沃耗編 65話 宣戦ならざる痛み
敵が来ない。最前線で待機する木聯とカトレア。住民の避難地区に選ばれた精霊の海の警備にあたる。見上げれば、大結界が輝いて侵入を拒んでいる。神皇が施したというそれは決壊の予兆を見せない。
「暇っすね」
「とても。でも魔力は感じるわ」
「うちらじゃ到底勝てん相手ですわぁ」
「復活したからって不貞腐れんじゃないわよ」
カトレアは忠告する。
「知ってますよ、そんくらい。今苛立ってるんはうち自身や」
精霊の助力や妹の援護、守護者までを巻き込んで倒した宿願は、何の関連性もない敵に復活を許してしまった。その敵に勝てる未来はない。
「努力なんて他人が見ればただの遊びで、大切にされないってこと。よぉ知ってます。それでも苦労なく白紙に戻されるんは、腹が立つ」
「そう。でも、ここは守りましょう。タチアオイとアロエに堂々と会いに行くんでしょう?」
「分かってます…最後まで気張っていこや」
精霊の海にある穴。名もなき不毛の土地。そこには人類は住めない。住むことを禁止している。元祖大戦で多くの元祖の死地となり、彼らの悪意ある才が呪いへと変化し、その地に根を生やし、瘴気の豊穣を齎した。
ここにあるものは豊穣の糧となる。時に命を蝕んで、血の歴史を肥やす。あらゆるものを吸収する土地柄で、セアも結界を張ることができなかった。唯一の抜け道である。手のひらを返せば、侵入はこの穴しかないということ。
「ここで待っていれば敵が来る。オベロンの予言はやっぱ当たるね」
両端双頭の武器を地面に突き刺して、来訪者に目を向ける。燐灰石の髪は麗に光を宿して、二色の目は灰と腐れ切った黒紫の地に本当の豊穣を示す。植物の緑。明るく黄みがかった緑と明るい緑が加わった黄色。青リンゴと硫黄に似ている。溢れ出る屈強さ。
紅帝族序列三位守護者フォーセリア・ラトゥリア。
その正体は七大一族の一翼精霊族を取り仕切る始まりの精霊。精霊という存在を信じる全ての人類の象徴に立ち、豊穣の加護を持つ偉大なる精霊王。任務達成率は驚異の百パーセント。万物に通じる実力者。
「それは予言なんかじゃない」
薄紫のはねた髪を結ぶ。ゆらゆらと動く炎のように美しい。大輪のピアスがトレードマークの好青年。82男”祭”の元祖メルキゼデク。派手な見た目とは裏腹に冷静沈着な彼は、フォーセリアを疎むような眼差しを持っている。
メルキゼデクの正体は魔法の開祖の一人。そして物質魔術を発明した張本人。魔力の扱いに最も長けた人類だ。
「今なら降参くらいは聞いてやる」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
二人の間に火花が散る。
「魔法、一般攻撃の一部を俺に宛がっても意味ないと思うけど」
フォーセリアの言葉に、メルキゼデクはぴくりと眉を動かす。
「あんたは魔法が何なのか知っちゃいない。魔法は魔力を活用する技術の総称。原理は魔力の持つエネルギーの必要な量だけを取り出し、物質化させる。
そして魔術は魔力という概念を作為的に制御するための技術だ」
「…」
「魔力は仮想物質の総称。そしてあんたは自然的仮想物質そのもの。つまり、仮想の概念を司る生命体」
フォーセリアは無感情の侮蔑を送った。
「俺の開発した物質魔術は最も仮想物質の操作に直結する。ソロモンは物質魔術を基に、マナ魔法を発明した。でも、俺はずっと物質魔術だけを研究して、改良して、俺だけの魔術を創った」
雄弁な語り口のメルキゼデクは音も立てずに、魔術を展開した。視界の情報でしか技術を使ったことが分からない洗練された所作。槍と斧を顕現させる。
「人類にとって魔術は早すぎた。過大な技術を持て余した愚か者は、波乱の道を歩んだ。先駆者は過ちを犯さぬために、魔法を生み出した。でも、俺は違う。俺にとって魔術は過小すぎる。
お前を消すことに比べれば!」
「ちっ」
不意に突撃してくる斧を、反射的に受け止めた。塞がった両手。メルキゼデクは片腕に持っている槍を大きく構えて、突き刺す。怪力が伝わり、大気を震わす。フォーセリアは体を傾けて、槍を躱した。刃の冷気が耳を燻ぶる。フォーセリアはにやりと口角を上げて、殺意を籠めた蹴りをメルキゼデクの腹に入れた。思わぬ反撃にメルキゼデクは不快な顔をする。
初動は不意打ちの仕返しで終わるが、どちらも本気であることを確認できた。
「俺を消す、面白い。でも、それは守護者の最下限に挑むことと同じ。俺はあいつらの基準。最小値でも最大値でもない平均値。
数値は化け物じみた奴らが基準となる。たかが魔術を扱えるだけの魔法の開祖が、俺に勝つなんて未来永劫とない」
フォーセリアが動く。両剣を回転させて得る遠心力で、メルキゼデクに応戦する。ぎちぎちと音を立てる刃は、若干メルキゼデクが押されている。体格差で優位に立っているが、フォーセリアの怪力に勝ることができない。殺意だけを原動力に動くフォーセリアの目から光が帯びている。
「精霊抽出光の元素」
両剣に輝かしい黄金の光沢が現れ、フォーセリアの背後に光の精霊ウィル・オ・ウィスプが出現する。
(あれが、光の大精霊?)
精霊王の呼びかけに応じた光の精霊ウィル・オ・ウィスプは、空を瞬いて手を振った。彼の手から放出されつ光の灯火が、汚染された地を照らす。青白い灯火は浮遊して真球となる。
『精霊王に栄光あれ』
光の精霊ウィル・オ・ウィスプが両剣に宿る。重篤に熱る両剣をフォーセリアが振った途端、光の刃が出現する。光の刃とはつまり、第二の刃を発動したということだ。魔法の開祖であるメルキゼデクは一瞬で理解した。槍で大まかに飛ぶ刃を掻き分けて、斧を振り、近接戦でフォーセリアを殺しにかかる。
「!」
跳ね返した光の刃が屈折して、メルキゼデクに翻る。思わぬ仕返しに、彼の腕が止まる。もう一度跳ね返すが、何度も屈折し、その度に軌道を変えて戻ってくる。仕方がなく全身を動かして、刃を躱す。刃物を地面に被弾させ、無効化する。彼の攻撃で敵が止まるわけではない。フォーセリアは隙を縫って、迎撃を仕掛ける。黄金の刀身がメルキゼデクの命に着々と近づいている。
「精霊抽出風の元素」
精霊王が次に呼びかけたのは、風の精霊シルフだ。彼女は美しい女の姿をしている。手を上げて、風を吹かせる。不毛の土地に蔓延っている瘴気を巻き込み、第二の刃である毒の刃を発動させる。被弾した毒の刃は被弾した瞬間に、毒素を吐いて充満させた。灰まで吸えば、諸器官が痙攣をおこして機能停止してしまう。毒の効力を魔法分析で見破った。メルキゼデクの進む足に迷いが出てきた。その隙を見計らって、フォーセリアは片をつける。自らが危険を顧みず、両剣を振るった。
(精霊王の魔力と精霊の魔力が結びついて第二の刃を出したのか。自然界の魔力が必要不可欠の技術。自然界の頂点精霊王なら偶然を装わなくても、扱いきれる。
”霊異魔術”の一種、第二の刃。これを全元素使えるとか、それも平均値。下手な相手より、よっぽどやりにくい。でも変わってねえ!)
フォーセリアの戦い方を見たメルキゼデクは憤怒する。
「お前は会った時から変わらない戦闘スタイル。能力と容姿。精霊王のくせに、魔法使いみたいなことしやがって…認めない、絶対に…
物質魔術”義の王””玆の王”」
迫ってくる両剣の刀身は変わらず黄金に輝く。しかし、メルキゼデクが魔術を使った瞬間にフォーセリア自身、違和感を覚える。扱っている両剣がぐんと重く感じて、命令を拒んでいる。次の瞬間には刀身に付与していた光の精霊ウィル・オ・ウィスプが誤作動を起こして、両剣の太刀筋を改変してしまう。改変した先に運悪く、フォーセリアがいる。刃が彼の顔を抉り、深い傷を与える。
「っ…?」
想定外の事態にフォーセリアは顔を伏せる。顔から滴る血が目に入って、視界を遮った。休む暇など与えずに、メルキゼデクが斧を必中させた。フォーセリアはすぐに距離を取って、傷の具合を見る。顔は深いが、斧で受けた傷は腕の神経を掠っただけに終わった。反撃を解析する。
『王』
「…」
『大変申し訳ございません』
両剣に宿っていた光の精霊ウィル・オ・ウィスプが顔を出して、謝罪を口にする。太刀筋を変えたことは彼が望んでやったことではないことを、精霊王であるフォーセリアは理解していた。
「シルフは変わりない?」
『はっ!』
「ふん、実力はあるみたいだね」
(俺と精霊は存在そのものが魔力で、仮想物質。あいつが言った魔法技術の本質は仮想物質の制御にある。今までの魔法使いは精霊に許可を貰う立場にあった。魔法はあくまで精霊との交渉手段に過ぎない。
でも、あいつが使うのは魔術。魔法術式の根幹を担う。規模と効力が魔法より大きいのは当たり前。でも、魔力じゃない。精霊を直で制御しやがった)
フォーセリアは両剣に視線を落とす。今は武器の抵抗も重みもない。精霊からは自責の念が伝わってくる。
「魔術を使う開祖か。お前と俺にどんな因果があるんだろうな」
「!?」
「セアはこの大戦は因果が集う、そう教えてくれた。でも俺は因縁の相手を知らない。受難の心当たりもない。エドガーの指導の下、盤上の指揮を執るオベロンを疑っているわけでもない。
俺は記憶を失ってるわけでもない。感情がないわけでもない。誰かに負けた記憶もない。本当にお前との因縁を感じられない。けど、采配は疑ってない。証拠に、お前から感じられる俺への殺気は、俺が今まで出会ったどんな殺意よりも澱んでいる。穢れ知らずの純黒。蓄積した悪意をよく感じる」
「…!」
「でも、お前の悪意には心当たりがある。精霊の政を担う司祭。俺が初めて加護を授けた人間。成長しすぎて分からなかったけど、理解したよ」
フォーセリアは植物の色合いをした瞳を光らせた。粒子が束になり、流麗な瞳を創る。未解明の物質エネルギーを感じ取った。瞳の変化。それは精霊王フォーセリアが持つ精霊王の為に存在する魔眼”真諦眼”の発動を示している。
”真諦眼”は万物の核心を見通し、その本質を曝け出す。言うなれば、万物を見抜く目。”真諦眼”を発動させなくとも、感情を読み取ることが可能である。そして、”真諦眼”は神に通用する。
「物質魔術で精霊を強制操作。やるね。でも、俺を操作するのは無理そうだ」
「そう思うのも今だけだ!」
魔眼を発動させているフォーセリアに向かって、メルキゼデクは突撃する。彼の考える太刀筋を全て見抜いて、フォーセリアは軽々と避けていく。だが、次の瞬間にメルキゼデクの槍が掠めていく。フォーセリアも一つずつ綺麗に対処していくが、メルキゼデクの足取りは洗練されて、槍の腕も急激に成長している。そして、フォーセリアは見抜いていた。メルキゼデクの急成長の裏で活躍する”才”が、発動されていること。
(82男”祭”の元祖、仮想物質を永続供給する才。”神権”っていうのか。大層な才だな。恐ろしいのは組み合わせ。供給される仮想物質を物質魔術で制御。身体強化と精霊の強制操作に割いてる。見たところ、物質魔術はシンプルな術式じゃない。でも、あいつは一瞬で構築してる。
強制力と規模の特異性を兼ね備えた三つの魔術は、例外なく術者本人への不可が大きい。でも、あいつはそれすらも制御して、手綱を握ってる)
フォーセリアは真諦眼で、メルキゼデクを洞察する。その間にも着々と伸びる武器の腕。体力も無限に向上している。戦えば戦うほど強くなり、異次元の持久力に繋がっている。
(魔術の発動速度で言えば、ウェルテクスよりも速い。いや、魔法の開祖の中で断トツだ。この持久力、もしかするとバイラールといい勝負になるんじゃないか?)
フォーセリアは精霊の力を解放して、規模を拡張した。それに合わせるように、メルキゼデクも術式を瞬時に改編して、物質魔術の出力を調整する。精霊が出す第二の刃を全て制御下に加え、フォーセリアへと矛先を向かわせる。両剣を滑走路に、メルキゼデクは槍を滑らせ、フォーセリアの肩に鋭い刺突を食らわせる。痛みで歪む表情。人間味を感じさせる振る舞いにメルキゼデクは怒る。片手に携えた斧は短い射程でも届くと確信して、届かせる技術に仮想物質を割いて、精霊王を殺しにかかる。
「”神権”復古の司祭────サレム!」
両剣と同様に黄金の斧が、フォーセリアの頭に振りかざされる。
斧が届くまでの刹那に、メルキゼデクはフォーセリアの顔を見て、心の中で思う。
―あんたは何に感化されたんだ?




