スタルの昇進
城に戻ったリュールは気を取り直して、兵の訓練している広場へと向かった。
1ヶ月後に兵を2つに分けて模擬戦をやることになっている。兵達はそれに向けて調練に励んでいた。リュールは調練の様子をチェックしようと広場に寄ったのだった。
広大な広場には無数の兵が調練に明け暮れていた。
高台から兵の動きを観察していると、遠くに兵を展開させているバクラー将軍の兵の動きが緩慢に見えた。指示に従って動けない者がいてリュールの機嫌が悪くなる。
バクラー将軍に比べて、スタルが率いる集団は動きが良かった。ムダな動きをしている者がいない。皆、指示通りに動いている。
リュールの側には将軍を束ねるハンガル大将軍が控えていた。
「スタルを直ちに大尉に昇進させろ。動きの悪いバクラーの兵をスタルの兵に組み込んで鍛え直すように言え」
「かしこまりました」
スタルが大尉に昇格すれば、部下も50人から一気に10倍の500人になる。兵の数を増やしてもスタルがうまく兵を扱えるか見てみたくなったのだ。
(自分が生き生きとするのはやはりこちらだ)
調練の様子を見て、先ほどの側妃の提案事件のショックがいくらか和らいだ。後のことをハンガルに任せリュールは広場を後にした。
城に戻り部屋に入ると、ライラやエバが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ」
「ああ。茶を頼む」
「はい。着替えはなさりますか?」
兵の調練を行っている広場は埃っぽい。観に行くと白い服も薄汚れる。自分の服を見るとわずかに薄黒くなっていた。
「汚れたな。調練の様子を見て来たからな」
言いながら上着を脱ごうとすると、エバが脱ぐのを手伝ってくれる。
「エバ、スタルを大尉に昇進させたぞ」
「兄が大尉ですか?」
エバは兄が昇進して喜ぶかと思ったが、意外にも冷静だった。
「嬉しくはないのか?」
「嬉しい、とは思います。でも、兄は期待に応えるべく必死だと思いますので」
「そうだろうな。部下の兵は約10倍になる。どうなるか見ものだ」
「兄が殿下の希望に応えられることを願います」
(慎ましいな)
普通の貴族の娘ならば、身内が昇進でもすれば大げさに喜んで笑顔を見せるだろう。むしろ、自分の身内を重用されるようにねだるものだ。
だが、エバは違った。自分の身内が大尉に抜擢されても浮かれず、落ち着いている。
(エバなら身内の親族を重用するように言ってくることもないだろうな.....)
ジュリエルに言われたこともあって、ついエバを側妃に迎えたらどうなるのだろうと想像してしまう。だが、エバに側妃の話をするつもりは無かった。
「それはそうと、今日は疲れた。湯の準備をしてくれないか」
「はい」
ライラとエバが湯の準備をする間、リュールはライラが入れてくれた茶を飲む。いつも飲んでいる紅茶だ。
「ライラ、ちょっと聞きたいんだが」
「はい、何でしょう?」
「ジュリエルのところで飲んだ茶が珍しいものだった。黄金色の茶を知っているか?健康に良いようなんだが。香ばしい味がする茶だ」
「キビを使った茶でしょうか。身体に優しいと聞きますね」
「女性が好むのか?」
「そうですね。子供からお年寄りまで皆が飲みやすいお茶ですね」
「そうなのか」
「今度、こちらでもお出しするようにしましょうか?」
「ああ、たまには良いな」
本当は普通の紅茶で良いのだが、女性に人気があって美容にいいならばエバにも飲ませてやりたいと思ったのだ。
「エバ、ジュリエルは君を犯人と考えていたようだが、考えを改めるようだぞ」
「それはなぜでしょう?」
「バップ商会がやたらと潤っているらしいことが分かったからだ」
「そうでしたか........」
「それにバップ商会は薬も扱っているらしい。怪しいだろ。普通に考えれば」
「私が言うのは何とも......パトラさんは良い人ですし」
「パトラが怪しいと決まっているわけではないがな」
エバの中ではバップ商会と言えばパトラが思い浮かぶらしい。
湯の用意ができると自分で残りの服を脱いで湯舟に浸かった。頭のマッサージや背中を清めるのは従者であるメントが行っている。リュールも気を使わずに済む男性に任せる方が気が楽だった。
湯から上がってバスローブに身を包むと、リュールは簡易的なベッドに横たわる。メントがそのまま全身のマッサージをしていく。
「ああ、気持ちいいな」
「本当は女性にマッサージされる方が良いのではないですか?」
メントは学園時代の後輩で、気を使わずに話せる人物だった。能力は高いのだが、爵位が低いということがあり、こうして身の回りのことからまずはさせている。いずれ、重要なポジションにつかせようと考えていた。
「そんなことはない。気も許していない女に触れられるのはイヤだな」
「そうですか? 私はやわらかい女性の手で触れられる方がいいですけどね」
「無駄口叩いていないでしっかりとマッサージしろ」
「はいはい」
「.........なあ、ちょっと聞くんだが」
「はい、何でしょう?」
「お前、婚約者がいるよな?」
「はい、いますがそれが何か?」
「.........スキンシップはするか?」
「はい? 答えにくいことを聞かれますね」
「何だ、答えられないようなこともしているのか?」
「いえ......そんなことはありませんが、抱きしめたり、キスするくらいはしてますよ。もう、恥ずかしいことを聞かないで下さい!」
「そんなものか」
「殿下だってなさるでしょう?」
「僕か?さあ.......」
にごした。‟肩を抱こうとしたら避けられた”なんて恥ずかしくて言えなかった。
リュールは、再びジュリエルに言われた言葉の数々に凹んだのだった。
メンタルは強い方ですが、意識していなかったことを幼馴染に言われて未だに立ち直れません
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