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NO PAIN~女神は眠りの中に~  作者: おじゃっち
8章 英傑の海
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62話 コシャマインの痛み

クヴァレ帝国城内に充満する異様な気配。だが、それは人や魔獣、神にも当てはまらない正体不明の気配。警戒しながら、場内を散策するフォーセリアとバイラール。元祖の幼少期をここで過ごしたため、構造は把握している。だが、奥に進むにつれて、危機感が増していく。それは長年の戦闘を経験した彼らの特権であり、ここを良く知る彼らにとっては異常なものだ。空気が凍り付くような感覚と、鼻に残る刺激臭。不思議なことに敵と遭遇しない。出動していると言っても、多少なりとも兵を残しておくべきだ。

「いないんじゃなくて、ここに立ち入らないようにしてんのか?」

「多分ね…!」

二人がしばらく歩いていると、壁に突き当たる。記憶の中のここは、実験室と倉庫がある部屋が連なっているはずだ。だが、それがない。フォーセリアが壁を叩く。何の反応もない。バイラールに目配せをすると、彼は才を発動させる。

「もうちょい上、で左。あ、行き過ぎ。そこそこそこ」

バイラールが指摘した場所を叩くと、微動だにしなかった壁が僅かに動く。中からは鍵が出てきた。見覚えのない仕掛けに戸惑いながらも、バイラールが事象に働きかけ、攻略を進める。出てきた鍵を手に取り、僅かに窪んだ穴に挿入する。

「こりゃあ…」

「…」

鍵が作動すると、見知らぬ通路が出現する。コォォと空気が流れる音が響く。薄暗いが、汚くはない。埃が積もっていないあたり、頻繁に人の行き来があるようだ。顔を見合わせる二人だが、収穫物が欲しいと判断して、通路に足を踏み入れる。一方通行の整備された通路を照らす仄暗い炎は揺らめく。下に降りる階段が続く。そんな中で見つけた鮮烈な光。通路と階段の終点の先にある広々とした空間。天井が高い。巨大な装置が設置されており、かなり整った印象だ。まるで、何かの実験をしているようだ。フォーセリアはそう思った。

「手分けしよう」

二人は広大な室内を手分けして、捜索する。フォーセリアは多くの資料が保管されている棚に行く。閉じられた資料は年代順に整頓されている。近代に近づくと、ファイルの数は減っているが、昔の方が同じ年号が書かれたファイルが多いことに気づく。一冊手に取り、中を開くと、そこには日時、名前と意味深な数値が記されていた。数値はばらばらであるが、下限は一定数ある。

フォーセリアは急いで他のファイルを取り出す。すると、見知った名前を見つけ出した。フィーゴという男の名前。その男はアストラの祖父にあたり、今は亡きヴァイスの父に当たる。フィーゴは、比較的近代の人間だが、混血の明帝族中でも純度が高い。そのため、数値が高くなっている。

次に手に取ったファイルの中で、アル・ラーズィーを見つける。彼は、イニティウムの旧友という間柄なので、昔の人間だ。純潔の明帝族。数値を見る。他と比べ物にならないほど、高い。

(今の種族は純潔の紅魔族と明帝族。その混血で、純潔でなくとも、片方の種族で生まれてくる。でも、明帝族の数は減る一方で、その純度も高いとは言えない。俺は明帝族の名前と、その純度をなるだけ記憶に入れている。それと何か関係があるのか?)

フォーセリアは思考を巡らせる。ファイルから推測すると、明帝族が関わっているのが分かる。だが、結論には至らない。試行錯誤を繰り返していると、奥の装置を調べていたバイラールから大声で呼ばれた。フォーセリアが急いで駆けつける。

「!?」

視界に入ったものを見て、フォーセリアは絶句した。装置の一つに赤い液体が保管されていたのだ。唖然としながら、近辺にある装置も物色すると、冷凍保存された血液パックを見つけた。冷凍された上で、時を止めているようだ。パックの数値を見て、フォーセリアはさらに驚く。先程見たファイルの数値と一致しているからだ。

「バイラール…?」

何故呼ばれたのか、聞こうと声をかけた。だが、彼は反応しない。不審に思ったフォーセリアは彼に近づく。彼は恐る恐る聞いてきた。

「これさ…華佗と、ミューズじゃねえよな?」

バイラールが震えた声で言った先には、全身をチューブで繋がれた華佗とミューズが無造作に投げ出されていた。チューブの先は、赤い液体があるところだ。衝撃で呆然と立ち尽くすバイラールに代わり、フォーセリアが二人の容態を見る。

(冷たい。血を抜かれ過ぎてる。失血死だ…血…血を抜き取る技術?)

容態を見ていたフォーセリアは違和感に気づいた。

(二人は特別だ。なんてったって、紅魔族しか元祖になりえないという常識の中、明帝族で才が発現した異例の元祖だ。どうしても体と、その細胞に合わず、実力を発揮できなかったけど。でも、二人が純潔の明帝族だと知っているのは、俺とノーヴァと、姉の二人。機密事項だ。そして、血を抜き取る技術はイニティウムお得意のもの。イニティウムは華佗とミューズを道具として利用しようとしたけど、それはクヴァレの殲滅の為。こんなことをする人間じゃない。なら、イニティウムの技術を再現した。高度な技術を再現できるほど間近で見ることができて、二人の出自を知っている人間…ああ、やっぱり…そうなんだな)

フォーセリアは、二つの条件に当てはまる人物を一人だけ知っている。

「本当に巧妙だよ、ノーヴァ!!」

怒りが交錯する。ノーヴァの今までの行い全てに辻褄があってしまう。

(弟妹(きょうだい)の思想を教育したのは他の誰でもないノーヴァだ。ラウルスは教育には不干渉。イニティウムの教育を受けた奴らは殆どこちら側。その中でも、ノーヴァと仲良くしていたソロモンとキフェは、クヴァレについた。幼い時に刻んだ過激な思想が、今の戦争に繋がっている。明帝族の血が必要だったから、集められる口実に、明帝族を悪だと教え吹きこみ、代わりに集めさせた。長男だから、だれも疑いやしない。長男だから教育に熱心。

その考えが甘かった。何が目的か知らないけど、遂行のために(俺たち)を懐柔しようとして、セアの復活にも力を貸した。よく考えれば、ノーヴァの訪れたタイミングで七洋が襲撃した。合作してるように、協力関係を築いていたんだ。それに気づいた元祖がノーヴァを眠らせたけど、その間でも計画は滞りなく進んでる。全部全部、裏で手を引いていやがった!)

「とんだ二面性だ」

フォーセリアが憎たらしく呟く。目には怒りが宿り、無意識に体に力が入る。彼の横を通って、バイラールはチューブを取る。がさつなバイラールには驚きの穏やかな手つき。フォーセリアも手伝い、華佗とミューズからチューブを取り外し、痛みから解放する。バイラールは二人の手を取って、額に触れさせる。とても冷たい。体温が戻る兆しも、息を吹き返す兆しもない。

(痛かっただろうな。血が抜けていく感覚は地獄だったろう。遅れてごめん。助けられなくてごめん。肝心な時にいなくて、ごめんな。お前らによくしてもらったから、守ろうって決めてたのに。果たせなくて、ごめんっ!)

心の内で謝罪を続け、懇願するバイラール。二人が味わった苦痛を考えている。

「バイラール。この闘いが終わったら、ちゃんと弔おう」

「ああ」

「だから」

「分かってるぜ、そんなこと…安心してくれ。必ず勝てるように、本気で往く」

バイラールは二人を抱える。涙を必死に堪える。脳に伝達が送られる。

『直ちに、永遠なる神秘レース・アルカーナ・アエテルタニスへ来なさい』

「事象、送ってくれ」

悲しみに暮れるバイラールに言われて、事象が彼らを伝達の場所である永遠なる神秘レース・アルカーナ・アエテルタニスへ移動させる。




各地で起こっていた侵略が終わり、大方の始末書が天皇である蝶の下に届く。被害地域に目を通す。どれもが記憶にある馴染みの場所。それがクヴァレに占領されている。広範囲の海から一部だけを守る戦法に変更してなかったら、被害は大きかった。

(主将の敵が固まってくれたことも大きい。こちらの戦力は失われたが、それ以上にイレミアとカデナを屠ったのは大きい。厄介な奴らじゃ。問題は…ノーヴァがクヴァレに寝返った)

蝶は下唇を噛む。大方予想はしていたし、一定期間裏切らないように命盟を結んでいた。だが、いざ裏切られると片腹痛しい。加えて、始末書には異例のことが書かれてあった。

(七洋が、神として…この地に降りた!!)

怒りで、蝶は始末書を握りしめた。

(地上宇宙(バース)には、朕らの結界が張られていた。秩序を維持するための人類の神域。神域を重視する神では本来の権能が発揮できない。だから、七洋は魔族として、体の構造を魔獣に変えた。地上宇宙(バース)に蔓延る生物として生きた。今の守護者(ガルディ)が通用して、精霊やら魔法使いやらに倒されていたのは、そういった理由じゃ。神の都合と思惑が複雑に組み合わさって、神は一度殺されなければならなかった。だから、倒されてやった。ほんに屈辱的じゃろうが、そのおかげか七洋は神に戻ってしもうた。全てが綿密に計画された奇譚…今知っておることを話したい。一度合流かのう)

戦況が動く度に逐一届いていた原初一族の始末書と同封されていた召集の証。主要戦力は永遠なる神秘レース・アルカーナ・アエテルタニスに集まっている模様。早すぎる召集。おそらく、イニティウムが采配したのだ。何かを見てほしいのだろう。

その意図を少なからず察した蝶が立ち上がる。した瞬間に、国を揺るがす衝撃と振動が襲う。

「!?」

蝶は予想外のことに驚き、すぐさま飛び出す。国民も混乱している。蝶は街を走り、住民を城に避難させた。

桜雲(おううん)はどこにおる?」

「ここじゃ」

避難誘導をしていた桜雲(おううん)が彼女の呼びかけに応じ、前に現れる。

「緊急事態じゃ。民を別の海に避難させる」

「あい」

『そうはさせないわ』

「!」

「誰じゃ?」

すぐに動こうとしていた二人を制止する声。人間のモノとは違う威圧を帯びた声。

「貴様は…」

蝶はさらに驚く。長身で、長い黒髪と褐色の肌。青く鮮やかなドレスを身にまとい、宝石を散りばめた神。七洋リヴァイアサンだ。

「なぜ、神がここに…」

『ワタクシだけだと思って?』

リヴァイアサン神の問いかけに二人は疑問を浮かべる。神は笑う。その数秒後に降ってわく、もう一柱の気配。背後に訪れた畏怖の気配。恐怖で体が動かない。すると、桜雲が蝶を庇い、突き飛ばす。伸びてきた手が桜雲の首を絞める。突き飛ばされた蝶は急いで起き上がる。

『ん? 蝶を掴んだと思ったが…』

(テュポン!)

下半身は蛇、上半身が人の姿をした怪物。目を布で覆い、艶やかな髪を持つ凛々しい顔つきの神。七洋最強神テュポンを見て、蝶は冷や汗を流す。圧倒的な力の前で、戦慄が走る。

『掴んでる子が次の蝶よ』

『ほう、ならば殺すしかあるまいな?』

「待て!」

『俺様に触れた時点で助からぬ命だ。おい、女。遺言だけは言わせてやろう』

テュポンが嘲笑う。桜雲は、考えることなく言う。

「顔は傷つけるな」

桜雲の言葉に、テュポンはにぃと不敵に笑う。次の瞬間、桜雲の首と胴体が離れた。愛する娘が目の前で殺されたことに、唐突に大切なものが壊れたことに蝶は絶望する。

『次は貴様だ。愚かな子よ』

テュポンが挫折した蝶に笑いかけた。しかし、今度はリヴァイアサン神が動く。かの女神は両腕を高く上げる。天を上る水。どこからか集まる水は川となり、そして大河となり、海を形成する。海から成る大災害津波が蝶だけでなく、帝国を飲み込もうとしている。自然の猛威の中で、絶望に打ちひしがれていた蝶は動くことができない。天皇の誇りが原動力にならない。誇りが敗者の産物となる。唐突な理不尽に悲しみはあっても、涙が出ない。国民の希望であった蝶に、希望はない。この理不尽を壊してくれるような何かを願っている。

津波が押し寄せる。人間の感情で止まらない横暴な大災害。

(幾千の願いを叶えた”鳳”が、朕の代で終わるのか。ああ、なんと不甲斐ない。条件を知っていようとも、それを叶える実力が朕にはない。誰かの希望になる勇気がない。誰でもいい。救ってくれ!)

激動する水の音と飛沫。水に溺れる結末に抵抗しながらも、受け入れてしまう。しかし、諦めた信念と抵抗権を掬う者が一人。蝶が不意に顔を上げる。絶望の黒に染まった蝶の目に、暖かな希望の黄が灯る。

神は忘れていた。不虞はいつだって起こりえる概念であることを、何度も身に刻んでいた人間がいること。

黒と灰色から成る陰惨の戦場に、一点の白と銀の歴戦者が駆ける。あってはならない清く、そして戦場に不一致な銀髪の歴戦者。押し寄せる津波の前に立ち、高く跳びあがる。手を翳すと、津波は一瞬で凍りつき、霜となる。霜を規則正しい結晶に変え、破砕する。氷の残響が、暗雲を晴れさせ、歴戦者の姿を星が照らす。

雪のような白い肌。雪を体現する銀髪が、星光を吸収し、輝きを我がものとする。この宇宙に存在する宝石では、その輝きを表すことが不可能だと理解するほどに、絶佳の瞳。結晶に発生する虹と、天と地を融合させた、なんとも形容しがたいほどに煌く緑の瞳。目が合った瞬間に、歴戦者のおどろおどろしい感性に息を飲む。彼女が孕む空気は、どす黒い悪意で染まっている。異質で、だが、歴戦者が不完全であることに安堵する要素でもある。

その手に持ちたるは、イニティウムの最高傑作神器アンテロス。銀の光沢と、魔法鉱石がふんだんに使用された極上の一振り。しかし、これは未完である。歴戦者の腕を伝う蛇が、腕に巻きつく。全ての準備が整う。歴戦者は権能と白練、そして神器アンテロスを融合させ、更なる神器へと昇華させる。一連の動作で新しき神々しさを生み出した剣の名を、人類はこう呼んでいる。

熾天使の剱(セラフィムレイピア)

して、その神器を振るうことが許された、その神器を振るうことが可能な人類はただ一人。その人類は長らく一線を退き、来るべき日に備え、技を磨いていた。もう一度、現れたる時に帰還の警鐘を振るうと誓いを立てて。

歴戦者が神に、熾天使の剱(セラフィムレイピア)を突き立て、振るった。

即ち、この瞬間を持って、セア・アぺイロンの帰還が歴史に刻まれる。

羨望を恣に、多大を虜にせよ。

『逢いたかったぞ! セア・アペイロン!』

「私はそうでもない」

テュポン神の熱烈な言葉を受け流して、セアは蝶の頭を撫でる。

「後は任せて」

セアの言葉を否定することなく受け入れる蝶を、みながいる場所へ集合させる。緩やかな笑みが凍りつき、無表情を貫く。それは霜よりも低い。無常のようだ。

セアが振り返り、神を捉えた。手を掲げ、空に大きくも薄い膜を張る。

『結界?』

「これから始まる舞台の準備だ。そして、お前達を逃がさないようにするための帳」

『ワタクシを逃がさない? 勘違いしているようね。あなたが逃げられないのよ?』

「ええ、私も逃げられないわ。だって、これは神々の監獄(タルタロス)だから」

セアが人差し指で、空をなぞる。菱形の宝石が四つほど、現れる。

「撮影機よ。今から、私とお前たちの戦いをクヴァレの連中と、紅魔族に見てもらう。もう、準備は整っているから」

『?』

「殿堂者の意義を果たすため、その糧となりなさい」


時を同じくして、クヴァレ帝国城内。一室に集められた元祖。戦場から戻ってきたロワとノーヴァ。取引を終え、復活した七洋など諸々が集まっていた。全員の視線が投影機に映し出された映像に集まる。そこには、セアと二柱の神が相対している状況が繋がっている。

「面白い挑発だな」

「…驕りの間違いだろ」

「そうでもないよ、お兄ちゃん。十九人の序列者と、どこにでも当てはまる一人の殿堂者で構成された紅帝族の序列は大きな意味を持つ」

「…あの序列は何の意味があるの? 四位のクリスも殺せたし、その中の近衛や二条も倒せた」

「その殆どが人間相手で死んだ奴らだ。紅帝族序列は人間を基準にしたものじゃない。神を基準にしたものだ。序列者は全て神を殺せる技術を持っている。でも、神を殺す条件を達成することも難しいし、会得すれば人間に通用する強さを失う可能性だってある。

大前提、神と人間の構造は違う。

だから、どの時代にもそれ(・・)ができる奴を一人だけに限定した。それが紅帝族殿堂者。殿堂者は守護者(ガルディ)の最終決定権、アレオパゴス会議の最終議決権を持つ。

序列者の称号を殿堂者が与える時が、神殺しになる前兆らしいよ。

いつの時代も殿堂者の教えで、神殺しが誕生した。この戦いでセアは、神は何かを証明する。殿堂者の意義を果たす時間だ」

「まあ、原理は分かった。だが、相手はリヴァイアサンとテュポンだ。今の宇宙上で一・二を争う最強格の生命体。それを…」

「いや、案外いけるよ」

キルケの反論に釘を刺したのは、レヴィアタンだった。彼は神妙な面持ちで続ける。

「セアと一時期行動していた時に様々な戦場に赴いた。だがね、私はただの一度も、セアの助けにならなかった。戦場の全てが、セアの足手まといだったんだ」

時を同じくして、イニティウムに召集された守護者(ガルディ)を筆頭にした主要戦力。永遠なる神秘レース・アルカーナ・アエテルタニスの大聖堂。彼らもクヴァレ同様に、スクリーンを見つめていた。

セアの行おうとする偉業を目に焼き付けるため。その中で、イニティウムは、手を握り、葛藤に苦しむ。

(テュポンは七洋最強で、アザトースの右腕。その実力は時にカオス神を上回る。アザトース直属の配下では圧倒的な武闘派。加えて、リヴァイアサンは水を司る。その攻撃範囲は一つの海を沈める。七洋だけで、アザトースを除く原初神三十二柱と太刀打ちできる。その中でも別格の二柱。長に頼まれて、言われた通りにしたけれど…殿堂者の務めを果たすのは、これが初めて。相手が誰であろうとも、失敗は許されない。長、どうか…ご無事でいてください!)



『なるほど。だが、お前は間違いだらけだ。今から起こるものは、英雄の武勇伝ではない。英雄の失楽録だ。だが、安心しろ。お前が落ちぶれたとしても、俺様が掬ってやろう』

「言葉に気をつけろ」

セアがテュポンの言葉を遮った。

「私は今、頗る機嫌が悪い。あまり煽ってくれるな。手本を見せぬ前に切り裂いてしまう」

憤怒を孕むセアの雰囲気は、霜よりも冷たい。配列は美しくとも、怒りの矛先は矛盾していて、感情の箍が外れている。その冷徹さで、神の好奇心が燻ぶり、鎖でつながれていた醜悪な権能を顕現させてしまった。

『『殺す』』

二柱の声が重なる。神の声は、セアも賛同している。違うとすれば、神は戦い、セアは舞う。

(記憶が戻って、さして混乱していない。それよりも嫌なのは、私の目の前から大切なものが無くなっていく。ねえ、オリゴ。苦しかったでしょう。でも、大丈夫。お前が目を覚ましたら、たくさん褒めてあげる。私を信用して戦ってくれたお礼だよ。

クリス、私を言い訳にしてくれてありがとう。でも、ごめん。今度は私が、クリスを言い訳にする。

よく見てて。紅帝族の者達。強くなる過程で捨てざるを得なかった宝石を、私は輝かせる。目を離すことができないくらい、惹きつけるから。

そして、見ていろ。クヴァレの連中。完璧な舞踊で、恐怖を与えてやる。お前たちが戦場に立つことを恐れるくらい、絶望させてやる。

ここからは、私が輝くための独壇場(ステージ)。忘れさせない舞姫を、星導の舞妓…私は演じてあげる)

蒼鉛色の雲の間から、朝日が差し込む。薄暗かった空が、朝焼けに染まる。蒼穹が仄かに織り交ざった濃く鮮やかな暖色。地平線から覗く太陽を熾天使の剱が受け止め、一筋の光を灯す。

太陽が昇るにつれ、セアは本能を晒し、演技する。

星を導き、廻りを舞わす。天を訣し、因果を詠む。天文を揺るがし銀河が微睡む。

長らく途絶えていた演劇が、迫真の舞姫を迎えて、動き出す。

太陽と時間を巻き込んだ壮大な演劇の幕開けである。


紅帝族序列殿堂者"神皇"セア・アぺイロンに贈られる守護者(ガルディ)とは異なる異名

―曰く、太陽と共に昇る女


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