表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NO PAIN~女神は眠りの中に~  作者: おじゃっち
8章 英傑の海
81/99

61話 十三翼の痛み

もう奪われちゃだめなんだ。奪われないために、誰かの大切を掠奪しよう。

(…羨ましいなぁ)

いつしか持ち得ていた感情。羨望。

俺っちを産んだ母親はろくでもなかった。育児を放棄し、父親も子供には無関心だった。俺っちには多くの兄と姉がいた。だけど、兄弟同士で奪い合う間柄だ。そんな環境にいたから、俺っちは弱肉強食という概念を信じた。

ある日見た兄と姉の揉み合い。姉は兄の持っていた指輪を気に入って欲しかったらしい。どちらが奪うのかなと、好奇心で見ていた。でも、その日は違った。殴り合いに発展した簒奪は、兄が動かなくなったことで終わりを告げる。気絶かなと思ったけど、兄の頭から血が流れて止まらない。姉は怯えた目をして、兄を見ていた。

(ああ、殺したんだ)

理解した。姉は理解が追いつかない様子だった。でも、簒奪した指輪だけは大事に握りしめていた。屑な人間からは屑しか生まれない。

(命を奪ってでも欲しかったんだ。へえ、そんなこともしていいんだ。俺っちも命奪われるならさ、殺ってもいいよね?)

気づいたときには、姉が冷たくなって、地面に這いつくばっていた。その日、俺っちは簒奪者の舵を切る。

(命まで()られる。なら、本当の俺っちが奪われないように、誰かから奪わないとね)


カデナは飄飄とした態度で敵を見据えた。目に映るのは、海を体現させた一族の族長。オーシャンとゼーユングファー。人魚。持ち味はどちらも速さ。だが、オーシャンは最速を出すことは不可能だ。カデナが今、注意すべきはゼーユングファーだ。

(”嵐”の元祖の才”再編”は細胞を操る。加えて、細胞変性(じょう)は一時的に自身の身体の細胞を書き換え、細胞の持ち主の特出が表れる。”再編”の能力の一つだ。多分、歴代海族族長の細胞を出現させてる。あんたから潰して、目の前で子孫を奪ってあげる!)

カデナは勢いよく踏みきり、ゼーユングファーに攻撃を仕掛けた。カデナの拳万を三叉戟でいなして、鋭いカウンターを決める。カデナは海遊生物を召喚して、猛攻を仕掛ける。

「”再編”細胞変性(じょう)

ゼーユングファーがそう言うと、海遊生物を一瞬にして薙ぎ殺した。広範囲の殲滅力を見せたゼーユングファー。だが、空から降り注ぐ悪魔の群れの集中攻撃を受けてしまう。絶好の機会だとカデナが忍ばせていた短剣を取り出して、急接近する。だが、オーシャンが間に割り込んで阻止した。

「お前は黙って見てなよ。もう、最速じゃないんだから」

「速さなら負けないよ」

オーシャンは言葉通りに動作の速度で、カデナを翻弄する。意地を見せて、最高峰の戦闘を見せるが、如何せん足の骨を粉砕されているため、動く度に激痛が走る。

「”再編”水性変性(なぎ)

ゼーユングファーが唱えると、海水が柱のように天に向上して、それが三叉戟に装填される。悪魔を殲滅し終わったゼーユングファーが、カデナの背後に周る。水の拳と三叉戟。前と後ろからの強烈な一打が轟音を轟かす。

「防御魔法…」

座天使(ソロネ)級魔法使いから奪った魔法だ。これがある限り、俺っちは負けない」

「あなたは何もないのね」

ゼーユングファーの言葉に、カデナは顔を強ばらせた。

「天賦を生かせないあんたに言われたくないよ。奪ったもん勝ちの世界で、俺っちは強者だ。そんな俺は運にも恵まれている」

カデナが嘲笑すると、空からは先程とは比べ物にならない物量の悪魔が召喚された。それは全て、ゼーユングファーとオーシャンを狙う。絶体絶命の状況だが、運に恵まれているのはカデナだけではない。

ズドン、という衝撃音が鳴り響いて、土埃が舞う。悪魔が一部殲滅された。

「面白いねえ!!」

溌溂と叫ぶのは、原初一族始祖の一人プロエレ・ノウムだった。彼女の手には、荘厳な槍が握られており、悪魔の血が多く付着している。だが、それは血の文様を刻んで、美しいと感じてしまう。プロエレはカデナを放っておいて、悪魔の殲滅を行う。

「エドガーからの指示だ。あたしは悪魔を相手する。お前達は集中しな」

プロエレの応援に最初は驚いていたが、吉報に二人は動いた。

プロエレは絶え間なく降り注ぐ悪魔を相手しながら、二人の戦闘を見る。

(思ったよりも深刻だ。こっからは時間の問題だ。さあ、ぶちかましてくれよ。オベロン!)



「これも…これも…だめなのか」

オベロンは弓を天に浮かぶ魔法陣に向けたまま、その姿勢を保ち続けていた。ずっと、考えているのだ。魔法陣を弓矢一本で破壊する未来を。

オベロンが持つ弓はただの武器ではない。人類で唯一神器を作り出すことができるイニティウムが、本格的に神器を造り、神器と命名した三つのうちの一つである。オーシャンも神器を持ち得ているが、それは副産物であり、なりそこないである。オベロンの為に造られた”イオフィエルの弓”は、フォーセリアの持つ神器バースの双刃刀と同等の最高級品である。

しかしながら、その弱点もある。それは弓の力に耐える矢もイニティウムが造らなければならないということ。大量生産に向いていないために本数は限られる。今、オベロンが持っている弓は一本。その一本で、魔法の開祖ソロモンの得意魔法を打ち破らなければならない。普通であれば、不可能に近いことも、オベロンは確実に果たせる。

(貴をここに送るという采配はイニティウムがした。それを実行させたのは貴を警戒しているラウルスだ。それだけ、信頼されているということなら、貴は確実に全うしてやろう!!)

オベロンは元祖として、”才”を発現する。

”知”の元祖の持つ”思惟”は脳内で幾千のルートを計算し、その未来を導く才である。オベロンの知的好奇心はそこから由来している。合理的、挑戦的、無謀、謀略策略、感情的、愛情など、一つ一つのルートを導き出せる彼の能力と、導き出した未来は寸分の狂いなく実現される。完璧な未来予知はオベロンの脳内で完結される。神託の預言書は最終章を除いて、全て命中させている。彼が確実だと思った譜面は起こり得る。その頭脳を持ち、配置を決める。しかし、送り出した味方と待ち受ける敵の急激な成長により、オベロンの任務達成率は大きく左右される。オベロンが日の目を見る現状は滞っている。

しかしながら、オベロン自ら未来を見定め、実現する譜面は確実な未来となる。

オベロンは弓を大きく引く。目が金色に輝く。髪も金色に染まり、妖精王としての姿を顕現させる。射撃という観点で言えば、長距離射撃を得意とするライラの方が圧倒的に秀でている。しかし、銃弾そのものに力を纏わせることは難しい。ライラは技術で、その難点を掻い潜っている。その難点の有無がオベロンとライラ、弓と銃の差である。

オベロンは、その差を利用する。弓矢に妖精の持つ自然を纏わせる。精霊より個々の威力はないものの、数で勝る妖精が集まれば、一時的に精霊を超える力となる。オベロンと同様に、金色に染まった矢を大きく引く。鏃の閃光が魔法陣を捉えた。

カァァァンッ!!

オベロンが手を離す。矢は高く高く、天を目指し、飛ぶ。鏃の閃光は絶えず続く。滞空する悪魔の群れを諸共せず、一閃で凌駕し、更なる加速を得る。鏃がついに魔法陣に届くと、矢は魔法陣を貫いて、また天を目指す。まるで、魔法の開祖が通過点であるような事象だ。

矢によって貫通した魔法陣の穴。そこから罅が生じ始め、硝子が砕けるような繊細な音を出す。次に起こる、オベロンが導いた確実な未来。魔法陣が硝子のように崩れ落ち、悪魔の召喚が途絶えた。崩れ落ちる魔法は地に落ちる前に消失する。猛威を振るっていたものが朝露のように、無かったことになる。

(魔法とは儚いものだ。繊細さが求められ、完成すれば大河となるが、寸分狂えば、その努力が壊れる。寸分なく壊す貴には相性が悪いだろう。さあ、貴の譜面通り、躍動しろ)



魔法陣が崩れ、邪魔の途絶えたプロエレだが、その残党はまだ多い。応援には駆けつけられないが、二人を信じて、残党処理を行う。

「さっさと壊れろよ!!」

カデナの暴言が響く。それに合わせて、カデナの才、いや、奪った力が暴走を始めた。海遊が荒れ果て、水が浸入する。今までどれくらいの力を奪ってきたのか分からないが、カデナ自身の身体能力が飛躍的に向上している。ゼーユングファーが才を使い、暴走した水を三叉戟に装填し、被害を食い止める。重々しい水の量に彼女の限界が見えてきた。ゼーユングファーはぎりぎりまで耐え、装填した力をカデナにぶつけた。だが、防御魔法で完封され、届かない。それを見たオーシャンが速度を出し、防御魔法を展開する一瞬の隙に深い拳を落とす。この目論見が通じたのか、カデナは腹を抱える。成果を得た代わりに、オーシャンの足が割れ、血が滴る。

(もう持たない。次で最後だ。君は続けられても、ボクが終わりにする。今出せる最高速度じゃない。人類最速と呼ばれた速度で、返り咲く。だからさぁ、限界定めて!)

オーシャンが血まみれの足に力を入れる。猛威を振るう足取りで速度を出していく。その軌道は彼の人類最速という肩書を描く。オーシャンの決意を見て、ゼーユングファーは心配した。だが、今から起こる奇跡を応援することを選んだ。ゼーユングファーは、オーシャンを掌に捉える。大きく息を吸う。

「私は不甲斐ないけれど、子孫の為に使うと決めてるわ。新鮮でしょう。でもね、オーシャン…戸惑わないで。私が起こした奇跡を、あなたはこれから超えていくのだから。

”再編”細胞譜性(ぐん)

「え?」

オーシャンは加速していた時に驚くべきことに遭遇した。空間把握能力が最高潮に達したのだ。今までは空間を把握することしかできなかったが、揺れ動くものが遅く感じた。偶然かと思ったが、それは続いている。遅いからタイミングを合わせやすい。

(絶対ゼーユングファーだよね? スローモーションって、ゾーン(覚醒)の片鱗でしょ? まさか、これを常時発動できてたの?)

オーシャンは変化の正体を突き詰め、その効果がどれほど素晴らしいのかも瞬時に理解した。それと同時に感動が生まれてくる。こんなにぼろぼろで、守護者(ガルディ)なのに頼りがいのない自分に、これほどまで応援してくれること。一部だが、覚醒状態を顕現できる誇り高き人魚が祖先であること。恵まれていることに、オーシャンの気持ちが昂る。

(ボクはどんなことがあっても最速でいたい。宇宙の移り変わり、ボクはその速さと同列でいたい。この強み(ポテンシャル)だけは、ボクが一番だ。誰にも追いつかせないよ…)

オーシャンの速度が最高に達する。暴走で圧倒していたカデナであったが、オーシャンがどこにいるのかも分からない。攻撃されているのか、翻弄されているのか、はたまた魅せられているのか。一挙手一投足を見逃す。音も聞こえない。

そう感じた瞬間に、カデナの肉体が抉られる。それは全て肉体のみで構成された刺突。理解するまでにカデナは呆気にとられる。すると、オーシャンが大声で尋ねてきた。

「カデナ、お前は一体誰だ!?」

「なにそれ、どうでもいいだろぉ…そんなの、関係ない! 生きてんだから!!」

「簒奪物で着飾った張りぼてで生きて、それがほんとに生きてるって言えるか? 少なくとも、ボクはそんな空虚な人間になりたくない」

「!!」

「本当のお前は、生まれたてのお前は、どんな姿だった!?」

オーシャンの質疑に、カデナは言葉を失う。

(本当の俺っち? 何も奪われてなくて、誰からも奪ってない俺っち? 思い出せない。ああ、そういうことか。俺っちは()られたくないあまりに、()っちゃったんだ。自分で、本当の俺っちを…)

カデナは真実に気づき、絶望した。攻めの姿勢を忘れるほどに、追い詰められた精神。オーシャンは容赦することなく、水を纏った拳で、カデナの心臓を奪った。

どさっと重力に従った肉体は地面に倒れた。限界に達したオーシャンはしゃがみこんで、息を正す。振り返ると、ゼーユングファーを介抱するプロエレの姿が見えた。途中から悪魔の邪魔が無かったのは、彼女が対処してくれたのだと、今更になって気づいた。魔法陣が壊れたのも、オベロンがやってくれた。だから、一人だけの功績でないことを自覚した。

(きっつ…死んでないだけ、ましかな。でも、この後も戦いが控えてるはず。他海の損害を知らないけど、やばそうだね。ゼーユングファーの細胞を分け与えられた、その奇跡にボクは戦えるかな?)

オーシャンは不安に駆られる。

「ねえ…」

そんな時に、カデナが声をかける。瀕死で、助かりそうにない。いや、この先のことを考えると助けてはいけない。オーシャンは無言で聞き入った。

「俺っちの…今までは、何だったんだろう? 俺っちは奪うことが、生き残る術だって信じてた。それも、張りぼてだったのかな?」

「どうかな。ボクは他者から奪った物なんて、なんの思い入れもないから。でもね、カデナ。お前が今まで生きるためにした努力は間違いなく、本当のお前だと思う。生存本能を偽るなんて、無理だから」

「……そか、そっか…うん、そうだよね」

オーシャンの言葉に納得したカデナは、もう一度聞く。

「もしさ、俺っちが奪わない選択をしてれば、信用されてたかな?」

「やってみたら?」

「―え?」

「お前は一度決めたことに対して、努力するから。その選択をしても、必ず実現できるように努力するはずだ。そうなった暁には、ボクが信用してみるよ」

「あはは〜っ!! 俺っち、全盲ちゃんのそういうこと大好き!」

カデナは張りぼての瞳で、オーシャンを捉える。海の潮を僅かに感じさせる菫色の揺れる瞳。揺らいでいるが、本心は揺らいでない。それがカデナにとっては新鮮で、とても美しいものに感じられた。カデナはすっと目を閉じた。まもなく、吐息は途切れる。オーシャンも瞳を閉じ、追悼する。

「カデナ、ボクは君に勝った。だから、クヴァレに勝つよ」

カツカツとヒールの音がする。オーシャンはそっと目を開く。

「お礼言った方がいいよね」

「それはあたしじゃなく、ゼーユングファーにだ」

残党処理を終えたプロエレに礼を言おうとすると、止められた。プロエレはゼーユングファーを指差す。

「奇跡の為に、目を差し出した女傑に…最大の称賛を」

「構わないわよ、プロエレ。婆さんより、若者に力を与えた方が、とってもいいでしょ」

「ボクが、あんたの目を…」

絶句するオーシャンに、ゼーユングファーは微笑みかける。

「大丈夫よ。私たち海族は全盲の家系。見えずとも、海流を詠み、泳ぐの。私が起こした奇跡は、海流の一部に過ぎないから。それに、オーシャンには最速であってほしい」

ゼーユングファーの言葉に、オーシャンは拳を握る。全盲であるはずの彼の瞳から、一滴の涙が浮かぶ。

「ありがとう、母さん(・・・)。ボクは、奇跡を起こすよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ