エバの特訓と揺るぎない決意
エバは剣を握らなくなってからしばらく経つ自分の手を見た。
(あの時よりはいくらか手はキレイになったけど、しっかりと剣ダコのある手ね)
リュールにはそんな手を見られたくなくて、手を隠してしまいがちだが、武芸を嗜む女性の手だった。
数少ない女性騎士に伴われ、やって来たのは矢場だ。弓はコーザヌの女性が好んで使うと聞いている。弓を得意とするエバは負けたくないと思っていた。
女性騎士から弓を受け取ると、姿勢を整えて弦に指をかける。久しぶりに弓に触ったが、不思議としっくりくる。弓を持ち上げ、弓を引いて狙いを定めた。弓を射ると、弓は的を外し、後ろの壁に刺さる。
(あら、外してしまったわね........)
側にいた女性騎士から緊張する気配がした。的を大きく外したので気マズく思っているのだろう。
エバはまたすぐに弓を構えると、弓を射た。今度は的の端に当たる。次に弓を射ると、ほぼ中央に当たった。
「エバ様、素晴しいです!」
女性騎士が拍手しそうな勢いで褒めたので、エバは苦笑した。続けざまに30本程射ると、ほぼ中央の円のみに当たるようになった。エバは弓を下ろすと女性騎士に弓を手渡した。
「今日の弓はここまでで」
「え、もう宜しいのですか?」
「次の種目を練習せねばなりませんから。剣術の相手をしてもらえますか?」
「は、はい!」
……エバは剣術が一番得意だった。身軽さを活かして、一瞬の隙を突く。女性騎士を難なく負かしてしまった。エバはスタル同様に運動神経がとても良い。目も良いので相手の動きが良く見える。女性騎士の筋肉の動きを見て動くことができた。
「はぁっ、はぁっ、エバ様がこれほどお強いとは思いませんでした。さすがスタル様の妹君です」
「いえ、あなたも強いです。私は勢いあまって擦りむいてしまいましたしね」
突っ込んだ時におもわず勢い余り、手を女性騎士の鎧にぶつけてしまったのだ。初歩的なミスだった。
(でも、こうして久しぶりに身体を動かすとカンが戻ってくる)
幼い頃、父から兄と共にしごかれたのを思い出していた。
実家は、スタルが軍で昇進してエバがリュール王子の婚約者になったことで、困窮した暮らしを脱することができた。厳しかった父から礼を述べられると、気恥ずかしさと嬉しさが入り混じったような気持ちになった。兄とは、これからも王家のために尽くそうと話し合った。
ちなみに、兄はエバの結婚についてかなり驚いていた。エバは兄と話した時の会話を思い出す。
「牢から助け出された時から殿下を想っていたとは............」
「私を助け出して下さった殿下はとても素敵でしたから。すぐにお慕いする気持ちが湧きました」
「殿下はエバがオレの妹というだけでなく、お前の器量の良さも大変気に入ったのだろうな。.....これからはエバを様付で呼ぶことになるのか。不思議な気分だよ」
「私もお兄様をいずれ“スタル将軍”と呼ぶことになるのでしょうか?」
「おい、まだなってもいない。からかうなよ」
「それにしては嬉しそうに見えます」
「おいおい、からかうなよ」
スタルがエバの頭をクシャリと撫でた........。
思い出したやり取りについクスリと笑うと、女性騎士が不思議そうにこちらを見た。
「どうかされましたか?」
「いえ、つい思い出し笑いを。 馬を持ってきてもらえますか?」
「休まれないのですか?」
「休んでいるヒマはありません。それに本日、馬に乗るのは慣れる程度ですから休みなどいりません」
エバは連れてこられた馬にヒラリと跨ると、脚を締めて馬を軽く走らせた。風を切って走ると気持ちが良い。
「エバ様、乗馬もとてもお上手です」
すぐ側に付いてきている女性騎士が声を掛けてくる。
「こんなもので満足していたらコーザヌに笑われてしまいますよ」
コーザヌは馬を好んで使う。物や人を奪うには馬でやって来た方が便利だし、彼らは筋力も発達しているから馬上で弓も普通に使う。なかなか打ち払えない理由はそこだった。
1時間ほど走ると馬から降りて馬を撫でて労わる。
……エバの様子をそっと見に来ていたリュールはエバが思った以上に何でもこなすので驚いていた。
「驚いたな。想像以上にできる」
スタルの妹だから、ある程度はやるだろうと思っていたが、思ったよりも弓も剣も馬も、人並み以上にできた。
「これは、エバ様をリゴルの妻であるチアと競わせてみても良いのではないですか?」
「万が一、負けたらどうする?」
「勝ち負けではなく、夫人同士で交流を図るものと聞いています。明らかに実力が違えば話になりませんが、エバ様なら大丈夫でしょう」
「エバに何かあったら……後悔しても遅いんだぞ」
「エバ様は既に決意されていますよ」
リュールはエバの方を見た。普段、2人でいる時よりも生き生きして見えるのは気のせいだろうか。エバはこちらの視線に気付いたのか、側にやってきた。人の視線にも敏感なようだ。
「殿下、ご覧になられていたのですね」
「ああ」
「どう思われましたか?」
「器用だな。感心した」
「私をどうかお役立てください」
エバがじっとリュールの目を見つめて言う。
「役立てろなど……」
「殿下は私の心配をなさっているようですが、私を信じて頂けませんか?私は、自分のためにも殿下のためにも申し出を受けたいのです」
リュールは、エバの揺るぎ無い言葉に圧倒されたのだった。
リュールは、エバの男前なカッコ良さに圧倒されています。
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