67話 分枝ざる痛み
天界宇宙の荒野にある日、忽然と誕生した一つの生命。枯れた木々と草。華やかな大豊の地とは打って変わって、残忍な影を落としている土地に集まった死骸の怨嗟が生命を誕生させた。その者は成人男性と変わらない体格で、人の形をしていたという。灰色に染まる荒野に若草色の髪をゆるゆると靡かせる。潤いに満ちる瞳に粒子が散りばめられていた。怨念の集合体の果てに形成された存在だとは思わないほど、神々しいそれは、軽く手を振っただけで荒野に豊穣を与えた。不毛に荒れ果てる地から芽が吹き、植物で生い茂る。渇きを憂いて、地脈を変動させ、水脈を新たに作り、河を流す。暗雲を晴らして、天体の光を手に入れる。神々が見放した大地を変容させた。
一仕事を終えた彼は沈黙を貫いて、自分が創った大地に座り、空を見上げた。青空に流れる雲。彼は退屈だと思い、もう一度手を振った。自然元素を生命化させ、同族を自らの手で創造した。
快適を齎す風【シルフ】を。
川のせせらぎに耳を傾けるために、水【ウンディーネ】を。
半透明に反射する結晶と真っ白の新雪を踏むために、氷【フェンリル】を。
氷結を融解し、燃え盛る灼熱で寒さを凌ぐために、火【サラマンダー】を。
植物が眠りから目覚め、新芽を残し、新たな息吹に恋焦がれてるために、大地【ベヒモス】を。
大地に根を張り、森に聳える巨木の安心感を得、草木のこそばゆさを感じるために、植物【エント】を。
四季を巡らせ、怠慢の悠久と戒めの安寧を絶えず訪れるために、再【フェニックス】を。
夜空を彩る月星をより記憶に残すために、闇【ジェイド】を。
悪夢を見ないせめてもの眠りを求めて、少しの悪意を持った悪戯と夢【レプラコーン】を。
瞳を反射する木漏れ日の源泉たる太陽を集めるために、光【ウィル・オ・ウィスプ】を。
鮮明な風景を見て、色彩豊かな花々に触れるために、色【ビフロスト】を。
同族と過ごす時間で生まれる思い出を、精細に実感するために、感情【フューリー】を。
同族だけの楽園を破壊する神々を屠るために、殲滅【ヴァルキュリア】を。
宝を守るために、他者への向ける感情を捨てた無関心【バンシー】を。
宝が過ごしやすくする環境を整えるために、物質界の一部を抽出した物質【ブラウニー】を。
最後に、宝を先導する己を生命【フォーセリア】とした。
天界宇宙の元素から生まれた少数の生命体は、のちに精霊と呼ばれる存在となり、彼らを産んだ生命は精霊王と崇められる。
天界宇宙の辺鄙に生まれた精霊はなにをするわけでもなく、ただただ自然を満喫した穏やかな時間を過ごしていた。突如として現れた存在を快く思わない神々の一部は、原初神に断りもなく彼らの楽園を破壊しようとした。しかし、彼らの領域では神々は瞬殺される。怒りの感情を得た精霊王は自ら神々の地に赴き、破壊した。存在を蔑ろにされた神々は憤慨して、精霊を攻撃した。精霊王は本能のままに手を薙いで、報復行為を行った神々の存在を抹消した。神を上回る圧倒的な神格を持つ未知の精霊王を、神々は悪神と呼んで敬遠した。
しかし、存在を敬遠していても神々の不満は募るばかり。子孫神の声を聞いた原初神は精霊王の扱いを議論していた。とある原初神が言った。
『人類の一端にすればよい。拒めば…』
原初神の一柱アプスーが交渉に出向いた。楽園を荒らさないと分かれば精霊は比較的温厚だった。
『…』
『精霊王、貴様は何を求める』
アプスー神の問いに、彼は言った。
『────』
『…ひれ伏せ』
精霊だけの楽園の外に踏み出さざるを得なかった俺は、同族を引き連れて、神々の居住区に足を踏み入れた。枝分かれした形態の神々から注がれる嘲笑。手を出してこないのは勝てないと分かっているからなのか、どうなのか。同族が楽しそうなら、窮屈でないなら何でもいいと思っていた。だから、攻撃されない限りは手を出さないと決めていた。
ぐぢゃりと手の中で崩れる臓器とそれらを結ぶ管。神と呼ばれるそれを握り潰す。何千と束になって襲い掛かってくる神々を無関心に屠っていく。血生臭い怨嗟が唸って、助けを乞う神に未練なく抹消した。
『貴様が悪神だな』
聞いたことのない声に、俺は振り返った。返り血で汚れた瞳を動く粒子が声の主の持つ黄金を反射している。黄金の瞳と髪。溢れ出るオーラに軋む音。周囲から気配が感じ取れない。声の主を恐れて息をひそめているようだ。声の主は悠然と立ち、それに仕える七柱の神々。金甌無欠の言葉が過る。
『見たところ、面白い眼を持っているようだな』
声の主は舐めまわすような視線を送った。悪意を感じた俺だが、その的は俺じゃないとも感じた。俺は何をするでもなく、ただ見つめていると声の主は上機嫌に言った。
『貴様、余の息子にはならんか?』
『…』
『余の力で紅魔族を創る。人類の区分を二つに、そこから枝分かれして様々な種族が人類に生まれ、発展する。神の方針で地上宇宙の統治を人類に託す。が、面白くない。そこで直系の子を創りたいのだ』
『…創って、何をする気?』
俺は尋ねた。声の主は鼻で笑った。
『無論、過ごしやすい環境を整えるだけだ。貴様も仕事さえしてくれれば、悪いようにはせん』
『…創り方は?』
『紅魔族の細胞に余の血の遺伝子を記憶させる。何かしらの衝撃があれば、遺伝子は活性化し、権能に準ずる能力”才”を発動する。それが直系の証”元祖”。三百名ほどの兄弟で構成すれば賑やかになるだろう』
『人間は神と違うのに、わざわざ生み出すのは非効率的じゃないか?』
『まあ、誤差の範囲だ。余の代わりに七洋も赴く。多少の暴走も余興の一つだ。まだまだ人類育成には時間が必要になる。できる限り、逸材の息子と娘を余は選んでいるのだ』
『?』
『余の血を直接与えた特別な直系。長男長女、次男次女、三女五女、十男。そして…』
声の主は俺を指差した。
『────三男』
『まだ俺は頷いていない』
『腑抜けたことを…余と同じ生まれながらに完全無欠の存在だが、心は満たされておらんようだ。だが、何を欲しているのかも知らぬまま。人類として新たな土地に踏み出せば、分かるのではないか?』
『…』
『信奉を集めるもよし、殺戮を繰り返すのもよし。貴様と同じこの提案をした者は各々の野望の為に了承している。さあ、貴様はどうする?』
俺は心の中で思った。
(────)
地上宇宙に降り立ち、始めに行ったのは命の生成だった。不毛の土地に芽を与え、地を耕し、豊穣を肥やす。俺のしたことを見た他の人間が奇跡だと騒ぎ立て、精霊王様と言った。そして精霊を奉る精霊族が誕生してしまった。どうでもいいことだが、同族が慕われているなら悪い気はしない。
時がたつにつれ、元祖が増えた。長男次女が教育に積極的で、長女は趣味の悪いことばかりをしている。六男は実験三昧、五女は魔術に縋って、三女は美男美女を集めて血の収集を行っていた。原初神から選ばれるだけあって曲者ぞろいか、なんというか。人口増加による種族の枝分かれ化も進んで、より複雑化した宇宙。ごみが増えていく中で変わらず、不毛を肥やし、緑を生い茂らせる。
『何とお呼びすればいいですか?』
ある日、そう尋ねられた。気の迷いで拾った子供に言われたのだ。俺に遠く及ばない子供。適当に答えた。
『フォーセリアでいいよ』
何気ない質問で俺は必要性を見いだせなかった。そして、ふと思った。
(意味のないことをしよう)
そこからの行動は早かった。クヴァレ帝国の立場を捨てて、一族を引き連れ、神殺しの海を出た。他の海に定住して、精霊の全権を同族に分け与え、表から姿を消した。信奉を集める偶像となり、同族に政を任せた。誰かに呼ばれた気がしたけど、精霊王の地位を封印した俺には答える義務はない。
でも、そうしたって変わらない日常に嫌気がさした。
初代守護者が殺されていく中で、俺だけは生き残った。クヴァレ帝国に屈辱を舐めさせられる時も俺は例外的に相手にされず、敵は逃げていくばかり。革命に加担し、一万年の停滞を報復しても何も変わらなかった。俺と同等の最強が誕生した時、わずかに高揚感を覚えたが、それも違う。
精霊王の豊穣を求めて懇願する他力本願な人類と、俺を見ただけで名を聞いただけで身震いして逃亡を図る。ロワでさえも、俺と戦うことには消極的だった。変わらない日常に苛立ち、屈辱を感じられない自分を怨み、全てを捨てても変わらなかった理を殺戮したいと思った。これだけ捨ててなお、強く在り続ける誇らしさとは対極的に、退屈だと思う。無気力になって、半ば自暴自棄になりそうなときに、俺は君と出会った。
『………』
春風に靡いた真っ白な新雪を彷彿とさせる銀髪。氷の結晶よりも冷たい手。川のせせらぎのように脆弱でありながら平穏の存在感を持ち、永遠と続く安心感を持つ堅実な実力。草木の艶やかな緑の瞳は源泉の太陽を吸光している。真っ暗闇にぽつんと現れた白星。単色で記憶に残る宝石のような鮮明さ。俺と同じように望めば、新たな物質を構築する器用さ。目的遂行の為に何の躊躇もなく危険を冒す天殺の意欲。無感情の心に宿る迸った殺意の灼熱を”真諦眼”で見た。
渇いた心は舞うことで花を咲かせても、終われば不毛の土地となる。絶えず繰り返される再生をたった一人で実現する君から、俺はこれ以上にない多様な感情を得た。孤独と退屈に満ちた眠りの中で、ずっと輝いている君の安心感から深まる夢。
『セア』
『ん』
名前を呼べば無条件に振り向いてくれて、手を握れば何も言わず、そのままでいてくれる。来る者を拒まず、去る者を追わず。そういったスタンスだ。だから、セア、君にとって俺はどうでもいいんだろう。でも、セアと出会って退屈な時間を感じられない。ずっとそばにいてほしいと、愛する感情も初めて生まれた。与えるばかりで、誰からも与えられなかった俺の全てに、春が訪れた。初めて、意図せず与えられた祝福に俺は生まれて初めて生きた心地がした。
────────
「…」
フォーセリアは両剣を受け止めた。触れても壊れない特性の武器。
(俺が相手だと分かれば誰も彼もが逃げた。案の定相手をすれば壊れた。願えば、簡単に破壊できる。壊れにくい玩具もいつかは壊れる。でも、セアだけは恐れずに、触れても壊れなかった。嬉しかったさ。窮屈な心に空いた空洞に清らかな水が溢れている。揺るぎない信念を持ち続ける君がなすことを俺は傍らで見ていた。宇宙が狂乱する中で、君はどこまで輝いてくれるのかを知りたい。君と共闘するために、俺もちゃんと…啓くよ!)
フォーセリアは手を振って、不毛の土地を肥やして、豊穣を与えた。それは彼が精霊王としての片鱗を一片解放した証だった。
「まだ立ち上がるみたいだね」
がらりと落石する先で、頭から血を流してよろけるメルキゼデクを見て、フォーセリアはどこか満足気に言った。
「うるせえ!!」
怒号を飛ばすメルキゼデクの動向が開いて、興奮を帯びている。怪我のせいか息も荒いが、それよりも必死に叫ぶ本音がびりびりと空気を振動させ、フォーセリアにぶつける。
「俺は何千年も待ってたんだ! あの時、あの地獄から救ってくれたあんたを!! あんたは俺に宇宙のことを教えてくれた。最高の天賦があるのに、原初神に認められたのに、誰も彼もがあんたの存在に憧れてるのに…なんで全部捨てたんだ!?」
満身創痍の体が軋む。斧の持ち手を握る。
「あんたが最強だって誰もが知ってる。見ればわかる。名前を聞けば身震いする。でも、でもさ…あんたにとって、俺を…この宇宙を何も思わなかったのか!?」
そう叫んだメルキゼデクは突進して、斧を打ちつけた。両剣が唸る音の大きさだけ強く伝わる。
「俺はあんたのことを精霊王じゃない、元祖でもない。救って育ててくれた兄だって思ってる。あんたのこと、少しは教えてくれよっ!!」
受け流した方向に後ずさるメルキゼデクはわき腹を押さえる。そして、フォーセリアを見た。彼は懊悩に喘いで、やっと言葉を発した。
「俺は他人から何かを贈られたことがない。救いばかりを求めて、俺から動くことしかない他人をどうだって思ってない」
「…」
「欲しいんだ、俺は。生きる喜びを他者から教わりたい。守ることの重要性と戦うことの大切さ。俺の行動で、宇宙に波紋が立つ光景を観たい…お前は十分教えてくれたさ。名前を持つことの有意義さ。でも、届かなかった。だから、お前の気持ちに応えられない」
両剣が肥大化する。それはフォーセリアが感情を激動させたことで発生する神器化だった。今、彼の抱いた感情は希望と弟への愛情だ。張りつめた空気がフォーセリアの穏やかな微笑みで一変する。
「なればこそ、俺はお前を屠る義務がある────立て、魔法の開祖メルキゼデク!」
精霊王というよりかは守護者としての責務。守護者というよりかは兄としての義務を果たそうとする雄々しい真顔で呼びかけられたメルキゼデクは唾を飲む。豊穣を宿す緑の目が一直線に、ただ自分だけに注がれていることに深い感情が芽生える。
メルキゼデクは震える足に力を入れて、最後に臨む。そして好戦的な笑みを、心の底から感じて言い放った。
「蹴落としてやるよ、クソ兄貴!」
「弟よ―ひれ伏せ」
フォーセリアの秘話
誕生日は5月14日、誕生星はアルファ・ペルセイで《協調性の裏に潜む冷淡さ》を意味します
彼自身に明確な誕生日はないので、アザトースの直系になった日を分け目としています。
好きな食べ物はフルーツ全般。一見優しそうに見えますが、誰に対しても冷淡な態度を取っています。これは神に同族(精霊)を殺されかけたことから造り出された人格で、常に人を疑っています。
初対面時、セアに酷いことを言ったのは、少女を過酷な戦場に立たせないための彼なりの優しさです。ですが、セアと行動していくうちに彼女の放つ光に当てられ、考えが改まっていきます。




