第2話 橋の下の子
「へい、そこのカワイイ彼女!乗ってかない?」
「結構です」
「駅に行くのかい?送ってってやるよ」
「結構です」
「つれないなあ。じゃあ、茶ぁでもしばこうぜ」
ああ・・・
もう限界。
「あはははははっ!!!!」
「ちょっと、美優、笑いすぎ」
車の後部座席の窓から顔を出した夢乃が私を睨む。
「だって・・・夢乃・・・あんた、何時代の人?ってゆーか、どこでそんなの覚えたの?」
「昨日昼に再放送されてたドラマ」
どんなドラマだ。
「ねえ、冗談はともかくさ。乗ってよ。一緒に学校行こ」
「ありがとー、夢乃!助かる!」
私はグレーのブレザーの裾を翻し、大きな黒塗りの車に乗り込むと、
夢乃のほっぺにキスをした。
「・・・美優。そのキス癖なんとかしないと、本当に変な男に捕まるよ?」
「仕方ないじゃない。パパ譲りよ」
パパは小さい頃外国に住んでたとかで、
どこでも誰にでもキスする癖がある。
結婚してからはママの手前、控えてるようだけど、
私は知ってるんだゾ。
しかも、そんなパパを見てきたせいで、私にまでその癖が移っちゃったし。
平井夢乃は、私と同じ私立堀西学園に小学校から通っている。
堀西は小学校から短大・大学までエスカレーター式になっているお金持ち学校。
当然通っている生徒も、お金持ちばかり。
ちなみにパパもママもここの卒業生だ。
夢乃は、HSホールディングスという会社の社長の娘。
私とは違い、小柄でちょっとふくよかだけど、
可愛らしい感じの女の子。
そして何より物凄く頭がいい。
もしかしたら堀西の大学には行かず、
もっとレベルの高い大学を受験するのかもしれない。
小学校からずっと仲良しなのに、ちょっと寂しいな・・・
「美優は相変わらず徒歩通学なんだね」
「・・・うん」
堀西の生徒はほとんどが車で通学している。
もちろん運転手つきの車だ。
「パパに頼んで、車にしてもらったら?」
「だよね。でも携帯も買ってくれないのに、通学用の車なんて用意してくれる訳ないし」
「お金はあるでしょ」
「お金はあるけどケチなの。私に冷たいの。私、橋の下で拾われた子だから」
夢乃が、あはは、と笑う。
私も一緒に笑う。
あながち嘘じゃないんだけどね。
「でもさ、危ないよ。堀西の制服着てるのって、『私んち、お金持ちなんです!』って
宣伝してるようなもんだよ?誘拐とかされたらどうするの?」
「・・・」
その通りだ。
パパもママも堀西に通ってたんだから、それくらい分かるはずなのに。
やっぱり、私なんてどうでもいいのかな?
「どうでもいい」
「・・・」
「こんな細かい芸当はどうでもいいんだ」
リビングのソファーに座り、パパがジロリと私を見る。
「なんだ、これは?」
「通信簿」
「その通り。よくわかったな」
当たり前でしょ。
私が持って帰ってきたんだから。
「どうしてこう見事にオール2なんだ?狙ったのか?だったらある意味凄いな」
「でしょ?」
「ふざけるな」
ふん、っだ。
「何よ。いっつも『人間、勉強さえできればいいってもんじゃない』とか言ってるくせに」
「別にオール5を取れなんて言ってない。得意な科目とか好きな科目ぐらい頑張れよ。
一科目ぐらいあるだろ?」
「保健体育」
「・・・それも2だろ」
「大丈夫よ。2学期は性教育に入るから間違いなく5を取れるわ」
「おー。期待してるぞ」
「任せて」
私はイライラしながら自室へ戻った。
明日から夏休みだって言うのに、台無しな気分だ。
いつものことだけどさ。
パパは堀西高校の卒業生だけど、成績が良かったため、
堀西の大学には行かず外部の大学へ進学した。
しかもあのH大!
よく受かったわね。
司法試験に受かってるんだから、それくらいは朝飯前なのかな?
でも、私は違う。
パパの子じゃないんだから・・・
パパみたいに頭いいわけないじゃない。
そこまで考えて・・・思い出した。
ママも頭よかったんだった。
H大とはいかなけど、ママも外部のレベルの高い大学を卒業している。
じゃあ私って遺伝とかの問題じゃなくて、純粋にバカってこと?
もう!ますますイライラする!
こういう時は・・・
私は鞄に服とか化粧品を詰め込み、
勢いよく部屋を飛び出すと階段を走って降りた。
途中、龍太が「あしょんで(遊んで)」とせがんできたけど、
いつも通りスルーした。
「美優!どこにいくの?」
キッチンからママの声がした。
「家出する!!!」
私はそのまま、玄関を突破した。
走ること1分。
後ろを振り返る。
誰も追いかけてこない。
ほら、ね。
「当たり前でしょ」
「・・・」
「月に1回は必ず家出って・・・それってもはや家出じゃないんじゃない?ただの外泊」
「・・・」
「しかも、家から徒歩5分のところじゃねー。誰も心配しないって」
「・・・夢乃。一応私、家出人なんだからもうちょっと温かく迎えてよ」
「ねえ、美優。ケーキどっち食べる?チョコ?チーズ?」
「人の話、聞いてる?」
「じゃあ私、チョコ」
「ダメ!私がチョコ!」
家出して5分後。
私は夢乃の部屋にいた。
夢乃の家はマンションの最上階。
いわゆる、ペントハウスってやつだ。
うちは一戸建てで綺麗なお庭が自慢だけど、
やっぱりマンションはいいなー。
設備は最新だし、何より階段がないから上り下りがなくて楽。
「でも、ロビーまで降りてから忘れ物に気づいたときは最悪。
最上階まで取りにいかないとダメだもんね。そういう時に限ってエレベーターこないし」
「なるほどねー。私も3歳くらいまではマンションだったらしいんだけど、
パパが弁護士になったときに今の家買ったんだって」
「へー」
そういいながら、私がお土産、というか、宿泊費代わりに買ってきた
ケーキをつつく。
「あ、メールだ」
夢乃が携帯を開く。
「いいなー。携帯」
「お小遣いで勝手に買ったらいいじゃん」
「月1万じゃ買えないよ。買ったとしても通話料払えないし」
「月1万!?何それ!?」
「夢乃っていくら貰ってるの?」
「5万」
5万・・・
まあ、うちの学校の生徒としては「ちょっと多いね」ってくらいだ。
それに比べて私は1万。
貧民もいいところ。
夢乃の部屋を見回す。
テレビにデスクトップのパソコン、ゲーム機、等々。
私の部屋にはテレビもない。もちろんゲーム機も。
勉強に使うから、かろうじてパソコンは買ってもらったけど、
それだってノートパソコンで使い勝手が悪い。
ああ、「橋の下の子」は不幸だわ・・・