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第10話 勘違い

「おねーちゃ!こえ!」

「また!?」


あの夜以来、龍太は今までに増して私に絵本の催促をするようになった。

しかも、いっつもあの「いない いない ばあ」。


しまったなー。

一度甘い顔をしたのが間違いだった。

しかも私は夏休みで朝から晩まで家にいるから、

龍太は2歳児とは思えないほど虎視眈々と私のスキを狙ってる。


今も、トイレから出た瞬間につかまった。


「お姉ちゃんは、もうそれ飽きた」

「こえー!」

「全く・・・」


ここで折れないと龍太は泣き叫んで転げまわる。

うるさい上に、ママから「龍太をいじめないの!」とお小言が飛んでくるんだから

たまったもんじゃない。


そういう訳で今日も朝から「いない いない ばあ」だ。

もう、何ページにどの動物が出てきて、どんな表情をしているかもすっかり覚えてしまった。

それにしても、この絵本の動物って・・・

なんて言うか、ちょっとシュールなんだよね。

リアルでもコミカルでもなく。

でもなぜか龍太はこの絵が大好きなようだ。



5回読んだところで、私は立ち上がった。


「龍太、今日はお姉ちゃんはとーっても大切な用事があるからこれでおしまい」

「やー!」

「あら、美優。でかけるの?珍しい。家出?」

「・・・デートよ」

「まあ。誰と?」

「40代の素敵なオジサマ」

「じゃあバッグの一つでも買ってもらいなさいね。女は安売りしちゃダメよ」

「・・・・・・」


あの夫にしてこの妻あり、か。



私はポロシャツとハーフパンツに着替えると家を出た。

ちなみに足元はスニーカー。

あんまりこんな格好はしないけど、

(ママからも、「そんな格好でデートなんてありえない!」とクレームが来た)

今日はあの廣野家に行くのだ。

組長さんのことを信用していない訳じゃないけど、

場所が場所だけに、何もないとも限らない。

一応すぐに逃げ出せるよう、こういう格好にした。



電車一本でわずか10分。

こんな近くにヤクザの家があるなんて今まで知らなかった。

きっとパパが今の家を買うとき、

廣野家に通いやすいように場所を選んだんだろうけど、

あえて私を廣野家の近くには連れて行かなかったんだろう。


でもどうしてだろ?

自分がヤクザって私に隠しときたかったのかな?

パパってそんなこと気にしなさそうだけど。

何か他に理由でもあるのかな?

あ、もしかして危ないから?

実は私が、記憶もないくらい小さい頃に危険な目にあってるとか?


まさかね。



そんなことを考えてるうちに、

あっという間に廣野家に着いた。


今日も怖そうな門番のお兄さん達がうろちょろ。

夢乃に事情を話して一緒に来たほうがよかったかな・・・

でも、夢乃には、あれ以来連絡していない。


夢乃を責めるつもりはないし、

夢乃がお父さんに廣野組のことを話したため、

こんな状況になってしまってるということを

夢乃に教えたくなかった。


きっと夢乃は気に病むから。

全て解決してから、笑い話で終わらせよう。



門番の人に、「組長に呼ばれて来たんですけど」

とだけ言うと、すぐに中に通してくれた。

そこには見事な日本庭園が広がり、

ちょっとした公園並みだ。

散策してみたいところだけど、さすがにそうとは言えない。


私は前回と同じ広間に通された。



「来たか」

「あ。組長さん、こんにちは。禁煙してますか?」

「うるさい」


組長さんが腰を下ろしたので、私も座る。


「お前。コータとコータの父親の会話をどう聞いてたんだ?」

「え?」

「何か、早とちりしてないか?」

「ええ?」


何?何か間違ってた?


「確かに本城弁護士事務所とHSホールディングスは契約関係にある。

しかし、HSホールディングスの顧問料など大したことはない。

契約を切られても、本城法律事務所は潰れたりしないぞ」

「へ?」

「倒産の危機にあるのは、本城法律事務所じゃなく、HSホールディングスの方だ」

「・・・」

「不渡りを出したらしい。それで本城法律事務所に顧問料も支払えなくなる可能性があるから、

契約を打ち切ろうとしたようだ」

「・・・」

「つまり、お前が心配するようなことは何もない、ってことだ」

「ええー!?」

「・・・どうしてそう、おっちょこちょいなんだ、お前」


あの夜の、おじいちゃんとパパの会話を思い出す。


『HSホールディングスが・・・』

『契約を打ち切られる・・・』

『やばいな・・・』

『でも廣野の方の・・・』

『このままだと倒産する・・・』


ああああ!

「やばいな」「倒産する」はHSホールディングスのことを言ってたのか!!!


「で、でも、パパが『廣野の方が』って言ってました!」

「お前はコータが卒業した堀西に通ってるのか?」

「え?はい」

「HSホールディングスの平井社長の一人娘も堀西だな?」

「・・・はい」

「コータが、廣野組の仕事そっちのけで、裏で随分動いたようだ。

HSホールディングスはもう倒産の危機を脱した。

どうやら、お前の友達の親の会社だからコータは無償で助けたようだな」

「・・・」


会社が倒産したら、夢乃はとてもじゃないけど堀西には通えない。

だからパパはHSホールディングスを助けてくれたの?


「うちの組の奴が、ちょっとしくじって廣野組もここのところ大変だったんだ。

だからコータは『廣野の方の仕事も忙しい』とでも言いたかったんじゃないか」

「・・・」


なんだ・・・

そうだったんだ・・・

私が心配することなかったんだ・・・



私は脱力し、木の大きなテーブルに突っ伏した。



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