婚約者から見捨てられる?
リュールはモハイルがパトラにもドレスを贈ったと聞いて、違和感を抱いた。
「なぜ、モハイルがパトラにドレスを贈る?」
「お嬢様のお側にいることが多いから、気を使ってくれたのだと思います」
リュールは裕福な商会の娘だとはいえ、身分的には平民だ。社交界デビューなどもするわけではない。マレルやジュリエルに付いて舞踏会に行くこともあるだろうが、殆ど無いと言っていいだろう。そんな娘にドレスが必要だろうか。
「お父様は優しい人だからあなたにも気を使って贈ったのね」
「そういうものか?」
「リュールは分からないかもしれないけど、ドレスを贈られて嬉しくない女性なんていないもの。リュール、あなた、舞踏会の時にドレスを贈ってくれるけど、従者任せでしょ?」
「すまない......僕はドレスに詳しくない。従者の方が詳しいから、そうしている」
「そうよね。 もう気にしていないけど」
文句を言われたのだと、リュールは小さくなる。側妃の提案をされたのは自分が色々と至らないせいなのかもしれないと思うと、じくじたる思いがした。
「......話を元に戻そう。バップ商会は手広く物を扱っているようだな。マレル様は栄養剤を取り寄せていたとか。薬の扱いもあるのか?」
「はい……」
チラリと何故かパトラがジュリエルの方を見た。
「マレル様は頻繁に栄養剤を購入していたのか?」
「たまにです。それよりはお化粧品だとかドレスだとかが多いです」
「君は事件が起こった日に同じ空間にいたな。自分が疑われることは考えなかったのか?ましてや薬なんかも扱っているんだ。疑われてもおかしくはないだろう」
「私はマレル様やお嬢様を信頼しておりますので、疑われるなんて少しも思いはしませんでした」
パトラは即答した。
「そうか」
(いや、薬を扱うのだから疑われるかもしれないと焦るだろう、普通は)
リュールは心の中でツッコむ。口に出さないのは、女性は本音と建て前が男性に比べてより多いと考えているからだ。失礼かもしれないが女性は習性というか、空気を吸うように自然と心にないことも平気で言う生き物だと思っているところがある。
学園や舞踏会で寄って来た女性は皆、そんな感じだった。ジュリエルは幼い頃からの付き合いだからその辺りはとても気楽に話せたのだが。
(エバは素直で純粋だし心の探り合いなんてしないだろうな....)
何故だか、エバならそんなことをしないだろうと勝手に考えてしまう。
「僕は、信用できるかできないかより、事実から考えられることを重視する。パトラ、君自身が気になることはないか?」
「気になることは.....特にはありません」
今の時点でパトラにこれ以上聞いても新しい情報は出てこなそうだ。
「もし、今後、伝えたいことが出てきたら遠慮なく僕に知らせてくれ」
「分かりました」
リュールはひとまず調査を終了させると、城に戻るべく玄関へと向かった。
「ジュリエル、今日は協力ありがとう。ゆっくり休んでくれ」
「いいえ、色々な話ができて良かったわ」
ジュリエルから側妃を持つ提案をされたことは衝撃だった。自分はジュリエルに側妃の提案をされるほど至らないのだろうかと、側妃の提案をされてからずっと気にしていた。
「例の話だが......僕が君を知らない間に傷つけていたのなら謝る。僕の立場を心配してくれたのだろうが、ジュリエルの立場から言えば愉快じゃないだろうと思うし、無理しなくていい」
「本当にそんなんじゃないの......ホントにそんなんじゃない。深く考えないで。落ち着いたらまた話しましょう」
ジュリエルの悲し気な微笑みに、リュールは胸を締め付けられる。
(ジュリエルが言わないだけで僕は呆れられているのだろうか。見放されたのか?)
ジュリエルはマレルに似て気が強い。イヤなことはイヤという性格だ。結婚してから何年も子ができないならばともかく、結婚前に側妃の提案をしてくるなど、らしくない行動に疑問を感じる。
(でも、そんな提案をさせたのは自分だ)
リュールは労わるつもりでジュリエルに手を伸ばした。だが、伸びてきた手に気付いたジュリエルは、リュールの手を避けた。
「どうしたの? びっくりしてしまったわ」
「いや……」
伸ばした手は空中を彷徨い降ろされる。明確に避けられたと分かって、リュールはショックを受けた。
「……フラフラしているように感じたから肩を支えようと思っただけだ」
「ありがとう。でも、大丈夫」
ジュリエルはリュールから少し離れた。リュールが馬車に乗ると、笑顔だけは返してくれる。
「またな」
「ええ」
そんなやりとりをして別れたのだった。
ジュリエルに避けられて、リュールは悲しくなりました。(急にスキンシップをとろうとするリュールもリュールですが)
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