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NO PAIN~女神は眠りの中に~  作者: おじゃっち
9章 精霊の海
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76話 ウルスラグナの痛み

生まれを気にしたことはない。一度も。

けれど、宇宙の威光を論う神々の中で、一頻りに躍動し、時には神をも超えてしまう圧倒的存在感を持つウルスラグナに、どこかで諦めていた。この神には勝てないと、本能から屈服していた。

軍神ウルスラグナは時の戯れの場で、一度、原初神三十二柱に数えられる”宇宙の災禍”に勝利したことがある。私は他の原初神と戦って、傷を与えることしかできなかったのに。

ラウルスと名を変え、今、目の前で躍動する人間は、天界にいた時と変わらない存在感を乗せている。一番だと無自覚に思っている。慎ましやかな印象はない。

(一度落ちれば、輝きは地に落ちる…そう踏んでいたんだが…)

レヴィアタンの目の前に映る明眸の女は、一瞬たりとも退くことなく拳と毒を使い分け、敢然に攻めている。気化した毒を発散させ、レヴィアタンの肉体の皮膚を爛れさせ、筋肉を老いさせた。骨が露わとなり、まるで標本にでもなった気分だ。

《眠れる獅子》の異名は伊達ではないと、レヴィアタンは身をもって痛感した。彼の思考の合間にも、千に届く拳を高速で放ち、殴打を繰り出す。毒で弱ったとはいえ、武力だけで抑え込まれているのは、実に腹立たしい。

「”宇宙の災禍”仕込みの豪腕は畏れ多いね。対等にやり合う為に、君が神から人間になるのを望んでいたというのに」

「オレ様は鍛錬を欠かしたことがねえ。だからだろうなぁ、技術は失われない。神じゃねえからって負ける判断材料にはならねえ!」

ラウルスが見覚えのあるうねりの構えを取る。万力から為されるラウルスの十八番()だ。神速に匹敵する拳を制御して、彼女が紡いだ拳がレヴィアタンの腹に直撃する。一度受ければ威力を推測できるのだが、推測して尚、覚悟を超えてくる威力を当たり前のように放ってくる暴君ラウルス。彼女と遭遇した相手が謎の失踪を遂げた理由が分かった気がする。

「リヴァイア仕込みの防御も中々のもんだぜ」

撃退できていないと知ると、敵ながらもラウルスは嬉しそうに褒め称えた。

「ありがとう。素直に受け取っておこう」

そう言って、レヴィアタンはカウンターで返す。その軌道は、ラウルスが放った拳と同じ。シュゥゥと煙を立て、ラウルスは彼の拳を受け止めた。関心を示した。

「ふん…これがオレ様の拳か」

「!?」

ラウルスの一言に、レヴィアタンは吃驚し、すぐに距離を取った。

「いつだい?」

「あ?」

「私の権能を見極めたのは、いつだと…聞いているんだ!」

憮然の問いかけが、冷静沈着なレヴィアタンの口から発せられた。

「随分前からだ」

ラウルスは答えた。

「事前に打ち合わせをしてたんだ。始まりの概念は何かってな。原初の博学エドガーが全ての始まりを提示した。てめえの性格を考慮して、それを十くらいに絞った。さっき、エドガーと交戦したろ?

そん時にゃ、エドガーは見極めてたぜ」

「…」

「お前エドガーのこと見くびってたろ。確かにあいつは戦闘向きの始祖じゃねえ。だが、情報源の創出はエドガーがあってこそ、原初一族が成り立っている。戦場における情報戦はエドガーが抜きん出て強い。

”戦争”、お前が司る始まりの概念だ。

人類発展の手段の最たる道具は”戦争”。争い奪うことで、技術を盗み、生存権を拡張した。権能の名は”軍旅”!

交戦することで、相手の能力を模倣する!

お前が随所で見せていた能力は、模倣した能力だろ?」

「フェアじゃないね」

「駄々こねる年でもねえだろ…自分で当ててみろ」

ラウルスの気迫に、レヴィアタンの戦闘意欲は減少する。この態度こそが、神の重責を中てられているように不快なものだ。それに挫けている己にも腹が立つ。レヴィアタンは気持ちを抑え、ラウルスの権能を図る。

(考えられるとして、ラウルスが司る概念は”理”しかない。違和感は”適応”の後の万力の拳。キフェの結界術を模倣した結界殻が、想定していた威力を遥かに上回る殴打を受けた。ラウルスだからと言い切れば、それで終わる。だが、ラウルスだからこそ…断言できない)

「君は筋書きが嫌いなんだね」

レヴィアタンは鼻で笑った。

「オレ様は命令されることが嫌いなんだよ」

「ありがとう、君はやっぱり変わらない。分かったよ…君の概念が。

あらゆる筋道を破壊する権能。根幹の破壊が、理こそが君の司る始まりの概念。いい権能だね。元戦神であった君らしい。

そして君と戦えば、概念を模倣できる」

「それは計画のうちか?」

「君と私が出会った時からの因縁だ」

「あ~~! しょうもねえな!!」

因縁の言葉に反応して、ラウルスが毒を吐いた。この大戦、共通のテーマである因果を批判している口調だ。一応、先導者はラウルスが忠誠を誓う神皇セアなのだから、否定してはいけないだろう。

レヴィアタンの諦観に、ラウルスは暴論に近い言論を主張する。

「思い通りになっちまったら楽しくもねえ。計画通りが人生のどん底だ。オレ様が認めてんのは、オレ様の脳をぶち壊してくれる狂気だ」

「君に弟たちの教育が宛がうことが無かった理由、よく分かる。下手すれば、クヴァレよりもやばい思考じゃないかい?」

「理には適ってるだろ」

「どうかな?…でも、これ以上話してても埒が明かないよ。指標は違うんだから」

二人は邂逅の語り口を閉じた。人間を体感して得た知識と経験でも因縁は会合することができなかったらしい。同じ時代に生まれ、似通った環境で育ち、神の矜持を持つ人間。けれど、そこには一方的な執着がある。男は執着の正体を知っている。方向が一つではないことも知っている。

やはり、語らうには共通する支配が必要だ。

「ここからは姉弟の関係を取っ払おう」

「面白れぇ…じゃあ、何で往く?」

「当然…権能(我慢)比べだ!」

水神ルサルカは、眠れる獅子を呼び起こし、百獣の畢竟の門を叩く。彼女は自覚する。己の形の神秘を。


ラウルスは慟哭する。

桎梏(しっこく)の神鯨は、最愛に惹起(じゃっき)の蹂躙を欲す。

征鳥の卓見に憧憬(どうけい)を繁花に韜晦(とうかい)し、時の逼迫(ひっぱく)を誘う!

(なんじ)(たっと)き者に非ず。眠れる獅子を呼び覚ます!

鴉雀(あじゃく)は啼かず、白鶴(はっかく)は鳳に()む。

原理の証左が降り立つは、輪廻の環。今宵廻る創世の祝砲。輪廻は絶たれた。

(あば)くは月鳥。(あらた)めるは原初。神星(かみびかり)(あらた)かに掲げ!』

快哉に呼ぶ存在意義。

『デウス・エクス・マキナ=テーゼ』

咆えるは、神を呼び起こす呪文。

『―伽羅の哲学者(エピクロス)!!』

哮るは、神の名。


彼女の外見は何も変わらない。天界宇宙(ゴットバース)で誕生してから、今に至るまで一貫した容貌。通常であれば、権能の境地に達し、神となれば、その外見は劇的に変化する。

軍神ウルスラグナから人ラウルスへ。人から理神エピクロスを呼び起こした神ラウルスへ。

つまり、彼女を擁立する存在意義は言葉が変わっただけで、根本は同じだということ。

『軍神は命の破壊。理神は事象の破壊。どんな立場も、尊き存在も、オレ様が望めば壊してやる』

権能を完全開放して、神に成った彼女は破壊の概念そのもの。レヴィアタンは指標がもう一度、形を変えずに前にいることに深く感激した。

軍神ウルスラグナは、無名に苛んだ亡者に刺激を与えた。無名は、漠然と抱いた夢の門を自ら壊し、畢竟に辿りつく。


婀娜(あだ)の神娘。恩讐の溺死体。該博(がいはく)の官吏。致命の軍神。

僥倖の滂沱(ぼうだ)は偽装の幸福を(おど)す。

剽窃(ひょうせつ)起臥(きが)に囚われ、永遠に夢を閉じる。

悉く、病魔に苛まれ、生の災禍に(こら)える。

神皇は落魄し、裂罅(れっか)(そら)んずる。

災禍は戦役に噤む。在りしは蠱惑(こわく)

神の綻びに(たばか)る無名は、真の境地を希う!』

渇望する存在意義。

『デウス・エクス・マキナ=ジンテーゼ』

願うは、神を呼び起こす呪文。

『―虚空の哲学者(ソクラテス)!』

終末は、神の名。


彼の深みを帯びる銀髪は銀青色に変色し、透き通る水の瞳はそのままで、新たに六芒星の黒い耳飾りを造った。人の姿は変わらない。

今まさに、二人の人間は権能の境地に到達し、新たな神へと完成した。

『爽快な気分だね。もう一度、神として君と我慢比べができるのは…』

『お前、少し変わったな。てっきり、我を貫くって踏んでたからよ。セアの差し金か?』

『…』

『神聖時代一万年だったか。オレ様達が徒党を組んで、原初一族を作り上げたのは。お前がついてきてくれて楽しかったんだぜ?

けど、それから四千年後…お前は原初一族の情報を持ち逃げして、当時の守護者(ガルディ)の一人を溺死させた。クヴァレ帝国は筒抜けになった内部を容赦なく叩き、オレ様達紅帝族に六千年の暗雲を齎した。

お前は策士だ。自分の手を汚す時もあるが、オレ様に関わると他者を使う。裏切りもそうだろ?

なんの勝算があってか知らねえが、オレ様は今までのことは容認してる。精算じゃねえ。オレ様は懐のでかいからな。でも、見逃せねえ』

『なぜ?』

『オレ様が今まで好き勝手出来たのは、宇宙が容認してたからだ。だが、セアだけはお前のことを容認しなかった。それくらい、お前の恐ろしさを理解している。神を知っている。オレ様以上に…

おかしいもんだよな。あんな十数年しか真面に動いてない小娘に、こうも感化されるなんて…』

ラウルスは毒針を検出させ、千万の毒を生み出した。彼女が生涯携わった毒が集結している。

『始祖とセアとの命盟(めいめい)は意思を尊重して結んだ。あくまで平等にオレ様も、あいつの行動理念を判断した。それが親殺しに繋がろうが関係ねえ。オレ様は今を追求する…

オレ様が背負ってんのは忠義だけじゃねえ。預けられた命の重さもだ!』

ラウルスの理の権能が高まっていく。出力は濃縮され、いつ爆発するか分からない。彼女は感情の起伏が大きいと知っているが、今回の感情の中に二つの文字が根幹をなしている。忠誠。他者を敬う感情が、傲慢で、秩序を無視して輝くラウルスにあるのだと、レヴィアタンは羨ましくなった。そして、戦神は語る。

『私は優れているが完全ではない。私よりも優れた相手がいたとして悔しいとは思わない。けど、なぜだろう。君だけは放っておけない。その意味が今、わかったよ。

君は自由奔放に動く癖に、急に信念を貫く。神も…秩序も…宇宙を…銀河を…ぐちゃぐちゃにして、無邪気に走り回る君の生き様に焦がれてたんだ…!

だからこそ…もう君にずっと先を歩かれるなんて、絶対に許せない!』

レヴィアタンの戦争の権能が高まり、模倣した能力が複雑に上昇し、破壊の気流を生み出す。

『君が認めたもの…君が大切にしたもの…君が貫いた価値を壊す…これこそが君を超える手段だ』

”軍旅”と”原理”が衝突する。瞬時に生み出される破壊の事象。衝突し続ける二つの権能は、空に放たれた。諍いの終わりが見えない権能の波紋は、周囲の銀河を破壊することで、威力を失った。

『嘘じゃねえみたいだな』

『当たり前だろ?』

蛇の目は開き、黄金の瞳は今を貫く。透き通る水の瞳は打開へと舵を切る。

破壊された銀河を他の銀河が吸収した時、理神と戦神が衝突した。


ラウルス・ノビリスの秘話

誕生日は三月十七日、誕生星はタウ・カッシオペイアェ。【失敗を繰り返さない集中力】を意味します。

神にとって誕生日の概念はほとんどなく、元軍神であったラウルスも例外ではありませんでした。ですので、才の発現日が誕生日となっています。

ラウルスは軍神として有能であり、原初神と対等に渡り合える逸材で、アザトース神とも戦えることができ、アザトース神が最も恐れた嫡流です。

戦闘狂であり、勝った証に標本化したり、毒実験を行ったりと、ネジが外れた行動をしています。これに関して、セアは「ふーん」と言って黙認しています。

始祖は守護者として活躍していますし、守護者の存在意義を存続させる功績を立てましたが、誰かを守るなんてことが性に合わなかったので、辞退しました。ですが、一族を守ることは義務として行うことを約束しています。

ラウルスがもし、原初一族の長になっていたら、原初一族が戦闘一族になってしまったと思います。

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