第5話 廣野家訪問
「弁護士の間宮をお願いします」
「間宮・・・ですか?」
「はい。私、娘の間宮美優です」
おじいちゃんの事務所の受付に座っている、
ちょっと頭が足りなさそうな受付嬢に、
パパの呼び出しを頼んだ。
もう6時だ。
家でパパの帰りを待って、聞いてもいいけど、
おじいちゃんの家と事務所は目と鼻の先。
もしかしたらパパと一緒に帰れるかもしれないし。
ここから駅までの間に、かわいいお店があるんだよね。
パパにさりげなーく、「ここのスカートが欲しいんだ」とか言えば、
もしかしたら買ってくれるかもしれない。
パパは携帯は買ってくれないし、お小遣いはちょっとしかくれないけど、
こういう時は、なぜか「ま、いっか」と言って買ってくれる。
お小遣いを両方のおじいちゃんから貰っときながら、
このセコイ思考回路。
我ながら情けないけど、きっと将来役に立つはず!
そういう訳で、わざわざ事務所まで来たのに、
この受付嬢は一向に要領を得ない様子。
「間宮・・・弁護士」
としきりに首を傾げてる。
おいおい。
苗字は違うけど、ここの所長の息子だぞ?
それとも、「間宮」って弁護士がいっぱいいるとか?
そんなに普通な苗字とも思わないけど。
「あの。本城所長の息子なんですけど」
と私が言うと、
受付嬢は見る見るうちに青くなり、
「失礼しました。少々お待ちください」
と言って、椅子からガタガタ立ち上がり、奥へ走っていった。
・・・もうちょっとマシな対応はできないのだろうか・・・
待つこと5分。
ようやく戻ってきた。
「先ほどは大変失礼しました。間宮弁護士は大きな顧客の顧問弁護士をしておりまして、
普段からそちらの方で仕事をしています。事務所の方にはあまり出勤しておりません」
なるほど、それでこの受付嬢は「間宮」と言われてもピンとこなかった訳か。
でも、所長の息子のことくらい知っといてよ。
今日もその「大きな顧客」の所へ行っているということだった。
昨日、家出(?)をして夢乃の家に一泊したし、
今日はもうそろそろ帰ったほうがいいかな。
パパのことは家で聞けばいいや。
「大きな顧客ってどこなんですか?」
別にそこまで押しかけに行こうと思ったわけじゃないし、
聞く理由もないんだけど、何となく訊ねてみた。
すると、受付嬢は何故かボソボソと、
「そ、そういうことは秘密でして・・・」
守秘義務がありまして、と言ってほしいところね。
「娘にも言えないんですか?」
「はあ」
はい、って言ってー!
本城法律事務所の入り口の顔なのよ、あなたは!
受付嬢のこの頼りない態度にイライラした私は、
どうでもいいことなのに、パパの行き先を意地でも聞こうと思った。
「緊急を要するんです!一刻を争うんです!何かあったら、あなた、責任取れるの!?」
「!!!」
受付嬢は青くなると、パソコンを見ながらメモに住所と電話番号と最寄駅の名前を書いた。
「あ、あの、こちらになります」
守秘義務はどうした。
「ありがとう」
私はメモを受け取ると、さっさと事務所を後にした。
家へ帰る電車の中。
あーあ・・・
なんか一日中、移動に肩揉み、極めつけにあの受付嬢で、
なんだか疲れちゃった。
私はなんとなく貰ったメモを見た。
あれ?
この「大きな顧客」とやらの最寄り駅って、次の駅じゃない?
・・・どうしよう、行ってみようかな?
でも、もう6時半になるし、お腹も空いたし、ママも心配してるかも・・・
って、私、どうもパパみたいに思い切った家出はできないみたい。
血は繋がってないし、当然か。
でも、私のこの家出癖はパパに育てられたせいよね、
そう、ちょっとくらい遅くなったって、パパが悪いんだ。
一人で勝手に責任転換して、私は次の駅で降りた。
さあ、住所も分かってることだし、サクッと行きますかー!
で、この「10番地の9」ってどこ?
そうよね、住所がわかってるからって、そこに歩いて辿り着けるわけがない。
カーナビじゃあるまし。
私は「この辺のことならなんでも知ってます」的な駅員さんを捕まえて、
メモを見せた。
「すみません、ここに行きたいんですけど。この・・・」
ん?
よくみたら、このメモに書かれてる名前って、会社じゃないみたい。
個人の名前だ。
てことは、資産家か何かかな?
「この、廣野さん、ってお宅なんですけど」
「・・・廣野?」
駅員さんの顔が曇る。
メモを見て住所を確認すると、更に曇る。
もしかして、この辺じゃ有名な金持ちの偏屈爺さんとかなのかな?
犬を何十匹も飼ってたり、夜中に騒音を出したり・・・とか。
「君、ここに何しにいくんだい?」
どーでもいいでしょ、と思いながら一応説明する。
「父がここで働いているんで会いに行くだけです」
「え・・・」
そう言ったきり、駅員さんはたっぷり30秒は固まった。
「あのぉ」
「あ、ああ。改札出て真っ直ぐ行ったら、壁にぶつかるから。
その壁沿いにずっと歩いていくと門があるよ。そこだから」
駅員さんはいかにも、もう関わりたくありません、という感じで
超簡単な説明すると、さっさと逃げて行った。
なによ、なによ。
パパはこの廣野って人とは別に関係ないんだから。
ただの雇われ弁護士よ。
文句を言いつつ、私は説明された通り、道を急ぐ。
それにしても、「壁にぶつかる」って、何それ、
と思って歩いていると、本当にぶつかった。
これ?この右にも左にも延々と続く土壁?
これが個人の家の塀な訳?
それなら確かに、この壁沿いにずっと歩けば、いつかは入り口があるんだろうけど・・・
右から攻めるべきか、左から攻めるべきか・・・
これを間違うと、とんでもない時間のロスだ。
それほどに広い。
私は「どちらにしようかな、天の神様の言う通り」って奴をやった結果、
右回りを選んだ。
歩くこと20分。
右回りが正解だったのかどうか、もはやわからないけど、
とにかく門にたどり着いた。
黒くて大きな鉄の門。
こんなものがどうして個人宅に必要なんだろう?
そう思いながら門に近づいた・・・けど、そのままスルーした。
なぜなら。
門の前に門番らしき男達が5人。
それは360度、どの角度から見ても間違いなくヤクザさん達だった。