官女見習いエバ
カーテンを開けられ、太陽の光がまぶたを刺激する。
「ライラ、眩しいよ」
リュールは、太陽の光から背けるように寝返りをうった。
「す、すみません……殿下」
ライラの声ではない若い女性の声に、リュールは目をパチリと開けた。だんだんと覚醒してくると飛び起きる。声がした方を見ると、エバがいた。
「エバ!」
エバが申し訳なさそうにこちらを見ていた。
(マズイぞ......!)
今の自分は寝ぐせがついている.......。リュールの髪質は柔らかい。だから、眠ると毎朝、確実に寝ぐせがついてしまうのだ。
しかも、寒がりなリュールは眠る時はふんわりと起毛したフランネルのパジャマを愛用している。よりによって今日、着ているのはほっこりするチェック柄......。リュールのカッコイイと思う姿からはかけ離れていた。
「何で! 何でここにエバがいる!?」
「殿下、私にエバの面倒を見るように言ったのをお忘れですか?」
掛け布団を直しながらライラが言う。
(.......そうだった。エバを官女見習いとして指導するように言ったのだった…)
「エバが起こしにくるなら前もって言ってくれ!」
「殿下に事前に、そのようなことは言われておりませんでしたので」
「そうだが……!」
よりによってこんな無防備な姿を見られるとはと、リュールは恥ずかしくなる。
(王子の威厳も何もあったもんじゃない)
エバが来るなら早めに目覚めていたかったし、シルクのパジャマで優雅に見せたかった。どちらかと言うと、リュールの顔立ちは童顔であったから余裕のある大人っぽさを見せたかったのだ。
どうにか表面上は焦りを顔に出さないように振る舞うが、想像しないことが起きてなかなか難しい。
未来の王になるべく育てられてきたリュールは人前で感情を表に出さないように教育されている。簡単に表情に出せば、何を考えているか簡単に読み取られてしまうからだ。
(とはいえ自室だし寝起きだし、完全に油断していたぞ.....!)
「殿下、何をブツブツ言われているのです。私達は殿下の生活をお支えするのが仕事。お恥ずかしい姿であろうと、私達はただ仕事をするだけですよ」
ふふふ、とライラが笑いながら言う。自分の中の考えを見透かされたようで決まりが悪い。ライラはよくリュールの気持ちを読んだ。
リュールは深呼吸すると、何事もなかったように平静を装うことにした。
「えーと、エバ、おはよう」
「おはようございます」
「エバ…と、勝手に名前を呼んだが問題ないか?」
「もちろんです」
「そうか。 エバ、無理のない程度でやってくれ」
「はい。ライラ様は分かりやすくお仕事を教えて下さいます。とてもありがたいです」
「それは良かった」
リュールがベッドから出ると、ベッド脇に立つ。いつもならこの流れでライラが着替えを手伝う。だが、自分の前にエバがスッと立ったので驚いた。
「ライラが手伝うのではないのか?」
「立派な官女になるために、殿下のお着換えの手伝いもできるようにしなくてはなりませんから。さっそく本日から始めましょう」
「え!?」
まさかライラではなくエバが自分の着替えを手伝うこととなり、リュールはその場で倒れそうになった。緊張で胸がドキドキする。エバも恥ずかしそうに目を伏せている。
「僕はエバを官女として育ててくれと言ったのではない。何か役立つことをと言うので、ライラに頼んだだけだ」
「.....私ではダメでしょうか?」
エバに上目遣いで言われて焦る。エバは小柄だ。側に立たれるとどうしても下から見上げられることになる。
(カ、カワイイな)
「……では、エ、エバにお願いしようか」
堂々としていなくてはと思うが緊張で言葉が震えた。エバも震えていた。
エバはリュールに近寄ると、震える手でリュールのフランネルのパジャマのボタンを外していく。リュールはどこを見ていたら良いか困って、ボタンを外す手を見た。
(エバの手は小さくて白いな……)
ほかの貴族の娘のように爪の先をピンクなどに染めたりはしていないが、なめらかな質感でキレイな手だと思った。
「エバの手はキレイだ」
思ったことを思い切って言ってみる。エバが照れた顔をした。
「ありがとうございます。 パトラさんの実家のバップ商会ではハンドクリームも扱っているのです。私も小まめに塗っています」
「バップ商会は、色々なものを扱っているのだな」
ふと、ハンドクリームを扱っているならば医薬品も扱っているのではないかと思った。バップ商会のメイン商材は反物だが、総合商社だから一般的には知られていない物も随分と扱っているだろう。
「殿下、腕を上げて頂いても宜しいでしょうか?」
「うん?ああ」
リュールは腕を上げてパジャマの袖を抜く。裸の上半身が露わになった。
(良かった。鍛えておいて)
リュールは剣術が好きなので、上半身にもバランスよく筋力がついている。見せつけるわけじゃないが、エバに男らしいと少しでも感じて欲しいと思って胸を張った。
が、見せつけるヒマもなく身体が冷えないようにすぐにシャツを着せられた。少し作業に慣れたらしい様子のエバは、素早く前のボタンを留めていく。ベストを着てジャケットを羽織れば上半身は完成だ。
「あの、下は……」
「下はさすがにいい!この後、トイレにも行くし自分で着替える」
「そうなのですね」
エバがホッとしたように言った。ボタンの数が少ない下は、いつも自分で着替えている。エバがズボンに手をかけようとしたらどうしようかと焦った。同じ年頃の異性に脱がされるのはサスガに恥ずかしい。
「では、後ほどまた参ります」
「ああ」
リュールは用意された湯で顔を洗うと、タオルで顔を拭った。鏡をマジマジと見る。
(顔は…いつも通りだ。肌の調子も悪くない)
肌の調子など念入りにチェックすることは殆どないが、エバが朝から来るとなると急に身だしなみが気になった。リュールも年頃の男子だ。
(……僕は婚約者がいるっていうのに、何を浮ついているんだろう)
エバに出会ってから浮かれている自分に気付いてはいる。心を鎮めようとしてもすぐにエバのことが頭に浮かんでくる。
彼は初めての“恋”という感情に翻弄されていた。
(婚約者がいる立場でエバを口説くなんてことはしないぞ)
惹かれている気持ちは否定できないが、行動に移すかどうかはまた別の問題だと、リュールは思っている。側妃制度がある国の王子としては、リュールは妙に律儀だった。
それに、スタルが自分が妹を気に入っていると知れば、あまり良い気がしないのではないかと考えていた。スタルを側に置くようになれば、妹を差し出して機嫌をとったのではと思う輩もいるだろう。
「あれは、僕に忠誠を誓っているから大事にしないとな」
リュールの住むインデル王国の北方には異民族の国がある。彼らは魔族の血を受け継いでいて度々、侵略してくる。そのために軍の強化が大事だった。
スタルのような優れた人物は自分の手元に置き、強力な軍を育てて行かねばならないと考えている。
やらなければならないことがたくさんあるなと、リュールは思ったのだった。
好きな人の前でカッコつけたいリュールです。
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