その言葉の裏は。
「見目に問題があるわけではないのに。あなたと比べればそうでもない令嬢に婚約者を取られたのね」
「きっとあなたがそんな風に考えているなど誰も思わないのでしょうね」
私の本心を知る人。
もう一人の私。
「見た目をほめられたってなんとも思わないわ。それが良い物かどうかなんて人それぞれじゃない。どうして同性じゃないの?」
「それは神のみぞ知るだよ」
「あーあ。ほんと嫌だわ」
目の前にいるその人は私の双子の弟。
「こんなにもそっくりなのに。どうして誰もあなたのことを同じように褒めないの?」
「男と女では違うということだよ。筋骨隆々の男がよしとされているんだから。僕は君と同じで細くて華奢だからね」
「そんなこといっても、鍛えているじゃない」
「それは君もだろ?」
「あーあ。お父様はどうして私にも剣術を教えられたのかしら。他の令嬢どうようにしてくださればよかったのに」
「無理な話だよ」
ふふっと笑う弟は、姉である私がみても見惚れるほどきれい。
「近衛隊隊長の家に生まれたんだ。性別は問わず、身を守る術として教えるのは当然だよ」
ぷくっと頬を膨らませる。
わかっている。
お父様の愛だと。
「どうせならフリージアに勝てるようになりたいけれど、それはダメって言われるし。お母様からはそろそろ剣を持つのをやめなさいって」
「お母様の愛だよ」
「わかっているわ」
言われなくなってわかっている。
お母様もお父様も私たちを愛している。
だからこそ。
身を守る術も令嬢としての礼儀作法も。どちらも私の未来のため。
「王妃になるんだ。必要なことだよ」
……。
「私王妃になんてなりたくないんだけれど」
フリージアだから言えること。
代々男子は近衛隊に所属し、多くの近衛隊隊長を輩出してきたこの家は王家の覚えもよく、第一王子の婚約者、未来の王の妻に私はなった。
私は望んでいなかったけれど、どうしてもと陛下がお父様に頼んできたとのこと。
家柄としても問題はなく。
王妃として自身の身を守ることができる程度には武芸にも通じており、勉学もそれなりにできる。見た目も周りがほめたたえてくるぐらいには整っている。
はあ。
「そんなことをいうものではないですよ。僕はお父様につづき、近衛隊隊長となり、スミレたちを守りますから」
「フリージアに守ってもらうのはいや。私がフリージアを守るの。王妃として政にかかわるよりも、近衛隊に入って、王家を守る方がよっぽど私にはいいわ。というかそっちのほうが興味があるもの」
「……本当に興味があることにだけ、君のその眼は向くんだね」
仕方ないじゃない。
勉強がそれなりなのはそういうこと。
最低限しかしてない。興味ないから。
「令嬢としてどうかと思うよ。それに王妃としても」
「そもそも私」
「それ以上はいくら僕相手でもダメだよ」
う……。
にっこりと笑っているけれど、目は笑っていない。
……同じ顔をしているけれど、まったく違う顔になる。
フリージアは怒ると本当に怖い。
「……ごめんなさい」
「ふふふっ。いいよ。僕だから言えることがあるのはとても嬉しいけれど」
ぎゅっと抱きついた。
「でも王子は私のこと興味ないと思うんだよね。それでも王妃にならないとダメかな」
私の気がかりである。
私だって王子に興味はない。
心底どうでもいいと思っている。
私の事をほめてくる者たちも、私が婚約者だから。
私に媚をうって、つながりを作ることで自分を引き立ててもらえるのではないかと。
それに私は、令嬢同士の付き合いもどうでもいいと思っている。
確かに家のつながりを考えれば。立場を考えれば、どの家がどうなのか。知っておくべきなのはわかるけれど。
それがどうした。
と思ってしまうの。
「王子もお忙しいんだよ。……あまり勉強が得意ではないようだから。必死なんだと思うよ」
ちょうど先日。
勉強のために少し距離を置きたいと言われたのをフリージアに伝えている。
確かに王子は私より勉強ができない。
今後のために勉強に集中したいのは、とてもいいことだと思うし、私もそれを認めたけれど。
「……他の令嬢とばかり勉強しているのに?」
「……どういうこと?」
あ……。
フリージアの耳には入ってなかったのか。
これは言ってはならないことを言ってしまった。
言ってはいけない人に。
「あー。忘れて? 何でもない」
「スミレ? どういうことですか?」
……。
……つかまれた。
痛いかもしれない。
自分で言っていたように、華奢だけれど。しっかりと鍛えられているし。現役最強と言われている近衛隊隊長のお父様と唯一対等に渡り合えるフリージア。
……こわいわ。
「フリージア。怖い」
「僕が怖くなるのはいつだって君に関することだけだよ。スミレ」
……にっこり笑ったら、にっこり笑いかえされた。
これはちゃんと話さないと終わらない。
「話すわ。だから放して」
もう一人の私だからつい心が揺れてしまった。
これは私の落ち度。
言うべきではなかったと理解したけれど。
ここで適当なことを言ってもフリージアを納得させることはできただろうけれど。
……。
「あのね」
もう一人の私に嘘をつきたくなかった。
一定の年齢になると、貴族の子どもはそろって同じ学園に通う。
そこで、王子の婚約者として私は、周りに視られていることを意識して振る舞ってきた。
「スミレ様。私もご一緒しても?」
一人でお茶をしてると声をかけられた。
……確か学年は下のご令嬢だ。
「ええ。もちろん」
にっこりと笑いかえす。
「今日はフリージア様はご一緒ではないのですか?」
……フリージア狙いか。
「ええ。剣の稽古かしら? 今日は別よ」
「かなりの腕前と聞いています」
「ええ。父に負けまいと励んでいます」
……スッと目を細める。
確か、この方には婚約者はまだおられない。
目立つ方は覚えている。その中に当てはまらないから大きな問題はない令嬢。
「お一人でおられる時間も多いようですが」
……視線の先に王子がいる。
隣には、ある家の令嬢。
とても仲睦まじく話をしている。
机に広げられた教科書。
勉強をされているのは確かだろうけれど。
……手が動いていない。
……勉強なら別に彼女から教わる必要はないと思う。
彼女よりも婚約者であるスミレの方が賢いのだから。
「よくお二人でおられますよね」
……声色が変わった。
どうやらこの令嬢の印象を改めるべきだと思った。
蔑みにきたのだ。
婚約者にほっとかれ。双子の片割れとばかりいる。
確かに一緒にいる時間は増えたけれど、双子であれば、兄弟であればなんの問題もないことであり、至極当然のことで。何の違和感もないのだけれど。
……弟に構ってもらっているというように見えるのだろうか。
「ふふふ。お勉強されているよう。勉学に励まれるのはいいこと」
こちらを見る目が冷めている。
「スミレ様がいいのであれば」
そういって失礼しますと席を立った。
……終始笑顔を張り付けていたけれど。
全く。
何がしたかったのか。
確かに。
心底どうでもいいことだと思った。
「君との婚約を破棄し、俺はこちらの令嬢。マリーを婚約者とする」
……勉学に励みたいからと距離をと言われた日から、数か月後。
王子主催のお茶会でそう宣言された。
王子からの招待に婚約者として恥ずかしくないようにといろいろと整えてきたけれど。
……声高らかに宣言された。
「聞いているのか。スミレ」
……なれなれしく呼び捨てにしないでほしい。
「今日だって君は弟のフリージアを連れて。いつだって二人で君たちはいる。俺と話している時だって近くに控えていただろう。こちらを監視するかのように」
「弟が控えたのは護衛のためです」
「学園だぞ。それにスミレだっていた。フリージアには劣るが、それなりの剣の腕前と聞いている。俺を守るぐらいのことはできるだろう。マリーと違って。剣を持つのにためらいがないのだから」
そういって愛おしそうに髪をなで、微笑み合っている。
……吐き気がする。
「確かに剣の指南は受けていますが、それでも。安全を考慮すればこそにございます」
「そうやって、監視して。俺の行動に制限をかけて。何様のつもりだ。俺はお前のように、剣をふるうことにためらいどころか、それを嬉々とするお前が野蛮でしょうがなかった。その見た目も。双子とはいえ、フリージアと同じ。いつか、フリージアが近衛隊に入れば、同じ顔が二つも側にあることにある。見ていて……。はあ。それにお前は俺に興味がないだろ。俺が何をしようとお前はただ、王子としての品を問うばかり。王子としての俺しか見てない。だが。マリーは違う。俺を俺として見てくれる。俺を想ってくれている」
うっとりとした顔でお互いを見合っている。
……周りが引いていることに気がつかないのだろうか。
空気が悪いのだけれど。
「マリーに君が手を出さなかったことは誉めてやろう。婚約者という立場を使って、嫌がらせなどしていたのなら、君を追放することも考えていたのだが」
……何を言っているのだろうか。
「未来の王妃に対して無礼を働いたことになるのだぞ。それ相応の罰があるのは当たり前だろう。そんなこともわからないのか」
馬鹿にしたように鼻で笑ったが。
それこそ何を言っているのかわからない。
「野蛮なお前のことだ。暴力をふるうのではないかと思ったが」
……。
……いい加減黙ってほしいのだけれど。
そっと背中に手を当てられた。
……ああ。温かい。
「王子」
にっこりと笑った。
「申し訳ありませんが。誰に何をいっているのでしょうか」
きれいに笑う。
「は? 目の前にいるお前に言っている」
頭がおかしいのかと隣の女も見ている。
「目の前のお前……とは?」
「だから、スミレだ。スミレ・グラジオラス。お前だ」
そういって指さしてきた。
……その先にいるのは。
「僕ですか?」
声色が代わって。
「……は?」
怪訝な顔になった。
「今指さされたのは僕ですね。スミレ・グラジオラスと呼んだ僕ですか?」
周りがざわつき始めた。
「何を言っている……。お前っどうしたんだ」
「どうもしませんよ。ああーあ。そうですか。まさか。婚約破棄をしようとしているというのに。その相手もわかっていないとは。勉学に励むという話はなんだったのか」
あきれた声でやれやれと髪を結ぶ。
後ろに控えていたスミレの髪を解いて、髪飾りをつけた。
「ありがとう。フリージア」
「やっぱりスミレの方がよく似合う」
僕のかわいい姉。
最愛の人。
「えええっ。何なんだ。何が起きているんだっ」
「わかっておられない王子に説明させていただくと」
ここ数日、僕たちは入れ替わっていた。
それに気づくものはいなかった。
それぞれがそれぞれの友人たちと話をしていたというのに。
先生でさえも気づいていなかった。
……視界のすみに、声をかけてきた令嬢をとらえたけれど、青ざめている。
「さあ。座って」
椅子を引くと優雅に席につく。
「僕が提案したんです。王子が婚約者であるスミレをないがしろにし、そちらの令嬢と仲睦まじくしていると聞きまして。どういうことが確かめるために、入れ替わっていたんです。スミレであれば王子の近くにいても問題ないと思いまして」
にっこりと笑う。
「常に近くに控えていたのが嫌だったということですが。これは王子のご両親。陛下と王妃様よりご依頼があったこと。近衛隊隊長である父経由で、僕個人に来たんです。二人でいるときは二人を守るためにいてほしいと。スミレが側にいれば、他の方は近くにいないだろうからと。未来の王と王妃を守ってほしいと。二人が婚姻後も僕が一番近くで護衛につくというお話でした」
陛下からも信用を得ていた。
「スミレが婚約者に選ばれた理由をご存じでしたか? 他国で王家の暗殺があったという話を知っていますか? まだ我々が小さかったころのことですが、王子の身を案じて。近衛隊隊長である父に頼んだそうです。それを父も母も受けた。近衛隊にいつか所属する息子と、王妃として王を守る娘。一家で王家を守ると決めたのです。その覚悟を持ったスミレのことを」
ゆっくりと近づく。
「弟のフリージアと間違えただけでなく。婚約破棄とは。なんですか? 未来の王妃? 婚約破棄も正式に済んでいないのに。この状態で誰が未来の王妃なのでしょうか? そちらの令嬢ですか? それとも僕の姉のスミレですか?」
僕が問いかけた相手は、護衛で来ていたお父様。
「……私の娘のスミレだ」
低くお腹に響く声。
王子主催のお茶会だ。護衛に近衛隊が来るのは当たり前だが、近衛隊隊長自らきているとは思っていなかったのか、ガタガタと王子が震えている。
他の参加者も気づいていなかったようだった。
……まあ僕がわからないようにしてほしいとお願いしたのだけれど。近衛隊隊長が来ているとなればこんな行動を起こさないだろうから。
この女が参加することを知り、婚約破棄について行動を起こすならここかなと踏んでいた。思うようになったのはとても嬉しい。
入れ替わったのは王子の動向をこの眼で確認するため。
「この出来事は陛下方にご報告させていただきます。……スミレ。フリージア。帰るぞ」
「はいお父様」
「承知いたしました」
スッと皆様に一礼して。
最悪の空気にしてお茶会を後にした。
後日、陛下からお呼びがかかり、一家総出で拝謁した。
「……大変愚息が迷惑をかけた。申し訳ない」
頭を下げる陛下にわからないという顔をしている王子。
あの時青ざめていたけれど、事の大きさを理解していなかったのだろうか。
「なぜ謝るのですか? スミレは俺のことをなんとも思ってなかったはずです。愛もない結婚。ただの政略結婚に意味があるのですか。王妃としてならば、マリーも務めることができます」
……。
「黙っていなさい」
「どうしてっ」
「何もわかっていないのだな。……スミレ嬢に非はあったのか?」
「小言ばかり。俺を俺ではなく王子としてしか見てなかった。それこそ、王妃の座にしか興味がなく、権力を欲しているとしか思えない」
あきれてものも言えない陛下に畳みかける。
「その点マリーは俺を想ってくれている。一緒に頑張ろうと言ってくれた。マリーとなら王としてやっていける。手を取り合っていけると」
「黙りなさい」
冷たい声。
「なぜ。スミレ嬢との婚約がされたかわかるか。お前の身を守るためだ。聞いていると思うが、他国で王族の暗殺が多発した時期があった。お前しか子どもがいない我々にとって、愛する息子を守るために、グラジオラス家に娘をほしいといったのだ。息子にも、同じように守ってほしいと。子を想う親として。危険なところに進んで差し出すものがいるか? 王妃として政にも携わってもらう。王と同様に危険な眼に合う可能性だってある。子どもを二人とも危険な眼に合わせるかもしれないのだぞ。どんな想いか……。スミレ嬢は、そんなお前のために王妃のための勉強もし、剣術も学び、お前がちゃんと王となれるよう見ていてくれたのだぞ。それを小言? 王子としてしか見てない? 当たり前だ。お前は王子なんだ。この国の。私の子だ。王の子だ。未来の王となる立場だ。スミレ嬢は正しい」
そういって視線をお父様に向けた。
「大変申し訳ない。……婚約についてだが。こうなっては申し訳ないが、破棄させていただきたい。有責はこちらだ。これには、王を譲らないこととする」
捨てられた。
「どうして? ちゃんと王として!」
「お前が王となってどうする。婚約者の顔もわからず。婚約者が誰かもわからず。お前主催の会であんなことをしでかして。だれがお前についていく? 近衛隊隊長を敵に回して、その上で守ってもらおうなどどうして考えられる」
「近衛隊なのですから、王家を守るのは当たり前でしょう?」
「確かに近衛隊は王家を守るためにこの剣を奮います。けれど俺も父親です。娘を傷つけた方を守れるかどうか。……そんな父親を、夫を。家族が認めると? そんな人物を近衛隊隊員たちがついてくると?」
スミレの肩に腕を回す。
「俺は近衛隊隊長である前に父親だ。娘を優先させていただく。……陛下。大変申し訳ないのですが。隊長の任を降りさせていただきます。後任は後日決めさせていただきます」
「……致し方ないか」
「僕も近衛隊に入るのをやめようと思います。別の道を探します」
「……致し方ない」
二人の戦力を失う近衛隊の今後は厳しいだろうな。
と他人事のように思いながら。
終始わめいていたが、無視されこちらだけで話が進んでいった。
結論として。
「スミレ。話してくれてありがとう」
「……フリージアが怒ると怖いことをみんな知っていたから耳に入れなかったのね」
今ならわかる気がする。
確かにフリージアといるときは見え透いた賞賛はなかった。
「王子に興味がなかった言えばウソなんだけれど、そこまで興味があったわけではないわ。王子の言うように王子としてしか見てなった。それが正しいと思っていたから」
「スミレの判断は正しいよ」
「フリージアは私のことを基本的には褒めてくれるよね」
「当たり前でしょう。スミレは僕の最愛なんだから。そのスミレのこれまでを無駄にしたんだ。重罪だよ」
あれから陛下の宣言通り。王子は僻地の貴族へ養子縁組をし、令嬢は王子を捨て、次なる存在を探しているが、一件により見つかっていない様子。唯一の跡継ぎだったため、王家の血筋を探し当てて、その中で優秀な人材を呼び寄せて。
「国としては成り立ちそうだね」
ふふふっと笑っている。
相変らずきれい。
「スミレ」
「なあに?」
「君が良いと思う人と結婚して、家族を作ってね。それが僕の願うこと」
……。
「フリージアはよかったの? 近衛隊」
「いったでしょう。スミレたちを守ると。スミレがいないのなら意味がないよ」
さらっと言われてしまった。
「スミレが興味の持つことに進んでね」
最強がいなくなったけれど、それに鍛えられた近衛隊ならきっとうまく回るでしょう。
陛下たちは息子をなくしたけれど、最強たちが謀反しなくてよかったねという気持ちでいます。