56話承 錘離の痛み
聖剣と傘がぶつかり合い、戦闘音が鳴り響く。整然としていた庭が荒れ果てるのをお構いなしに、ゲニウスとロワは戦闘に集中する。ロワが聖剣を振ると、周囲に斬撃を与える。岩、地面、東屋、池水があるが、強度や大小に関わらず、ロワは軽々と一刀両断する。あるいは細かく切り刻む技術を魅せる。攻撃の本命はゲニウスであるが、彼は流麗な足取りで聖剣を避けている。ゲニウスが握るのは骨組みが木ではなく、金属で造られた戦闘用の傘。長身のゲニウスが扱うだけもあり、リーチも長い。そして武器自体の耐久力も高そうだ。彼の指につけられている装飾品。指甲套だろうか。鋭利で、簡単に肉を削ぎ落せそうだ。ゲニウスは傘を閉じた状態で振り、度重なる連撃を放つ。ロワはその連撃を聖剣で丁寧に受け止める。軽く踏み込み、直上に突きかかる。聖剣がゲニウスの頬を狙ったが、彼が重心を外したことで、躱された。ゲニウスは傘を真上に放り投げ、両手を開ける。突き掲げたロワの腕を掴み、背負い投げする。
「痛っ…」
地面に叩きつけられて、攻撃の手が緩んだ瞬間に、ゲニウスは真上に放り投げていた傘をノールックで掴み、ロワの顔面に突き刺す。地面が軽く窪む。だが、顔面からは外れた。ゲニウスが攻撃のために前かがみになった体を起こそうとすると、ロワが彼の頭の後ろに手を回し、優しく包み込んだ。そして、彼の顔を近づける。鼻と鼻がくっつく距離。琥珀が見下ろし、紅玉が見上げる。
「君、自信なさそうだね。憂色な面貌だ」
「そういう貴殿は華顔ですね。元祖ですから、私よりも遥かに年上のはず。幼顔ですかね」
二人が軽いジョークを交わすと、互いに漫ろ笑む。そして、同時に武器を振るう。以心伝心しているのかと疑うほど、同じタイミングで動く二人。だからこそ分かっている。奇襲は避けられると。その予想通り、奇襲は避けられ、二人は後退する。そして双方、抗戦してみての感想と、それから得た情報を分析する。
ゲニウスは自身の武器である和傘に目をやる。骨組みも頑丈に作られ、耐久力には自慢がある。だと言うのに、ロワの数少ない攻撃を受けただけで、僅かに罅割れている。そして、その感覚もまだゲニウスの手には残っている。
(元祖最強というので、てっきり才で昇りつめた世間知らずかと思っていましたが、少し油断しました。豪的な剣の舞い方。一撃受けたと思えば、いつのまにか二撃目も受けている。奇襲と死角からの攻撃も見透かしているように、軽々と躱される。殺意も込めていない無機物にも反応していた。本能からの絶対的危機回避能力。厄介ですね。それに加えて、男には異常な身体の柔軟さ。活動範囲の幅が私よりも大きいのも、煩わしい。あの元祖の強みは、退嬰的で複眼的な思考を持っていることでしょうか。体術において、私と互角ならば、才を発動させれば、どこまで最強なんでしょうね…ですが、それよりも際立つ吸い込まれそうな紅玉の瞳。鳳凰のように勢いがあるわけでも、一等星のように夜空に煌いているわけでもない。ただ、ただ、単調に見ているだけ。ロワから胸が締めつけられそうなほどに、”何か”を求められている。そして私自身も”何か”に答えたいと思っている。貫禄が孕んでいる瞳…)
ゲニウスは傘を差して、窃笑を隠す。対して、ロワは忍び笑いを隠すことなく、ゲニウスを見ていた。ロワの視線が、ゲニウスの顔、腕、足、そして立ち振る舞いの順に移っていく。
(うまいなぁ、体の扱い。オレ様よりも体格に恵まれてる。守護者全員才能の塊なんだよね。その中でも頭一つ分、いやそれ以上に素材は最高級だ。羨ましい。オレ様の攻撃に反射的に対応してる。ヒトは自分の能力と本来の動きから、癖が固定される。だけど、ゲニウスは戦い方の癖が何パターンもあるから、オレ様も反応遅れちゃうんだよね。でも、警戒すべきは大力無双さ。竜族は武闘に優れたことも七大一族の一翼を担っている理由だ。だから、力自慢の猛者が多い。あんまり戦ったことはないけど、ゲニウスの剛力は別格だとオレ様でも分かる。技術で翻弄したと思えば、剛力で押し返され、巻き返される。癖の変わる掴みどころのない動きと剛力。でも、ごり押しじゃない。ちゃんと考えてる。脳無しでもないし、衒学の権化でもない。頭の回転はオレ様より速いね。でもまあ、並外れてるのは琥珀の瞳かな。表面上は優しい雰囲気だけど、その奥は無機で、目を向けられたら血の気が引いちゃう。そのさらに奥には、自己開発意欲を抱懐してる。でも、まだ奥にあるな。”見えない”。ゲニウスという男の基幹が。
でも、王の資質はある。なら、打開策もある。本質を暴いてやるよ)
二人は情報整理を完了し、次の段階に上がる。先に仕掛けたのはロワだった。彼は予備動作無しに聖剣を一振りした。ゲニウスが体を仰け反らせて回避すると、彼らの後ろに聳え立っていた邸が崩壊した。頑丈な造りの麒麟邸がいとも容易く両断されたのだ。それも特別な力が付与されていないであろう一振りに。刹那に起こった事実をゲニウスは横目で眺め、疑った。
(…まだ、能力を使っていませんよね。それでこの破壊力。末恐ろしい)
ゲニウスの内情をお構いなしに、ロワは聖剣を向ける。迷いがない動きに、ゲニウスは圧倒される。が、それも一時のことで、ゲニウスは傘のリーチを活かして、ロワの肩を突く。重い刺突に痛みを覚えるロワだが、表情は変えず、御返しだと言わんばかりの鋭い突きをゲニウスの肩にお見舞いした。
「…」
だが、ゲニウスは聖剣を掴み奪った。そして、後ろに投げ飛ばして脅威を一時的に遠ざけた。武器を奪われて不服そうにするロワが、今度は素手で挑んできた。
「それ、一応神器だから粗雑に扱わないでよ」
「それは失礼」
「悪いと思ってないね」
悪びれないゲニウスを、拳で諫める。すると、ゲニウスは傘を差して、ロワに傘の面を向ける。ロワは予想外の行動に少し動揺するが、それよりもゲニウスの手元が隠れてしまったことを危うく思う。すると、ゲニウスは傘の面から隠し持っていた短剣を突き刺して、ロワを攻撃する。だが、その短剣をロワが素手で掴んだ。ゲニウスは目を細め、
「残念」
と、言った。そして、使い物にならなくなった傘を放り投げる。人差し指と中指を立てて、拳を向けた。指先には指甲套が鋭利に輝いている。ゲニウスの踏み込みと共に放たれる高速の拳が、ロワの頬を掠め取る。指甲套には彼の皮膚と血液が付着する。
「って…」
呟くロワだが、負けじとゲニウスの腹に蹴りを入れる。双方の策略で攻撃が当たった。そして、二人の鼓動が重なったときに、二人の拳は衝突した。拳からは衝撃波が生まれ、音を飲んだ。彼らは間合いを置く。
「君、狡賢いね」
ロワの発言を、誉め言葉として受け取り、ゲニウスは口角を上げる。
「貴殿こそ、正統派な戦い方をしますね」
今度はゲニウスの発言に、ロワは含みのある笑いを浮かべる。
「先程、原初一族から情報を頂きました。貴殿らクヴァレ帝国の目的は神聖時代の到来だと。ラウルス殿に言われましてね。やめていただけません?」
「やぁだよ。自分たちが生きやすい環境を開拓するんだ。邪魔者は消し去る予定さ」
「…そうですか」
「惜しいねえ」
「?」
「邪魔とは言え、才能に溢れた人類まで消さなきゃいけないんだよね。王様権限で兄ちゃんたちに我儘聞いてもらおっかな」
「厳格なクヴァレの元祖に融通が利くのですか?」
「え〜? 利くよ〜? オレ様、強いから」
「傲慢な御方だ」
「傲慢だよ、オレ様は。だから、欲しいと思った者は何が何でも掴み取る。そのためには理不尽に強くて、無茶苦茶でなきゃいけないんだ。今から君に、オレ様の我儘を”執行”する」
ロワがそう言うと、彼を纏う空気が揺らいだ。ゲニウスは短剣を握りしめて、得体のしれない不安を飲み込む。彼はロワの瞳に視線を移した。際立っていた紅玉の瞳の赤い光が筋として、帯を引く。次の瞬間、ゲニウスの間合いにロワが侵入した。
(!)
いつ動いたのか、踏み込みの動作が見えなかった。いつの間にか、目の前に移動していたロワに、ゲニウスは反応できなかった。だが、隠しようのない殺意が孕んだ拳を向けられたことで、彼は反射的に防御の構えを取ることができた。ロワの拳が短剣に当たり、ゲニウスには届かない。刀身が破壊された短剣を捨てて、同じく拳で応戦する。ゲニウスの拳を片手で受け止めるロワは不気味に笑って言い放った。
「それ没収するね」
接触している手が段々と黒に染まっていく。危険信号が脳から伝達されたゲニウスは拳を引く。だが、左腕全体が黒に染まる。変色しただけかと思ったが、ゲニウスの体にある異変が生じる。
(…左腕の感覚がない?)
ゲニウスは黒く染まった左腕を上下に動かし、稼働を確認する。左腕は変わらず稼働するが、動いてる感覚がないのだ。脳では動いていることは処理されているが、体感では処理されていない。所謂、感覚が遮断されたのだ。だが、原理が分からない。腑に落ちないゲニウスはロワを見据えた。彼の顔に影が落ち、表情が読み取れない。原理のわからない、予備動作もない突拍子な攻撃に備えて、ロワの一挙手一投足を見逃さないように目を凝らすゲニウス。そんな彼を見て、低い声でロワは言う。
「強い奴ほど、よく敵を見る」
「―!」
二人の瞳が重なった瞬間、ゲニウスの視界が黒ずんだ。重なる激闘によって、疲労が出たのかとゲニウスは思ったが、黒ずみが視界を覆う。視界が封鎖されたことにゲニウスが驚き、体が傾く。その隙を突いて、ロワが急激に接近した。彼から紡がれた拳が、ゲニウスに直撃する。重い衝撃が全身に駆け巡り、ゲニウスは吹っ飛ばされる。濁声で痛みを訴えるゲニウスを見て、警戒心の薄れたロワが近づく。
(足音が聞こえますね。近づいてきているのか?)
聴覚に頼る方向性に切り替える。左腕は相変わらず感覚が遮断されて動きにくい。そして右腕は先ほどの拳の影響で脱臼している。上半身が動かせない状況で、ロワを撃退しないといけないのだ。
(…原理が掴めない。本当にどんな才なんでしょうか。能力を制限する? いや、それなら条件があるはず。”律”の元祖…)
疑いの視線を感じたロワは足を止める。
「オレ様の才が気になってしょうがないって感じだね」
「ええ。守護者や原初一族から集めた機密情報にも貴殿の情報は何一つありませんからね」
ゲニウスは守護者だけが知りえた元祖の情報が記された文献を思い出す。その文献は守護者に成った直後に見ることができ、その場で暗記しなければならないが、情報は正確で、その情報も全て真実だった。フォーセリアによれば、明帝族リーダーのイアシオンという男の息子が作ったものだとされるが、その文献にも”律”の元祖という文字は存在しなかった。
だから、ロワという元祖がわからない。
「ん〜、オレ様もわかんなくてさ。説明すんの難しいんだよね」
ロワの意識の中から戦いが抜け、油断していることをゲニウスは感じ取った。今が好機だと感覚が遮断された左腕に力を入れる。すると、5人くらいの気配を感じた。
「竜王様!!」
「この声は…」
ゲニウスを敬称で呼ぶものは、竜王専属の従者である。竜王の護衛の為の精鋭だ。彼らは任務と、尊敬する竜王を守るために麒麟邸にまで赴いたのだ。
「来てはいけません!」
彼らはゲニウスの言葉を無視する。そして、得意の武器をロワへと向ける。
「よくも我らの王を…」
「…へえ、弱いくせにオレ様の邪魔をするんだ」
従者を見て、冷徹な言葉を発した。そんなロワを意に介さない従者らは、一斉に動いて、各々の方法でロワを攻撃する。多勢に無勢だと思う状況だが、相手は元祖最強。ロワが従者らを睨んだ瞬間、彼らの肢体は粉々に切り刻まれた。
ぐぢゃ、ぐぢゃ、と肉片が無造作に地面に落ちる不快な音がゲニウスの耳に残る。その音を聞いて、ロワが自身の臣下を殺したのだと一瞬で理解した。当のロワはちょうどいい例ができたのを喜んでいた。
「”執行”、それがオレ様の、”律”の元祖の才だ。能力はオレ様が不愉快だと思ったものに対して、オレ様の我儘を強制させる。対象はなんだっていい。人間、過去、精神、記憶、植物、自然現象、才能、能力、努力、思考、空間、宇宙、重力、物体物質、法則、禁忌、概念。”神”でさえもね。我儘だから無効化は不可能だよ」
ロワが自身の才”執行”の説明を進めていく。その内容は異次元で、彼の能力の対象はこの世にある全てのものだ。ゲニウスは無言で聞き続ける。
「オレ様の感情とか、相手の強さに影響はされるだろうけど、”執行”は神にも通用する。いい? オレ様がこの世の法則で皇帝だ」
ロワから並々ならぬ威圧感が差し迫ってくる。淀みないロワの本心を聞いてなお、ゲニウスは沈黙を貫いている。彼を見て、ロワは失望した。
(臣下を瞬殺されて塞ぎこんでるのか? 人類最強の王は過大評価かぁ。君ならオレ様を殺せると思ったのに。期待外れだ。殺意の闘心が無い最強を相手するほど、物好きじゃない)
すっかり興が醒めたロワはこれ以上の戦いを求めていない。だが、苛立ってもいない。正直、幻滅したショックでこの場から離れたい。ロワは聖剣を探す。ゲニウスに投げ飛ばされてからの軌道を見ていなかったので、どこにあるのか分からない。
(不愉快だな…)
聖剣が見つからないことを不愉快と感じたロワは、聖剣を対象にして、手元に戻ってくるように我儘を言う。我儘が強制され、彼の手には聖剣が握られていた。ロワが一足踏み込んでゲニウスに斬りかかる。
「さよならだね」
彼がそう言って聖剣を振り下ろす。すると、その聖剣は鉄扇で受け止められる。琥珀の瞳がロワを見上げ、睨む。そして、こう言った。
「竜族では別れの挨拶は”再見”と決まっているのです。他の挨拶は受け入れません。そして、別れの挨拶は私からです」
「ははっ! 良かった。まだ戦ってくれるんだね!」
ゲニウスが立ち上がったことで、ロワの闘志が燃え上がった。彼は聖剣を一振りする。辺りのものが一刀両断されるが、ゲニウスは軽々と避ける。ロワは瓦礫に我儘を言い、操作する。瓦礫を結合させて、巨大な岩球を作り上げる。岩球を躊躇なく、ゲニウスに投げつける。
ガゴンッ!!
一つの破壊音が鳴り響く。それはゲニウスが岩球を拳で打ち砕いた音である。彼は正面から岩球を破壊し、そのままロワに接近していく。そして迷うことなく、拳の連撃を行う。ロワですら受け止めるのが困難なほどの連撃と重さ。彼は体を回転させて、拳を受け流し、ゲニウスの体勢を崩す。そして、神速の一撃を振るうが、ゲニウスが肩で受け止めた。身体の軋む音が聞こえるが、ロワには彼の意図が分かった。
(オレ様の一振りが重たいことを利用して、脱臼を治した? たしかに効率的ではあるけど、かなり痛いはず)
ゲニウスの奇想天外な行動に、ロワは驚く。距離を置こうと動くと、その後をゲニウスが追う。そして、大きく踏み込むと、鉄扇を広げて、横に薙いだ。
「…!?」
急いで受け止めるロワだが、足を踏まれて動けなくなってしまった。間近にゲニウスの拳が近づいている。ロワは”執行”を発動させて、風を操り、風圧で押し返した。
(やばい。あいつ、急に動きが良くなった。元々、身体の扱いがうまいのに、さらに上達した。感覚遮断と視界剥奪してるのに、こんなに動けるものだっけ? 順応したのレベルを超えている! まさか、こいつ入ってるのか。無我の境地に!)
ゲニウスの急激な変化にロワは防御しかできない。表情には出さないが、内心ではとても焦っている。だが、ゲニウスの眼中にそれは映らない。ロワが逃げれば、地面にある瓦礫やら、鉄の棒やらを拾い投げるなど、空間にあるものを武器にして戦う。そして近づけば、拳や蹴りなどの体術で圧倒していく。
(だいぶ、慣れてきましたね。海族族長は全盲でもよく戦えますね。感覚はありませんが、腕は動く。こうなってくると、鬼族の際限のない体力が欲しくなる)
ゲニウスは内心で、同じ守護者の長所を羨ましく思う。そして、琥珀の瞳を輝かせた。
(耳を澄ませ。感覚を研ぎ澄ませろ。空気が揺れる音、その揺らぎを肌で感じろ。そして空間を掴め。攻撃の手を休めるな。筋肉を稼働させ続けろ。脳で処理しろ。無駄なことは考えるな。だが、思考は張り巡らせろ。考えることを止めるな)
ゲニウスは自身にそう言い聞かせる。そうしていくと、彼の動きは研鑽され続ける。空気抵抗を受けにくい動きにより、速度が大きくなり、体のきれが増す。技ありの拳や蹴りも流れるように続いて、ロワの反撃を許さない。最強の元祖を圧倒しても尚、ゲニウスの全ては研鑽され続ける。
ロワの覚醒したという推測は正しい。緊張と休息の調和がとれ、脅威と死が迫った状況に陥ると、一部の者は人間は無我の境地というゾーンに稀に入る。一つのことだけに没頭する驚異的な集中力。時の流れが遅く感じるなどの体験時間の歪み。自己の消失と統制により、身体機能の超進化が起きる。これにより、あらゆる障壁を打ち破る最高のパフォーマンスを実現できる。この状態になると、例えどんな格上相手をも上回ることができるのだ。
だが、無我の境地は稀に起こる現象であり、どんな強者や猛者でも奇跡的に立ち会える現象だ。それ故に、守護者や元祖といった二つの人類の最高峰ですら、異常現象と捉えている。
しかし、ゲニウスは無我の境地を自身の感情と判断でこじ開けることができる。つまり、常時最高のポテンシャルとパフォーマンスを実現できる。
「ぅ…」
ゲニウスの体術に、ロワは圧倒され続ける。自信に制限が課されたわけでもないのに、苦しみ続けているのだ。動こうとした先には、既にゲニウスの拳か蹴りが待ち構えており、攻撃を受けてしまう。
「くそがっ!…無我の境地を作為的に入れるなんて反則だろ!」
「反則云々を貴殿に言及されたくはありませんが、私はこれを理念の忘却状態と呼んでいます。して、どうです?」
ゲニウスは攻撃の手を止めずに、ロワに聞いた。
「あなたの才はたしかに反則級です。恐らく、地上宇宙に存在する能力の上位互換に匹敵し、最高峰だと評価しても過言ではない。しかし、突破口はある。貴殿が不愉快だと思わなければならない」
「!!」
ゲニウスがロワの手を蹴り上げて、聖剣を手から離す。そして、ロワの手を掴み、拘束する。その握力は凄まじく、ロワが冷汗をかきながら拘束を解こうとするが意味がない。
「不愉快だと思う理由は幾万とありますが、尊敬に値する理由は感嘆でなければなりません。そして、愉快だと思う理由は衝撃でなければならない。だから、私は出します。
―最適解・最善の中途半端に留まらない、完璧を!」
ロワは顔面蒼白な反応を示す。異常なオーラを纏っているゲニウスが、拳に力をこめる。その拳は音を飲み、光よりも速い速度で動き、ロワの腹に直撃した。彼の体は吹き飛ばされ、壁に直撃した。その衝撃で壁は崩壊し、ロワの頭に落ちる。
「残念なことに他人の成すことに不愉快を示し、蔑む者は一定数います。私自身も何度も会いました。だから、こう思うようにします。他人の不愉快は自身の欠点。その者達は自分の未熟さを享受してくださった方。だから、次会った時には、その欠点が長所になった最高の自分を見せつける。
一度、見下した相手が自分よりも輝いているという現実を突きつけ、絶望させる。非難するばかりで一向に成長しないことを主観で自覚させ、精神的に追い詰める。これが、私の世渡りの殺生。
ああ、これだけ言っても聞こえていませんよね。失敬失敬。まあ…精々、殺生の一人にならないように努めなさい」
ゲニウスの忠告がこだまする。彼は鉄扇を広げて、口元を隠す。
紅帝族最強を冠する竜王ゲニウス・ニードホックに贈られる守護者の二つ名
―曰く、無比の忘却者




