大輪編 74話 ルサルカの痛み
知識の海、原初一族統轄地”愷飧の檻”。千年前に勃発した元祖同士の殺し合い、元祖大戦の合戦場であった曰く付きの場所。
山をくりぬき、さらに穴を掘って下に長くした地形。造られた宮殿は中央に穴を空け、ぐるりと円を描くような造りをしている。穴は庭園となり、植物園が造られた。その上にアーチが築かれている。昔は元祖の交流所として栄え、従者や眷属、精霊や妖精が住み着いていた遺産。だが、今は廃れて活気もない。鳥の囀りでさえも皆無で、独自に進化した魔物が住み着く巣窟となっている。建物の形はそのままでも、亀裂が入っていたり、地盤が沈下している場所もある。植物が生い茂り、どこもかしこも緑が繁茂している。太陽の木漏れ日がちかちかと点のように追いかけてくる。水の流れる音。まだ水源は生きているようだ。文明の撤廃。大戦で起こった苛烈な炎は鎮められた。炎に耐えた痕跡が建物の黒ずんだ場所から分かる。
深みを帯びた銀の髪は太陽光を反射して、透き通る水色を輝かせた。吸いつけられるような青の瞳が魔物に目線を送る。魔物は恐怖を覚えて、その場を離れる。
「……!」
こつりと靴に何かが当たる音。白骨化した遺体は少し触れただけで、はらはらと崩れてしまった。
「この骨は誰だったか、覚えているかい?」
「さあな」
シャキン──。
問いかけに答えると同時に響く風が槍を当てる音。研かれて鋭利な刃が背中に当てられ、身動きが取れなくなるレヴィアタンは両手を上げる。正面に立つ人物を見下ろして、ほくそ笑みを浮かべる。
「君、動物の骨剥製にしてたよね。もうやってないのかい? ねえ、ラウルス」
人物はくすっと笑った。
「お前をコレクションの一部に加えてやるよ」
レヴィアタンを囲うように集結する四人の人物。
長女“猛”の元祖ラウルス・ノビリス―演者”調香師”。序列九位。
次女”血”の元祖イニティウム・テオス―演者”鍛冶士”。序列五位。
11女”淼”の元祖プロエレ・ノウム―演者”操舵者”。序列八位。
39男”智”の元祖エドガー・アゲリアフォロス―演者”書記官”。序列十三位。
原初一族統制殄戮部隊”始祖”。原初一族に害を与える事象全ての殺戮を目的とし、長たるセア・アペイロンに忠誠を誓う。その実力は元祖の中でも上澄みであり、経験に富んでいる。また、守護者の役を一時的に承り、紅帝族存続に貢献した猛者。その場しのぎの人選で、決め手に欠けると本人たちが判断したため位を放棄したが、間違いない戦力である。
「原初一族の全戦力を投下してでも、私を排除したいらしいね」
「全戦力じゃねえよ」
「?」
拍子抜けするレヴィアタンの後ろで、槍を構えているプロエレが鬼の形相で言う。
「お前ぇに戦力は使ってやるが、全部は向けてねぇ。なんてったって、セアが来てねえからな」
「…」
「レヴィアタン」
名前を呼ばれて、目を向ける。イニティウムが腰に下げていた武器を抜刀する。マチェットの均一な刀身の幅。鍛冶士として多くの武器や装飾品を手掛けてきたイニティウムにしては、シンプルな武具選びだ。大振りでリーチはありそうだが、特別とは言い難い。
「演者”碩学”レヴィアタン・リヴァイアサン。あなたは始祖の座から正式に除籍した。セア・アぺイロンの勅命により、今よりあなたを裏切者と見なし、抹殺する!」
断罪の宣告で、始祖の顔つきが変わる。勅命の理を下され、久方ぶりに本気を許された彼女らは、目の前の裏切者を我先にと狙っている。当の裏切者レヴィアタンは、セアの判決に笑いがこらえきれない。
「酷い女だね、まったく…慰めてやった恩を仇で返す救いようのない子供。だが、そうでなくては…そうであるからこそ、君はイイ女なんだろうね」
(こいつ…)
レヴィアタンが誰のことを揶揄しているのか、分からないわけではない。セアを愚弄したことで、イニティウムは抜刀していたマチェットを素早い動きで振り回す。ひらりと躱すレヴィアタンだが、先回りしていたラウルスに拳で落とされる。円の宮殿を繋ぐ橋に落とされる。
「気配がないね」
レヴィアタンは即座に後方を振り向いた。その先にいる悲壮感を持つ儚い男と目が合った。端正な出で立ちで、白練の羽織を振る。
『やあ』
エドガーが軽く挨拶をする。彼の影が動いて、茨を生み出す。正面からの物量攻撃に圧倒されて、レヴィアタンは橋から離脱した。無理に圧迫され、落下しながらも受け身を取る。穴を掘って縦に長くした地形であるため、落下ダメージは上空から突き落とされた時と同等であると感じている。外壁に伸びている蔦を掴み、窓から室内へ侵入する。気配を極限まで薄める。
(南に一人…さっきの橋でエドガーとイニティウムが合流した。イニティウムは隠密には向かないが、気配を出すだけでその場を圧倒する役割がある。もう一人の気配が見つからない)
懸念を浮かべた直後に、レヴィアタンの頭上にある天井が崩れ落ち、そこからラウルスが飛び下りてきた。粗っぽい登場は彼の度肝を抜く。
(直線距離でぶち込んできたか)
「君はいつも私の想像を超えてくる!」
「てめえのために作った毒だ。遠慮せず、味わえよ!」
ラウルスが毒針を携えて、レヴィアタンの急所に針を刺す。瞬時に毒が回り、彼はその場で崩れ落ちる。
「苦しそうだなぁ。死の解毒剤でも打ってやろうか?」
「ははっ! 私だって遊んでたわけじゃないよ」
猛毒を食らって、悶絶する間もなく、レヴィアタンは何らかの能力を行使して、自ら解毒した。彼は床に手を触れて、また別の能力を行使する。建物に熱を伝導させ、灼熱の空間を生み出す。熱によって赤く発光し、火花を散らす二人のいる空間は恐らく一万度の温度までに高まっている。術者のレヴィアタンは一気に詰め寄り、ラウルスの首を掴んだ。そして、万力で絞殺を謀る。
「おいおいおい…こんなもんでオレ様を殺せると思ってんのかああ!?」
生温い殺しに、ラウルスが憤慨する。その怒りで、彼女が才を発動させていることを、レヴィアタンは感じ取った。
長女”猛”の元祖ラウルス・ノビリスの才の名は”適応”。環境の変化に瞬時に適応し、そして体内異常も克服する人類進化の一部を具現化した能力。
この才の開花は、長男ノーヴァよりも早く、過酷な天界宇宙に適応した。アザトースも警戒視する”適応”が、長女に選ばれた要因。
最も最前線に適した元祖こそが、ラウルスを長女の地位として確立させ続ける。武に長けたラウルスは、アザトースを一度跪かせた。
絶対的君臨現存”適応”。
「長女の洗礼見せてやるよ。教育だ!」
才の発動の次に、彼女は権能を発動させた。毒針を腰に携帯し、力強く踏み切る。地面を砕く強いうねりから放たれる万力の拳が、別の能力で自身を守るレヴィアタンの結界殻をいとも容易く打ち破る。
ずざぁぁ!!
拳を受け流して、レヴィアタンの肉体は内部から悲鳴を上げている。彼の前で猛々しく佇み、余裕の笑みを浮かべる長女が映っている。
原初一族と夜の一族、そして元祖は、ともに神の血を開花させた人類。区分する要因は、肉体に流れる神の血の濃度であると人類は判断している。
だが、元祖と一族の最も大きな差は作られ方による。
元祖は、人類の間で生み出された人類であり、神の手で作られ、部分的に血が流れているのみ。
それに対して、二つの一族は神の胎から産まれた生粋の神子である。純潔と不純の観点でおける区分が、大きな差となる。そして、生粋がヒトの形を維持したまま、さらに血を神格化した御業こそが”権能”である。
「君は天界宇宙から変わらないね。軍神ウルスラグナ」
「お前はリヴァイアから産まれたにしちゃ、威厳がねえな。水神ルサルカ」
「神から人類に下った人間はお目にかかれない。姉弟のよしみで、見逃してくれよ」
「オレ様はどうだっていいんだけどな、天使が嫌がってんだよ。てめえが天使を実験材料にした挙句、原初神の代行として宇宙の維持を長年行ってたのに、天使自ら調停を乱す思考に上書きしやがったからな。相当なご立腹気味だ」
「天使如き…」
「始祖から逃げられると思ってる脳みそは褒めてやるよ。だが、てめえは歴史から抹消してやる!」
部屋の窓から、一点の橙色の光が輝く。光が大きくなっていることで、部屋に近づいていることが分かる。揺れは大きくなり、二人のいる空間を裂くように一本の槍が投擲された。圧倒的破壊力を投じている槍は、部屋だけでなく、棟を破壊して、縦長の深い地下に崩れ落ちる。落下する建物の残骸を足場に駆け上るレヴィアタンの前に、黄金の髪を流れ落とさせ、黄金の宝石を持つ瞳を燦爛に輝かせる絶世の美女イニティウムが立ちはだかる。腰のポーチから血液の入った試験管を取り出して、まき散らす。血液はみるみるうちに形状を変え、剣を生成した。
マチェットを振りかざした瞬間に、血操した剣も直線に降り注ぐ。
次女”血”の元祖イニティウム・テオスの才の名は”血刃”。血を操る程度の能力であるが、その分野は多岐にわたる。
血の形状を変え、武具などに変容する血操。自己治癒に長けた輸血。武器製造時における強化。自身の血を混ぜる洗脳効果。防具生成など、柔軟性に富んだ能力。そしてこれは、血が多く流れる戦場で絶大な効力を発揮する。
変容した剣はレヴィアタンを狙うのではなく、彼の足場となっている瓦礫を的とした。ばらばらに粉砕した砂と同じくらいの大きさになってしまった瓦礫が落ちる。だが、これだけでは簡単に終わるわけがない。それを見越して、一人の女傑が城の屋上で待機していた。赤褐色の肌が太陽に晒される。回収した槍を構える。びきびきと地面が割れる強い踏み込みから成る投擲の構え。
11女”淼”の元祖プロエレ・ノウムの才の名は”溺水”。集中力が続く限り、耐久が続く限り、彼女の投擲したものが必中する能力である。プロエレ本人が投擲できる物と解釈すれば、能力の行使は有効である。
それだけでなく、彼女自身の投擲技術は人類随一であり、原初一族一番の剛力を誇る。彼女が放つ投擲は山を切り開き、果てしない海を渡るほどで、守護者を震撼させる物理技。
人類最高峰の一投が投じられる。僅かな角度で落下と投擲を続かせる槍は、寸分の狂いなく、レヴィアタンの腹を貫通する。そして、槍が生み出した局地的な超重力がレヴィアタンの体に圧し掛かる。
「原初の不沈艦め…だが、この程度だ」
レヴィアタンは自身の流れる血を操作した。それは直前でイニティウムが見せた血操と酷似しており、変容する血は湾曲した穂先の槍を無尽蔵に作り出す。彼の指示で、槍は上昇し、屋上で待機しているプロエレに必中の豪雨を降り注がせる。イニティウムとラウルスが交錯した足取りで、上昇した槍を一掃する。
不発に終わったレヴィアタンは自身に対して酷評し、技術の進化を図る。そんな彼に、もう一人の傑物が現れる。
「エドガー?」
『君には権能ばかり見せていたからね。久しく、才を使おう』
何らかの方法で足場なしに滞空するエドガーが何をしようとしているのか、さすがのレヴィアタンでも皆目見当もつかない。
エドガーは一冊の本を開く。本から流出する文字は神々しく光り、文脈を紡いでいく。繋がった文は円状の建物の壁に張り付いた。
『***』
エドガーが人類の言葉ではない未知の言語で囁く。張り付いていた文字が急に光を失って、途端に、その場からマグマが流れ始めた。
「これはこれは…末恐ろしい才だな」
狡猾なレヴィアタンですら驚嘆の声を隠し切れない39男”智”の元祖エドガー・アゲリアフォロスの才の名は”事象”。エドガーが記憶している情報を再現または具現化する能力。そして、記憶への解像度が深まると強制力が増す。
エドガーが火山の記憶を再現した。そして、もう一つ。マグマに落ちる記憶とレヴィアタンの落下する記憶。二つの記憶を情報化し、合成することで、レヴィアタンがマグマに落下する記憶を再現した。記憶の解像度は深く、強制力は絶対である。
”事象”で決められたレヴィアタンは、マグマへと落ちていく。
「エドガー」
落下を見届けたエドガーの背後で、血を変容させ、翼を作ったイニティウムが彼を迎えに行く。二人は急いで、上昇し、屋上で待つラウルスとプロエレと合流する。
『できることはしたよ』
「お前まで生温ぃこと言ってんじゃねえ!」
『分かってるよ。オリゴを撃破した彼が、こんな終わり方するわけがない』
「イニティウム」
槍を地面に突きつけ、万全の構えに投じるプロエレが、無表情でマグマを見下ろすイニティウムの名前を呼んだ。黄金の瞳に、橙色の小玉を映す。
「戦意があるなら這い上がってきなさい。公明を覚えているのなら…ね、ルサルカ」




