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NO PAIN~女神は眠りの中に~  作者: おじゃっち
9章 精霊の海
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69話 還らざる痛み

倒せば転がる悪魔の死骸。間髪入れず、召喚される悪魔。熾天使の剱を一薙ぎし、ソロモンに鋭い一刺しを送る。寸分の狂いなく、ソロモンの心臓を露出させる。白目を向ける彼だが、一度大きく跳ねると、意識を取り戻した。ソロモンはセアの腕を掴んで、引き寄せる。空いている手で拳を握って、彼女の腹に中てる。

「立っていられるのか」

直撃を受けても痛がる姿を見せないセアに、ソロモンが述べる。上背のあるソロモンは見下ろしている。ぱきりと音を立てて、セアは拳を握る。次の瞬間、ソロモンの首を骨が貫く。また白目を向ける彼に猛追を仕掛ける。

「最悪な子守歌だ」

突如として差し出された手はセアの腰に回され、彼女を抱いて引き寄せる。こつんと触れる二人の額。銀髪が視野を掌握して、周囲を遮断する。ソロモンは空いた腕を彼女の頭に回して、さらさらと流れる銀髪を興味深そうに撫でた。不愉快に見下ろし、セアは言う。

「悪魔大戦を首謀した奴は貴様だったか、ソロモン」

セアの確信した言葉に、ソロモンは薄ら笑いを立てる。頬に指をあてて、笑いをこらえきれない。

「そうとも。七洋に頼まれてな。早く殺せと言われたものだから、宇宙規模の魔法を完成させたんだ。貴様には完封されたがな」

悪魔大戦は約六百年前の大戦の一つ。海各地に甚大な被害を与えた悪魔の百鬼夜行。それを率いていた魔王を殺したことで騒動は落ち着いたが、黒幕は他にいる。

魔王を召喚し、契約を結んで、侵略を主導した糞野郎。悪魔を何万体も召喚できる魔力量と技術を持ち合わせた魔法の開祖の一人、それが”喚”の元祖ソロモンである。そして、悪魔大戦の功績で英雄となったセアとは因縁の相手でもある。

「貴様の抹殺を志願した」

「…」

「貴様が戦う姿を見て思ったのだ。穢れなき魂が酷く黒ずんで落ちぶれる光景とは、魔法では再現できない彫刻だろうと…」

濡羽色の瞳が揺らめく。悪魔の残骸が蠢いて、奇襲を仕掛けた。その場を離れようとするも、腰に回る手が上がって腹を固定される。セアはソロモンだけを見つめた。襲い掛かる悪魔どもを延長させた骨で切り裂いて、また亡き者にする。その過程で、ソロモンの脳を突き刺し、殺した。拘束が緩んだ隙を見て、セアは支配から逃れ、距離を取る。顔をわずかに覗かせて、状況を窺う。ぱきぱきと伸縮を続ける骨を撫でて、出方を見る。黒目がセアを見据えて、掌を向ける。すると、骨が発散して崩れ落ちた。微細な骨の粒子が肌に突き刺さり、鮮血を滴らせる。

「二十八回目…失敗」

心底残念がるセアは治療を完了する。ソロモンは頭を叩いて、調子を整える。

「こんな短時間で死んだのは初めてだ」

「本当に煩わしい才だな」

呪詛を吐いて溜息をつくセアは立ち上がる。

「やはり強いな。()に降りかかる痛みはすべて、死の”致死量”を超えている。ゆえに、死ぬことがない」

怪訝な顔をして、セアはソロモンに関する情報を整理する。

(”喚”の元祖”致死量”。元祖本人が死亡した瞬間、それに関わった打撃を集約して、生命エネルギーに変換する能力。いわば、単独の蘇生術。威力を抑えて殺しても、再生する。”致死量”の発動は常時発動型だが、ソロモンが死亡すること自体が変換の鍵となる。一撃そのものが致命傷の威力を誇る守護者(ガルディ)には相性が悪いな。加えて…)

ソロモンの周りを飛行する悪魔と、自身を取り囲む悪魔を視野に捉える。

(召喚魔法は私も専門外。頭ごなしの知識しかない。特別な対処法があるわけではない。ソロモンを殺せない程度、尚且つ悪魔を瞬殺できる術。魔法で対処するしかないのか…)

「手加減は苦手なんだがな…」

ぽつりと呟くセアは、バジリスクの頭を撫でる。

「…」

一向に動かないセアに向けて、ソロモンは手を伸ばす。途端に音を立てて柱が崩れ落ちる。回避し、宙に舞う。瓦礫を足場に移動を試みるが、悪魔が邪魔をする。行く手を阻まれたセアに向かって、ソロモンは容赦なく魔法をぶつける。

ド、ガタン!

時間差の魔法攻撃で、部屋の一部が塵も残さず消失する。指先に集まる微弱な魔力だけで破滅を導くソロモンの基本。いまいち精度に納得していないのか、ソロモンは首をかしげる。そして、抹消の感覚が無いことにも気が付いて、見上げる。光がない空間で、ソロモンに影が落ちる。目を細めた先には冷酷であり、鮮烈な目で見下ろすセアが宙を飛んでいた。無表情の彼女の手に握られている剱だけに温度が感じられる。ソロモンは詠唱と挙動を省いて、悪魔を召喚する。そして液状の金属を魔法で構築し、セアへと放つ。高速に射抜かれた魔法と、けたたましい泣き声で襲い来る悪魔を見て、セアは手を差し出した。

(私に魔法を教えてくださった一柱…)

セアは思い出す。恩師に近い神の言葉を、静かに語る。

『輝く星々は莫大なエネルギーを必要とする。星を生み出すためのエネルギーと、輝きを掴む覚悟を、セアは持てれるかな?』

神から与えられた疑問の一つ。トート神の疑問を、セアは今やっと果たせる。

(赫赫の一星を探求して、星雲に焦がれた。扱えきれない魔力は蒼穹の名のもとに、銀河へ飛ばす)

「銀楼の再臨──」

悪魔と魔力が一瞬で地に落ちて、消滅した。星屑のように跡形もなく消滅したそれらを目の当たりにしてソロモンは、反射的に顔を向ける。

無機質だった空間に星雲が及んで、ちかちかと輝く些少の星の欠片。恒星を背景にしても、セアは無表情。彼女に集まる彗星の尾は、細く虹色に輝く糸となる。星雲は穴の開いた円を辿るように回る。穴という中心に、不動のセアがいる。星の紛れに剱を携え、掌には結晶を浮かばせる。その光景は星紋を刻む。穢れなき星河に潜む邪気に、ソロモンは心を奪われる。


オドの魔力は純度の高い魔法を必ず生み出す性質を持つ。魔法の強さを構成する魔力量・魔法経験・魔力制御、そして魔法純度。経験と努力、才能全てが揃わなければできない構成要素が純度である。最高純度の魔法を操ることは魔法の開祖でも難しい。一瞬でも気を抜くと、魔力暴発が起きてしまう。それゆえに扱えるものが途絶え、オド魔法は失われた技術と呼ばれていた。


(始まりの賢者は唯一の活路を切り開いたが、賢者でも部分的にしか扱えぬ失われた技術。猛威たるオドの魔力を天空に捧げる魔法へと変換した。天でも星々の膨大なエネルギーに着目して捧げることを、記した)

ソロモンは手を広げて、辺りに行き交う星の欠片に敬意を払う。目を細めて、彗星を望む。

空間を歪ませる影響下と、壮大な星空を創り、術者が恣に維持するオド魔法。”星”の元祖が感銘を受けるほどの技術であることから、人類はオド魔法の別名を広く考案した。

六連星魔法。アンドロメダ魔法。銀河魔法。聖望手法。

魔法という区分では収まらないが、魔法の上位に当たる魔術とも違う。異質の魔力と奇術。星の異称では小さすぎる規模。けれども、天体に関わる異称ではある規模範囲。


然るべき名は、曰く昊──。


「昊は幾星霜の願いが届く神の領域。貴様らの魔法など、天翔ける星の断片にもなれない。即ち、愚者である」

「っ!!」

失われた技術と呼ばれるオド魔法の性質を完全に掌握した完成度に、ソロモンは為すすべがない。燦燦と輝く宇宙の目に温情はない。セアは手を振り下ろすと、虹色の糸が動き、新たな星紋を刻む。些少の欠片は霜と合流して、氷惑星を形作る。圧し掛かる重力をいとも簡単に操作して、空間を変化させる。

氷翠(ひすい)

星が流れ下る。ソロモンは相殺の方向に魔法を展開する。魔法陣の物量が埋め尽くす地面に、容赦なく星は下る。煌きが煩わしく感じる。隕石に近い凶悪な昊を相手にしたソロモンは息を荒くする。初めての経験で気持ちが高揚している。一握の達成感を感じた直後に浮遊する疑問。

(どこへいった?)

頭上から感じた視線が途切れたことに違和感を覚える。案の定、セアが視界から消えていた。一帯をに注意を払う。気配を探ろうとしても見つからない。隠密に徹した彼女を見つけ出すのは困難だと判断する。まるで、空間そのものに溶け込んでいるようだ。埒が明かないと苛立つソロモンは魔力を練る。魔力で一つの星を盗み、高密度に圧縮し、一気に圧縮を解く。星は高エネルギーを持って辺りに拡散して、小規模の爆発を引き起こした。

「ちっ」

ソロモンの行動も空しく、昊は依然として輝きを放つ。その直後に、ソロモンは殺気を感じた。

(…後ろに、いる)

身の毛もよだつ警告音が鳴り響く体を無理に抑え込んで、恐怖を片隅に追いやって、脳を稼働させる。ばっと振り返り、拳を振るう。しかし、そこにはセアの姿が見えなかった。視線を揺らして、また周囲を探る。手足が痺れるような旋律は続く。姿を現さないセアの声が響く。

「貴様が蒔いた種は一度は枯れたらしい。伸びるたびに貴様は何度も踏み、花にさせなかった。けれど、味わった屈辱はいつしか堆肥となり、穢れを帯びた花となる。貴様の気づかぬ間に」

「!?」

突如として姿を現したセアは、ソロモンの正面で堂々と剱を構えていた。昊の回遊が始まる。熾天使の剱に付与された星紋。とても美しいと感じたソロモンは咄嗟に防御魔法を展開した。しかし、セアから溢れるオドの精度と波及から察した。

そらは防げない、と。

「―天漢」

剱が嬲り下ろされ、ソロモンの肩から腹にかけてを切り裂いた。斜めに浮かぶ傷から大量の血が流れる。尋常ではない痛みにソロモンは一瞬意識が遠のく。彼の心臓が一度、ドクンと大きな鼓動を鳴らした。その直後に、ソロモンの意識が完全に回復して、セアを捕まえようと手を伸ばした。セアは後ろに飛んで、星雲に消える。それを見たソロモンの中に眠っていた執念が燃え始めた。

「逃がすか!」

彼は大きく叫んで、魔力を集中させた。星を媒介とした魔法をもう一度行おうとしているのだ。その規模も先程より高威力だと知らしめるもの。鉄黒の瞳は、獰猛な星を逗留させた。地獄の一片にある灼熱の炎を、ソロモンは召喚させようとしている。

(感心してしまった。美しいと思ってしまった。()の負けでいい。今はな!)

「鎖に繋げ、貴様が嫌になるほど魔法を使わせてやろう。召…」

「させるかよ…」

セアとは違う声と同時に、ソロモンの魔法が阻害された。

「この魔力…」

阻害した媒介はマナであろう。その魔力に覚えのあったソロモンは目を大きく見開いた。覚えのある気配を感じた。顔を上げる。目に映った白銅色と呂色の束ねた髪を靡かせて、凛々しい顔を晒す。黄褐色の目に星が映っている。鎌を振り下ろして、ソロモンを威嚇した。

「……なんだ、死んだのではなかったのか…実経!」

ソロモンに立ちはだかったのは、一度死んだはずの一条実経であった。彼はキフェとイレミアを相手に、座天使(ソロネ)級魔法使いで即興の連合を組んだ。イレミアを殺すきっかけになった頂点魔法の代償で息を引き取ったとの訃報を受け取ったソロモンは怒号を飛ばす。実経はにぃと微笑んで言った。

「俺も元祖の一人だ。こんくらい朝飯前なんだよ!」

好戦的な笑みを浮かべ、ソロモンは詠唱を省いて殲滅魔法を展開する。星と魔力のぶつかり合いは凄まじく、すぐ近くで火花が散っている。

「てめえは言ったよな。俺が生きてる限り殺さねえって…峻烈な現実を用意してやるって…残念だがよ、俺に生命の終わりは来ない」

「!」

実経の力が強くなっていく。腕に圧し掛かっている鎌が食い込んでいる。ソロモンは腕そのものを刃物に変形させて、実経の心臓を貫いた。衝撃で、彼の体が痙攣した。だが、力を維持したまま鎌から手を離すことはない。ソロモンは腕を引いて、変形を解除した。

もう一度、実経の体が痙攣を起こす。項垂れていた頭を上げて、舌なめずりをする。ソロモンに向かって、これでもかと籠めた悪意の微笑を差し出す。小さく言った。

再挑戦(リセット)―」

「!」

完全に停止した命は息を吹き返して、ほんの数秒で復活した。実経の驚くべき蘇生術にソロモンは目を丸くする。

実経は鎌に力をこめて、ソロモンの腕に深い傷を与えた。ソロモンが反撃に出ようとすると、実経は手を頭上にかざした。

「マナ魔法時空系時空落とし(アーベントロート)

すると、セアが展開しっぱなしだった昊を破壊して、元の空間に時間を巻き戻した。その中から現れる氷の人間。白い吐息に、気が乗っている。気によって、次縹に色づく氷の腕を高くに掲げて、司令塔が詠唱を告げる。

「六つの花、樹氷の凍て星、月下の霜、結氷湖袖の氷、氷面鏡(ひもかがみ)の華美を讃える…深淵を捧げる…

細雪名残の深雪(みゆき)

星の粒子が、氷の粒子となって、氷塊を形成する。絶対零度の氷雪塊を素手で持ち、驚嘆するソロモンに向けて、降下させた。

空間と合流した氷雪塊は、ぱきぱきと氷音を鳴らして、空間を氷で覆いつくす。一面が真っ白に塗られた。

「ナイス!」

「お前もな」

実経は司令塔に笑いかけた。頭上にいた司令塔である鷹司兼平はゆっくりと降下する。ぱきりと犇めく氷の盤面。

兼平は周囲を見渡す。気配を探っても、セアは遠くにいることが分かる。

(私たちが到着するまでの時間稼ぎで、ソロモンとの因果関係が完結したのか。恐ろしい女)

兼平は鼻で笑う。まさか、大戦に参加できるとは思ってもいなかった。兼平に特定の因果があるわけではない。だが、今まで守ってきた二乗家と近衛家の雪辱を果たすために、ここまで来たのだ。

「面白いぞっ!」

呆然と考えていた二人に、ソロモンの声が意識を呼び覚ます。彼は片腕を激しく損傷している。しかし、彼が息を吸うと損傷した腕は跡形もなく完治した。

「お前達は才を使わんからな。その存在を忘れていた」

「俺もてめえの才初めて見たぜ!」

「実経、じゃれるな」

殺意が飛び交う。因果とは目に見えぬものだが、運命の糸を結ぶ。生まれた時に持っていた脆弱な糸は、ヒトと関わることで堅牢度を得るのだ。

()に勝つために兼平を選んだのか」

「意味がねえとか言うんじゃねえぞ」

「お前はよく知っているだろう。()は無意味なことが嫌いだ。生産性がない。堆肥を必要とした分だけの成果を生み出したい」

言葉で分かる本性。絶対の自信が見て取れる。彼は武器を持たない。兼平は、ソロモンの拳に視線を落とす。

(記憶の中でのソロモンは武器など持っていない。必ず。魔法と拳だけで生き残った…イニティウムが育てたことが救いか)

腹立たしい。兼平の周囲に氷の粒が舞う。

「面白いな。()も含め、才を使うに至らない臆病者ではないか」

「使う場面がなかっただけだ」

「使う場面から逃げただけではないのか?」

兼平を煽り返すソロモン。二対一の状況でも決して焦らない。二人の前がセアであったためだ。ソロモンの黒瞳が愉快そうに語る。

「幸いにも、”神皇”はすべてを揃えた。彼女のように飾ることはできぬだろう?

死に物狂いで()を殺しに来い」

足を引いて腰を低くする。手招きで二人を、死闘に誘う。

実経は手に持っていた一対の鎌を合成して、等身大の鎌に巨大化させる。

兼平も才を発動させる。彼女を取り囲む紙垂。神聖な場を示す。

「ここで決着をつけようぜ…どっちが生き残るかをよぉ!!」

紅帝族序列十八位一条実経と十六位鷹司兼平が徒党を組み、25男”喚”の元祖ソロモンに挑む。


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