55話 カルラエの痛み
キフェの殺意のこもった言葉が響く。キフェの言葉が桂の体の奥底に届き、恐怖で動けなくなる。挙動不審な桂を目の当たりにして、キフェの殺意は少し収まったように見えた。
「俺は一度貴様を逃がした。イレミアの温情だった。俺が逃がさなければ、貴様は魔法の実験体となっていたはずだ」
「…それでもイレミア殿の進言でしょう! 彼女の進言がなければ、私めを放っておいた…違いますか?」
「ああ、だが少なくとも、俺は貴様を弟として今も見ている。逃がしてやった恩で、クヴァレ帝国の再建に助力させようと思っていたが、まさか座天使級魔法使いになって、紅魔族と対立する紅帝族につくとは。俺が弟妹と認めた者は、皆裏切る。何故だろうな」
「…私めは、キルケが”魔”の元祖となってから、元祖とは無縁の人間です。殺すのなら、早く殺してください! ”封”の元祖キフェ・フェイラ殿!」
早く殺せと言いながらも、桂は魔法を展開する。だが、彼の魔法をキフェは結界術で封じ込めて、無効化した。相性の問題や、今桂がキフェに対して恐怖を抱いていることが関係しているのかもしれない。だが、桂は明確に抵抗の意思を表していた。憂鬱そうに溜息をキフェが吐くと、彼の後ろから一人の男が、クヴァレ帝国の軍勢を率いてきた。
「キフェ、手伝おうか?」
「ああ、頼む」
(レヴィアタン!?)
その男がキフェに話しかける。彼は、男の申し出を素直に受け入れた。男の正体を見た桂は驚いた。その男は、人類の事象のほとんどに関与しているレヴィアタンだったからだ。レヴィアタンは桂を見て、警戒心を持たれないように笑みを送った。だが、彼の所業を知っている者からすれば、その笑みは違った意図を読み取れる。
「…」
「そこまで警戒しなくても。信頼がないとは悲しいね」
嫌悪な目で睨んでくる桂をレヴィアタンは心にないことを言う。
「まあ、いいや。色々と聞きたいこともあるし。特にそうだね。今から千年前、神聖時代終焉に勃発し、一年と続いた大戦争のことを聞きたい」
「…次の支配者を決めるために行った愚行ですか?」
桂の発言に、キフェは嫌な顔をする。
「ああ、その愚行な戦いさ。だが、必要なことだ。当時のクヴァレ帝国に属していた元祖は、ノーヴァの存在で内部反乱を我慢していたにすぎない。末弟がクヴァレ帝国の王になることが許せなかったのかもしれないが。あの千年前の戦いは次世代の実権を持つ組織を選別するための必要十分条件だった」
「我らクヴァレ帝国存続派の元祖と、賊徒の元祖との大戦。賊徒の元祖は、同じ元祖でも、存続派の方が格上だと分かり切っていた。そして、制御下に置いていた。なぜ、内乱など起きたのだろうな?」
詰問する元祖二人。桂は表情を崩すことはないが、二人の言わんとしていることが理解できた。
「君、裏切り者?」
レヴィアタンが真実を匂わせる言葉を投げかけた直後、彼らの背後から炎が押し寄せた。キフェはイレミアを抱いて回避する。レヴィアタンも同様に回避を決め、燃え盛る炎を瞳に映す。その瞳には、獰猛な炎を操るオリゴが映っている。彼女は手を大きく振りかざして、火球を形成し、レヴィアタンを的にする。
『燃え尽きろ!! レヴィアタン!!』
その火球が直線的に進んだことで、回避にはさほど技術はいらないが、レヴィアタンの代わりに当たった地面が融け、マグマのようになる。
「久しいね。ご機嫌いかがかな」
『ご機嫌もくそもない』
皮肉の挨拶をオリゴは受け流して、桂を隠すように立つ。彼女は、レヴィアタンを蔑んだ目で見て言った。
『始まりの賢者に裏切り者と言う権利はない。原初一族の裏切り者め』
オリゴがそう言うと、今まで悠然な態度で接していたレヴィアタンが豹変する。それを間近で見ていたキフェは嫌な予感を察して、後ろに控えていた軍勢に近づき、その場を離れた。今すぐにでも、魔法使いを滅亡させたいという名残を感じるも、レヴィアタンの豹変ぶりを目の当たりにして、殺意が消え失せた。
「はぁ…手のかかる弟妹だな」
キフェがその場から消え失せる。一連の行動があっても、オリゴは変わらず、レヴィアタンを見た。深みを帯びた銀の髪。吸いつけられるような渋い青の瞳。レヴィアタンが手袋を外すと、彼の腕は鉱石で形成されていた。黒曜石だろうか。黒い光沢の鉱石は、彼の服と同色であるため違和感がない。その所作の理由を桂は察していた。
(雰囲気が変わった。今までも強かった。ですが、それは能力を制限されてでの状況。結界の効果が失われた今、レヴィアタンという人間の全貌が解明される)
『桂』
「なんです?」
『実経とカトレアは担げるか。魔法でもいい。魔法の海から離れろ。和の海が避難所になっている。そこに行け』
「…オリゴ殿はどうするのですか?」
桂が恐る恐る聞くと、オリゴは何も言わない。それに全て理解した。
「かしこまりました」
桂はカトレアに近づき、脈を計る。弱いが、命に別状はない。そして実経も同様に診る。彼の心臓は完全に止まっている。これも頂点魔法の反動だ。桂は自身で創り出したというのに、その脅威を恐れて憂いた。空間魔法を展開して、オリゴに指定された和の海を座標とする。オリゴを最後に視界に入れて、桂は心の中で祈った。
(―さようなら。”眼”の元祖オリゴ・アポストロス。そして偉大なる大魔法使いよ)
この地に住んでいた人々の気配が消えた。残ったのは、クヴァレ帝国の軍勢。そして、オリゴとレヴィアタンだけ。
「ただの魔法使いを逃がすために、命を懸けるとは。随分丸くなったじゃないか。オリゴ」
『大魔法使いだ。オレよりも生きる価値がある』
オリゴの言葉に、レヴィアタンは理解しがたいという顔をする。
「始祖として、権能を持つ者として、私とお前。どちらが格上かなんて分かっているだろう?」
『お前には有翼族との一件で借りがある。それに裏切り者を放っておくほど、原初一族は甘くない』
オリゴが言い切ると、彼女は全身に炎を纏わせて、レヴィアタンに直行する。そして防御を張るレヴィアタンを正面から権能で燃焼させて、自身ごと丸焦げにさせる。だがどういう訳か、レヴィアタンには通用しない。
(やはり、レヴィアタンは全ての権能に対応する能力を持っている。それが権能なのか、他の技術なのか。まあ関係ない。オレはこいつの足止め役だ。こいつが動けば、最悪の状況に陥る。だから、ここで動けなくなるように)
オリゴが腰に隠し持っていたナイフを取り出して、レヴィアタンの胸に突き刺す。予想外の行動だが、レヴィアタンは彼女からナイフを奪い、首に刺す。
「…酷いことをするな!」
オリゴが勢いのままに言う。そしてナイフで突き刺したレヴィアタンの胸に手を当てて、その傷から権能で創造した炎を注ぎ込む。
「ぐっ…」
自身の体の中を炎が駆け巡る。それは細胞を焼き尽くし、体内から殺していく算段だとレヴィアタンは理解した。体が熱い。体温が上がるごとに、痛みが猛烈に増していく。逃げようかと考えるが、四方八方をオリゴの炎で囲まれているため、その考えは不可能だった。
「熱烈な炎だな。”始まりの炎”!」
レヴィアタンが煽る。
「これも全てセア・アぺイロンのためなのか。残念だよ!」
『長に忠義を捧げ、その証に命盟を結んだ。この程度できなければ、始祖の名が廃る!』
オリゴが感情的になると、炎の出力が比例して増幅する。それに連動して、レヴィアタンに注がれる炎も増加する。オリゴは自身の首に刺さったナイフを抜く。血まみれのナイフの刃先がレヴィアタンに向いた。
『あまり驕るなよ。技術が性能を超える現実は手のひらにある!』
ナイフを振りかざすオリゴの手を、レヴィアタンは片手で掴み、動きを止めた。そして、鉱石で作られた義手でオリゴの体を貫く。
「これだね」
レヴィアタンはそう言って、オリゴの体の中を探り、目当ての物を彼女の体から抜き取った。レヴィアタンの抜き取ったものは、オリゴの心臓だった。心臓を抜かれたオリゴの体が崩れ落ちる。レヴィアタンは彼女から手を離して、放り投げた。そして奪ったオリゴの心臓を肉眼で観察する。
「美しい。やはり、権能を持つ人間の心臓は違うね」
じっくりと、視覚で堪能していると、肉体の内部が軋む感覚に襲われる。レヴィアタンは胸を押さえて痛みを堪える。冷汗が止まらない。そして倒れているオリゴを見て、呟く。
「”始まりの炎”なんて異名を冠するだけはある。そして技量と肝っ玉を兼ね備えている」
レヴィアタンは高笑いをして、天を仰ぐ。
「我ながら面白いよ。原初一族というものは!」
そして、オリゴの心臓を貪り食う。味覚で堪能するレヴィアタンの姿は、人間ではなく、悪魔に近い。
「命盟を結んだ者の心臓は、これ以上とない極上品だ」
レヴィアタンは一通りのことを終えると、いつもの悠然な態度に戻った。そして何故か、セア・アぺイロンの存在が頭を過った。苦笑した。
「私も少し丸くなったね」
そう言って、もう動かなくなったオリゴを見下ろした。
「お前は言ったね。原初一族は裏切り者を放っておくほど甘くないと。ならば、来るがいい。セア・アぺイロンの五体を冠する始祖よ。お前たちの心臓は私が貪り食ってやる。そして、セア・アぺイロンの隣は私がもらう」
レヴィアタンは口から零れる血を拭う。そして、この上ない穏やかな笑顔で言ってみせた。
「―それが原初にとっての”禍根”であるのならね」
夜の海に現存している数多の惑星一つ一つが業火に包まれる。その惑星に建国された宇宙国家を侵略する兵隊。壮観だ。千年に渡り蓄えられた兵の数と、その連携の高さ。その兵らは紅魔族の頂点たる元祖が統治するクヴァレ帝国の国民で構成されている。そして、侵攻先はクヴァレ帝国の敵である守護者の統括する惑星国家全て。つまり、この侵略とは人類最古であり、最強の国家であるクヴァレ帝国の奪還策の表れである。誉れ高き帝国の兵が、堂々と進んでいく様を、優雅に眺め、指揮する者がいた。”情”の元祖ラミアである。彼女はワインレッドの髪を侍従に梳かせながら、含みのある悪い笑みを浮かべている。奪還した帝国の城のテラスに、心地よい風が流れて、ラミアの機嫌をよくする。
「守護者は星の海を捨てたようね。でも、民はできるだけ避難させられている。どう思う? アグネス御姉様」
彼女は机の上にある水晶玉に問いかけた。すると、水晶玉が輝き、起動する。それに映し出される”狂”の元祖アグネスであった。彼女は怪訝そうな顔で、水晶玉を通してラミアを覗いている。
「御姉様も出ればよかったのに。こんなにも美しい瞬間、二度とお目にかかれないわよ?」
『いい。私は、クヴァレ帝国が、元の姿に、戻ればいい。』
威勢のいい言葉でラミアが言うと、アグネスは訥々と話す。
「そう。でも、正直がっかりだわ。私たちを千年の間脅かし、殺して、その私たちの領土を奪い、国家を建設した。革命という名で。
なのに、紅帝族の国家を滅ぼし、一瞬で奪還できるなんて。私たちが返り咲く時は、紅帝族が無様に打ちひしがれて、懺悔し、罵倒の怨嗟を繰り返す音響が広がっていないといけない。とても空虚な返り咲きね」
『ラミア。私たちの脅威は紅帝族全てではなく、紅帝族と明帝族の頂点である守護者よ。戦えもしない雑魚に私がやられるわけがないのよ』
ラミアの発言を聞いて、いつも口ごもった口調のアグネスが豹変して、一気に反撃の言葉を発した。その態度に、ラミアは目を見開いて驚くが、すぐに表情を戻す。
「じゃあ、そうねぇ。紅帝族は仲がいいとは言い難い関係の集まりよ。だと言うのに、全ての海で同じ動きが見られている。果敢に立ち向かうのではなく、戦闘の放棄。限りなく残酷で、屈辱的で、でも現実的な行動。それをすべての人類ができるのかしら。とくに各海を代表する強者が…」
ラミアが立ち上がり、城のテラスから街を見下ろす。侵略と言っても、争いの痕跡は残っていない。激戦を強いる革命はない。それがラミアを感情的にさせている要因である。
『原初一族』
「…」
水晶越しから、アグネスが言った。ラミアは振り返らない。
『人類の頂点が守護者なら、種族の頂点は七大一族になる。頂点には、それ相応の理由があるの』
「原初一族の七大一族選抜理由。たしか、並外れた情報収集能力かしら」
ラミアは小さく唸った。
(現存する宇宙国家は増え、すべてを管理するには一苦労。だけれど、原初一族は何らかの形で地上宇宙の動きを一元化し、情報を取得している。情報収集という観点なら、同七大一族の竜族を上回る。そして一元化した情報をもとに、広範囲に渡る規模で指示を出せる。それが原初一族の強み…)
「私、人類の種族で一番強いのは原初一族だと思うの」
ラミアが唐突に言う。アグネスは感慨深げに聞き入る。
「生き残るためには、矜持はいらない。必要なのは、残酷な判断と実行。人類が大量に死んでも、生き残りを守る。文明が滅んでも、何とも思わない。なにが必要で、何を切り捨てれば生き残れるのか。時には身内すらも切り捨てる。無慈悲なことを平然とやってのけるそんな原初一族だからこそ一番生きるに相応しい」
ラミアの言葉に、アグネスは黙った。
「にしても、この侵略計画でセアの復活を妨害しなくてもよかったの?」
『ええ。元々、セア・アペイロンの復活は確実なものじゃないの。三傑が強固な封印をしたせいで、繋縛の水晶の破壊は不可能だった。私たちでこれなら、逆も然り。封印できても、解除方法が明確でない。そんなことに労力を費やす意味はないの』
「そう?」
『復活したとしても、すぐに死ぬのよ。セアは…』
知識の海。チップテトラに構える原初一族本部。本部に敷かれた特別指揮塔。そこに集まる原初一族の情報部隊に所属するもの達。地上宇宙各海を映し出すモニター。そのモニターには人の流れが顕著に映し出される。その流れとは、クヴァレ帝国の侵略行為がほとんどである。特別指揮塔には、一族の声が響く。
「貿易の海及び夜の海、現地住民避難完了。執行部隊に魔法の海の応援へと向かわせます」
「魔法の海、避難民を乗せた戦艦がクヴァレ帝国宇宙軍と遭遇。護衛の竜族が応戦。のち、鎮圧。引き続き、処理隊にルートの誘導を任せます」
「魔法の海担当隠密部隊より、情報提供。魔法の海がクヴァレに占領されました。また、それらの兵が星の海へ侵攻を開始」
「天地創造の海にて、クヴァレの新勢力を確認。早急に避難指示を開示。実行部隊を派遣します」
「天地創造の海の避難受け入れ先をお願いします」
「和の海、受け入れ困難」
「知識の海、受け入れ数に制限あり」
「星の海隠密部隊より、通信を受け取りました。戦況は依然としてクヴァレが優勢。元・現守護者三名が応戦中」
「英傑の海、現地住民の避難率は三割です。急ぎ、取次ぎをお願いします」
「クヴァレ帝国の軍勢を確認。ルートの再編を始めます」
「アトランティス帝国を除く、星の海の避難民を保護。付近で活動する部隊を向かわせます」
「現在の紅帝族の被害計算完了。人口の約七割がクヴァレ帝国に捕縛されました。残りの約三割の避難及び警護に当たります」
「クヴァレ帝国の勢力を計算。元祖のほか、七洋の活動を確認。引き続き、隠密部隊に動向を監視させます」
様々な情報と指示が飛び交う一室の扉が開かれた。原初一族の始祖であるラウルスが一室に入ってきた。彼女は鏡を用いた連絡手段を手に持っている。
「避難民の受け入れ先に、精霊の海を追加できた。余力がある部隊に、精霊の海までの護衛を任せる。魔塔主ウェルテクスから、教会の権限を委任された。和の海、精霊の海、知識の海に防護結界を張るよう指示を出しとけ。
この三つの海は死守しろ。あとは捨てる!」
ラウルスの指示に、情報部隊の者たちが返事をする。すると、一人の者が音を立てる。その者にラウルスは声をかけようとするが、見るからに動揺している。そして心苦しい気持ちが声に表れるが、情報を伝える。
「…魔法の海所属の隠密部隊の情報提供をお伝えします。我らの始祖オリゴ・アポストロス様が、レヴィアタン・リヴァイアサンと交戦。のち、死亡を確認しました…」
オリゴの訃報に、その場にいた者が耳を疑い、硬直した。冷静だった彼らに異変が見られたが、ラウルスが言った。
「隠密部隊に伝えろ。肉片でもいい。オリゴを奪還しろ」
「はっ!!」
「ラウルス様。イニティウム様より伝言です。”神器が完成したから、来なさい”…だそうです」
側近が伝えると、ラウルスは苦い顔をする。引き続き任せるという彼女の言葉に、情報部隊は返事をし、それを見たラウルスは部屋を後にする。無駄に長い回廊を走り、本部に設置された製錬場兼鍛冶場に向かう。
「繋がっています」
側近が鏡を手渡す。ラウルスはそれを受け取り、一人で向かった。
「聞こえてるか。エドガー」
『ああ、とても』
鏡に映る同じく始祖であるエドガー・アゲリアフォロス。鏡越しでも分かるが、怪我を負っている。だが、戦えないほどではない。
「キフェの”隔絶”を破壊する方法はねえのか?」
『術者であるキフェも破壊は不可能なんだ。破壊の思考から少し外れろ』
エドガーの言いたいこと。それは破壊ではなく、他の手段を用いるというものだ。”隔絶”で生み出された虚無はチップテトラを覆い、物理的な動きの制限を受けている。通信網に支障が無いことが幸いなのか、原初一族の取り柄と役目である大規模な指示が行えている。だが、始祖という立場は武力という観点でも選ばれている。その分、動ける戦力が減るのは惜しい。
今の原初一族は、キフェという元祖が作った目に見えぬ監獄に入れられているのだ。
『”隔絶”はあくまでも空間を隔てる才だ。隔てた空間には問題がない。空間と空間を移動することはできるんだよ』
「忘れたのか? 人類で空間能力を持つ人間は少ねえ。それはクヴァレの弟妹共にも当てはまることだ」
(人類最高峰の空間能力を持つ守護者アストラは神姫の黙示録第一級を犯して、天界宇宙にいる。空間魔法という概念はあるが…それでも使える奴は大魔法使いくらいか…)
ラウルスが苛立ちながら、回廊を駆ける。滞空する鏡には、申し訳なさそうにするエドガーが映る。
『ラウルス、すまない。小生はセアの結界も、オリゴも守れなかった。だというのに、レヴィアタンの足止めをオリゴに任せてしまった。その任務が終焉だと知りながら…』
エドガーの声に覇気がない。小さく話すそれは彼の懺悔だ。それを聞いたラウルスはうるせえと言い、一蹴した。
「謝罪じゃなく、情報が欲しい。最後まで任務を遂行した奴と、儚く散った魂に対して、懺悔はこれ以上にない侮蔑だ。その悲しみは全てが終わってから吐き出せ!」
ラウルスの一喝に、エドガーは言葉をのむ。そして暫く沈黙する。彼は小さな声で自分に言い聞かせた。
「で、お前がよこした情報…本当か?」
『ああ、間違いない』
二人の声が低く響く。そして、ラウルスは目的地である製錬場の大きな扉を開ける。そこには全ての工程を完了し、悦に浸っているイニティウムが待っていた。イニティウムの服や顔には、すすがついていたり、火傷もちらほらと見える。だが、彼女の持っている武器には汚れ一つなく、輝きを放っている。
「完成したわ。神器アンテロス」
銀の光沢が光る一本の剱。柄は一般的な剣より細く、剣身も同様に細い。剣身の長さは一回り長いだろうか。だが、薄く、軽そうだ。それでも、剣身の強靭さは他の神器と渡り合っても問題はない。特徴的なものは装飾の多さ。剣身の樋をより強く表現するように、緑の魔法鉱石が埋め込まれている。いや、イニティウムが言っていた軸というのが、この緑の魔法鉱石なのだろう。柄にも魔法鉱石で趣向が凝らされている。一つの武器にしては華美だが、その華美も元からあったような普遍的な部分となっている。
「神器アンテロスは、長の権能に耐えられるよう多くの魔法鉱石を使用しました。魔法鉱石の質量で俊敏性を失わぬよう、鋼を最大限削りました。その分、鋼の密度を圧縮したので、武器としての威力も保証します。単純だからこそ使い手の力量に左右される。私イニティウム・テオスの最高傑作です」
イニティウムが一通り説明し終える。やはり彼女の腕は人類でも最高峰だ。
「エドガー。エデンの槍を分解している時に、槍が反抗しました。まるで、エデンの槍に宿る何かが破壊されることを拒んでいるように。これが私たちの長の能力と記憶を封印した繋縛の水晶の効力なの?」
イニティウムの問いかけに、エドガーは即座に肯定する。鏡越しに、彼は一冊の書物を取り出した。
『地上宇宙の歴史は、人類が天界宇宙に下り立ったことが始まる。人類はこの地に降り立つ前に、神の教育を受けていた。そうだよね、始まりの人類の御二人?』
エドガーの問いかけに、二人は頷き、天界宇宙での修行の日々を思い出す。
「私は多くの神々を師としています。作法はアフロディテ様など美の女神ら。そして鍛冶の腕は天津麻羅様やヘパイストス様に指導していただきました」
「オレ様はトールとかの軍神。あとは毒の技術教わりたくて医神とも多少は面識はあったくらいか…だが、オレ様達はその時点で”才”を発動させて、元祖と名乗っていたオレ様たちの他に才ある弟妹と共に下りた。それは紅魔族の常識だ」
『ああ、知っているとも。その中にはキフェの肉親に当たる初代”封”の元祖もいたはずだ。かの元祖の師は媽祖やダイモンといった”結界”と”封印”に長けた神々だ。初代”封”の元祖は、神に伝わる結界・封印の解析に生涯を捧げた。
不思議に思っていた。なぜ、三傑は精霊・竜族に伝わる封印を使わないのだろうか。だから一つの可能性に気づいたんだ。三傑が他の優れた封印の方法を見つけたという可能性に』
「それが繋縛の水晶…」
イニティウムが、自身の造った神器アンテロスを見つめながら言った。
『繋縛の水晶は神が編み出した封印の術。対象者の肉体が限界に達したときに、記憶と能力を封じ、失わないようにする繋ぎの封印だ。この書物は初代”封”の元祖が封印術を記したものだ。その中に小さく記された繋縛の水晶は、神でも使用するのが難しい禁忌とされている』
「三傑の野郎…禁忌を侵してでも、セアを止めておきたかったのか」
ラウルスが三傑の行為を聞いて、苛立ちからか作業台を叩く。だが、とエドガーが続ける。
『そのおかげで小生らは希望を持てている。理性を保てている。セアが帰る場所は綺麗にしておかなくてはならない。繋縛の水晶の解呪の研究に600年近くかかってしまった。が、その解呪もいよいよ大詰めだ。
ラウルス、イニティウム。白練は既にセアと接触が完了した。そして、セアが生前つけていた指輪も、白練が届けた。残りはエデンの槍を分解し、剱へと一新した神器アンテロスだけだ。繋縛の水晶となった物とセアが接触することで、この封印術は看破できる。やってくれるね?』
エドガーから聞いた方法に、イニティウムとラウルスは自信満々に頷いた。イニティウムが権能を使い、作業服から着替えた。その姿は戦いに生きる戦士だ。
「さあ、始祖として役目を果たしましょう。我らの長、ひいては人類の希望、三傑の宿願を―迎えに行きましょう」




