75話 ペレの痛み
人類が天界宇宙で神と共存していた時、そこにはやはり稀有な人類がいた。
精霊、悪魔から派生した吸血鬼、人でありながら神々の結界術を扱える者、神を凌ぐ魔力を持つ者など、才能を買われた人類は、アザトース神が直接血を分け与え、かの神の嫡流となった。八人の嫡流、そのうちの四人は神であり、のちに人類となって、地上宇宙に降り立つことになる。
アザトース神が足から産んだ夜神モルディガン。のち、長男”疼”の元祖ノーヴァの名を授かる。
アザトース神が胎から産んだ双子の神、姉の軍神ウルスラグナ。のち、長女”猛”の元祖ラウルス・ノビリスの姓と名を授かる。
妹の美神アフロディーテ。のち、次女”血”の元祖イニティウム・テオスの姓と名を授かる。
アザトース神と七洋の一柱リヴァイアサン神がまぐわい、産まれた水神ルサルカ。のち、十男レヴィアタン・リヴァイアサンの姓と名を授かる。
四柱はのち、原初一族と夜の一族として、神々の威光を存続する役目を担っている。
通常、元祖の年功は強さではなく、元祖特有能力”才”の発現順である。だが、嫡流の八名は強さ順による年功序列が採用されており、その座を決めることが元祖同士の初めての戦いとなる。
次男”封”の元祖キフェ・フェイラが座り、戦いに本腰ではなかった精霊王が三男”然”の元祖となった。話し合いで決まった吸血鬼の女王ラミアが四女、聖女アグネスが五女となった。
そして残った長男長女次女十男は、アザトース神が彼らの為に用意した四柱専用の椅子。壮絶な戦いが起こるかと思った神の戦いは、一つの円卓で決まった。
『ほんとうに俺でいいのか?』
夜神モルディガンが聞いた。
『ああ、私に長男の座は相応しくない。それに、アフロディーテとウルスラグナを超えられない私には身が余る』
『へえ、分不相応か。探求心の高いてめえなら選ぶと思ったんだが…』
ウルスラグナが言った。ルサルカは少しも悔しくなく笑う。談笑の中、アフロディーテがルサルカの思惑を見抜いた。
『ルサルカ、あなたも策略家よね』
『はて…なんのことやら』
『九仭の功を一簣に虧くだったかしら…隙を探しているのかしらね。愚行ね』
『なんだ、てめえ…オレ様を超えようとしてんのか?』
ウルスラグナが確認してきた。
『いい刺激だろう?』
―ごぼっ!!
マグマが流動する。
「やっぱ殺るよなぁ」
ラウルスが一番に異変に気が付いた。粘質なマグマが水のように天に下る。地下から湧きあがるマグマを自由自在に扱うレヴィアタンが、始祖に鋭い眼光を向けている。
「公明を果たす時が来た」
マグマを弓矢のように放ち、合流した始祖を散乱させた。二チームに分かれたことを見たレヴィアタンは、プロエレとエドガーを先に攻撃する。
イニティウムとラウルスの邪魔がないよう、マグマを彼女らに向けて、行動を妨害した。
「君たちも天界宇宙出身だったね」
『一度、放棄したというのに…古き名で対決したいのかい?』
「ああ、だって天界でも地上でも、私はお前達を超えているからね」
「なら、権能勝負だ!」
プロエレが権能を発動させた。槍を螺旋に囲む水。こぽりと弾む音と同時に、地下脈から水が溢れ出て、プロエレに従う。
「エドガー、下がってな!」
エドガーは言葉に従い、安全の為、距離を取る。後方支援に徹する判断だ。
「君はそうなったか」
意味深な発言をして、レヴィアタンも槍を選択した。彼の行動にプロエレは睨みを利かす。強い踏み込みから、プロエレの刺突が放たれる。リーチの長さを最大限利用した彼女の得意技に、レヴィアタンは一瞬怖気づいた。先手を譲ったレヴィアタンは軽い踏み込みから軽く薙ぐが、その切っ先はプロエレの鳩尾を狙う鋭い一投だった。
(こいつ…)
プロエレは若干の違和感を覚えつつも、勇猛果敢に進んでいく。彼女が接近すると、レヴィアタンは逃げながら、攻撃を捌く。一進一退の状況の中、プロエレは攻撃を仕掛ける。地下水脈の水を操作して、レヴィアタンの足元を崩す。姿勢が崩れた彼に対して、プロエレは大上段に構え、大物の威圧を見せつける。本来は威嚇で使用する構えだが、彼女は槍本来の戦術を活かす構えへと解釈を変えた。肩まで大振りにあげた槍の位置は標的の高さがより離れているほど、強大な攻撃になる。
一族一番の剛力が槍を振り下ろし、レヴィアタンを叩きつける。どしん、と隕石でも落ちたかと錯覚するほどの打撃が生み出される。
「こ、れはっ…」
上から降り注ぐ槍の叩きを頭上で咄嗟に受け止めてしまったレヴィアタンは事の重大さに気づいた。上からの圧力は当然下と横に分散される。だが、プロエレは長く培った戦争で、武具へかかる力の操作を可能にしていた。
頭上からの叩きつけた圧力を、下だけに分散して、圧力の支配から逃れようとするレヴィアタンの動きを自慢の剛力で塞いだ。プロエレの全身の筋肉が唸り、太い血管が浮かぶ。だが、彼女は油断しない。身体能力で塞いだ後に施行するは権能。
ローズマリーの瞳が、オーシャン色に染まる。
《大海の覇者》の異名を冠するプロエレの権能が司る始まりの概念は、水。文明発展、生命維持に必要不可欠の概念。
権能の名は”源流”。全てを飲み込む濁流である。
『列ねよ列ねよ、開闢の檻。
乞いし乞いし、飢餓の雨。
狂え狂え、水神の曇天。
達するは饕餮の咆哮―』
地下水脈の水は流麗に従い、それは波紋を広げ、清く濁った鋭い槍を列ねた。
『―権能”源流”、構築』
遂に権能を発動させる。プロエレの中で黒橡を結っている少女が映る。オリゴとの記憶が蘇る。出自が稀で、生き方に相当苦労した原初神の威光を維持する使命を負った幼気な少女。
(オリゴはノーヴァの遺伝子を基に人工的に作られた神人。オリゴの母だと思っていた人間は、あの子の母ではなかった。母と呼んだ人間は原初一族でも、ましてや原初の血を引いてすらいなかった。
オリゴに流れていた夜の一族と原初一族の血の所在。一つは父ノーヴァ。そして、もう一つは、レヴィアタン…お前だろう?)
槍の叩きのめしが強くなる。姉としての怒りが、家族で悩んでいたオリゴの胸苦しさを思って、こみ上げてくる。
『汝、尊き者に非ず。あたしの激昂を受け止めろ!』
”源流”が牙を向く。一撃必殺の最強の技が発動した。
『ネーレイデス・オケアノス!』
波紋を打った濁流の槍が、レヴィアタンを串刺しにする。怒髪天の憤怒をありったけ解放して、裏切者を屠る。叩きつけている槍は戻さず、まだ息の根があるレヴィアタンを、プロエレは見下ろす。すると、ぐっと彼女の剛力を跳ね返す力を感じた。殺気立つプロエレは、もう一度、権能で水槍を造る。
こぽり、────。
聞き覚えのある音が微かに鳴った。次の瞬間、プロエレの立つ地面から彼女の権能でしか造れない水槍が湧き上がり、串刺しにした。
『ふざけやがって…』
プロエレは瞬時に距離を取った。血だらけになった体を、布切れで止血する。姿が見えないレヴィアタンの気配を探る。
「炎神ペレ、君が自覚したのは水なんだね」
プロエレの背後で、危惧していた人物の声がする。即座に振り返ったが、姿は見えない。少し安堵した彼女をよそに、上空から見えない斬撃が二人を襲った。
『くっ…』
”事象”でイメージした記憶で、エドガーが限定的な防御術を展開した。
『でたらめな業を!』
「権能はこうでなくちゃいけないだろう?」
広範囲高出力の斬撃を放った張本人レヴィアタンがやっと姿を現した。プロエレの一撃必殺の叩きのめしを受けたというのに、涼しい顔をする彼に殺意の火が注がれる。
「中々に面白い実験結果だよ。これだから、権能持ちは美しい」
独特な美学を語るレヴィアタンは酷く高揚している。彼の背後には、プロエレが見せた水槍が何本も構えられている。彼は満身創痍の二人を見据えて、無常に水槍を投じた。建物を破壊する異常な破壊力の槍を避ける彼女らを見物して、レヴィアタンは話を進める。
「私達は天界宇宙で産まれ、神の一柱として育った。原初神の血を受け継ぐ私達は人類の統治に携わることになった。地上宇宙に降り立つ前、神であった時の名と権能を放棄し、人類となることで、もう一度、神の存在意義を認識した。
炎神ペレ。天界での君は、肥沃の海洋と一緒だったね。地上でも炎だろうと踏んでいたけれど、水か。オリゴに炎の座は明け渡したんだろうね」
『お前…あの子を』
「ベースはノーヴァの遺伝子だ。人造人間でもよかったけど、それじゃあ原初の血を維持できなかった。仕方ないから、私の遺伝子も組み込んで生んだのさ。結果は良好。とても美味な心臓だった」
レヴィアタンは自身の腹を摩った。美食を口にした快感を思い出して、天を仰いでいる。彼の挙動が深く癪に触ったプロエレは、才と権能の同時使用を試みる。右足を前に出し、腰を低くした。槍をよく構え、剛力を槍に封じた。権能で巻き起こる地下水脈を味方につけ、螺旋の帯を槍に纏わせる。彼女の集中力が最大限に高まった。”溺水”の使用。人類最高の槍の名手から一投が投じられる。纏う水は刃物のように研ぎ澄まされ、剛力をこめた槍が全てを破壊する。崩落の権化たる一投。
正面から投じられたそれを、レヴィアタンは手をかざしただけで封じ込めた。
『!?』
(プロエレの、”溺水”が…)
あるまじき出来事を記憶したエドガーは冷静に驚くが、その一投を投じた本人であるプロエレの驚きは彼を超えるだろう。ただ、レヴィアタンだけは当たり前だと鼻で笑った。
「君たちは戦いにおいて学ぶことまで放棄するのかい?」
『!』
「対戦を経て、敵の思考を分析。その手腕を取り入れ、相手よりも高みに。相手を越えなければ勝利は掴めない。そうだろう?」
薄気味悪く語り掛けたレヴィアタンは始祖である彼女らが反応できない速度で、プロエレに接近した。迎撃が間に合わないと本能で察した。抵抗の予兆が取れないことをくみ取ったレヴィアタンは、彼女の胸に手を入れて、内部を探る。お目当ての臓器に触れた瞬間、勢いよく引き抜いた。
『ごの゛!』
引き抜いたのは心臓。プロエレは憎悪の言葉を言い切る前に、意識がこと切れた。彼女が倒れる直前に、エドガーが動いた。臆することなく、二人の間に割り込んで、プロエレを回収する。
『治療は専門外だって、何度言えばいいんだ』
文句を垂れつつ、穴の開いたプロエレの体に触れ、疑似心臓を”事象”で製造し、彼女の神経に繋ぎ止めた。一度大きく跳ねた彼女の体だが、意識が戻るまでには時間がかかりそうだ。前線向きがいないことで、戦闘は消極的に感じる。エドガーの考えなど、今のレヴィアタンを止める理由にはならない。
「エドガー。お前は天界でも、地上でも、歴史を重んじているね。一度放棄したと言っていたが、同じ権能を知覚することができるなんて…お前もお前で良い実験結果を残してくれる。ねえ、記憶神ムネモシュネ」
『歴史とはわからないものだよ。ルサルカ。私の存在意義は神に成っても、人間であっても変わらない』
「貫くことは素晴らしい偉業だ。だが、この戦場で役立つ戦術をお前は持っていない。悪いけど、お前が戦場に立った時から、敗北の歴史は決定された。私の手でね。
―"始まりの水"…"セア・アペイロンの左腕"…
―”始まりの記憶”…―”セア・アぺイロンの頭脳”…どちらから壊そうか?」
恐ろしい布告にエドガーは恐怖を覚える。プロエレの心臓を持っているレヴィアタンは強欲に、エドガーの心臓も欲した。彼の手が触れる。その直前に、黄金の瞳がギラッと輝いて、マチェットが頬を掠めた。
「強欲は身を亡ぼすわよ、レヴィ」
「随分と遅いご到着で…守護者様」
レヴィアタンが向けたマグマを対処し終わったイニティウムが危機的状況を打開する。
「う〜ん、多勢に無勢。私も勝つ気で来ているんだから、正直嫌だな」
「嫌がっているのは、私だけじゃないでしょう?」
イニティウムが髪をかきあげ、妖艶な笑みで言った。突如として、レヴィアタンのみに異様な殺気が当てられる。風に乗って、煙草の匂いを嗅いだ。野心に満ちた獰猛な女が針を携えている。
「いつまで経っても餓鬼だな、てめえは!」
ラウルスが突進してくる。匂いを嗅いだだけで全身が酷く痺れる。痙攣したレヴィアタンを見て、ここぞとばかりに攻める。彼は強く拳を握って、一つの打開策を講じた。建物内部に造られた庭園の地下から禍々しいオーラを感じる。
顔のない怪物が姿を現したのだ。
「四凶か」
「ご明察。セアが討伐に一日を要した元神獣だ。まあ、意志を消して只の傀儡にしているから、天界の神獣とは存在意義がかけ離れているだろう」
レヴィアタンの権能で形作られた四凶は片腕を巨大化させて、彼女らを薙ぎ倒す。単純な攻撃手段だが、有効的ではある。
『二人とも、小生はプロエレの治療を行う。一旦退くからね』
「おう、好きにしろ」
しっしっと除け者を払うために、ラウルスは厄介払いした。それが彼女なりの気遣いであるのか、はたまた本心なのか。今のエドガーが気に留める暇はなかった。
「撤退ねえ、どうする?」
ラウルスは隣にいる双子の妹イニティウムに聞いた。彼女は四凶を睨んでいる。だが、優美な所作を崩してはいない。
「そうね、賢明な判断よ。彼にはまだ、使命があるから」
イニティウムはマチェットを構え、四凶に体を向けた。
「十分で戻ってくるわ」
彼女は権能を行使して、四凶を異空間に連れ込んだ。対面するレヴィアタンとラウルス。互いに浮かべる不遜な笑み。
「こうして、君だけと話すのは初めてかもしれないね。ラウルス」
「そうだなぁ。だが、オレ様は待ち侘びたぜ。序列を決めたあの日から、てめえが言った刺激を待ってたんだからよぉ」
「私もだよ。あの日から今まで、何度君を殺そうかと模索したか…ずっと悔しい思いをしていたんだ。君は軍神ウルスラグナとして、原初神と遜色なかったからね。勝てないと悟ったさ。だから、一度下ろした」
レヴィアタンは槍を捨てた。手から糸を放出して、武器とした。
「軍神でない君になら勝てるかもと一抹の希望を抱いたまま、この時を迎えた。私は君を超えるよ」
「面白れぇ! それが遺言で決まりだな!」
互いに準備が整った。
レヴィアタンは悔しそうに、心で打ち明けた。
―ウルスラグナ。君は、人間として、どんな存在意義を選んだんだい?
オリゴの秘話
誕生日は9月27日、誕生星はデルタ・クルキスで《伝統を基にした創意》を意味します。
オリゴは実験で生まれた人造人間であり、ノーヴァが父親ではありますが、育ての親はプロエレです。赤子のオリゴを引き取り、原初一族の戦力まで鍛え上げることを条件に、プロエレは必死でオリゴを育てました。オリゴが炎を司ると知った時は、放棄した炎神の経験を思いだし、強い戦士にしようと決意しました。
時は流れ、同じ元祖始祖として役目を果たす二人の姿は親子であり、姉妹としての仲を育みます。
伝統はプロエレの炎神としての舞踊、創意は姉を慕うオリゴの姿勢を意味し、【炎神ペレを宿す自身】に辿り着きます。
オリゴは、プロエレのことを姉として慕っています。
セアが原初一族の長に就任した時、追い出されると覚悟していましたが、"ここがあなたの居場所だ"と励まされ、姉やセアに貢献すべく、始祖として奮闘していました。




