57話 トゥールの痛み
(人類抹殺計画…嘘ダナ)
イーヴィルの驚くべき発言を聞いた宇風羽だが、動揺しない。神と人類の諍いなど、原因は神が人類を手中に収めておきたいのだ。だから、危険因子を排除したい。そういった魂胆なのだと宇風羽は瞬時に読み取った。
「聞クガ、”貴様ラ”ノ危険因子ハ何ダ。竜王カ? 竜族ソノモノカ? ソレトモ元祖カ?」
『話が早くて助かる』
宇風羽の鋭い問いを聞いて、イーヴィルは関心の声を上げる。だが、その一声を言い終わった瞬間、イーヴィルは宇風羽に殴りかかった。巨漢を誇るイーヴィルの拳を、掩月刀で受け止めるが、その威力は凄まじく、彼女の体は後方へと吹き飛ばされた。
『”神の平穏を揺るがすもの”。それがオレ達にとっての危険因子だ。クヴァレ帝国の人間以外、全てが神の意志に反する』
神の意思が聞こえる中で、イーヴィルの正面から掩月刀が投擲された。イーヴィルは体を軽くずらして、回避する。そして、殴りにかかってくる宇風羽の拳を受け止め、軽く投げ飛ばす。宇風羽は受け身を取り、岩盤に突き刺さった掩月刀を抜き取る。
「神ノ理想郷ノ為、宇ガ死ナネバナラヌ価値ガ貴様二アルノカ?」
そして、地面が抉れるほどの踏み込みをして、一突きしかける。
『逆に聞くが、貴様の、”賭”の元祖継承のため、どれほどの贄を捧げた?』
「!?」
予想の斜め上の言葉に、掩月刀を持つ宇風羽の手が震えた。イーヴィルが一突きを軽々と避けると、重心を低くした態勢で上方向に薙いだ。
「何故、ソレヲ…」
『オレが求めずとも、クヴァレの人間が勝手に教えてくれる。まあ、オレに教えたのはノーヴァだがな』
それはノーヴァとイーヴィルが合流し、神の国アウグスティヌスに到着する少し前のことである。
『竜族を七大一族から陥落させるだと? それに意味があるのか』
『紅魔族の頂点が元祖。紅帝族の頂点が守護者であり、種族の頂点が七大一族。その要素を他のどの全て持つのが竜族だ。竜族からは歴代五名の守護者が輩出され、機密事項の実権を握っている。そして、三名の元祖を継承し続け、紅魔族の最大武器を保持している。最後に、地上宇宙に生息する種族で最も著名な一族だ。序列としては原初一族の次だが、知名度や強さで言えば、竜族が最も強い』
『どこの情報だ』
『原初一族だ。裏切った立場だが、あいつらの情報源は信頼できる』
『お前がそこまで言うなら。が、竜族を陥落させてどうする。種族が潰れただけで、人間が騒ぐのか?』
『分かってないな〜。いいか? 人間ってのは自分よりも強い人種が滅ぶと、強い危機感と絶望感に襲われる。そして保身のために、上位の存在を糾弾し、迫害する。それは強者同士でも起こり得ることだ。蝶から聞いたが、七大一族同士の仲はいいものではない』
『末娘か。その者から、お前は一族同士の調停を任されたのではなかったのか? 命盟まで結んで…』
『ああ、それ蝶との命盟は俺が裏切らないための保険だ。セア・アぺイロン復活の目途が立つまでのな』
『信用されてないのだな』
『冗談きついな。言っただろう? 俺の記憶操作が誤作動を起こしていると。それに”鳳”の元祖自体、優秀だからな。俺の目的も調べがついているかもしれん。神が育ててくれたおかげでな』
ノーヴァが嫌味ったらしく言う。
『脱線したな。上を崩さないことには改革とはいかない。神が生きやすく、元祖が生きやすかった俺たちの理想郷神聖時代の到来。手段と目的は異なるが、利害は同じ』
『それで…オレはなぜ呼ばれた。七大一族の一翼でも、お前一人で事足りる』
『…そう思っていたが、状況が変わった。セラフィエルからの報告では、各地に住んでいた竜族が神の国アウグスティヌスに戻ってきているらしい。祖国を守るためだろうし、一掃できるのはこちらとしても幸甚だが、相手が多い。元竜王に、元祖。タイミングが合えば、魔塔主と元竜王にも加勢されるかもしれんのだ。少しは手伝え』
『…まあいい。それにしても”賭”の元祖か。相手にギャンブルを強制させ、その間に相手の能力を強制的に制限させる才。又、あらゆる事象をギャンブル化し、当たれば褒美に繋がる。まさに”博奕”だな』
『今から一万一千年前、神聖時代一万年に、元祖は派閥に別れ、クヴァレ帝国に反抗した元祖は他の海に定住。七大一族の確立もこのころだろうか。
竜族が継承する”苑”・”賭”・”翼”の元祖は適合者が必要だ。だが、それぞれに求める資質と、才に耐えれる器が無ければ継承はできない。”賭”の元祖の継承者は俺が眠りについた頃から変わっていない。千年間、宇風羽が保持したのだろう。そして、千年間多くの子孫に試練を与え、殺した。”子孫殺し”だ』
ノーヴァの言葉を聞いて、しらけ気味だったイーヴィルの顔に生気が宿った。
『子孫殺しは躊躇がないからな。有象無象より殺り応えがありそうだ』
『手加減しなくていい。竜族の文化、全て壊すんだ』
『言われずとも』
(ノーヴァ…人類抹殺計画二本腰ヲ入レル気ダナ。ソノ起首ガ竜族ノ失墜。ノーヴァカラノ情報ナラ宇ノ竜名モ分カッテイルハズ)
「…厄介極マリナシ。座中狼」
宇風羽は掩月刀に力を入れ、炎を宿す。そして、俊足の勢いでイーヴィルの懐に侵入し、鋭利な刃を向ける。素手で刀身を受け止めるが、宇風羽の剛力により体が傾く。彼女は攻撃の手を止めず、弧を描くように掩月刀を回転させて、何連にも及ぶ閃撃を繰り出した。掩月刀を地面に突き刺して、熱波を放出する。かなり熱く、イーヴィルの動きに多少のぶれが生じた。それを狙ってか、宇風羽は組み手へと戦闘方法を変更した。速度はやや劣るものの、一撃一撃が重たい。
(掩月刀が刺さった地面が窪んだ。かなり重量がある武具を華麗に扱っている。そして、オレにも通用する拳。剛力だな。加えて、この熱波。炎を司る朱雀の棟梁ならばと思っていたが、そこそこだな。本気でないにしても、鈍るな)
イーヴィルが宇風羽の強さを分析した。そして、口角を上げた。その顔に宇風羽は戦慄が走る。
『オレに掩月刀を奪われる確率十パーセントか』
「!」
イーヴィルが唐突に不可解なことを言う。そして、地面に突き刺さった掩月刀を抜き取り、武具の主人である宇風羽に突き立てた。驚く宇風羽は危機を感じて、回避の行動をとった。
『逃亡の可能性零パーセント』
「…」
その言葉を皮切りに、今まで防御に徹していたイーヴィルが動く。目にも止まらぬ速度で、宇風羽に近寄り、掩月刀を振るった。接近された瞬間に、距離を取ることを心がけるが、巨大な掩月刀のリーチの長さには勝てない。燃える刀身が宇風羽の腹に斬撃を入れる。
「ッ!!」
(寸前で刃を受け止めたのか。やはり場慣れしているな)
イーヴィルの思った通り、宇風羽は剛力で掩月刀を受け止めた。刃が揺れる。
「―座中天秤」
宇風羽が切羽詰まったように言い放った。彼女の選択に、イーヴィルは最高だと物語っていた。そんな神を放って、宇風羽は持ち前の剛力で半ば強引に掩月刀を奪い返した。だが、内心悔しそうだ。彼女は足で地面を蹴り上げて、視界をきる。
「不好」
『それがお前の竜名の真髄か。”襷星”座中狼が炎操作、座中天秤が確率操作。そして、座中天秤にはもう一つ能力がある』
イーヴィルは自身の鮮血の瞳を指差す。その行動に宇風羽は唾を飲み込む。
『標本眼。あらゆる事象の起こり得る可能性を見る魔眼。未来のことを確率として考察し、それに基づき戦闘する。それが襷星の真髄』
「ナゼ、魔眼持チダト…ソシテ、ナゼ使エル!?」
『オレこそが人類に魔眼という概念を授けた神。オレは人類が持つ十の魔眼を掌握している。”魔眼の使役化”。これこそがオレ様の権能だ』
「!!」
『魔眼は一つの海に一人しか持っていないと言われるほど、稀で空想上の代物だ。出自が異なれど、その海の特色を持って生まれた魔眼はヒトを選び、人類に受け継がれている。魔眼を持ち生まれた者は、必ず大物になる。武道の達人を多く輩出する英傑の海。人類の可能性を導く魔眼”標本眼”。保持者歴代朱棟梁。現保持者がお前だ』
イーヴィルの左目が鮮血から青く淀んだ色に変色し、十一芒星が宿っている。
『夜の概念を持つ夜の海。人類の運命を体現する魔眼”芒星眼”。保持者ライラ・エンプレス』
その次は七色の虹を彷彿とさせる瞳に変貌した。
『魔法という技術を原子級にまで探求する魔法の海。あらゆる物質の本懐を遂げる魔眼”極夜眼”。まあ、これは元祖の才発祥だから以降は受け継がれんがな。保持者オリゴ・アポストロス』
十の内、三つの魔眼の正体と保持者を開示したイーヴィルを宇風羽は無言で見つめた。
『不可解と言ったところか? なら教えてやろう。今開示した魔眼を用いて、お前を殺す』
イーヴィルの意図を知った宇風羽は鼻で笑い返す。
「ナラバ、宇ハ全身全霊で生キテヤル」
宇風羽は掩月刀を構える。
「座中狼」
炎を開放して、掩月刀のみならず、自身に炎を纏わせる。業火に灼かれる痛みが彼女を焦がす。熱く燃える体を動かし、イーヴィルに斬りかかる。宇風羽の馬鹿力がより研磨され、彼女から伝わる馬鹿力が掩月刀の動力となり、爆発的な力がイーヴィルに猛威を振るう。一振り繰り出す度に、イーヴィルの全てを掠め取る。一閃一閃に混じる火花。掩月刀から発せられる熱波が、空気を燃焼させる。イーヴィルがまたも掩月刀を奪い取ろうと、武具に手を伸ばす。
『!』
掩月刀に触れた瞬間に伝達される灼熱。それにイーヴィルは臆する。予想以上の熱にイーヴィルは手のひらを火傷する。宇風羽から目を外した。それを受け、宇風羽は足蹴りを食らわせて、猛攻に拍車をかける。
(抑えきれない業火。制御不能…いや敢えて暴走させているのか。だが、オリゴのように焼失する肉体を再生させているわけでもない。和の海に根付く”気”という魔力で、炎になっているわけでもない。この規模の炎を燃やし続けると取り返しのつかないことは、宇風羽も分かっているはず。神と対等に渡り合うために自身の魂までも焦がす。さながら、火事場の馬鹿力というやつか。不思議だな。あの人間自体、何を原動力にしているんだろうな)
熱が跋扈する戦場で、その熱に焦がされる宇風羽には壮絶な痛みがのしかかっている。だが、彼女は怯んだりはしない。
(熱イ。”アノ子達”モコンナ気持チダッタンダロウ。千年保ッテイタ理性ヲ吐キ出ス相手ハ誰ダッテイイ。”憎しみ”ヲ対価二今ヲ正ス。)
「座中闢地」
宇風羽は炎を纏うだけでなく、炎自体も操作し始めた。火球を飛ばし、惑わす。状況に合わせて、数と大きさを調整してイーヴィルを追い詰めていく。無作為に頼らない手練れの判断は着実に神を追い詰める。
だが、それは確率によって阻まれる。飛来する火球一つ一つの確率を見出し、確率を操作する。そのため、宇風羽の攻撃は全て回避されてしまう。
『”標本眼”とは便利なものだな。何もせずとも、豪運になれる。これが選ばれた人間か…だが、運など運命の付属に過ぎない』
「!」
イーヴィルが嘲笑して、手を合わせ捻る。すると、宇風羽の操作した火球を跡形もなく分解する。
(今ノハ”極夜眼”ヲ発動サセタノカ? ダガ、分解ハオリゴ殿ノ原子魔法アッテコソノ技術。神特有ノ何カ…!?)
火球の消滅が如何にして成し得たのか、その種が分かった宇風羽。だが、その種に思わず驚いて、イーヴィルに顔を向ける。神は平然と笑っている。
(”極夜眼”デ火球ノ構造ヲ視テ、火球ガ消滅スル原子ニ権能ヲ当テタ。コレシカ考エラレナイ。)
宇風羽は掩月刀で一突きする。だが、それはイーヴィルに直撃する前に、掩月刀もろとも消滅した。
「!?」
『可能性など見ずとも、貴様を殺せそうだ。さて、運命を紡ごうか』
イーヴィルの発言を聞いた宇風羽は後退り、必要以上に距離を取る。そして、じっと神を凝視する。頬を伝う汗は、激しい動きをしたせいなのか、はたまた恐怖からなのか。もうない掩月刀を握っていた腕に力をこめて、緊張を和らげる。そうしてもなお、宇風羽を襲う緊張は脳からの警告音だ。早く逃げろと全身を駆け巡るが、闘いを放棄することは許されない。そして、脳内から送られる情報。イーヴィルの運命という言葉から連想される魔眼。
(来ル…芒星眼!!)
鋭い眼光で、全ての行動を見落とさないために睨む。宇風羽は緊張しているが、イーヴィルは依然変化を見せない。それが実力の差であると、彼女は不本意ながらも受け入れる。イーヴィルのゆったりとした腕の運びが、宇風羽の緊張を煽る。そして突如激変するイーヴィルの圧。露呈する十一芒星を宿した一等星の瞳。それこそが宇風羽の危険視している芒星眼だ。宇風羽が一瞬見惚れていると、その一瞬でイーヴィルが急接近して、拳を振りかざす。持ち前の回避能力を駆使して、寸前で避けるが、その衝撃は大気を振動させ、激しい衝撃を与える。
間近で見る十一芒星は一際輝きを放ち、映る全てを惹きつけて離さない。圧倒され始めた宇風羽などイーヴィルの眼中にはなく、ひたすらに拳を振りかざす。
(不好! サッキヨリモ格段ニ身体能力ガ発揮シテイル。タダノ戦闘能力ダケデ、宇トノ格差ガ目立ツ。コンナニモ遠イ存在ナンダナ。神トイウモノハ!)
宇風羽は神との実力を身をもって理解した。圧倒的な存在というのは変わらない。だからこそ燃える。宇風羽の闘争心が、燎原の火如く燃え盛る。
「座中闢地」
宇風羽は一度完封された炎の操作を復活させ、火球をもう一度構成する。それも数えることを断念するほどの物量を生成し続ける。その度に、イーヴィルは極夜眼を使い、消滅させていく。そして、消滅された瞬間からまたも火球を始め、炎を操作し、圧巻の火力を披露する。宇風羽は建物や植木に炎を灯して、一帯を炎の海と化す。
(…この人間、容赦ないな。今まで守ってきたはずの歴史ある建造物を燃やすなど、誇りを重んじる竜族にはあってはならないことだ。子孫殺しの異名通り、誇りも何もかも捨て去ってただ命を翻弄する殺人竜…ほんとうに…)
『殺し合いってのは愉快だな!!』
イーヴィルは勢いづいて、またも身体能力を向上させる。それにより、宇風羽との実力差は更に開く。激しい拳の殴打が宇風羽を襲う。反撃を考える暇もなく、ただただ宇風羽は防御に徹する。
「座中天秤」
『!』
宇風羽は一握りの可能性にかけて、竜名を発動させる。その直後に、イーヴィルは空振り、拳の殴打が止まった。彼女が行ったのは奇跡が起こる可能性という確率を変動させたのだ。今の宇風羽にとっての奇跡とは、イーヴィルが攻撃に失敗することだった。一つの可能性と奇跡を勝ち取った宇風羽は、その勝利には酔いしれず、次の手を練る。
「盤古開天翼宿襷星!!」
宇風羽が手を振り上げると、炎が棒状に燃える。燃える炎が掩月刀に変化する。彼女はそれを一点に振るう。すると、掩月刀の太刀筋に火花が激しく噴出し、敵味方問わず、燃え移る。一つの火花がイーヴィルに燃え移り、それは幸運にも、神の全身を焼き覆うほどの規模にまで昇華される。
『――!!?』
イーヴィルの声にならない悲鳴が更に炎の熱気を生む。
(モウ確立操作ハ使エン。神ニ対シテノ確率ハ禁忌ダ。宇ハ禁忌ニ触レ過ギタ。ダカラ、コノ瞬間デ決メル!!)
宇風羽は大きく踏み込み、掩月刀を神速の如く突き刺す。燃える神にも容赦なく、差し出す刃こそが、宇風羽の棟梁としての誇り。それに恥じぬ完璧な一手を彼女は完成させた。しかし、一つの言葉で、その完璧さは打ち砕かれる。
『運命は揺るがない』
差し出された刃に外部から違う力がこめられる。それに驚いた宇風羽だが、そのまま押し通す。だが、宇風羽の努力も空しく、掩月刀はイーヴィルに奪われる。
ぐさっという生々しい音が宇風羽の耳に残る。掩月刀を奪ったイーヴィルが何の苦労もなく、彼女の武具で宇風羽の胸を貫いているのだ。痛みと驚き、そして僅かな怒りで彼女は悲痛な叫びも上げず、全身から脱力する。
『どんなに豪運であっても、運命は変わらない。運など所詮は、運命の切れ端にすらなれない脆い存在だ』
神の冷徹な信念が、十一芒星から冷たく伝達される。生気が薄れていく様は最強の一族と称される竜族らしからぬ失態であるが、人類として、生物としてはなんら不思議ではない現象である。突き刺された箇所から血液が滴り、宇風羽の意識が遠のいていく。遠のいていく。宇風羽には言い返す気力すら残っていない。声にならない嗚咽が、吐息として漏れる。
『貴様の豪運はオレのものだ。宇風羽』
「…ァ」
イーヴィルの言葉に僅かに反応する。そして、力強く掩月刀を握りしめる。
『まだ戦うかっ!!』
「宇ノ運ハ終ワッテナイ。運ガナンデアルカヲ知ラン輩ニ宇ノ豪運ヲ奪ワレルワケニハ…イカナイ!!」
宇風羽は握りしめた掩月刀を一気に肉体から抜き出し、イーヴィルを殴る。そして、高らかに名を呼ぶ。それは自身を鼓舞する為のものでも、神に対しての宣戦布告でもない。
「バーデン!!」
それは”賭”の元祖に宿る怪物の名である。
ゴーン! ゴーン!
荘厳に鳴り響く鐘の音にイーヴィルは反応する。怪物バーデンは片手に天秤を引っ提げて、神と宇風羽を見下ろす。
〈雀宇風羽様の要求を承諾。これより、ワタクシ”バーデン”と雀宇風羽様との博奕を開始いたします〉
バーデンが高らかに宣言すると、宇風羽は活気づけられたのか、彼女自慢の剛力を活かした力強い体術がイーヴィルを相手する。貫かれた胸の痛みを忘れるような規格外の動きをしてみせる。イーヴィルは奪った掩月刀を後ろに大きく引いて、攻撃の予備動作を行う。それを宇風羽が睨んだ瞬間に、掩月刀全体が燃え始めた。
(燃えっ…)
掩月刀から着火した炎は瞬く間に燃え広がり、イーヴィルの腕を焼き覆いつくした。灼熱の炎に気圧されたイーヴィルを見て、宇風羽は蹴り上げる。そして手から着火したと思えば、その炎から掩月刀が出現する。掩月刀を横に薙いで、イーヴィルを岩に衝突させる。
〈神へ打撃を与える条件達成。褒美を分配します〉
バーデンが言い終わると、天秤が傾いた。バーデンは治癒の力を発揮させ、宇風羽の胸の傷を治す。宇風羽は涼しい顔をしながらも、自身の傷跡を撫でて、賭けに勝ったことを確認した。
『何をした…?』
衝突し、打撃を与えられたイーヴィルは沸点が分からぬままに、そう問い詰めた。
「才”博奕”ガ復活スルマデ待ッタ」
『…バーデンの復活は時間経過だろ。最低でも一日はかかる。なぜ! 復活したんだ!?』
「ソノ情報ハ、クヴァレ帝国カラダナ。ナラバ、知ラナクテ当然。バーデンノ復活方法ハ時間経過。ソシテ、炎ノ過度ナ供給」
『!?』
「バーデンハ炎ヲ司ル朱雀ノ門番。ソレユエ、炎ヲ好ム。ソシテ、宇ノ竜名ハ炎ト確立操作。相性ガ良イトハ思ワンカ?」
宇風羽の解説を聞いたイーヴィルは淡々とバーデン復活の過程を紐解いていく。
(全開の炎で攻撃したのは単なる抵抗だとばかり思っていた。だが、本当の目的は”才”への
供給による”才”の復活。供給量は人間でも分からない。どれだけの量を与えればいいのかも一種の賭けだ。そして、本当の目的を悟られないようにするのも一種の賭け。オレも”標本眼”で確率を見た。だが、そんな確率は見えなくて、可能性はなかった。だが、宇風羽には見えていた。二つの賭けを遂行することで可能性と確率が生まれることを。だから、あんな大胆なことを!)
イーヴィルは全貌を理解すると、宇風羽を見た。彼女は凛然とした面持ちで、神を見据えている。そして、言葉を続ける。
「貴様ハ早々ニ標本眼ヲ捨テタ。確率ガ見エルダケナラ無クテモイイト判断シタノダロウ。ヨク分カルゾ、ソノ気持チ。宇モ目的ニ関連スル確率ダケヲ信ジテイタ。ダガ、標本眼ノ真骨頂ハソレデハナイ。目ニ映ル確率ハ、己ガ望ム可能性ヲ膨ラマセル。”標本眼”トハ、可能性ヲ高メル指標ヲ映ス魔眼!
宇ハ豪運ヲ用イテ、貴様ト相対ス!」
宇風羽は掩月刀を携える。彼女の背後にいるバーデンが、宇風羽の権威を象徴している。それを見たイーヴィルは何かを決心したようで、片目に十一芒星を宿す。そして、もう片方の目には七色の虹を彷彿とさせるように瞳が変化していく。
「宣言ヲ破ルノカ?」
『そうなってほしいのか?』
煽りを煽りで返されたが、宇風羽は凛とした笑顔で言い返す。
「イイヤ、ソウナル方ニ仕向ケル。ナンテッタッテ宇ハ豪運ダカラナ!」




