68話 撞かざる痛み
精霊の海にぽっかりと空く不毛の土地に存在する魂の怨嗟は静謐の旋律を奏で、来る者を待っている。万を超える時代に募る不浄は、精霊王の与えた豊穣すら蝕み、また荒れ果てた不毛を続ける。最悪のコンディションで、最高の一打を生み出す二人の人類。その争いは過熱している。
増幅する単純なパワー。永続的に供給される仮想物質を器用に使いこなすメルキゼデクは常に物質魔術を発動させていた。負荷が体にのしかかる。加えて、彼は仮想物質の塊に近いフォーセリアに制御を訴えかけている。敵の弱体化と強化、そして格闘技術でフォーセリアを翻弄する。
対してのフォーセリアは小細工なしの格闘と、神器バースの双刃刀で対抗する。溢れ出る覇気が自然と共鳴し、無意識のうちに第二の刃を放出している。自然の猛威。回転させた双刃刀が鋭角な軌道を描いて、メルキゼデクの心臓を狙う。速度威力ともに申し分ない精度で放たれるフォーセリアの刺突を、メルキゼデクは軽々と避ける。彼自身の速度が向上したことに、フォーセリアは気づいた。
(エレメンタルの魔力か…)
指定された仮想物質の正体をフォーセリアはすぐに見極め、対応する。だが、それよりもずっと速く仮想物質を制御する術式を構築したメルキゼデクは斧を平面にして、力強く叩きつける。圧倒的破壊力を誇る一撃は地上では逃げ場がない。フォーセリアは第二の刃を足場にして、直前で避けた。華麗な着地を決めると、向き直った。一瞬考えた後、彼に隙を与えまいと動く。正面から激突する二人の刃。反動で後退するメルキゼデクに対して、フォーセリアは全身を使った唸る蹴りを中てた。爆発音に近いそれを直撃した箇所に摩擦が生じて煙が立つが、当のメルキゼデクは爆増させた耐久力を見せつける。カウンターを躱すフォーセリアは安全領域まで下がり、体勢を整える。
(”神権”も厄介だけど、供給される膨大なエネルギーを一瞬で制御する物質魔術の構築技術。構築と発動までの時間が尋常じゃない。これは断言できる。魔法に関する速さなら魔法の開祖の中で一番だ。もしかしたら、ウェルテクスと同じくらい速いんじゃないか?…でもまあ、俺にも魔術を使ってるみたいだけど、上手く嵌ってないみたいで安心してるよ…)
「さっさと蹴りをつけるか」
フォーセリアはタンと軽く踏み込むと、高く跳びあがる。宙返りして、空中で倒立した姿勢を保ち、双刃刀を直下させる。落下エネルギーと多少の摩擦が刃の歪みを削り取り、最高の刃へと研磨する。美しい直立の太刀筋に沿って、フォーセリアの体も落下していく。瞬時に斧を上げて、防御する。ギンッとぶつかり合う斧と双刃刀。だが、武器として格を見せたのは、バースの双刃刀だった。
(斧が…)
音を立てて崩れていく巨大な斧を呆然と見つめるメルキゼデクは残骸を投げ捨てる。
「やっぱイニティウム姉さんの武器には敵わないよな」
「イニティウムが本気でつくった至極の一振りだからね。あいつの腕は保証する。次でお前を殺すから」
フォーセリアの瞳に輝く粒子がバースの双刃刀にも移行して、峻厳の光を宿す。フォーセリアは構えに入り、始まってもいないのに完璧な入りを見せつける。重心を限りなく低くする地面すれすれの突きの構え。本来、その構えは槍を扱う武人が好んで使う一突必殺。カウンターに特化したそれをフォーセリアは選んだ。双刃刀と彼が一体化しているように感じられる覇王の覇気に、メルキゼデクは平静を促された。師匠に窘められているかのような感覚だ。
(先手を譲られた…時間をかけていいってことだよな?)
「…」
(ほんと、あんたはいつまで経っても変わらねえくらいに傲慢で余裕を見せてきやがる。俺は開祖になっても、越えられねえ。でも、でも…成長できる…)
メルキゼデクは何もないところから、また斧を生成する。仮想物質を物質化し、斧へと変形させる。大きさは同じであるが、幅は先程よりも細い。斧に光沢が示す。そして、メルキゼデクは”神権”で供給される量へのストッパーを解除した。堤防を打ち破る津波のごとく、メルキゼデクに駆け巡る膨大な物量の仮想物質に、肉体の限界が見える。内部から崩壊する血管と気管の数々。悲鳴が聞こえてくる。彼は物質魔術を構築し、滑走物質の行き先を捌く。筋肉の増量による圧縮。骨の髄への高密度化。細胞を活性化させて、血流を増幅させる。興奮状態による感覚への最適化。あらゆる身体能力の爆発的昇華。肉体の基礎から積み上げるエネルギーの捌き。
「もっと」
小さく呟いて、さらに加速させる。メルキゼデクの体はとっくのとうに限界を迎えている。膨大なエネルギーに耐えるために、肉体構造を書き換えている。すべてはフォーセリアを、精霊王を、最強を、念願の師匠を超え、一矢報いるため。体内の熱が外側に押し出されると、蒸気がメルキゼデクを取り巻く。積み重ねるたびに、感覚が研ぎ澄まされる。
(鼓動が聞こえる。俺と、あんたの…生命の振動が、伝わってくる…これが俺の全盛!)
準備の整ったメルキゼデクに影が落ちる。真っ黒に染まる彼の中には、脳を焼き尽くす灼熱の怒りを感じる。蒸気がしゅううと、ずっと音を立てている。不毛の時のざわめきが淘汰され、最後の一手を待ち焦がれている。ぎらぎらと獰猛な獣の瞳に化けるメルキゼデクが息を吸う。
「”祭”の元祖、参る───」
駆けるメルキゼデク。彼の圧縮された筋肉から繰り出される踏み込みは、地面を大きく抉り、進む。到達する精霊王の間合いで、斧を大きく振りかざして、低重心の彼を逃がすまいと振り下ろす。その衝撃で後方の大地が割れる。最高の肉体で織りだされる叩き伏せ。
(ああ、やっぱ届かねえよな)
メルキゼデクは悲壮感に浸る綻んだ顔をして、敵を見下ろした。全盛の一振りを諸共せず、片方の刃だけで受け止めるフォーセリアは汗一つ掻かず、土煙すらつかない別世界の生物だった。精霊王は独善に一足だけ闊歩すると、溜め込んでいたパワーを全開にして、ぶれることのない太刀筋を見極め、文句のつけようのない均一な力の入りで、バースの双刃刀を突き出す。天を穿つように、真っ直ぐと直上する双刃刀の矛先はメルキゼデクの心臓を突き破った。絶望色に染まる彼は無惨にも地面に倒れる。
どさりとくぐもった音で、メルキゼデクは緊張の糸が切れる。
「は、゛っ…!」
苦しみを感じるも、終わりが近いことを察して抵抗を止めた。最高を尽くしても到達することがなかった事実があるのに、悔しさが感じられない。今、目に映る青空のように爽快な気分だ。虚ろになっていく目で、棚引く雲をなぞる。
「…俺はあんたに、、認めて…もらいたか、った」
覇気を感じた。正体は言わずもがな。メルキゼデクの声に、フォーセリアは肯定も否定もしない。彼はバースの双刃刀を携え、振り返り、メルキゼデクに背を向けて言った。
「俺には四人の兄と姉、一人の妹がアザトースに用意されてた。でも、その中には弟だけはいなかった。おかしいよな、俺に弟は一人だけなんだよ」
「…兄貴、、、」
「俺はあの時、お前を拾ったことに後悔はない。お前はたった一人の弟だ」
飛び飛びに打つ鼓動に耳を澄まし、フォーセリアは青空を仰ぐ。
「精霊王の祝福があらんことを────」
(元祖の気配が一つ消えたな…場所は精霊の海か)
「流石だな。先鋒で一番輝けるのはお前くらいだ…フォーセリア」
袖のついていないクロップドトップスと指先が開いた手袋。指輪が輝いている。短パン姿でかなり露出が激しい戦闘服を纏う。服には高い伸縮性が窺え、セアの柔軟性を発揮できるものとなっている。ミリタリーブーツを履き、城を自由に駆け回る。全身黒で染めた姿で、雪のような銀髪が一際異彩を放っている。
セアは魔物の残骸の上に立ち、フォーセリアの勝利の報せを聞いて、笑顔が生まれる。そして、城に蔓延っていた魔獣や兵を一掃しながら進む。目的の場所に着くと、セアは無機質な壁に作られた仕掛けを一つ一つ組み解いていく。事前に潜入していたフォーセリアとバイラールの言葉を信じて、先を委ねる。
ゴゴゴゴゴゴ、と音を立てて隠し通路が現れる。セアは駆け下りていく。冷気が肌を凍てつかす。
『ノーヴァ殿は過去を司る権能と、記憶操作、”痛覚”による事象の克服。一度順応されれば、あなたと言えども勝てない。一撃で仕止めてください』
ゲニウスに必勝法を伝えられた。内容は笑ってしまう。要するに、開戦の一撃で殺せ。
「どいつもこいつも私を信頼しすぎだよ。始めの警戒心はどこへやら…」
セアは熾天使の剱を構えて、階段の先にある防護壁を一刀両断した。
コォォッ──
風が通る音。セアは異様な気配に包まれる空間に吐き気を催す。事前に聞いていた大きさよりも遥かに広い。たった数日で増築したのだろう。フォーセリアから聞いていた明帝族の実験ファイルも片づけられている。何も置かれていない。
セアの来訪に気づいたノーヴァは屈託のない笑みで迎え入れる。諸悪の根源との御対面にセアは血の気が引く思いだ。
天井を見る。輸血管で覆いつくされて、気色が悪い。輸血管の終着点は、ノーヴァが愛おしそうに見つめている生命体。全身が白い人型の神。
「初めましてだな、セア・アぺイロン」
ノーヴァが挨拶を交わした次の出来事。祢々切丸と熾天使の剱が火花を起こして、接触していた。小手試し混じりの本撃。ノーヴァが無表情に睨んでくる。彼は刀身に指を滑らせ、呪詛を刻印する。祢々切丸に”痛覚”を用いて、痛みを付与したのだ。掠るだけでも、痛みで悶絶することになりそうだ。
そんなことお構いなしに、攻撃を仕掛けるセアの俊敏さにノーヴァは僅かに崩れた。だが、歴戦を経験している猛者は刀を振って、間合いへの侵入を阻止する。
斬撃が落ち着き、ノーヴァが尋ねた。
「この刀は俺が愛用していたものだ。どこで拾った?」
「和の海で鍛冶屋に貰ったんだろう」
「お前が修繕を依頼して、俺に手渡すよう指示したんだろう?」
「…」
「俺は千年前、弟妹に致命傷を食らった。権能で長きに渡り修復を行う判断をし、刀を捨てた。始めは舐められているとばかり思った。それとも単純に俺のことを味方だと思っているのか。だが、お前の復活に近づくにつれ、セアという人格者は、すべての本懐を見据えているようだった。どうもこうにも俺のことを警戒視しているようだ。舐めているわけではないだろう?」
「一つは私の復活を後押しする人材だったこと。二つ、明帝族を滅ぼす諸悪の根源がどんな強さなのか…気になっただけだ。貴様の得意武器、宿願、宿敵。同じくアザトースの遺伝子を受け継ぐ私と貴様。違うのは、伴侶が殺されたか否か。私が刀を返さずとも、この状況になっていた。親友を殺し、七洋と手を組み、ただ最愛の甦りを目的とする卑怯者…」
熾天使の剱を構え、セアは獰猛な獣を演じる。それは愛に飢えた空しい生命体だ。
「私の夫を殺したこと、悔いるがいい!」
音なき初動で、セアは急接近を可能にする。近くにいなければ、絶対に気づくことが出来ない獣の習性。ノーヴァは反射で回避した。攻撃を受けた。
(音がない。風の揺らめきも、気配の動向も、視線も、あらゆる機微を感じられない。獣の習性化なのか? 演劇の一部なのだろうが、もう一つ。存在を感じられない。目の前にいるのに、それを認知できていない)
ノーヴァの脳裏に、隠密最強の明帝族がよぎる。それと同等の力を秘めていると、判断した。
(何にしても恐ろしい。序列者の長所を一つに収めたような感覚。混乱することなく冷静に使い分ける頭脳。存在を一身に享受する。これが殿堂者”神皇”)
「妻に醜悪な怪物を見せるわけにはいかんな」
ノーヴァは一歩踏み出して、祢々切丸を力強く横に薙いだ。刀身から放たれた一閃が三日月を描いて、セアに向かって直進する。離れていても感じる膨大な威力の塊。咄嗟に屈んで、一閃からの射程を逃れる。一戦に込められた重さで壁が歪んでいる。歪な跡を見たセアは、視線を動かす。ノーヴァは構わずに祢々切丸を薙ぐ。広範囲に及ぶ一閃が間髪入れずに繰り出される。舞って移動を続ける。かなりの数を回避したが、僅かな軌道のずれで、一閃がセアの腕を掠めた。
接触した部分から血が出るのではなく、腕の筋肉をそぎ落として、骨を露呈させた。怪異な姿に一瞬時が止まる。その間も容赦なく、ノーヴァは祢々切丸を薙ぐ。
治療をする時間もないセアだが、心の中で笑った。外周を逃げ回っていたセアは加速して、壁を蹴り、高く跳びあがる。ノーヴァの背後まで飛び回ったら、熾天使の剱をノーヴァの脳天めがけて投げ落とす。
二人の目が合う。着地と同時に蹴り業を入れ、カウンターを返す。刀身が近い。ノーヴァが祢々切丸を振って、セアの首をはねようとする。
キンッ──!
祢々切丸が止められた。保険で出した一閃も無効化された。露呈したセアの腕を支える骨に、太刀筋を止められたのだ。
「…」
豪剣がたかが骨如きに阻止されたことにノーヴァは不快感を抱く。ぱきぱきと刀身は骨を砕こうと躍進するが、頑強な骨はびくともしない。
「ずるなんて言うなよ。わざわざ、神の骨を食べて再現したんだから」
熾天使の剱を構えて、セアは鋭い突き技を、ノーヴァの脳天に中てた。
「ぐっ…」
怯んだノーヴァを正面から叩き潰すセアの横顔を殴って追撃を躱す。セアの露呈した腕が突如として粉砕して、足元に散らばる。あれだけびくともしなかった骨は意志を持ったかのように砕け散った。片腕も落ちて、その肉と筋肉は一瞬のうちに腐敗して、骨だけを残す。
「神骨奪胎───」
セアが目を光らせて、言った。小さな骨が羅列を組んで伸びる。無造作に伸びる骨を操作して、ノーヴァを拘束して、背後から骨を貫通させた。
「が、っ…」
驚きに暮れるノーヴァを横目に、セアは片手を治して、熾天使の剱を薙いだ。刃はノーヴァの片腕を斬り落とす勢いを維持したまま、心臓へと近づいていく。
「!」
骨が薄黒い煙を立てて、周囲にあるものを吸収していく。拘束を解いたノーヴァは祢々切丸の切っ先を、セアの喉元に当てた。もう少しの所で届くという場面で、ノーヴァは背後から悪寒を感じた。骨の髄まで凍りつく恐怖が、脳に働きかけている。
「おかえり、蛇王」
セアの発言で、この状況に当てはまる言葉を思い出した。蛇に睨まれた蛙だ。動けないことを確認した後方の蛇が尾で叩きつける。
「っ…」
間一髪のところで躱す。ノーヴァは背後にいた蛇の全貌を見ることができた。ベルディグリの鱗に七色の光沢を宿す。さながら、虹のようで、鱗から成る羽は王の貫録を示す。大きく開いた口から獰猛な大牙を見せつける。毒気を交えた体をずるずると引きずり、地面を這う大蛇。
(白練は白蛇として高潔を具現化させた蛇の王様。今、目の前にいるのは全てを黒煙に沈める悪辣の蛇…)
「いつか会うとは思っていたが、お前もか…最古の蛇王…いや、神獣バジリスク!」
『久しぶりだな、屑野郎!』
蛇の目が縦長に開いて、ノーヴァを睨みつける。神の覇気が漏洩している。ノーヴァは刀を肩に持ち、対話を始める。セアを一瞥する。
「俺は星の海でカオスと話をした。弟たちが俺の予想とは違うことをしていたからだ。そして、俺すらも予想してなかった存在が地上宇宙に蔓延っていた。堕神なる紛いもの…俺の予想は外れていた」
「…堕神はアザトースとの戦いに敗れ、他の原初神様が助け出す前に、地上宇宙に漂流したと。カオスにあったなら、そう聞いたはずだ。なにがおかしい?」
「抜け殻と言っても神の魂。己の神域を簡単に手放すわけがない。カオスは故意に、地上宇宙に放ったと俺は思っている。何かを守るように…隠し事をしていた」
セアは余裕の笑みを張り付け、バジリスクを撫でる。仲睦まじい光景を見たノーヴァの疑問は確信へと変わった。
「アザトースがそんな不祥事をするわけがない。あれは殲滅を本能に埋め込んだ、いわば兵器。それが魂の消滅なしの殺戮を行わないわけがない。つまり、アザトースの邪魔が可能な神獣の生き残りを堂々と地上宇宙に逃がすため、神の魂を堕とした。来るべき時に、資格ある者が現れるまで息を殺し、注意を逸らした。カオスが隠したかった事、その正体こそ貴様ではないか…バジリスク?」
軽薄な笑いを浮かべ、ノーヴァが問いただす。問いただす。挑発ともとれる皮肉にバジリスクは黄金の瞳を水で潤す。
『確かに朕はカオス、いや原初神に命を助けてもらった。隠していたのは後ろめたいからじゃあない』
ずるずると重たい体をうねらせ、這いずるバジリスク。セアの体に巻きつく。当のセアは慣れた様子でバジリスクの鱗に指を滑らせて、撫でている。黄金の瞳がノーヴァを見据えた。
『朕はもう全盛に戻れん。従って、朕を余すことなく扱える人間に全てを捧げる』
バジリスクが筋肉に力を入れて、きつく縛る。ぎちぎちと手加減なしに巻き付いていく中で、セアが鬱蒼とした覇気を纏わせた。突如として、地上宇宙に下る神格のオベリスク。神々しい光を浴び、発散した直後に二つの覇気が一つに合体した。
「!」
注意深く観察していたノーヴァだが、正面から骨に貫かれた。刀を振って排除したが、まだまだ続くようだ。椎骨から伸びる小さな肋骨が結合して、骨の形を造っていく。自我を宿しているかのように自由自在に動いている。
セアの露出した肌に彫られた蛇の入れ墨。鱗の入れ墨から禍々しいオーラを感じる。一気に集結している箇所にノーヴァは目を向ける。鱗が渦巻いているセアの顔。蛇の瞳孔が美しく燃え盛っている。体と同じで邪気と一体化して尚、その輝きを維持しているセアにノーヴァは若干の恐怖を覚える。
「共振完了、”ウロボロス”」
剣を携えたセアの動きを注意深く見つめる。ノーヴァが先手を取ろうと、刀に力を入れた瞬間、視野を占領する刀身の光に驚愕した。
(まずい!!)
刀で床を壊し、足場を低くして攻撃を防いだ。受け身を取りながら、急接近したセアの背後を取り、刀を振るう。すると、骨が腕に巻きついた。振り払おうとしてもびくともしない頑強な骨に苛立ちながら、セアに目を向けると、彼女の腕を伝う生物を捉えた。
「バジリスク!」
『朕の毒で死ね!』
小さくなったバジリスクが怒号を飛ばし、ノーヴァに噛みつこうとする。猛毒を感知したノーヴァだが、距離をとるには時間が無さすぎる。
「汝の兄に触れることは許さんぞ」
不意に現れた声に、セアは冷徹な侮蔑を送る。声の主はノーヴァを庇った。腕を差し出し、迷うことなくバジリスクの牙を受け入れた。途端に致死量以上の毒が全身に巡る。
「離れるぞ」
セアはバジリスクに語り掛け、急いで距離を取った。
「すまん、ソロモン」
ノーヴァが声の主に感謝を述べる。
「気にするな。汝も手間取ってしまってな。兄さん、ここは任せてくれ」
「恩に着る」
催促すると、ノーヴァは人形の置いてある場所まで離れた。後ろ姿を目で追いかけるセアは鬱陶しそうに、ソロモンを睨んだ。
「調子狂うな」
『癪に触る』
セアとバジリスクの意見が一致した。怪訝な彼女らと対照的に、ソロモンは心底愉快そうに様子を窺っている。
セアは手を振って、骨をノーヴァの元へと伸ばす。奇襲に値する速度の刺突に視線を送ることなく、ソロモンが阻止した。引き寄せた骨の一部を観察する。
「未知の動力、これが神格なのか。イニティウム姉も見せてはくれなかったが…ふむ、貴様と融合している神獣とやらが原動になっているようだな。動かすのは、あくまでも神獣。が、媒体の意志も影響するか…」
バジリスクが喉を鳴らして、警戒している。一片を見ただけで、能力の全容を解剖したソロモンの観察力には目を見張るものがある。
「魔法の開祖なだけはあるな」
「その割には歓迎されてないようだが?」
皮肉を言って、ソロモンは片腕を出す。さきほど、バジリスクが噛みついた痕が紫の血管を浮かべている。だが、毒が抽出されて解毒された。
「致死量は超えたが、汝に死の恐怖は存在せんぞ」
ソロモンは首に提げていた無数の首飾りを千切って、床に散らばせた。黒煙を吹かせて、魔法を発動させる。
「マナ魔法召喚系ゴエティア」
呪文を唱える彼の周囲を、無数に出現する悪魔。異形の姿に吐き気を催す。悠然と佇むソロモンを横目に、セアは沈黙を貫く。
(私が英雄と呼ばれるようになった悪魔大戦の首謀者は魔法の開祖にいる…ああ、オベロン…やっぱりお前の采配は完璧だ)
僅かに綻んだ口元。セアは醜悪な、それでいて優美な笑みを送って、ソロモンに言い放つ。
「私はもう一度、英雄になれるらしい」
勝利を確信したセアに対して、ソロモンは濡羽色の瞳を煌かせた。
「汝は大英雄となれるだろう」




