56話起 錘離の痛み
英傑の海内にあるパツェラェ星に建国された神の国アウグスティヌス。現存する宇宙国家では最強であるアウグスティヌスは、七大一族の一翼を担う竜族が治める国家である。その国家も例外なく、クヴァレ帝国の侵略を受けていた。だが、他の宇宙国家とは違い、混乱には陥っていない。どちらかと言えば、竜族がクヴァレ帝国の軍勢を圧倒している。
「あらかた敵は殲滅できたね」
無造作に下ろした鮮緑の髪を整えながら、敵の残骸を見下ろす初代白棟梁虎皓空。髪と同色の鮮緑の瞳がよく映える。
「そうネ」
彼の言葉に相槌を打つ73代玄棟梁武蠍然は、錘のついた鎖を丁寧にしまう。そして暑かったのか、つけていた仮面を取る。瑠璃の髪が風に吹かれて、その瞳を露わにする。硝子細工のように美しい瑠璃の眼を持つ蠍然を、皓空は見た。
「ん。仮面取るんだ」
「ネ。周りに部下もいないアルし、問題ないネ」
「宇風羽、大丈夫かな」
「頭脳派だとしても、棟梁ネ。応援要請の煙が無いなら、大丈夫ネ」
「うん。でも、合流はしたい」
皓空がそう言って、一歩踏み出そうとすると、上空から何かが落下してきた。土煙が立つ。
「大丈夫アルカ~?」
「うん。ごめん、ありがと…」
皓空がなにかに衝突する前に、それを感じ取った蠍然が彼の腕を勢いよく掴み、引き寄せた。命拾いしたと内心で思う皓空はすぐに立ち上がり、点穴針を構える。蠍然も、丁寧にしまっていた鎖を手に取り、臨戦態勢に入る。
「今の見えた?」
「まったく。近くに来てやっと」
快活な口調の蠍然だが、語尾がなくなる。それだけ目の前の何かが脅威であると判断したのだ。
『良い反射神経だ』
煙の中から、そう言葉がかかった瞬間、光線が走った。その光線は規模が大きく、二人では防ぎようがない。そして回避するにも、光線が自身らに当たる方が早い。上空からの奇襲で何事にも対応できるように構えていた二人だが、体が動かない。ただ本能のままに察した。
―死んだ。
彼らの絶望に染まった顔を見た何かは薄ら笑いを浮かべた。その笑みは勝利を確信している。だが、ここは竜族の治める最強の宇宙国家神の国アウグスティヌスである。1分にも満たないような僅かな時間で、戦いが終わるわけはない。
光線が直撃する瞬間、皓空と蠍然の前に新たな人物が立ちふさがり、素手で光線を薙ぎ払い、二人を救った。
「…クリス殿!」
「足止めくらっちまった」
颯爽と現れた63代青棟梁クリスチャン・ローゼンクロイツ。土煙が落ち着いてくると、急襲をした者の正体が分かった。クリスはその者を見るなり、目を細めた。急襲を仕掛けたのは、ノーヴァであった。彼は権能を完全開放している。
『棟梁就任おめでとう、クリス。俺の旧友。皓空、元気そうじゃないか。今は元祖を継承したのか? そこにいる若造は蠍然か』
ノーヴァが挨拶をすると、クリスは妙に納得をしていて冷静だ。だが、どこか寂しそう。そして、皓空はノーヴァのことを知っている。だが彼の知っているノーヴァと、今目の前にいるノーヴァとでの行動が一致せず、戸惑っている。蠍然は情報でしか知らないのに、馴れ馴れしい態度を取られて、どう接すればいいのか分からないでいる。
一向に話そうとしない3人を見て、ノーヴァは首を傾げた。
『ごめんな。俺が間違えてたりするか?』
「いや、間違ってねえよ。皓空は元だが38男”翼”の元祖で、蠍然は125男”苑”の元祖だ」
クリスがそう言うと、ノーヴァは間違えてなかったことに安堵する。
「どういうこと? なんで、兄さんがぼくたちを攻撃するの?」
未だ、急襲された理由が分からず、皓空はノーヴァに聞いた。だが、ノーヴァは答えない。代わりにクリスが答える。
「あいつの才は知ってるだろ。”痛覚”は一度経験した痛みを克服することで、その痛みを無効化する。いうなれば、攻撃の無効化。だが、あいつはそれを拡張した」
「拡張…」
クリスは頭を指でつつく。
「”痛覚”の真骨頂。それは記憶操作だ」
「え…」
クリスの言葉を聞いて、皓空は衝撃を受けた。だが、クリスは続ける。
「ノーヴァは自身に都合の悪い人間がいれば、記憶操作で洗脳した。同じ元祖で弟妹。そして、娘のライラでさえも騙したんだ」
「何のためネ?」
「そうしておく方が好都合だからだ。そうだよなぁ! ノーヴァ!!」
クリスの怒鳴り声に、ノーヴァはやはり笑っている。何も言わないということは、クリスの言ったことを肯定しているのだ。
「騙したの?」
彼らから疑いの目をかけられたノーヴァは頭をかきむしり、笑った。
『演技は得意じゃないんだ』
ノーヴァの本心に、皓空はひどく傷ついた。
『だが、弟妹全員に記憶操作を施したわけじゃないぞ。イニティウムやラウルス、フォーセリアの方が俺より強くて効かなかった。今のクヴァレ帝国の元祖には記憶操作をしていない。あの子たちは俺のありのままを受け入れることを約束してくれたからな』
「じゃあ、お前がクヴァレのやつらに狙われたのも自作自演か?」
『夜の海のことか。いや、あれは俺も想定外のことだった。キフェやソロモンは俺を愛しているから、俺を襲うはずがない。原因はただ一つ。俺の才が誤作動を起こした』
「誤作動?」
『セア・アぺイロンの結界さ。俺が眠っていた時、記憶操作の役目を果たしていた才が、クヴァレ帝国の元祖に定着した。原理は分からんが、そのせいで、あの子たちは俺が逃げたと思った。まあ、結界は崩壊して、あの子たちの記憶は正常に戻ったがな。そのせいで計画に支障が出た』
一連の話を聞いていたクリスは考え込む。
(セアの結界はあいつが敵だと認識した相手の能力制限。そして誤作動つったな。セアは明確にノーヴァを敵だと認識していたことになる。そして、その当時、あいつはゲニウスとそれなりに親睦が深まっていた時期だ。あいつがゲニウスにその旨を伝え、ゲニウスがノーヴァを敵対視したって考えれば、辻褄が合う!
だが、問題はノーヴァの計画だ。あいつと話していても、その計画が見えない。何を企んでやがる!)
クリスが鋭い眼光で睨んでいると、ノーヴァがそれを察してか、話し始めた。
『どうした、旧友? 恐いぞ』
「…俺はお前がわからん。なぜ、セアの復活を先導した? お前の計画は知らねえが、脅威が増えることは避けたいはずだ」
『一つは立ち回りやすくするためだ。蝶の公認なら、多少の制限はあってもうまく動ける。まあ、守護者の弟たちには警戒されてはいたが、情報は入手できた。最もは、セア・アぺイロンが明帝族ということだ』
「どういうことネ…」
ずっと沈黙していた蠍然が口を出すほど、突拍子な発言だった。だが、ノーヴァは淡々と言った。
『セア・アぺイロンを殺す』
「!」
『正確には、全ての明帝族の根絶やしがいいな。もう明帝族も指で数える程度だ』
「それがお前の計画か?」
『ああ。セア・アぺイロンを完全に殺さねばならない。だから、復活を先導した』
「…そうか」
全てを聞き届けたクリスは吐き捨てて、ノーヴァに一気に近づく。そして、顔面を殴ろうと拳を振り上げた。ノーヴァがその拳を受け止める。
『ひどいな。旧友』
「お前のことは旧友だと思っている。だが、セアを殺すと言った。俺の嫁を殺すと言ったお前を、俺はもう友としては見れない」
クリスが先陣を切ると、蠍然が鎖を振り、先端の錘で攻撃する。だが、ノーヴァはかがんで回避した。次いで、皓空が針を投げるが、祢々切丸で破壊した。急接近した蠍然とクリスの隙間を潜り抜け、後ろにいた皓空に刀を振りかざす。彼は暗器を取り出し、ノーヴァの刀を受け止める。力の差で負けてしまうことを既に理解している皓空は、足で砂を蹴り上げて、目潰しをする。僅かな時間、ノーヴァの攻撃がなくなり、急いで後退する。
「ノーヴァ兄さん。あんたは神皇復活を言い渡される前に、聞いたはずだ。”天災”の存在を」
皓空の発言は、来るべき天災のことだ。天災の正体は分からぬが、その天災によって人類が滅びることはわかっている。ノーヴァがセアの復活を提案されたのも、本来は天災から人類を救うためだ。その復活を通して、各海の強者に働きかけたりして、複雑になってきてはいるが、セアの復活の先にある目的は天災を滅ぼすことだ。
『知っているとも』
「じゃあなんで!? 天災は、クヴァレ帝国も滅ぼすんだよ。人類同士で戦っている場合じゃないでしょ!」
皓空の言葉に、ノーヴァは眉間にしわを寄せる。
『…天災が起きるから、それに備えて一緒に戦いましょう。仲良くしましょう。争いをやめましょう。なんて戯言通用すると思っているのか?』
「いや、でも…」
『いいか、皓空。この戦いはもう天災から人類を救う英雄物じゃないんだよ。種族同士で生まれた因果の戦いであり、生存競争なんだよ。同種の人類で負けた者が、人類よりも叡智な存在に勝てると思うのか? 競争に勝った者が、天災という脅威と戦えるんだ』
「じゃあ、和平は無理ってことアルカ?」
鎖を横に薙いで、皓空からノーヴァを引き剥がす。身軽にジャンプして、ノーヴァが回避する。
『縺れ過ぎた糸は解くより、切断した方が早い』
「俺の後ろに下がれ!」
ノーヴァの意味深な言葉が響く。そして、彼が不敵に笑った直後、空気が僅かに揺らいだ。その揺らぎを感じ取ったクリスが声を荒らげる。クリスの切羽詰まった声を聴いて、蠍然と皓空は急いで彼の後ろに回る。ノーヴァが祢々切丸を宙に向けて振った。直後、その空間が裂けた。そして遠くにいたノーヴァの斬撃が、クリスたちに飛んできた。
「クリスさん!」
飛んできた斬撃をクリスは片手だけで受け止め、被害を最小限にした。蠍然を心配するのは、クリスの手のひらから大量の血が流れているからだ。それも尋常じゃない。蠍然がクリスの負傷した手に布をきつく巻いて、流血を塞ぐ。そして軽く応急処置も施しながら、蠍然は状況を整理する。
(クリスさんの汗が止まらない。あのクリスさんが軽々と傷を負った。そして空間を裂いた太刀と、飛ぶ斬撃。それもこれも全て、ノーヴァとかいう元祖のせいネ!)
蠍然はノーヴァを睨んだ。着地したノーヴァは威圧するように、周囲を見回す。そして、好奇の目で三人を見据えた。
『さすが旧友だな。俺の権能を受けて立っているとは。だが、残念だ。今ここで、俺の手で、お前を屠らなければいけない。そして、俺の弟2人も…』
残念という割には、残念には聞こえない。どちらかと言えば、身内を殺してでも己の信念を貫けることに、ノーヴァの気持ちは高揚しているようだ。それを見た皓空が怒涛の情報を処理していく。
(…ノーヴァ兄さんから力が漲ってる。でも、その力は才じゃない。”疼”の元祖としての兄さんじゃない。今、ぼくの前に立っているのは、夜の一族としてのノーヴァだ!)
皓空が今のノーヴァの立ち位置を再確認し終わった。すると、前から大きな音が鳴る。それは地面に向けて、クリスが拳を放った音だった。
「元祖? 夜の一族? 知ったことじゃねえな」
『―?』
クリスがノーヴァを見据えた。それは敵対心はあるが、余裕が感じられる。彼はノーヴァに言い放った。
「お前のふざけた計画とやらは、俺がお前をぶん殴ればいい。だからよぉ、旧友。
―歯ぁ喰いしばれ!!」
クリスの言葉は皓空と蠍然の神経を駆け巡り、全身から力が漲る。クリスがいれば、目の前の脅威に立ち向かえる気がした。二人は武器を構えた。
(…仲間を奮い立たせるカリスマ。これが竜王を育てた男。元守護者で、セアの前任。そして元竜王)
蠍然がクリスの凄さを改めて感じ、感動している。ノーヴァは含み笑いをした。
『権能と長く付き合っていると、俺の中に眠る天賦が分かるんだ。お前たちは見たことがないだろ? 人間が神に成る瞬間を。冥土の土産に見せてやる。
―”権能の極致”を』
ノーヴァがそう言うと、彼の髪が金色に変色する。体も黒一色に染まる。その変化はノーヴァがもう人間ではないことを示していた。
『デウス・エクス・マキナ=レゾンデートル』
ノーヴァが呟く。その呪文は、自身に眠る神を呼び起こす呪文。それに続く言葉は、自身に眠る神の名。
『―終息の哲学者』
「你好。不審者」
口を開いたのは、竜族の長竜王であるゲニウス。竜胆色の外側にはねた髪。目尻を赤く縁取った顔。彼が開眼すると琥珀の瞳が煌いている。だが、傘を差しているため、顔色はよく見えない。精悍な壮年のようだ。
「わお。仰々しい挨拶」
ゲニウスの正面に立つ男。純銀の髪が腰まで伸び、黒のピアスや十字架の耳飾りを着けている。ゲニウスとは違い、軍服姿できっちりとした装いだ。紅玉の瞳の下には、うっすらとくまがある。外見は幼さの残る壮麗な青年といったところだろうか。
ロワとゲニウスが対峙する場所は、竜族の長竜王の特別居住区。整然とした配置で、洗練された領域。朱雀の朱を基調とした左右対称な四合院。それに玄武の黒で細部の装飾が施され、重厚な雰囲気を醸し出す。庭園には白虎の白を思わせる利休梅が咲き誇っている。庭石を歩けば、東屋と橋。華麗な鯉が泳いでいる。四合院は池を強調的に造られており、青龍の青が忍んでいる。璧には四つの家門が司る四神が描かれている。全体的に荘厳だ。
この風水を慮った豪華とはいかずとも、絢爛な造りの建物は、麒麟を司る竜王ただ一人のためのものだ。竜族で最も強い竜。王となるに相応しい者に贈られる臣下からの最初の忠義。この領域には特別な方法で歴代竜王と、その者に好意を寄せられている者しか立ち入りが禁じられている。内部崩壊でない限り、ここは暴かれない。
「そう自負していたんですけどね。不審者が入ってくるとは、竜王の面汚しですね」
「思ってもないくせに。腹黒いのは相変わらずだな」
「腹黒いですか? 失礼な御仁ですね」
ロワの罵りを、存じ上げないと否定するゲニウス。
「別に隠さなくてもいいんだけど? 元祖大戦。今から九九九年前に起こった元祖の派閥争い。元祖大戦を使って、敵勢力を極限にまで削り、クヴァレ帝国を衰退させた。その間に守護者を筆頭に革命を先導し、たった一年余りで紅帝族の住める制度を立ち上げた。それもこれも全部、君が構想した革命の地図だろ」
「まさかとは思いますが、私の革命が私一人で成し遂げたことだと思っているのですか? 私のもとに、優秀な兵と策士がいただけのことです」
「嘘つけ。君くらいなら分かってるでしょ。大量の兵と、それをまとめる精鋭と策士。それを団結させるには指導者が必要不可欠だ。身をもって体感してるよな? 謙虚と面が厚いのは別物だよ」
「…過去の栄華を誇張し、縋るのは三流以下。栄華を基盤に、遥かな文明と制度を立ち上げ、民を慮ることこそが真の王なのです」
「…王の鏡だね。まっ、本心を語らない君とは端から言葉で理解し合おうなんて思っちゃいない」
ロワは十字架の耳飾りに手をかける。すると、それは銀の聖剣へと変わる。華麗な扱いで、聖剣を持つ。
「”紅帝族最強”…紅帝族序列一位…その称号全宇宙の王…君が冠する最強の称号だ。だけど、これよりも面白いものがある。それを聞いてから、オレ様は君と戦ってみたかった。
―人類最強の王ゲニウス・ニードホック!」
ロワの熱烈な思いと交戦意欲を見たゲニウスは傘から顔をのぞかせた。そして、彼の思いに応えるように言った。
「私もあなたとは一度殺ってみたかった。”紅魔族最強”…元祖最強…末弟ながら兄姉を押さえてクヴァレ帝国の玉座に座る者…
―人類始まりの王ロワ・ディスィプリヌ!」
共に王の立場に立つ彼らの考えと欲望は同じようだ。
「あーあ。ここに”明帝族最強”のセアがいてくれたらな。三つ巴で面白いのに」
「ご冗談を。今は王を語る場。木鐸の出る幕ではありません」
「冷たいね〜。最愛のセアちゃん相手に。でも、そういう分別のある所も王にはいるか」
「閑話はここまで…思う存分、殺り合いましょうか」




