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NO PAIN~女神は眠りの中に~  作者: おじゃっち
8章 英傑の海
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54話中編 キンブリ・テウニトの痛み

魔法創設が記された文献書によると、魔法という技術は、四人の”魔法の開祖”らが立証し、現代に通じるよう、それぞれの魔力に合った魔法術式を造り出し、確立していった。そんな偉大なる魔法の開祖よりも、遥かに魔法発展へと貢献した人間がいる。

その人間は、魔法の根幹を揺るがす頂点魔法の確立のほか、人類や生物に数多ある魔力の研究や、膨大な魔法術式の開発に没頭し、その成果を文献に残した。それらの文献は魔法の開祖らなど、後世の魔法使いの研究基盤となった。その人間は、人類で初めて魔法を使った者であることから、”始まりの賢者”と呼ばれている。

「本当に来ていただけるとは」

(ケイ)の放った魔法の有効範囲から外れた場所は、建物の倒壊はない。その建物に魔力を隠しながら、様子を窺うカトレア。乱れたエーテルを整えて、次の衝突に備える。

「オリゴ様に依頼してよかったわ。うまく交渉できたようね」

カトレアは目を凝らして、(ケイ)を捉えた。気弱で、見た感じでは頼りなさそうである桂だったが、魔法を一度放てば、強者の雰囲気へと空気を一変させた。その様子を身をもって感じたカトレアは、桂のことを、やはり始まりの賢者であると再認識した。


『やはり、アロエは殉職ですか』

トリスメギストス跡殿の任務と七洋の戦いを終えた後、魔塔での会議を終えた時のことである。魔法史実文献(グリモワール)解読にタチアオイと木聯が没頭している中、カトレアが魔塔主であるウェルテクスと話す。

座天使(ソロネ)級魔法使いが七名だと、ノーヴァ様にお伝えしたばかりだというのに』

『余は伝えたはずだ。二人の生死は曖昧だと』

『ええ。七人いる魔法使いの内、二人の生存は微妙だと心得ていましたわ。ですが、そのうちの一人がアロエだとは思っていませんでしたわ!』

『…そうか』

カトレアの言葉には憤怒が混じっている。それを感じ取ったウェルテクスだが、特に宥めると言った返答はしない。

『師範。あなたさまの竜族の名竜名(ロンミン)ならば、長殿の芒星眼(ぼうせいがん)の未来視や、妖精王の頭脳の未来予見までとはいかずとも、見えているはずです。そして妾にも見えます。七大一族の没落や、魔法界への損害。元祖によるクヴァレ帝国の進軍』

カトレアの進言に、ウェルテクスは無言を貫く。

『これは決して可能性の話ではありません。妾は、いえ、嶄なる一族がその例です。悔しいですけれど、クヴァレ帝国は五百年前よりも強くなっています。恐らくは兵の強化や、守護者(ガルディ)への対策に、魔族の傘下入りなどで、戦力は拡大しています。その勢力は全盛期に匹敵するのではないのでしょうか?』

『くどいな。そこまで言わずとも分かっている』

責め立てるようなカトレアに、無言だったウェルテクスは強い口調で話を止めた。その口調に、カトレアは驚いて、口を閉じた。

『分かっている。余らの依存で、ただ一人の復活を優先し、餓鬼のように駄々をこね、動く暇を自身らで潰し、今に至ると。急激にクヴァレ帝国の思惑通りになったのではなく、ゆっくりと蝕んでいたのだ。セア・アぺイロンの結界に縋っていたのは民衆だけではない。余も縋っていたのだ。そして、民衆から戦争の脅威を忘れ去る愚行を行った責任は、今を主導する守護者(ガルディ)にある。死んでいった者の功績が、その後の悪影響に塗りつぶされることはあってはならない』

『…!』

『だが、お前の言葉はよく効く。おかげで、あの大魔法使いを出す決意が固まった』

そう言って、ウェルテクスは魔法で書簡を出し、カトレアに渡した。その書簡を見たカトレアは目を見開く。なぜなら、それには魔塔主や魔法の海統括守護者(ガルディ)というウェルテクスの肩書が記されておらず、代わりにこう記されていた。

―神聖時代最後の大魔法使い

その文言に、カトレアは目をウェルテクスへと向けた。

(師範が、この肩書を。それほどこれからの戦いが激化するということなのかしら。)

挙動不審なカトレアに、ウェルテクスは言った。

『これから起こる戦いは、地上宇宙(バース)全土を巻き込む大戦となる。それは人種など関係ない因果関係の潰し合い。クヴァレ帝国の元祖らの中には、神聖時代の大魔法使いが少なくとも四人いる』

『…魔法の開祖様ですわね』

『魔法には魔法で対抗するのが一番だが、あやつらに対抗できるだけの魔法使いは片手で数え足りるほど。手段は選んでられぬ。お前の名でも、オリゴの交渉術でも何でも使い、その者を引っ張り出せ。

始まりの賢者。またの称号を神聖時代最初の大魔法使いを!』


ウェルテクスが譲歩した提案とは、魔塔の戦力の開示であった。しかも、その戦力が始まりの賢者ともなれば、たとえ元祖の天才イレミアが相手でも状況を有利にできるはず。カトレアはそう考えた。だが、彼女の中には、まだ杞憂が残る。それはイレミアの強さの全貌が未だ不明であること。

(妾が相手して分かったけれど、単純に”才”の威力が向上している。妾がやっと本気で挑んで、”黒樹”の対処法を編み出したけれど、力技で解決はできない。技術で掻い潜るしかない。それに”中和”を打ち破る策を立てられていない。)

彼女は強く杖を握って、隠密に集中する。

戦場から離れたカトレアの気配が途絶えたことを、戦場の中心地にいる桂は確認した。

(カトレア殿でしたか。うまく隠れていますね。しかも、(わたくし)めに居場所が分かるように、微弱な魔力を放っている。それでも、魔法使いでないイレミアには感じ取れないでしょう。)

魔法での攻撃範囲に入るか入らないかの絶妙な場所にとどまり、すぐにでも攻撃ができるようなカトレアの位置取りに、桂は感心する。

(場慣れしていますね。カトレア殿は。)

桂が連携の仕方を考えていると、彼に樹の攻撃が向いた。樹の攻撃とは、紛れもなくイレミアの才によるもの。轟音が響く中で、桂は防御魔法のような未開の魔法を展開して防ぐ。

「へえ。それが禁忌奇術ねえ。態度は正反対なのに、人を睨む目つきはキルケとそっくり。結局は双子なのね」

イレミアが挑発すると、桂は青白い光の球体を魔法で出現させて、攻撃する。球体が”黒樹”に触れると、それは一瞬視界を覆う閃光を放ち、黒樹に穴をあけた。

(飽和攻撃魔法!)

桂が軽々と放った魔法は、扱うことが難しい技である飽和攻撃であった。カトレアも飽和攻撃を扱うことができたが、それとはわけが違うほどに洗練されている。手のひらに収まる魔法で、イレミアの頑強な”黒樹”の一部を抉った。それにイレミアは驚きこそすれど、予想していたことなのか、すぐに表情を戻す。手を振り上げると、彼女の背後から這いより集まる大量の黒い樹。それを受けて、桂はもう一度飽和攻撃魔法を展開する。青白い球体は黒樹に当たりこそすれど、一度目の攻撃よりも望んでいるダメージを与えられていない。

「!」

今度は桂が驚く。その反応に、イレミアは口角を上げて悪い笑みを浮かべる。そして拳に力を入れて、黒樹に動けと命令をする。主人であるイレミアの命令を聞いた黒樹は、彼女の望む動きをして、桂を襲う。舌打ちをしながら、桂は鋭い目つきでイレミアを睨んだ。

「キミの才”黒樹”に同じ攻撃は効かないようですね。正確には効きづらくなっているといった方がよろしいでしょうか」

「もう気づいたの? さすがは始まりの賢者ね」

「”黒樹”という才は、樹を操り質量攻撃を行う能力。しかし、その本質は植物の繁殖力でしょうか」

「ええ、私たち人類が争っても尚、滅亡することがなかった。それは植物の異常な生命力。どれだけ頑強な地面や過激な環境だろうが、根を生やし生き延びる。そして一度受けた衝撃への耐久を持つために繁殖する。その進化こそ、”黒樹”の前提。まあ、つまりはどんな強者や猛者であろうが、一度でも耐えきれば、その攻撃は進化の糧となる。そして(わたくし)が生き残る術が増えるの。」

イレミアは両手を広げて、黒樹を増やす。黒樹の連打は、その地を破壊する。地上戦は困難だと察した桂は浮遊魔法で空中へと退避し、魔法を繰り出す。

「マナ魔法禁忌奇術仙人下す不変の雷霆ドナー・メテオオロロギー

紫の稲光が走る。雷は黒樹に命中するが、一度目の威力よりも目立った損傷を与えられていない。

(一度耐えきればというイレミア殿の言葉は嘘ではないようですね。ですが、速攻で効かなくなるのではなく、徐々に耐性を持っていくといった方が語弊が少ない。それならば…)

「耐性がつく前に叩きのめしましょう」

空中に揺蕩う桂を地上からイレミアは追撃する。彼女はじっと桂を見つめて、彼の放つ魔法を観察する。

(数多ある魔法は霊異・法則・物質の三つの魔術を基盤として発展した。その三つの魔術はキルケを含む魔法の開祖らによって開発された。だけれど、魔術にも元となったものがある。それが始まりの賢者が行った研究の成果を記した文献。長い時をかけて読解した文献の魔法術式の一部を三つの魔術に転用した。キルケは文献に書かれた魔法術式を”禁忌奇術”と名付け、さらなる研究に励んだけれど、その全貌を解明することはできなかった。)

桂の魔法は、どの魔法使いよりも優れていて少ない魔力で最大限に活用できている。浮遊魔法も持続して使えており、桂の持つ魔力は枯渇がありはするだろうが、彼の魔法技術により魔力切れを起こすことはないとイレミアは判断した。

(魔法の天才キルケをもってしても、限定的な禁忌奇術しか扱うことができない。魔法の基盤である魔術の基盤をつくった禁忌奇術ねえ。マナ魔法と言っているけれど、桂の魔力がマナだからかしら。なら、マナの特性である汎用性が付与されていそう。威力や規模もそうだけれど、種類が計り知れない。だけれど、まあ…)

「防いでしまえばいいわね」

イレミアはそう吐き捨てて、指を鳴らす。すると、黒樹に生えた葉の裏側から胞子が動き出す。風に乗って胞子が岩や建物に付着すると、その部分が黒く変色する。変色したかと思えば、その胞子を主として、芽が生え、一気に大樹へと成長した。

「!」

「ふふっ」

驚く桂を睥睨し、イレミアは胞子で繁殖した”黒樹”に触れて、集約する。一本一本が太い黒樹に圧をかけて、体積を小さくする。だが、その体積に収まりきらない質量の黒樹が、みちみちと音を立てる。

「解き放て。森の神」

イレミアが桂を見つめて、そう言うと、最大限に圧縮された鋭利な黒樹が彼の正面から投擲される。攻撃範囲が広く、速さもそれなりにあるため、回避することは不可能だと判断した桂は魔法を展開する。

「マナ魔法禁忌奇術至上者の境界線(バザルトヴェルト)

桂の全方位を囲う防御壁と、イレミアの圧縮された黒樹が衝突する。激しい音が響き渡り、摩擦が生じて大きな熱が発生する。一見イレミアの攻撃が防がれている状況だが、桂はその変化を感じ取った。その変化とは、自身の張った結界の効力がゆっくりと失われているのだ。というよりも、黒樹が蝕んでいるといった方がいいのかもしれない。

(破壊が困難だと分かって、禁忌奇術を吸っている!? もとより、この密度の黒樹には時間稼ぎだと思っていましたが、このまま衝突が続けば、間違いなく食われる!!)

桂は僅かに芽生えた恐怖心を知覚して、防ぐのではなく、受け流そうと方向転換する。自身の体を傾け、防御壁に黒樹が衝突する点をずらして、力を逸らした。それが英断だったのか、ずらした箇所の防御壁が黒樹によって貫通された。まさに間一髪である。

「あら、惜しい」

桂の機転の利いた行動に感心するイレミアは少し残念そうな声だが、どこか薄気味悪い。そんな彼女に、隠密に徹していたカトレアが遠距離射撃を行う。

古代魔法(アスピダ)氷の牌衣(オルフェン)

カトレアは杖を向けて、氷の刃を射出する。小さいものの絶え間のない怒涛の氷を受けて、イレミアは不機嫌そうに黒樹を向けた。

「あなたに興味はないのよ」

「なら、俺には興味あるか?」

「!」

イレミアの言葉に、カトレアでも桂でもない声の者が返事をした。その声はイレミアの間合いから、それも頭上から聞こえた。その声の主は勢いよく鎌を振り下ろして、イレミアを攻撃する。だが、当然の如く攻撃は”中和”され、イレミアは涼しい顔で声の主に話しかけた。

「元気そうねぇ。実経(さねつね)

声の主とは、カトレアや桂と同じく座天使(ソロネ)級魔法使いの一条実経であった。トリスメギストス跡殿で共闘してから動向が探れていなかったので、戦いの場に現れたことはイレミアにとってイレギュラーなことだった。

「やっぱ効かねえか」

「何が効かないのかしら?」

「時空魔法で空間ごと”中和”を停止させようって思ったんだけどよぉ。さすが姉貴だな。面白れぇ!!」

決起した実経が両手に持った鎌を勢いよく振り上げる。イレミアは鬱陶しそうに手を振り上げ、黒樹を操作する。しかし、黒樹はうまく反応しない。自身で作り上げた大樹はちゃんと存在している。はずなのに、イレミアの命令を拒んでいる。

(いえ、なにかに邪魔されている?)

そう感じたイレミアは、氷の遠隔攻撃が途絶えたことに気づき、カトレアの方に目を向けた。そこには異様な雰囲気を放つカトレアが杖を地面に突き刺して、イレミアが見たことのない魔法を展開していた。地面に浮かぶ魔法陣から、幻想の植物が咲き乱れる。それは実際には触れることができないのに、植物の生き生きとした活力を感じさせ、この空間にある植物の意識を集めている。

古代魔法(アスピダ)奇譚の陀叉(アダマスフィア)!」

カトレアが魔法の出力を上げて、魔法の有効範囲を拡大する。すると、イレミアの黒樹の操作がさらに重くなり、命令が全く効かなくなった。

(”黒樹”が無効化された!?)

才の強制無効化にイレミアは焦りを顔に出していると、実経が静かに問うた。

「古代魔法は自然を尊重する嶄なる一族に代々伝わる魔法だ。まさか、自然操作だけだと思ったか?」

「…自然を生かすとは、操作じゃないの?」

イレミアの言葉に、実経は鼻で笑った。

「自然は脅威だ。同じ植物でも繁殖し続ければ、互いを攻撃の対象として、破壊衝動を持つ。古代魔法の本質は、破壊衝動を抑えること。要するに植物界の支配権の強奪!」

「!?」

実経の言いたいことが分かったイレミアは嫌な気配を察して、後ろへと逃げようとするが、空中を揺蕩っていた桂がそれを許さなかった。イレミアが逃げられないように空間を隔てる魔法を展開する。

「カトレア殿、よく植物の壁を打ち破ってくださいました。その功績、不肖私めが繋がせていただきます」

桂がそう言い、手を胸の前に上げ、魔力を練った。青白い光を放ち、ゆっくりと結晶の形になっていく。繊細な手つきで扱う結晶の青と、桂の瞳の碧が重なったとき、イレミアに向かって一筋の光が降り注ぐ。それは光の飽和攻撃魔法である。同じ攻撃は効かないと知っているはずの桂にはあるまじき行動だが、イレミアの焦りが加速する。

(…まさか、弱点を見つけられた?)

イレミアはそう思いながらも、”中和”で飽和攻撃魔法に対処する。若干だが、イレミアが押され始めた。だが、絶対的なる防御の”中和”を崩す一手にはなっていない。”黒樹”が無効化されているため反撃できないイレミアに、もう一人の魔法使いが真っ正面から突っ込む。実経はイレミアの間合いに侵入して、両手に握っている鎌を振りかざし、力の限りに押し切る。

「みすぼらしいわね。お前の時空魔法は攻撃魔法ではないと、ソロモンから聞いているわ」

ソロモンという名前に実経は反応する。

ばきっ!!

鎌が粉砕する音が鳴る。”中和”の力に撃ち負けた鎌だったものは無惨に地面に落ちる。これで実経の攻撃手段が断たれたと安堵したイレミアだったが、実経の凶暴な笑みを見て、背筋が凍り付いた。

「じゃあ、これも聞いただろ? ソロモンから!」

実経が重点を低くした態勢を取り、拳を引く。拳に力を溜めこんでいると、イレミアは察した。だが、たかだが拳。それも魔法でもない。そんな表面上の状況だけを見て、イレミアは腹の底からこみ上げる恐怖を黙らせた。ふぅと息を整える実経が顔を上げる。凛々しい顔。

「俺が頂点魔法を使える逸材だってな!」

咆哮とともに、実経の魔力が体外に溢れ出る。

「頂点魔法…法則閑卻(ほうそくかんきゃく)!!」

ずっと溜めていた拳を、イレミアの胸に向かって放つ。彼の拳が近づくと、透明に近い銀色の膜が現れる。その膜がイレミアを覆う”中和”の正体である。今まで何度もイレミアを屠る機会はあったであろう。その度に彼女の才である”中和”が機会を崩壊させていたのだ。だが、今はその”中和”も、イレミアを守る守護も、実経によって崩壊する。

実経の拳が銀色の膜と衝突すると、拳が膜を貫通した。

(わたくし)の…才が…二つも…」

長年打ち破られたことのない自身の才が目の前で崩壊したことに、イレミアは呆然とし、反撃の思考を放棄した。それだけ内部から衝撃を受けたのだ。”中和”が崩壊した反動で一度は怯んだ桂の飽和攻撃魔法だが、すぐに威力を取り戻し、防御の剥がれたイレミアに向けた。三人が勝利を確信したとき、新たなる障壁が見参する。実経の拳と、桂の飽和攻撃魔法が当たる刹那。二人は見た。豪腕が呆然としていたイレミアを優しく包む。そしてもう片方の豪腕で実経の拳を受け止める。その衝撃破と音が轟く。今度は赤い瞳が、桂に向けられる。青白い魔法とは正反対の鮮烈な赤。その瞳が一層細くなると、飽和攻撃魔法を弾いた。

「!」

遠くから魔法を展開して、イレミアの妨害を行っていたカトレアが目を大きく見開いて、新たな障壁を目に入れた。

赤の細い瞳と褐色の肌。黒髪とは反対の白い衣を身に纏う巨漢。貫禄に溢れる佇まい。その巨漢に、桂と実経は怯んだ。巨漢に植え付けられた少なからずの恐怖が二人の決起を抑えたのだ。

「キフェ・フェイラ…!?」

実経がやっと絞りだした言葉に、キフェがゆっくりと彼を見た。そして、イレミアに言った。

「イレミア。気に病むな。頂点魔法だ。遅くなってすまない」

キフェはイレミアに優しく語りかけるが、反応がない。それを見たキフェに怒りが宿る。

「貴様ら、よくも俺のものに…」

そう言った彼が、豪腕で掴んでいた実経の拳を引いて、実経の体ごと引っ張った。強い力に実経の体は従ってしまった。

そして、キフェは実経の腹に深い拳を落とす。

「がっ…」

彼の強すぎる拳に、実経の意識が遠のいていく。そんな実経を片手で宙に投げる。投げた先には、桂がいて、実経の体重がかけられたことで浮遊魔法の制御が狂った。一時的にだが、キフェは座天使(ソロネ)級魔法使いであり、神聖時代に活躍した大魔法使い二人を戦線離脱させた。

「御兄様、ごめんなさい。うまくできなくて…」

二人を睨んでいたキフェだが、愛しのイレミアの言葉が耳に入った直後、瞬時に彼女の顔を見た。その眼差しは一転して優しく、本当にイレミアを愛しているのだと分かる程に柔らかい。

「いや、俺が来るのが遅かった。神聖時代最初の大魔法使いと頂点魔法の使い手、嶄なる一族の生き残りを相手したんだ。蔑むことはない。悪いのは全て、あやつらだ」

「ええ」

「悪いものは共に壊そう。いつものように」

キフェの言葉に、イレミアは頷いて、”黒樹”を再始動させる。そして、遠くで忍んでいるカトレアに高速の黒樹を向ける。それを肉眼で捉えたカトレアは冷汗をかく。

(まずいわね。自然の支配権を無理やり強奪した反動で古代魔法が使えない!)

カトレアは二人がぶっ飛ばされた方向に一瞬目を向ける。魔力が動いていない。

(妾よりも格上、いえ、それ以上の大魔法使いを一瞬で。肉弾戦に優れているわけではない妾に黒樹を防ぐ方法なんて…!)

カトレアが死を察して、杖を握る手から力が抜ける。一瞬にして絶望的状況に陥り、その打開策も見出せない。

「ここまできて…」

カトレアはその一言を残し、死を受け入れる。目を閉じることなく、迫りくる黒樹を見据えた。だが、直前になって、彼女の視界が何者かに覆われた。カトレアはその者から覚えのある魔力を感じ取った。控えめでも、魔法を展開するときには大胆になる魔力。

「オリゴ様!!」

「よくやった」

絶望の中で現れる一つの光の名をカトレアは呼んだ。カトレアの頭を撫でて、オリゴは労いの一言をかけた。そして手をかざして、黒樹を掌握する。高速だった黒樹がオリゴの張った防御壁に触れると、跡形もなく消滅した。その光景にキフェは無言で見つめる。

「セア・アぺイロンの結界解呪を防げなかった罪滅ぼしかしら?」

イレミアの言葉に、オリゴは小さく頷いた。そして鋭い眼光で二人を見た。

「私は失態を犯せない。そして犯してしまった罪は、セアに裁いてもらう。私が忠誠を捧げた彼女にな」

オリゴの強い言葉に気を取られていると、激しい音が鳴り響く。その音の発生源にキフェが目を向ける前に、実経が彼に鋭利な拳を当てる。易々と受け止めるが、生意気そうな実経の顔に、キフェは嫌な顔をする。そして、その後ろからは桂が魔法を放つ。今度はイレミアが黒樹で防ぐ。

「ここはごみの巣窟か?」

「そのごみって何のことだよ!」

「それは勿論、(わたくし)と御兄様の仲を引き裂こうとするあなた達のことよ」

「なら、引き裂いて差し上げます。それが私めにできる最大限の嫌がらせですので」

イレミアの発言を受けて、桂が本調子の言葉で返す。それが二人の逆鱗に触れたらしく、二人から殺気が解き放たれる。

そして、キフェが高圧的に言った。

「そんなことやらせるわけが無かろう。その意欲があるのならば、俺が殺す」

始まりの賢者月桂樹、愛称"桂"は人類で初めて魔法を使った人間で、まごうことなき天才です。魔法の開祖であるキルケとは双子の関係で、兄です。オリゴからしてみれば師兄、桂からしてみればオリゴは師姪にあたります

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