第11話 アイツ
ヘナヘナと崩れた私を見て、組長さんはため息をついた。
「その一人で勝手に突っ走るところもアイツにそっくりだな」
アイツ・・・
「組長さん。私、パパの子じゃないんです」
「何?」
「昔、パパとママが喧嘩してるときに、ママが私のことパパの子供じゃないって、言ってました」
「・・・そうなのか」
「はい。確かに、血液型も、パパはAでママはBなのに私はOなんです」
「・・・」
組長さんは顎に手を当てて考えこんだ。
「・・・まあ、お前の親がそう言うんだったらそうなんだろう」
「はい。パパが携帯買ってくれないのも、きっと私がパパの子じゃないからなんです」
すると組長さんは、ニヤッと笑った。
「携帯を買ってくれない」
「はい」
「小遣いも少ない?」
「はい」
「通学も徒歩?」
「・・・はい。っえ?どうして知ってるんですか?」
「俺もコータをそうやって育てたからだ」
「・・・」
組長さんはとても楽しそうだ。
「コータがここに来た時、俺はまだ25だった。
でも、コータは俺の責任で拾ってきたからな。俺が面倒みないといけなかった」
「組長さんが拾ったんですか」
「ああ。夜に一人で街をフラフラ歩いてたから、面白い奴だと思ってな」
パパらしくないなあ。
・・・ううん、パパらしい、かな?
「まだ中学2年のコータをどうやって育てようかと、若い俺なりに考えた。
金はいくらでもあるから、金だけ渡して『好きにやれ』と言うのもアリだったが、
それじゃコータはちゃんとしたヤクザになれないと思った」
「ちゃんとしたヤクザとちゃんとしてないヤクザってあるんですか」
「『これは堅気の世界では常識で、あれは非常識』、とちゃんと分かってないと、
立派なヤクザにはなれない」
「立派なヤクザ」が堅気の世界で友好的に見られるかどうかは別だけどね。
「で、結局俺は、コータをそれまで通り堀西には通わせたが、
通学は徒歩、携帯もなし、小遣いは月1万、と決めた」
私と一緒だ。
「昼飯代は別に渡したが、それも月5千円くらいだった」
「5千円!?・・・毎日500円だとしても、全然足りないじゃないですか!」
「コータがそれでいいと言ったんだ。足りない分は小遣いから出してたみたいだな」
「・・・厳しいですね」
「俺はコータをいじめたくてそうしてた訳じゃない。コータのことを想ってたからこそだ。
どうでもいい奴なら、金だけいくらでも渡して、適当にやらせてたさ」
「・・・」
「だからコータは物の相場観をきちんと持ってたし、
どうしても金が足りない時は、自分が甘えてるのを自覚した上で年上の組員に、金を借りたりしてた。
そういうことが、今のコータを作ったと俺は思ってる」
確かに、夢乃を含め、クラスの友達はお金に対する関心が薄い。
お金なんてあって当たり前で、「やりくりする」ってことを知らない。
親のクレジットカードを持ってる子なんて尚更だ。
ノート一冊でもカードで買うから、そのノートの値段も知らないし、
高いのか安いのかも分かってない。
そのあたり、私は主婦並にうるさい。
ママはお嬢様育ちでどちらかといえば「相場観ない組」だけど、
高い買い物をしたときは、必ずパパに「コレをいくらで買った」と報告している。
パパは文句は言わないけど、代わりに私が「高すぎ!!」とつっこんだりする。
だから、おじいちゃんの事務所が倒産するかも、と思ったとき本気で焦った。
「・・・」
「ま、お前にもそのうち親心が分かるさ。だがその前に、お前はアイツ譲りの暴走癖を治せ」
「だから、私、パパと血は繋がってませんから」
私がそう言うと組長さんは不思議そうな顔をした。
「俺が『アイツ』と言ったのはコータのことじゃない。愛のことだ」
「え?ママ?」
「ああ。お前は中身も愛にそっくりだが、見た目は本当に愛そのままだな。
だから先週、お前がここに来たときも、すぐに間宮美優だとわかった」
組長さん、そんなによくママのこと知ってるの?
そりゃ、組員であるパパの奥さんだから当然かもしれないけど・・・
でも、なんでだろう。
それだけじゃない気がする。
その時、組長さんがふと微笑んだ。
あれ?
この目元。
どこかで見たことがある。
どこだっけ・・・
思い出せない。
「暴走癖と言えば」
「はい?」
「A型とB型の親からもO型の子供は生まれるぞ」
「・・・」
「生物くらいちゃんと勉強しておけ」
「・・・・・・」
穴があったら入りたい、ていう言葉はこういう時に使うのね。
と、その時!
「美優!?」
「ん?コータ。お前、何でここにいる?」
「パパ・・・」
なんと廊下からパパが顔を出したのだ。
「お前、今日はここに来ないはずじゃなかったのか?」
「昨日、若い奴が警官を殴ったって連絡が来て。って、美優!お前、なんでここに・・・!」
「これから組長さんとデートなの」
「はあ!?」
「いいでしょ?組長さん」
「ああ。構わん」
「俺が構います!!!!」
「うるさいなあ、パパは。行きましょ」
「そうだな。携帯でも買ってやるか」
「うわ!組長さん、大好き!!」
私は背伸びして、組長さんのほっぺにキスをした。
こうして、私と組長さんは、
呆然とするパパを残して家を出ていった。
ふふん。いい気分!