イゴルの乱入
残るは馬術比べだけとなった。
「さあ、最後に馬術比べね。と言っても馬を共に走らせて楽しむって感じだけど」
「コーザヌの方の馬術は優れていると聞きますから楽しみです」
「そうね。馬車ではなく馬に乗って移動する方が皆、好きだしね」
話しをしながら馬が用意されている場所へと来ると、毛並みが良くしっかりと筋肉が発達した馬が用意されていた。
「良い馬ですね」
「でしょう」
チアは栗毛の馬、エバは白毛の馬に跨ると軽く走らせる。後ろからは馬術ができるインデルの女性騎士らがついて来る。
「思った通り、エバは乗馬も上手ね」
「チア様こそお上手です」
ここのところ、馬に乗っていたので馬に触れていると癒された。姿勢を保つために背筋を意識するので良い運動にもなる。チアが若々しいのも馬に乗っているからではなのかなと、エバは感じた。
しばらく辺りを駆けていると、黒毛の馬が走り寄って来た。後ろからついて来ていた女性騎士がエバ達の前にサッと出る。
「何者だ!?」
厳しい声を出して相手を問うが、黒毛の馬に乗っていた人物は気にした様子も無く満面の笑みを浮かべていた。日に焼けた金髪に近い髪色を持つ体格の良い若い男だった。
「イゴル!ここに来てはなりません!」
チアが叫んだ。“イゴル”とはチアの息子の名前だったはずだ。
「あなたがイゴル様でしたか。随分と大きくなられましたね」
イゴルはより人族に近い容貌で、額のでっぱりが殆ど感じられない。子どもの時よりも人族に近い見た目になっていた。
「会いたかったんだ」
「イゴル、この方はインデル王国の妃になる人です。だからダメよ」
なにがダメなのだろう?とエバが思った時には、近づいてきたイゴルにエバは抱きかかえられ黒毛馬の上にいた。そのまま、馬を走らせチアの元をどんどん離れて行く。
「何をするのです!止まってください! これは問題になります!」
「オレはお前と話したかっただけだ」
エバが連れ去られて、チア達が急いで追ってきている。事態に気付いたスタルもすぐに馬を走らせてきた。スタルが馬を動かしたことでコーザヌも馬を動かし始める。辺り一帯に激しく砂埃が舞った。
「ほら、あなたが私を攫ったと思って皆が追いかけて来ているのが見えませんか!?」
エバは必死に声を上げた。かつて倒れているところを助けた小さなコーザヌの少年は思った以上に逞しく育ち、エバの身長をとうに越していた。エバを支える腕もすっかり大人の男のものだった。
「確かに追ってきているな」
「チア様の努力をムダにされてはなりません!」
「確かに、母上はオレを止めていたな」
イゴルは馬を止めた。後ろを見ると、チアのほかにも多数の馬群がすぐ側まで迫っていた。
「すぐに弁明しなくては……」
「オレはさっきも言ったが、昔の礼を言いたかっただけで、他意はない」
「物には順序というものがあります。本日の会はコーザヌとインデルが和平を結ぶためのものだと分かっているはずです。誤解を招くようなことはしてはなりません」
「そういうものか。そうだな」
屈託なくイゴルは笑った。笑った口元から見えた犬歯は鋭く、人族に近くても魔族のルーツを感じた。
しばらくして追いついてきたチアが、イゴルの元に来るといきなり頬を張り飛ばした。イゴルの口元に血が滲む。
「チア様!」
「この愚か者! お前は私の努力をムダにするつもり?」
先ほどまでエバと穏やかに話していた姿とは全く違う姿のチアに、やはりコーザヌの血を引いていると感じる。
「母上、そんなに怒らなくても良いではありませんか」
「思ったまま動くから我らは人族から野蛮だと思われていることが分からないの?お前が私の顔に泥を塗るならお前でも許さない!」
エバはチアの怒り具合にどうしたら良いか困った。スタルはイゴルが動きを止めたので、自軍の馬群を後方に残すと単騎でやって来た。チアに怒鳴られているイゴルを見て、スタルは馬から降りた。
「私はエバの兄でスタルと申します。何が起きているのです?いきなり妹を連れ去ろうとしたのは何故です?」
「お!お前は、オレを助けた兄妹の兄だな!?お前とも話したかった!」
鼻先をスタルに向けたイゴルはニオイでスタルだとすぐに分かったらしい。
「.......もしかして、あなたはあの時のコーザヌの少年なのか?」
「そうだ! どうだ、オレは随分と大きくなっただろう?」
「ああ、ビックリしたが..........」
イゴルが興奮してスタルに話しかけていると、コーザヌの馬群からも単騎で近づいてくる者がいた。
「イゴル!!」
「あ、父上!」
マントを翻しながら馬でやって来たのはなんと、コーザヌの長を務めるリゴルだった。
「イゴル、馬から降りろ!! チアの邪魔をしおったな!」
イゴルはリゴルの言葉に仕方なく馬上にエバを残して馬から降りると、リゴルの前に出て行く。リゴルはイゴルを殴り飛ばした。また血しぶきが上がる。
「我が妻の思いを踏みにじるとはどういうつもりだ!」
「オレはただ礼が言いたかっただけです!」
スタルは何となく状況が分かると、リゴルに話しかけた。
「オレはスタルと言います。状況はおおよそ分かりました。誤解が解ければ問題にはなりません」
「私も、大丈夫ですから」
エバも馬から降りるとスタルの横に並んだ。
「イゴルをかつて助けてくれた兄妹だな。ワシはそなたらへの恩義とチアの願いがあって、競い合いの提案したのだ。息子が申し訳ないことをした」
リゴルが頭を下げた。コーザヌの長が頭を下げるのは異例だ。スタルも跪いて頭を下げた。
「いえ、これからは手を取り合い歩んでいけたらと思います」
「ああ、そうだな」
リゴルは頭を上げるとスタルと握手を交わす。
お互いに和平の意思を確認し合うと、ひとまずお互いの陣営へと戻ることになった。
スタルもエバを馬に乗せるとリュールの待つ陣営へと戻ったのだった。
騒動を巻き起こしたイゴルは、のんきな性格です。
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