66話 明けざる痛み
神聖時代約九千年頃、もうすぐ一万年に差し掛かる時期に俺は育つ。たくさんの兄がいた。元祖としての才を開花させた偉大なる人類の弟。だが、元祖は縄張り意識が強い種族。いつも争っていた。
そんな中で、俺は石ころ。悪意の捌け口のために存在していると言っても過言ではない。それくらい、惨めな姿だった。黒髪が嫌いだった。濁っていて、周囲の人間とは似ても似つかない風貌。灰に塗れた光景に希望なんてない。単色の大地と腐ったご飯。広大な宇宙の一部は扱いがぞんざいで、役に立たないことを齢六歳にして感じ取った。いつ死ねるかと毎日思った日々。俺は最強に出逢った。
アパタイトの長髪を風に靡かせて、粒子を煌かせる。植物と青りんごの緑。春に芽吹き、夏に栄える木々の葉のように煌々とした緑色に包まれた覇王。豊穣の権化。一元素の具現である精霊を引き連れて、傍若無人に闊歩する。
いつものように兄の悪意を吸収している時、突然現れたかと思えば、人間とは遠くかけ離れた威圧感だけで元祖を怯ませた。初めて見る兄の怯えた姿。元祖の誇りを捨て、頭を下げなければいけない存在。無闇に喧嘩を売ることは禁忌と分かる。
その方は俺を指差した。脳に直接語りかけてくる。
『それを明け渡せ』
兄は躊躇なく、俺を差し出した。これから俺に何をするのかも聞かず、ただただ助かる為だけに差し出した。兄弟の情が無いことに絶望した瞬間、それは消滅した。
幼さの残る凛とした顔と、文句のつけようもない所作。動きの端々に強者の片鱗を隠していた方は、王と崇められていた。知りたい欲求に、心は満たされた。新しい存在を理解したい衝動に感化された。
『精霊王、三男”然”の元祖。アザトース神に認められた人類』
差し出され、精霊の住まいに保護された。温かいご飯と寝床。お風呂。欲求を満たす木の図書館。自然に囲まれた空間で過ごす日々。あの御方の正体を知った。
『精霊王様、なんとお呼びすれば…』
たまに顔を出す精霊王。勇気を振り絞って聞いてみた。精霊王は項垂れる。
『名前なんて必要あるの?』
予想外の質問の返事が分からなかった。困っていると、精霊が代わりに答えてくれる。
『我々に名を与えた。それと同じことです。名前があった方が便利でしょう』
『呼ばれることなんて少ないからなくていいじゃん』
『対等なご兄弟方も不便に思ってます』
『じゃあ、フォーセリアでいいよ。お前は?』
『…』
『ああ、忘れてた。お前も名前がないんだ。ふぅん、そうだな。魔力を持ってるし…メル…メルキゼデク。うん、それがいい』
精霊王が直接名前をつけることは、加護を授けると同意義。平凡な会話で、俺は初めて精霊王から加護を授けられた人間になった。以来、俺はメルキゼデクと名乗り、精霊王フォーセリアと行動を共にした。彼が行く道を一緒に進んでいった。旅路の中で学びを得ることは多かった。成長していく。いつしか、俺は精霊王の傍で彼の仕事を担う司祭の地位を与えられていた。その日から、俺はフォーセリアについていった。
怨嗟の戦場、不毛の土地、差別化が蔓延る。他人からの悪意を肌身で感じる薄汚れた場所。精霊の信奉地。広大な草原。空は行く先々で表情を変えている。フォーセリアは場所問わず、赴いた土地に芽を吹かせ、豊穣を授けた。土を握って擦り、仮想物質を練る。変わり映えのない、誰でもできるような動きで、誰もできないことをやってのける。同じ光景を見れば見るほど、フォーセリアが精霊王として生きる宇宙と俺が生きている宇宙が同じものではないと思ってしまう。
羨望の眼差しは、与えられた加護が次第に元祖の才に変化していった。徐々に成長していく体をフォーセリアは褒めてくれた。強くなっていくことを誇りに思っていた。
いつも旅路を歩くわけじゃない。俺が独り立ちできる年齢になったとき、精霊の仕事を任された。精霊自らが向かうわけにはいかない人間の前に出て、祭事を取り仕切る。年々、精霊を信奉する人類は増加していった。俺の仕事も増えて、生きた心地がしてきた。忙しない日常で、フォーセリアに教えを乞う日々。ちょっとの幸せがあるだけでよかった。
なのに、あんたは俺を捨てた。
神聖時代一万年を迎えた。その時代は人類分離の過渡期だ。フォーセリアは精霊を信奉する人類を連れて、精霊の海に移住した。
イニティウムやラウルスは原初一族として知識の海に、ライラやノーヴァ兄さんは夜の一族として夜の海に、四兄弟の元祖は竜族として英傑の海に移住した。普通だった光景が崩れて、新しい普通を創るために移動した。
『なんで…クヴァレにいれば、望むものがあるのに』
別れ際にそう言った。フォーセリアは普段と変わらない声で言った。
『────』
その言葉が衝撃的過ぎて、俺はついていくと言えなかった。フォーセリアも一緒に来いとは言わなかった。
フォーセリアは七大一族の一翼を担う精霊族の長に近い立場に就き、滅多に姿を現さなくなった。裏で暗躍することにしたと、ノーヴァ兄さんに教えてもらった。移住しても残りの弟や妹を育て、元祖の悩みも聞くノーヴァ兄さんを心から尊敬した。でも、フォーセリアは姿を見せてくれない。会いに行ったこともある。会えなかった。
捨てられたんだ。
果てしない絶望が荒波のように押し寄せて、妬みの涙が流れる。悔しい。俺はあんたといる時が一番楽しかった。名前を与えてくれて、宇宙のことを教えてくれた。生きる希望を与えてくれたのに、なんで捨てたんだよ。
(あんまりだ…)
絶望が憤怒に変色する。骨の髄まで妬き尽くす灼熱の怒り。それに順応するように、精霊王の加護が元祖の才”神権”を活性化させた。憤怒を糧に俺は魔術に没頭して、実験の為に七大一族と名乗る全てを虐殺した。正直、種族の因縁なんてどうでもよかった。
(あんたはなんで変わったんだ?)
そのことばかりが疑問で、頭を支配している。俺を危険因子と断定して、討伐隊が造られた。その中に精霊はいなかった。再度、灼熱に薪がくべられた。
生暖かい鮮血を浴びて、命を摘み取る。あんたに教えてもらった秘術が普通になって、もう誰にでも立ち向かえる強さを手に入れた。過ぎていく日々。怨嗟と不毛は対立して、薄汚れた宇宙を維持している。モノクロの世界。単色で変わり映えのない日々。元祖の責務を全うしてから、欲しいものは手に入る。他の兄弟とも仲はいい。満足な日々なのに、あんたは何が不満に感じたんだとずっと思っている。わざわざ敵対してでも欲しかったものがあるのか、それを考えている。
初代守護者を壊滅に追い込んで、七大一族の紅帝族を追い詰めた。毎日送られてくる紅帝族は労働力となっていた。実験体と玩具用にも選別された。それを見るたびに思う。
(なんで残ってくれなかったんだ…)
人類の括りに収まらない規格外の存在。一生をかけて研鑽しても、到底及ばない生物の格差。まっさらな不毛の土地は捨てずに、生命を授けた慈愛の精霊王。いつまでも変わらない覇王の覇気を持って、宇宙で一番になれる資質を持っている類まれなひと。わざわざ惨めな思いをするなんておかしい。
空虚な宇宙の何があんたを変えさせたのか。何に感化されたんだろう。変化を望んでいるわけでもないのに、苦労したいとも思ってないくせに、苦労したこともないくせに、何に心を奪われたんだ。
俺はそれが知りたい。知って壊したい。偉大なあんたの心を拐した塵屑。そして、そんな塵屑を追いかけて、俺を捨てたあんたを消したい。
「ぎ、、、!」
フォーセリアの脳天を狙った刃が返される。反動が腕に圧し掛かる。生きる目的を決めた過程を思い返すメルキゼデクは再度、憤怒の熱を思い起こす。骨の髄まで妬き尽くさんとする灼熱の炎と、その痛み。忘れもしない絶望の日々。満足のいく日常でも絶望が足を引っ張って、未来を邪魔する。
メルキゼデクは”神権”で過剰に仮想物質を供給して、物質魔術で行き先を操作する。操作した先は握力。身体能力を一気に上昇させて、畳みかける算段だ。精霊の妨害は既存の物質魔術で達成している。対応される前に叩きのめす。そう考えて行動に移すメルキゼデク。殺意の圧縮された槍を携えて、その槍さえも破壊してしまう握力で握る。ばきばきと音を立てて、突進する。高速の槍は目で捉えることはできない。並の防御を貫通し、恐らくは猛者の防御すらも貫通する。
メルキゼデクは何の未練もなく、槍を突き出す。
(この場所で何千年振りに会ったあんたは、初めて会った時と変わらなかった。覇王の覇気は意図的に抑えているようでも健在で、流れるような所作も見て取れる。絶対的な自信が口調で伝わってくる。そうだ、なんにも変わってない。
全部を捨てて、俺さえも捨てたのに、あんたは何も変わってない! 変わろうとした対価を支払ったあんたは、目的を達成できてない!)
「天賦を放棄しても変わらなかったあんたを俺は兄だと思わない。師匠だとも思わない。ただの凡夫だ! ここで精霊の栄華を奪う!
物質魔術”誼の女王””綬の王”!」
供給された魔術を破壊力に全振りしたメルキゼデクは、憤怒を爆発させた熱で、反動と痛みに耐える。突き出した槍は引き返せない。だから、悔いのないように絶望の日々に抱えた怒りを宿して、因縁の師フォーセリアに刺突を繰り出した。その瞬間に無数の第二の刃が出現する。
「!?」
驚いたメルキゼデクだが、攻撃は止まらない。恐怖を感じる心を無理に押さえつけて、突進する。第二の刃の妨害は灼熱の温度で押し返して、目前まで迫る。射程圏内にフォーセリアを捕らえた。彼は両剣に力を込めている。迎え撃つ気だ。
「上等だよ!」
メルキゼデクは怒りの一言を放って、槍を酷く激しく突く。衝撃の余響で不毛の土地に地割れが生じる。耳障りの音を吐き捨てて、探る。フォーセリアの息の根を探して、取りこぼしがあれば消す。油断せず、最後まで集中する。肌身で感じる覚えのある精霊の仮想物質。
(まだ息の根はある!)
魔力探知で生存は確認できる。ウィル・オ・ウィスプとシルフの仮想物質の存在感が大きすぎて、本命を見つけられない。土煙も相まって、捜索は難航する。槍を突き出したメルキゼデクの感触では確かに、肉を抉る感覚はあった。一度は怖がったそれをやってのけた優越感で満たされている反面、それすらも硝子の上の偶像で、すぐ壊されてしまうと理解していた。それがフォーセリアともなれば、呆気のない代物だと信頼している。過剰供給された物質に耐えきれず、槍は木端微塵に粉砕している。メルキゼデクは等身大に拡大した斧を手に取る。重量が不安要素を掻き消す。
(変わらないあんたなら、荒地を豊かにするはずだ。でも、そうはさせない。この不毛を永遠に更地にしてやる。精霊もまとめて、ぶっ飛ばす!)
「物質魔術”誼の女王””綬の王”―」
もう一度、破壊力に全振りした斧を深く構えた。先程とは比にならない重力と痛みをメルキゼデクは味わう。骨が粉砕してしまいそうな破壊力を付与した斧を勢いよく振り下ろす。不毛の土地に侵食する崩壊が天啓として落ちる瞬間に、探っていた本命が動いたことをメルキゼデクは察した。
(今、動いても遅い!)
振り下ろされた斧は何人の介入を許さない。それに絶対の自信を持っていたメルキゼデクは油断していた。
「!」
「自殺はつまんないんだよね」
突然、目の前に姿を現したフォーセリアは無傷で平然と恐ろしいことを言った。視線を動かす。斧と地面の高さを把握して、瞬発的に足を入れて、重厚な斧を蹴った。破壊力で触れたものは一瞬で崩壊する業に臆することなく、フォーセリアは足だけで回避した。反動でメルキゼデクの体勢が崩れた隙を見逃さない。
「精霊抽出大地の元素」
メルキゼデクの背後に、大地の精霊ベヒモスが顕現する。乱れた魔力を直し、瞬時に地略の流れを魔力探知で解読し、ベヒモスを強制操作する術式を編み出す。コンマ一秒に満たないメルキゼデクの対応だが、フォーセリアは彼の目が離れた瞬間を有効活用する。両剣を投擲して、宙を舞う斧に中てる。回転を帯びた両剣は斧に中り、斧の崩壊に成功する。まだ、メルキゼデクの目は戻ってない。投擲した両剣を待つ時間はない。精霊に呼びかける時間もない。フォーセリアは仮想物質を練らず、ただの拳を用意する。メルキゼデクの目が戻る。二人の視線が交錯した瞬間、フォーセリアの放った拳がメルキゼデクの腹に直撃する。
「ぁ゛、、、、」
即興の捻りもない拳からは想像もできない威力を体験して、メルキゼデクは腹に異常な痛みを感じた。それは自身が構築した物質魔術の反動を遥かに凌駕する痛み。痛みを感じる中でも、体勢は整えて、フォーセリアと距離を取る。
「くそ!」
悪態をつくメルキゼデクは”神権”で供給された仮想物質を物質魔術で痛みを緩和させる。冷汗が止まらない。リーチの長い槍を選択して、追撃に備える。紫眼でフォーセリアを睨む。無傷で、捻くれた技を出していない。魔力で補填した素振りもない。純粋なパワーのみで反撃を許してしまったことに、深い劣等感を抱く。
(精霊をデコイにして、たったの一秒で覆された。俺の努力で生み出した物質魔術も跳ね返されたし、なにより痛がる姿も見えない。俺はこれだけ変わったのに、何も変わらなかったあんたに及ばない。憎い!)
憎悪が増す。根源が醜いことくらい、メルキゼデク本人も分かっている。だが、抑えきれない格差。成長しても、生まれ持った素材で優劣は一生変わらない。宇宙の理をこれほど妬んだ日はない。
(消す、消す、消す、消すっ、消す、、消す、、消す、、消す────消してやる!!!)
莫大な憎悪が殺伐とした殺戮欲に変換される。移り変わりを真諦眼で見ているフォーセリアは溜め息をつく。
「差し出したから変わった。差し出したのに変わってない。許さない。認めない。与える。いつから、俺は審査される立場になったんだ?」
メルキゼデクに問いかけた。フォーセリアは呆れ顔で言う。両剣に付着した血と汚れを拭って、光の粒子が纏う刀身を見せつける。一度閉眼する。一秒の沈黙。
「俺にも守りたいものはある。でも、他人に生き方を決められるなんて許したことはない。神にだって俺のあり方は決められない」
抑えていた覇気をフォーセリアは解放する。黒紫の地に反射する二色の緑。豊穣を示しが開眼する。
────ぶわっ!!
フォーセリアの動きに反応して、風が吹き荒れた。無意識のうちに、精霊が彼の覇気に中てられたのだ。フォーセリアの存在感が増す。素朴な動作で変わる。
メルキゼデクは唾を飲む。解放された覇気に細胞が反応している。初めて会った時から異彩を放ち、いつまでも光として前を歩いてくれた偉大なる御方。
「精霊王だ」
メルキゼデクは無邪気な子供のように言った。精霊王の片鱗を解放したフォーセリアは、荘厳な立ち振舞いで自然を震わす。精霊王の帰還に、自然が歓喜の息吹を上げている。
「俺の生き様を見せてやる」
フォーセリアの気迫に気圧されると同時に惚けていたメルキゼデクは気を取り直す。
「物質魔術”鵬の義王”」
”神権”を発動させ、仮想物質を供給する。仮想物質というエネルギーを物質魔術で物質化させる。ごぎごきとこもった音を立てて、手に馴染む武具を形成した。二メートルはある巨大な斧。軽く振っただけで烈風が吹き荒れる。重量感のある斧を軽々と肩に持ち、扱うメルキゼデクは目の前にいる人物に睨みを利かす。
烈風をもろともしない佇まい。覇気が不毛の土地を感化させて、地脈に影響を与えている。地鳴りは精霊王の異彩を示す音楽だ。潜在能力の一欠けらだけを解放して、自然が揺れ、あらゆる生命体を歓喜の渦に陥れる精霊王フォーセリア。蓄積していた殺意を殺さないように心掛けても、上書きされていく。ゆっくりと動き、線をなぞる真諦眼を向けられて、胸の鼓動がばくばくと湧きあがる。
(まだ、俺にこんな感情があったんだ…)
抱く感情の存在に微かな期待を膨らませた。フォーセリアの無機質な覇王の存在感を怖いと思う反面、純粋な感情も確認できる。
「消したい」
大きく踏み込んだメルキゼデクは斧を旋回させ、ブーメランのように投げる。ビュンビュンとこだまする迎撃音。フォーセリアが軽く仰け反った隙を見つけて、メルキゼデクは急接近する。引いた拳に仮想物質を循環させて、高威力のパンチを繰り出す。片手で受け止められても動揺はしない。旋回し戻ってきた斧を掴んで、旋回で生まれた遠心力を糧に振り下ろす。地面に大きく食い込む斧。
「どこ狙ってるんだ?」
「!?」
はっとして顔を上げると、硫黄の瞳が見下ろしていた。いつ避けたのか分からないが、明らかに斧の迎撃範囲が複雑にかからない近くに退避していた。だが、決して遠くに逃げるのではなく、メルキゼデクとの間合いを保ったまま。フォーセリアは斧に片足を置いて、固定する。
(動かねえ!)
すぐに斧を動かそうとするが、びくともしない。まるで巨岩が乗っているかのような重さ。メルキゼデクは斧から手を離して、新しい武器を仮想物質から具現化する。サバイバルナイフを無数に取り、至近距離で投げつける。両剣で跳ね返されるどころか粉砕された。
(精霊王自体の仮想物質を制限しているのに、反撃できない!)
仮想物質そのもので構築されたフォーセリアの肉体を物質魔術で制限している。強化と弱体化を謀っていても、埋まることのない格差にメルキゼデクの意欲は俄然として高まっていく一方である。”神権”で供給する仮想物質を指定する。
「物質魔術”迦囃の王”」
指定した仮想物質がメルキゼデクの体内に循環する。その仮想物質、並びに魔力にフォーセリアは見覚えがあった。
(オドの魔力か…)
過去、セアと任務に同行した時、彼女が使っていた魔力と同じであった。一般的に普及し、最も扱う人が多いマナの魔力と違い、オドの魔力は一単位に持つエネルギー量が頂点魔法と同等に含まれているのだ。圧倒的な物質量で扱うのが困難であるために使い手が絶滅した。だが、もしオドの魔力を使えるとするならば、魔法界においての魔法使いの価値は跳ね上がる。
膨大過ぎるエネルギーを一つ残らず、体内に循環させる。肉体の筋肉が増強し、細胞も活性化する。拡張した腕力で巨大な斧を握る。あまりの怪力に斧の持ち手に亀裂が生じる。己の怪力で破壊する前に、メルキゼデクは大きく振りかぶった。正確な型ではなく、おそらくは力任せに叩いている。打撃の直下に頂点魔法並みに出力される。陥没し、底無しの大穴が出来上がってしまった。断崖絶壁の壁。一度落ちてしまえば這い上がってこれない。
「はぁ、はぁ…」
オドの魔力を容赦なく循環させた肉体が悲鳴を上げている。これほどまでに全力を出したことはない限界を感じる。メルキゼデクは勝ちを確信した。ぱきりと弾ける音がした。メルキゼデクは背後に気配を感じた。顔だけ振り返る。そこには先程攻撃に直撃したはずのフォーセリアが両剣を構え、重心を低くしていた。若輩の種が木に成長するように、両剣の刀身は大きくなっていた。結晶も入れ交じり、氷膜で覆われた一つの芸術作品だと感じる。至高の一振りを、フォーセリアはあろうことか乱雑に振るう。
「聖峰須臾」
一段目の振りは、斧ごとメルキゼデクの全身を斬るもの。
「一別の慟哭…」
二段目の振りは遠心力を利用して、メルキゼデクの胸を貫くもの。一段目よりも遥かに力任せ。そして、三段目の振り。
「紅涙の朱!!」
メルキゼデクの顔を斜切るもの。一段二段と続いた横暴で鈍角な太刀に、満身創痍のメルキゼデクはよろける。フォーセリアは追い打ちをかける。芸術の三弾突きから打って変わって、無題の拳をメルキゼデクにお見舞いする。ぎしっと骨が軋む音とともに、メルキゼデクは後方へ吹っ飛ばされた。ふぅと達成の溜息を溢し、フォーセリアは言い放った。
「俺は善なんかじゃない。―俺は悪神だ」
地上宇宙樹霜史実において、妖精族と精霊族は、こう記されている。
七大一族の精霊と妖精は自然を司る種。
妖精王オベロン・ティターニアの肉体は地上宇宙から生まれいで、妖精は地上宇宙の自然を司る一族。
精霊王フォーセリア・ラトゥリア、その存在は天界宇宙から生まれ出でて、精霊を創造す。則ち、精霊とは天界宇宙の自然を司る一族である。
フォーセリアに関わる人類は少なく、彼の出生を知る者は数少ない。フォーセリアが元祖だと自ら名乗らない理由も知らない。記録でも彼の存在は隠匿され、あるのは任務達成率とイニティウムが与えた神器だけ。謎に包まれたフォーセリアの名は偽名であり、本名はない。
彼が生まれたのは天界宇宙の大地だったから。名という存在も知らないまま、事足りる自然の猛威を奮って、破壊を尽くしていた彼を神々は【悪心】と畏怖した。
メルキゼデクの秘話
誕生日4/23 誕生星アルマク・アンドロメダェ
《自然との調和》
転じて、大地の子と言う意味です。
彼に明確な誕生日はありませんので、フォーセリアに引き取られた日になりました。保護された先は、精霊の寝床です。勉強や修行を積んで、たまに帰ってくるフォーセリアに指南を申し込んでいました。
メルキゼデクにとって、フォーセリアは恩人であり、師匠であり、目標でもありました。捨てられたことを実感し、実力のみで魔法の開祖となっています。
妬みが心を覆う日々でも、フォーセリアと過ごした日々を懐かしんでいました。全てを捨てて強くなろうと決心しましたが、尊敬するフォーセリアがつけてくれた名前だけは捨てられませんでした。
守護者だけが知ることができる元祖の詳細な文章なのですが、その中に元祖一人一人にはギハラが直感的に作った口伝が認められています。しかし、メルキゼデクにはありません。これはギハラが彼と相対した時に早めに逃げたためです。ギハラと言えど、メルキゼデクの耐久力を厄介だと感じ、戦闘を避けたため、口伝に必要なだけの情報を得ることができませんでした。
メルキゼデクは、魔法使いのなかで耐久力と魔法展開速度の観点では、一番です。ですので、勝利を掴むために、フォーセリアが向かったのです。




