56話結 錘離の痛み
(…手札を全て開示させたいとは思ってたけど、”神”と同じ力を与えるだって? 素でも強いのに、神の力を使役する龍なんて…オレ様も初めてだ。太刀打ち、できるか?)
今まで圧倒していたロワが神々しい風貌を顕現させたゲニウスを見て、弱音を吐く。そして、外見の変化だけでなく、その態度にも変化が見て取れた。
(オレ様と戦ってた時もマジではあったけど、どこか爪を隠していた。自分の力の規模被害を知ってるから、臆するような…でも、今のゲニウスはその臆した力に自信を持って、意気揚々とした顔と態度だ。化けるな~)
感心しているロワだが、心のどこかで今のゲニウスと対等にやり合えるかという不安な気持ちが芽生えている。
「ロワ・ディスプリヌ」
「ん?」
思考を重ねていたロワだが、唐突に名前を呼ばれたことで、ゲニウスに集中する。
「貴殿の私が私自身を恐れているという言葉は正しいです。民を救うためと練った至宝で、民と文明を虐殺した。王あるまじき行為は私を縛った。でも、貴殿と対峙して分かりました。貴殿を屠らなければ、私の民らが怨嗟の地獄に追い込まれる。泰平の世を築くことが王の使命」
「使命遂行のためにオレ様をここで屠るんだね」
「いえ、違います」
「え?」
話の流れからして、泰平の脅威であるロワを倒すと言いたそうにしていたので、ゲニウスの言葉を代弁したが、それは否定された。
「なにが言いたいの?」
「私にとっての民は、地上宇宙に生きる人類です」
「!?」
「紅魔族・明帝族・紅帝族の種族は関係ありません。種族の垣根を越えて、誰もが笑い合える時代を築くことが、私の王としての野望。他種族の共生が私の理想。そのためには、それぞれの因果に決着をつける。でなければ、種族同士の対立は続きます」
「この戦いを利用して、過去の因縁を断ち切るっての?」
「ええ、ですから誓ってください。貴殿も王として、この戦い限りで争うことはやめましょう。その代わり、自分の最高と完璧を出し切る本気の戦いにしてください」
ゲニウスの話を聞いて、彼がこの大戦と侵略を通じて、理想と野望を叶えるという旨がロワの心に響く。てっきり、全ての敵を無作為に殺すと言われると予想していたロワは開いた口が塞がらないほど驚いたが、にぃと口角を上げて、ゲニウスに笑いかけた。
「いいね、その大胆な野望! 次世代の王を賭けた戦いに相応しい。いいよ、オレ様も宣言する。オレ様が勝った暁には、クヴァレ帝国以外の民を蹂躙する。絶対強者の時代を作り上げる!」
ロワの返しに、ゲニウスの心には火が付いた。
「感謝いたします…これで私も本気で往く理由が出来ました」
「オレ様もやっと本気の君と戦える。君の本性、暴いてやるよ」
ゲニウスは指甲套を向け、ロワは聖剣ルルイエを向ける。両者共に戦う準備ができたようだ。すぅと、二人の吐息が重なった刹那に、いつの間にか二人は斬りかかっていた。ロワの鋭い突き刺し、ゲニウスの拳の攻戦、鱗と聖剣のぶつかりあい、単純な威力が拮抗していて、剣撃が過熱していく。肉弾戦の攻防に変化を促す者は、やはり人類始まりの王ロワであった。彼は接近するゲニウスに片手を向ける。すると、彼の手から光の筋が放射される。
(飽和攻撃!)
光速で放射される光の正体を見破ったゲニウスは、接近する足を翻して、回避のために動く。直線の攻撃を躱すと、飽和攻撃を媒介する光が散弾して、ゲニウスに回避不可能な弾幕を展開した。それに追い打ちをかけるように、ロワが魔法を展開する。その魔法も光を主題としているものだが、光の物質化を通り越して、物体化することが意図なのだろうか。物質であれば被害は大きくとも防ぎようはある。だが、物体となれば話は変わる。物体と物体の衝突。それに加え、飽和攻撃と物体化した光の前代未聞の組み合わせによる被害は想像の範疇を超える。ゲニウスは冷静に被害規模を受け入れ、被害を出さないように動く。
「炎駒天枢」
光が衝突する際に生じる眩い光がゲニウスを中心として、一帯を覆う。その光の大きさが、衝突の威力を物語っていた。だが、その光は急激に色を失っていき、消滅した。衝突による異次元の破壊攻撃を生み出した張本人であるロワは、想定外のことに目を丸くする。攻撃の標的であるゲニウスは涼しい顔をして佇んでいる。
「…」
「よかったです。元祖大戦以来なんです。竜名を開放するのは」
ロワの反応を見て、自身の能力が以前と変わらずに作動していることをゲニウスは確認して安堵する。そして、自身の能力がロワに通用することにも安堵した。ゲニウスの反応を見て、ロワは能力の詳細が分からずに困惑している。
(魔法が消滅したって感じか? 違和感は力を溜めた動作がなかったくらいか。どんくらい消滅できるんだろうな?)
一つの可能性を見出して、ロワは好奇心が芽生えた。その好奇心から彼は魔法を展開した。そして魔法とは異なり、物質操作などの他の能力も使用し始めた。飽和攻撃に始まり、光の物体化、岩石の創出、天候操作、毒生成、風雲、炎を媒介とした爆撃、水運、樹氷など、多岐に及ぶ攻撃を一斉に展開する。攻撃だけでなく、ロワも聖剣を握り、彼に近づく。多彩な攻撃が迫る中、ゲニウスは静かに目を閉じる。そしてもう一度、同じ言葉を言った。
「炎駒天枢」
すると、ロワの仕掛けた攻撃は盛んに猛威を振るったが、次の瞬間には、その勢いと猛威が嘘のように消滅してしまった。ゲニウスは目を開け、魔法などの攻撃の代わりに猛追するロワの斬撃を受け止める。
「君、なにしたの?」
「なんのことでしょうか」
ロワが興味本位で聞くが、ゲニウスはしらばっくれる。態度が気に入らなかったのか、ロワは雷を降り注がせる。それだけでなく、彼は地面に血を落とす。不可解な行動をした瞬間、地震が発生した。猛烈な揺れと雷が組み合わさり、天変地異が引き起こされる。そんな不安定な戦場の中でも、ロワは容赦なく聖剣ルルイエを振るう。
(…かなり体力を消耗してる。オレ様自身の動きが荒くなってるのは、”執行”の使いすぎか。ここまでしたんだ。消滅だけじゃ、天変地異は壊せない。どうする気だ?)
ロワはゲニウスの動向を探り、能力の断片だけでも明らかにしたいと思っている。そうこうしていると、ゲニウスが小さく呟く。
「索冥璇」
地震は続き、雷も降り注ぐが、瓦礫などが宙に浮き始め、形を成していく。魂が宿っているかのように意思を持って動く建物の残骸が、元の姿へと戻る。
「麒麟邸が…修復された?」
ロワの言うように、自らが破壊した麒麟邸が、庭、壁などの細部まで完璧な姿に戻ったのだ。そして、いつの間にか天変地異は消滅していることにもロワは驚いている。彼の前には荘厳な麒麟邸を背後に聳えさせ、堂々した立ち振舞いでロワを見据えていた。龍の琥珀の瞳が異質さを語る。
(なんだ、こいつ…)
不審には思いつつも、ロワは見つめ返す。
「僭越ながら、貴殿の推測は誤りであると申し上げます」
「!」
ゲニウスの言葉に、ロワは一瞬顔を赤くして怒りを覚えるが、それは一時の軽い感情であるため、すぐに熱は冷めた。そんな彼を差し置いて、ゲニウスは話し始めた。
「青龍の子孫に授かり、受け継がれる竜名麒麟は、原初と夜の一族が持つ権能以外で神に成りあがれる竜族の誇る至宝の代物です。私に受け継がれた神としての存在意義は”祝福”を齎し、”泰平”に至ること。
炎駒天枢は盛者必衰の理を司る権能。束の間に猛威を振るう栄華を極めても、最後は栄華が零れ落ちる。竜頭蛇尾の体現化。
索冥璇は等価交換の原則を司る権能。私に降り注ぐ災厄は苦難の努力に変換され、努力の対価が支払われる。不屈の精神を謳う竜族の為のものです。
ただし、この二つの権能はあくまでも外界的な能力の付与に過ぎず、泰平を揺るがす問題には対処できません。ですから、残り二つある権能のうち、一つを解除します」
「なに?」
「聳孤玉衡」
ゲニウスの肌を覆いつくしていた鱗が鮮やかな青に変色する。目に焼き付く鮮烈な青。僅かな変化だが、美麗さに富む。
「先程、私には毒耐性があると申し上げたと思います。王になるべく生まれた私にはクヴァレ帝国のみならず、自国民にさえ命を狙われました。信用できなかった。
実の弟も、叔父上、臣下、民、他の種族を否定し、拒んだ。私自身でさえも。ですが、その幼いながらの抵抗は無駄ではなかった。否定したからこそ、信用できるように、見極めた。自分を否定したからこそ、自分と向き合った。民を否定したからこそ、民は孤立し、誰が味方であると疑っているのか分かった。それ故に私は強くなった。
―人を信じるため、自分を否定しないため、民が孤独を忘れる国を創るために!」
ゲニウスは通常の姿勢よりもずっと低く足腰を落として、重心の位置を変えた。そして、大腿が地面と水平になるくらいに伸ばす。そして、ロワに向かって啖呵を切る。
「私は貴殿を否定し、貴殿を見極め、貴殿を亡き者にします」
沈黙していたロワがにっかりと笑う。そして、聖剣ルルイエを持ち直して言う。
「随分遠回りが好きなんだね、君は」
「同じ王として教えて差し上げます。
―現実とは全て否定した先にあるのです」
ゲニウスの進言に、ロワは表情を変えず、聖剣ルルイエを構えた。そして、言う。
「オレ様は疑わない。だって、オレ様の瞳に映るもの全てが現実なんだから」
言い終わった瞬間に、斬りかかった。聖剣は高速で弧を描き、威力を発揮する。鋭い金属音が響く。聖剣を腕で受け止めるゲニウスだが、僅かに鱗にひびが入った。一撃が重く、ゲニウスの顔が歪む。ロワは腕を引いて、瞬時に刺突する。間髪入れずに起こる連撃。それに対して、ゲニウスは強固な鱗を盾代わりにする。速度の観点ではロワが上回っているため、拳をいつ振ればいいのか判断ができない。防御ができても反撃ができないゲニウスは防御を捨て、拳を放つ。その判断にロワは驚くが、もう一度、鋭い突き技を繰り出す。ゲニウスの拳とロワの聖剣が衝突する。鱗と剣から、火花が散る。拮抗した力の衝突を受け、ロワは聖剣の角度を傾ける。衝突の余韻が残る聖剣はゲニウスの腕を滑るように突き上げ、彼の腕を覆っていた鱗を斬った。凄いことではあるが、鱗が硬いのか、露和の自慢である連撃が中断された。その隙に、ゲニウスは負傷していない左腕の指甲套を突き出すように拳をつくる。そして、一歩を大きく踏み込み、刺突のような拳を放つ。その刺突はロワの耳を抉る威力を見せた。唐突な痛みで怯んだ隙を逃がさまいと、ゲニウスは踵落としを決める。ゲニウスは不敵に笑うと、その勢いのまま拳を振り下ろす。
「!」
振り下ろした拳は、痛みで無防備であるロワに致命傷を与えるものだったが、ゲニウスの思惑は外れた。なぜなら、その拳が聖剣で阻まれたからだ。
「舐めてもらっちゃ困るんだよね~」
「まさか。私が貴殿を見縊るなどありえません。私は現実だけを見て、可能な夢を実現できるよう動いているだけです」
「夢?」
「聳孤玉衡は夢と現実を司る権能。現実に突き進む勇姿を讃え、褒美として夢を叶える。祝福を体現したものです。ですが、決してたがえてはいけない。
夢を現実にする、夢で見たことを現実にする気概はあっても、夢に呑まれ過ぎてはいけない。夢と現実の狭間を理解し、彷徨い続けてはならない決まりがあります」
ゲニウスから権能の性能を聞いたロワは、竜名を加味してのゲニウスの評価をし始めた。
(神に成りあがる竜族の奥の手。神が生きた神聖時代にも”麒麟”はいたね。まっ、親父が滅ぼしたんだけど。それを放っておいても、鱗が硬すぎる。勢いのバフがなきゃ、オレ様の聖剣で斬るのは無理だ。連撃で耐久力を剥がす方法もあるけど、強行過ぎる。握力とかの観点なら、ゲニウスがオレ様より僅かに上。でも、オレ様の強みは他にある。ばれてるだろうけど、これがどの強者や猛者にとっても天敵になる)
評価を示している時、ゲニウスは評価は変えず、情報だけを処理する。
(龍神の鱗を斬った。時の運が重なったのもあると思いますが、打開策を掴んだようです。それが無かったとしても、彼の予備動作無しの攻撃は対処に苦しい。攻撃を予見できない上に、対応を誤れば致命傷に至る)
評価を完了したロワと、情報を処理したゲニウスは、構えを取る。
(天変地異の代償で”執行”の効力が弱まってる。だから、今の効力全てを”スピード”に注ぐ。王として、総てを…)
(夢が叶うほどの勇姿を魅せるなんて、序の口。回数なんて除外する。何があっても突き進む。王として、総てに…)
二人は顔を見合わせて微笑む。どちらの息を吸い、整える。そして、鋭い眼光を挨拶代わりに送る。
(―蹂躙する!)
(―順応する!)
二人の意志が眼光に宿り、互いに熱意と殺気を知覚させた。刹那の静寂。それを打ち破る土が擦れる弱音。音が止んだころには、二人は衝突していた。鱗の防御と、聖剣の大振り。数秒睨み、同時に引き下がる。そして、我先にと次の一手を繰り出す。同時ならば、速さに優れたロワの一手が先に届く。”執行”でスピードを付与させた一撃と予備動作ありで、一閃する。普通ならば、その一閃でゲニウスの腹は斬られているはずだった。だが、そうはならない。服から露呈する鱗。それによってロワの一閃は跳ね返される。ロワの攻撃が失敗に終わる次には、ゲニウスの拳が届く。指甲套の鋭い拳ではなく、握り拳であった。その拳は直線的で、騙しの一手ではない。だからこそ、複数の考えを持ち戦うロワの判断を鈍らせ、防御を遅らせた。ロワの頬に直撃する拳。箇所と理由は違えど、どちらにも痛みを覚えさせる。その痛みで攻撃が一瞬止まるが、立ち直りが早かったロワがゲニウスの顔面を殴る。殴った箇所が腫れ、口から血を吐く。だが、退く気はないようで、寧ろ、闘争心が湧いたようだ。そして、また拳と聖剣を交える。一糸乱れぬ攻防戦。ロワの連撃のあるかないかの隙間に無理に攻撃をねじ込もうとするが、うまくいかず、中々致命傷を与えられない。対してのロワも連撃を行えているが、ゲニウスの防御面が懸念して、切り札を出せない。焦っているのは事実。
(やはり、強いですね。私と彼の強さ、そして彼の限界を考慮すると、今”執行”で天変地異などの大きな逆転はできないはず。だから、全てを速度に回してきた。連撃一つ一つが完了する度に加速していく。このまま続けば、私も防御反応が遅れる。ですが、限界が近いことは彼も私も同じ。
なら、彼の切り札を無意味にすることだけを意識しろ。集中力を高めろ。誰も追いつけない動きと、誰もが見惚れる余裕を出す。相手が始まりの王であっても関係ない。完璧に順応してみせましょうか!)
激しく拮抗する攻防戦に動きが見え始めた。ロワが連撃を仕掛け続け、スピードで優勢な立場であるのは変わらないが、ゲニウスの動きの癖が変わった。この攻防戦で、攻撃に消極的だった彼が、連撃の合間に関係なく攻撃を仕掛けてきた。重心の位置が変化して、力強い動きをする。勢いが増し、細かい動作までに気が回る余裕さと、次の動作の機微を見せないように死線を切る判断をするゲニウスに、ロワは圧倒され始めた。
(このタイミングでゾーンを抉じ開けてきた。これ、まだまだ強くなるでしょ。この状態が続くと、オレ様が劣勢を強いられる。そんなことさせないよ。オレ様はみんなが認める最高で完璧な始まりの王。
どんな攻撃が来ても、圧倒する。先導する。その為にはオレ様は本気で往ってやる!)
言葉に出さない怒号で、自身を鼓舞する。そして、ロワは連撃を止めた。切り札を出す前兆。ロワは力を溜めるために必要な溜めの構えを一切取らない。それがロワの通常で、最大の切り札の当たり前だからだ。
ゲニウスは誘いだとは理解しているが、拳を振るう。それをひらひらと回避するロワを見て、切り札が来るとゲニウスは予感した。だが、いつ来るのかが分からない。緊張が高まる中、ロワは回避だけで緊張をさらに高める。表情を変えない。そして、その時が来る。回避を続けていたロワの足取りはいつの間にか、急襲の足取りへと変貌していた。その足取りは一瞬。ゲニウスでさえ、見抜けない変貌の次には切り札がゲニウスに届いていた。
「がっ…!」
聖剣ルルイエが、龍の鱗を貫き、胸を重点として振り下ろした。深くにまで斬りこまれた傷でゲニウスの動きが止まった。すかさず、聖剣ルルイエを引いて、刺突の型に移行した。その判断は正しく、防御が疎かだったゲニウスの肩を抉り、胴体と右腕が離れてしまいそうになる。
聖剣を動かすだけで、勢いをつけるために必要な予備動作をしない。戦場において、敵の僅かな機微を見、如何に相手を上回るかを考える思考と技術が必要となる。だが、ロワの場合、それを悟らせないからこそ、戦場の常識を根本から崩す。それが、ロワ・ディスプリヌの通常であり、禁じ手であるのだ。始まりの王として、ロワは完璧に使い切った。しかし、油断はない。なぜなら、敵が彼が戦ってきた中で史上初の相手となる王であるからだ。同じ王として負けられない。最後まで抜かりなく、一手を練る。
ロワの入念な思いが籠められた切り札を受け、重傷を負ったゲニウスは一瞬体が浮遊したような感覚を味わった。それは超集中力状態よりも更に高く、深い神域に踏み入ったとゲニウスは悟った。今まで五月蠅かった鼓動が収まり、肉体の全てが整った。ロワに与えられた傷の痛みなど、無きに等しい。だから、ゲニウスは動かした。今にも胴体から千切れそうな右腕の筋肉を稼働させ、凶暴な威力を持つ握り拳を振りかざした。その拳を聖剣で受け止めた瞬間、神器ルルイエが派手に破損した。
「!?」
予想外のことにロワの思考は停止した。ロワの強みが、戦場を根本から崩す予期しない行動であるならば、ゲニウスはそれとは対称にある。戦場の基本は、相手の動きを読み、如何に一撃で相手を上回れるかにある。一撃で相手の想像を遥かに上回る結果を齎す忠実な戦術。秩序の中で磨かれた完璧な存在がゲニウス・ニードホックを王たらしめる。
そして、始まりの王が先導した切り札が、決め手となり、ゲニウスは更なる境地へと辿り着いた。刹那の浮遊を覚え、それを抉じ開けた。超集中状態から完全集中状態へと昇華した忘却状態から放たれるゲニウスの拳がロワの胸を貫く。声にならない驚き。どちらの切り札も完璧に届いたが、どちらも満身創痍。二人は身を引いた。
「治さないのですか?」
「冗談きついよ。こんなに凄いの受けて、不愉快だなんて思ってないよ。そっちこそ、治さないの?」
「素晴らしい手札を味わえてなお、対価を貰おうだなんて…そこまで貪欲ではありません」
互いに治癒能力はあるが、使用しない。
「なんだろうねえ。想像通りで、想像外だよ」
「自身が矛盾を仰っていること、お分かりですか?」
「うるさいなあ。それくらい感動してるの! 本気を出すとは想像してたけど、オレ様のマジ受けて立ってたの初めて。それなのに、反撃? 異常でしょ」
「異常な御方に異常と指摘されるのは…ですが、私は何もかもが想像通りです。うまくいかないこともね」
平然とお喋りしているが、二人は、二つの人類の最高の座に座る王。彼らの戦いに介入しようという者はいないほどに、高度な次元である。だからこそ、クヴァレ帝国側の計画の一端にあるゲニウス・ニードホックの排除に、ロワが抜擢された。だが、彼をもってしても、ゲニウスは排除できていない。これはクヴァレ帝国側からしたらイレギュラーでしかない。それが分かって、ロワは少し愉快に思う。彼は破損した神器ルルイエを修復し、刀身の輝きを見て、納得する。
「計画を変える。この革命が終わるまで、オレ様は君を相手する。オレ様以外で君を殺せる人類はいないだろうし、それは許さない。で、アザトースの血から覚醒した才も使わず、純粋なオレ様で君を殺す」
ロワから死刑宣告を受けたゲニウスは、肩を震わして笑った。そして、彼も宣言する。
「貴殿を屠れる者は地上宇宙で私一人でしょう。そして、私が貴殿を足止めして、クヴァレ帝国の革命に支障をきたしているなら、相手します。私の全身全霊、全ての能力を出し切って、貴殿を屠る」
共に常軌を逸した覚悟。そして、向上意欲が窺える。風が彼らをくすぐる。
「オレ様が最強で、最高な王だって証明する。人類最強の王を殺してね」
「人類始まりの王をこの手で屠り、私が完璧で、絶対な王だと証明しましょう」
目標は違えど、到達点は同じ。それ故に、どこか似ていると思ってしまう。二人の声が重なる。
「「―必ず」」
『喧騒が聞こえるな。ロワと貴様らの王が戦っているはずだ』
そう得意げに話すのは、七洋の一柱イーヴィルだ。ここは竜族朱雀が治める南領。イーヴィルに相対するのは、朱雀を取り仕切る19代朱棟梁雀宇風羽である。柳色の髪を靡かせ、鮮血の瞳を澱ませる流麗な美女。寡黙で、何を考えているのか分からない顔。彼女の横で倒れる化け物。宇風羽は化け物を心配する素振りを見せる。
『貴様の才を発動させると、バーデンというディーラーが姿を現す。それが”賭”の元祖の力の根源であり、賭けを行うための必需品。それを倒してしまえば、貴様は元祖の能力を使えない。その様子だと情報は正しかったようだな』
イーヴィルは嘲笑うように言った。だが、宇風羽もまた嘲笑うように言う。
「ダカラ、何ダ? 宇ニハ竜名ガアル。棟梁ノ意地ヲ見セテヤル。心セヨ。
―盤古開天翼宿襷星」
宇風羽が炎に包まれる。彼女の手には巨大な槍が握られている。長身の宇風羽を量がする大きさの赤き槍。
「掩月刀。サテ、問オウ。貴様ノ目的ハ何ダ?」
能力を開放した宇風羽を見て、イーヴィルは好機に満ちる。そして、言い放つ。
『人類の蹂躙だ』




