第1話 私のパパ
「ねぇ、パパァ」
「ダメだ」
「んだよ!まだ何にも言ってねーだろ!!このクソオヤジ!!!」
「・・・美優、その二重人格なんとかしろ」
「うっせー!!!」
その時、パパの携帯がピピピと鳴った。
「はい、間宮です。・・・はい、ええ・・・」
パパは慌てて2階の書斎へ上がって行った。
何よ、自分は携帯3つも持ってるのにさ。
私には、1つも買ってくれないんだ。
こんなに毎日毎日カワイ子ぶって頼んでるのに。
パパには「カワイ子ブリッ子作戦」だけでは通用しないと思い、
ついには、さっきの「不良娘作戦」まで実行しているというのに、
パパは全然携帯を買ってくれない。
リビングを見回す。
そこには絵やら陶器やらが飾られ、大きな革張りのソファーとテレビがある。
いわゆる「金持ちの家」ってやつだ。
パパは弁護士だし、ママの実家は大金持ちときてる。
お金なら有り余るほどある。
それなのに、パパは携帯一つも買ってくれない。
お小遣いだって、友達の半分もくれない。
私はわざと、ドスドス!と足音をたてて、
2階の自分の部屋へ入り、ベッドへダイブした。
ふんっ!!!!!
私、もう中学3年よ!
クラスのみんなは、ううん、学校のみんなは携帯持ってんのよ!
持ってないのなんて、私だけだわ!
何を今時「携帯は大学生になってからだ」よ!
どんだけ古いの、パパは!?
ママだって「パパがダメって言うんだからダメ」って言って
パパの言いなりだ。
面白くない。
・・・わかってる。
パパは私がかわいくないんだ。
私がパパの本当の子じゃないから。
ベッドから起き上がり、鏡の前に立つ。
自分で言うのも何だけど、
かわいい、と思う。
160センチの身長に、スラッと長い手足。
目はクリッとしていて、よく、子猫みたいって言われる。
鼻も高いし、口も程よく大きい。
肩より少し長い髪はクセがなく、キラキラだ。
街を歩いてるとよくスカウトもされる。
(怪しいヤツもあるけど)
全てママ譲り。
パパに似ているところは一つもない。
当たり前か。
血が繋がってないんだから。
ドンドンドン
「おねえーちゃ!おねーちゃ!」
ドアの外から舌っ足らずな声がした。
私はため息をついてドアを開ける。
「何よ、龍太」
「こえ!こえ、よんで!」
2歳になったばかりの弟の龍太だ。
嫌味なほどパパにそっくり。
プニプニの両手に抱えられているのは、絵本だ。
「いーや!お姉ちゃんは忙しいからパパに読んでもらいな!」
「おねーちゃっが、いいの!」
「うるさい!」
私は思いっきりドアを閉めた。
ドアの向こうで龍太の泣き声がし、
少ししたら下からママが「どうしたの?」と上がってきて龍太を連れて行った。
ああ、イライラする・・・
あれは忘れもしない、小学6年生の夏。
夜中に人の声で目が覚めた。
私は何事かと思い、ベッドから抜け出すと、
忍び足で階段を降りた。
階段の途中まできたところで、リビングから大声が聞こえてきて固まった。
何?今の声、パパ?
どうやらリビングでパパとママが喧嘩しているようだ。
そりゃ、パパとママだって喧嘩くらいする。
でも、これは・・・
今までの喧嘩と全然違う。
二人とも本気で怒っていて、かなりの大声で怒鳴りあってる。
私はその場にしゃがみこんだ。
どうしよう。
聞かない方がいい・・・
でも足が動かなかった。
ママもかなりキていて、泣きながら怒鳴ってるようだ。
でも・・・パパは・・・
パパのこんな声、聞いたことない。
こんな言葉遣い聞いたことない。
パパはいつも優しい。
ちょっと言葉遣いは悪いけど、それも気になるほどではない。
それが今は、まるで別人だ。
ううん、別人どころの騒ぎじゃない。
なんか・・・不良みたいだ。
その時、ママの叫び声がした。
「なによ!美優はあなたの子じゃないからそんなことが言えるのよ!!」
え?
なに?
なんて?
あまりの衝撃に自分の耳を疑った。
ママの言葉に対してパパも何か怒鳴り返してたけど、
何を言っているのか、もう私の耳には入ってこなかった。
気がついたらベッドの中にいた。
どうやってここまで戻ってきたのかわからない。
私、パパの子じゃないの?
でも、思い当たることがある。
私は確かにママ似だけど、パパに似ているところが全くない。
いくらママ似だって言っても、少しくらいパパに似てるところがあるはずだ。
でも、全くない。
それに血液型。
パパはA型でママはB型。
そして私は・・・O型だ。
血液型のことってよくわからないけど、
少なくともA型とB型の両親からO型の子供が生まれてくるなんて考えられない。
私・・・本当にパパの子じゃないんだ。
涙が出てきた。
でも声が漏れないように、布団の中で小さくなって唇をギュッと噛んだ。
「美優!起きなさい!」
突然ママが部屋に入ってきた、
かと思うと、クローゼットを開け、
私の制服や下着を鞄に詰め込んだ。
「おじいちゃんの家に行くわよ!」
え?
それって・・・
私はあっという間に車に乗せられて、
その日はおじいちゃんの家に泊まった。
朝起きたとき、昨日のことは夢だったんじゃないかと思えた。
あんなドラマみたいなこと、ありえない。
でも、おじいちゃんの家の部屋で寝ているということは・・・
やっぱり夢じゃないんだ。
不思議なもので、一体何があったのか、
あんな大喧嘩してたくせに、パパとママは次の日にはすっかり仲良くなっていた。
元々仲がいい夫婦だったけど、なんか前以上にラブラブで、
こっちが恥ずかしくなってしまう。
そして、あの喧嘩から10ヶ月ちょっとたった頃、
龍太が生まれた。
もう・・・勝手にしてよね。
本当は面と向かってパパとママに、
私はパパの子供じゃないの?
誰の子なの?
どうしてパパは私のパパになったの?
って問い詰めたかった。
でも、聞けなかった。
パパとママは幸せそうだし、
龍太が生まれてからも、二人の私に対する態度が変わったわけでもない。
だったら、何も知らないことにして今まで通りしていればいいじゃない。
そう思った。
でも、パパに怒られたり、携帯を買ってもらえなかったりすると、
「私はパパの子じゃないから」って方に考えが行ってしまう。
龍太が生まれてからは特に。
龍太はパパが32歳、ママが37歳の時に生まれた。
私が生まれてから13年も経っている。
しかも男の子。
そりゃあ二人とも目に入れても痛くないほどかわいがっている。
龍太が怒られてるのなんて見たことがない。
私にはお小言ばっかりなのにさ。
だから私にとって、龍太は面白くない存在だ。
ちっともかわいくないし、
ワガママだし、
家も服も汚すし、
うるさいし、
それでいてパパとママに凄くかわいがられてる。
なによ。
おもしろくない!