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NO PAIN~女神は眠りの中に~  作者: おじゃっち
8章 英傑の海
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47話 穆野の痛み

表記を変えていますが、これは紀元前1100年頃にあったとされる牧野の戦いです。周の武王が中心となって起こったとされるものだそうです。

「…は、何を云うかと思ったら」

カデナの自信に満ち溢れた言葉にオーシャンは狼狽えたが、不可能だと自己完結をしてカデナの言葉を嘲笑う。だが、どこか冷静さが欠けていることはオーシャン自身が一番自覚している。カデナはオーシャンの反応を見て、心底不思議そうな顔をする。

「え〜? お兄ちゃんは海族の族長が知ってるはずって言ってたのに〜。それとも、知ってるからこそ知らないふりしてるんだ?」

失礼だが、カデナの言葉には間違いがない。なぜなら、セア・アぺイロンの張った結界には海族の結界も参考に組み込まれているからだ。恐らくは一万年以上も前に張られ、一度も壊されていない海族初代族長の結界。その術式をセア・アぺイロンは独自に分析して、自身の結界術式の一部に転用していた。そのことはオーシャンが身をもって知っている。なぜなら、セアが結界を張るところを目の前で見たのだから。

「それよりもアトランティス帝国に何のために悪魔を…ここには明帝族もいない」

オーシャンの問いかけに遅れて反応するカデナのシアンの瞳に黒い影が落ちる。

「やぁだなぁ、俺っちは明帝族なんてどうでもいいんだよ。そんな人類、すぐに消えるんだから」

ゲラゲラと大爆笑するカデナ。そして、オーシャンを指さして、その目的を語る。

守護者(ガルディ)であるオーシャンちゃんのさぁ、”四君子”ていう呼称って、君たち八代目守護者(ガルディ)の冒険者パーティーのものでしょ。その名残が今でも残ってるのはいいよぉ〜。三傑とか言いやすいし!」

カデナの言葉の意図が見えないオーシャンは言葉を発さない。そんな彼を横目に、カデナは一切の配慮なく話を進めていく。

「セアちゃんの張った結界ってさ、クヴァレ帝国側の神と人間、悪魔に関わらず一切合切全て能力の圧倒的制限だよね。なのに、なんで互角以下の戦いなの?」

「…さぁ、なんでだろうね」

「代弁してあげようかぁ〜? ()()()()()()ってね。そっちも色々と思うことあんじゃなぁい?」

カデナの言葉は的を射ているもので、オーシャンの眉間にしわが寄る。

「白練ちゃんもS級だったよね。納得。で、君もS級。魔法使いじゃない者を全て冒険者として括るのは面白い試みだと思うよ?

でもさぁ〜、今のS級メンバーって昔から変わらないよねぇ。元・現守護者(ガルディ)と蝶ちゃん、あとはラウルス姉さんくらい?」

「回りくどい」

急かすオーシャンをじっと見つめて、カデナは嗤う。

「今の冒険者制度は悪しき習慣であると共に昔の栄光だけを遺す廃れた習慣だってこと。だって、AもBもCもDも同じ羅列で、横に並んでる。特に大差はないんだよ。今のA級は昔のD級だったからねぇ。俺っちにとって重要なのはS級がどのくらい俺っちを楽しませてくれるか。

用意された任務だけをこなして、強くなったって思ってる現代の冒険者はいらない。A級も必要なら、過去の大戦を経験した歴戦の冒険者だけでいい。それ以外の冒険者(雑魚)は、全部消してやる」

「なるほど、つまりは冒険者の淘汰か。云われてみれば、座天使(ソロネ)級魔法使いの大半も第一次悪魔大戦を経験してるし、兼平とか、始祖ももう昔の人だしね。それはA級でも強いわけさ。でも、その言葉には賛同できないかな」

カデナの言葉にある程度納得して、肯定していたオーシャンだったが、最後の一言で彼の言葉を全て否定する。それにカデナは驚愕して、言葉が出ない。

「えっ? なんでなんで? 俺っち間違ったこと言った?」

「ああ、お前の言葉を否定する一族があるじゃないか」

「…あ~、竜族か」

オーシャンの導きで、その存在を思い起こしたカデナは目に見えて不機嫌になる。

「いくら強かろうが、後世を強く育てられなきゃ強者である意味がないだろ。それができなきゃ、ただの老害だよ」

「強者に教育の義務なんてないよ。あるとしたら強くあり続けることだね~」

強さに固執するカデナと、後世を育てることに重きを置くオーシャンとでは違う人間なのだと、お互い知覚した。だからこそ、自分のこれからの為に相手を殺すことが最善であることを再度思い知る。

「似てるかなって思ったけど、やっぱり違う人間だねぇ」

「そうだね。じゃあ、そろそろ殺し合い始めちゃおうか」

オーシャンの合図にお互いが接近して、剣と拳を交える。拳での殴り、剣での太刀。避けたかと思ったら、思わぬ死角から飛んでくる太刀。そこから直線状に飛んでくる光の刃。それを空間の揺れで確認して回避、引きが分からないほど高速で飛び交う拳の連鎖。物量を放つ剣と、速さで勝負する拳。

「あははは! やっぱ剣が無きゃ、第二の刃は出ないんだね」

前に戦った時とは違い、太刀筋が変幻自在に変化するオーシャンの水の刃が無いことで、カデナには余裕が生まれる。

「あって欲しかった?」

「い〜や、無くていいよぉ。魔法使いは魔塔主だけで十分だもん!」

「…魔法?」

カデナの発言に、攻撃は緩めずとも、疑問に思って聞き返してしまった。カデナは快く、その言葉の意味を話し出す。

「うん、キルケに聞いたんだよ〜。第二の刃ってなぁに…てね」


『俺はあんま好きじゃねえな』

『なんでぇ〜?魔法の類でしょ』

研究資料を参考に、書類に文字を書き綴るキルケの髪をいじりながら、暇つぶしでキルケに声をかける。

『魔法は己の幻想と願いを具現化するものだ。それは意図して行う人類の研鑽を積んだ御業』

『うんうん』

『だが、第二の刃は人類の研鑽を積んだ際に零れ出る偶然の御業。第二の刃を顕現させた者から無意識に溢れ出た魔力が自然界の魔力に結びついた意図せずの魔法。つまり、第二の刃とは魔法の根源を作る三つの魔術、奇跡的要素の高い魔法”霊異魔術”だ』


「へぇ、魔法の一種なんだ。初めて知ったよ」

オーシャンの拳が燦然(ボイポス)の剣に深い一撃を食らわせる。重たい拳に耐え忍ぶカデナの表情は強ばるが、なにか策があるのかペースを崩さない。その異常事態にオーシャンの脳内に警告音が響き渡る。

(こいつ、才を使わないのか? 冒険者の淘汰ならボクを殺さないと始まらないだろ。でも、才を出さないなら絶対に負けない)

オーシャンはぐっと拳に力をこめて、地面に鋭い拳を放つ。それは地面に振動を起こして、軽い地震を発生させる。

「白練ちゃんがいないから剣も無くて、第二の刃である水の刃も使えないんでしょ? それで勝てる見込みあるの?」

カデナの馬鹿な発言にオーシャンは鼻で笑う。彼の拳で荒れてしまった土地は平坦な地面よりも動きにくく、自ずと行動にブレと動作に遅れが生じた。これを狙ったオーシャンはカデナの一撃と間合いの振りを無効化できるほどの速さを発揮して、大振りの蹴りを食らわせた。

「う゛!」

苦し紛れのカデナの一撃は意味がなく、オーシャンの行動には全く効き目を出さない。盲目であるオーシャンだが、先天的に得た反響定位を用いて圧倒的空間把握能力を保持しているため、どんなに荒れた土地でも空間でも、オーシャンは華麗な動きを見せつける。それに苦しむカデナの声に反応して更にオーシャンの拳に勢いが増す。

「ボクに視力があったら、今の君の苦しむさまを視れたと思うと残念で仕方がないよ」

神器を持ち、自身よりも遥かに長い時を生きる元祖相手を追い詰める手腕と攻撃に、カデナは感心する。その感心は現実逃避に近いものだったが、オーシャンはそれを知る由もなく、ただただ目の前の敵を屠ることに集中を注ぐ。オーシャンの一方的な攻撃にカデナは防御するしかないが、急な膝蹴りがカデナのみぞおちに深く当たり、カデナの防御を崩した。崩れ落ちるカデナの体に、オーシャンは無情にも深い拳を当てる。悲鳴無き慟哭に代わって、オーシャンの拳が鈍い轟音を轟かせる。拳の落ちた箇所は内出血のせいで青く変化する。それは守護者(ガルディ)オーシャン・クラトスの強さを物語っていた。二度目の勝利を上げるが、オーシャンの脳には警告音が未だ鳴り響いている。そしてオーシャン自身も落ち着きがない。嫌な予感がしているのだ。

「…なんだ?」

音に敏感なオーシャンがどこからか聞こえるひび割れた小さな音に反応して、辺りを見回す。その音は次第に大きくなっている。その音に比例して、オーシャンの脳に轟く警告音が全身に広がっていくのだ。オーシャンは目を瞑って、雑念を取り払い、反響定位を拡張させて、戦闘地区の状況を把握する。すると、互角を強いていた戦いに変化を感じ取った。それは冒険者の熟練の連携も空しく、悪魔による冒険者の被害は拡大している。

警告音と鼓動の高まり、悪魔の苛烈さ、そして謎の不気味で、不安をそそられる音。その全てが最高潮に達したとき、人類にとって最悪なこと、そして最高なことが起こる。だがしかし、どの人類にも通ずる認識は残酷で激動の時代の開幕であると。無慈悲な歴史が創り出す惨劇が人類に及ばぬように、人類を守るために、無駄な殺生をしないが為に張られていた人類最高峰の結界と名高いセア・アぺイロンの結界が解除されたのだ。

地上宇宙(バース)全土に張られたセア・アぺイロンの結界は諸刃の剣のように舞い堕ちて、その残骸は硝子の破片のように崩れ落ちる。その光景は既に戦いの起こっている星の海だけでなく、戦いの余韻が未だ残り復興の風が吹く天地創造の海と和の海、知識の海。既にクヴァレ帝国の侵攻を受けた交易の海、次の戦いに備えて魔法の探求と研究が進んでいる魔法の海、そして自然と地上宇宙(バース)が密接に繋がっている精霊の海、そして戦いに奮起する猛者が集まる英傑の海。全ての人類が、その光景を目撃していた。

衝撃の光景と事象に唖然とする人類の中にオーシャンも含まれていた。戦いの最中だというのに、オーシャンはただのちっぽけな一人の人間として、その光景を信じられずにいた。

「言ったでしょ〜。結界は解除できるって」

オーシャンが背を向けた絶好の隙を待っていたと言わんばかりにカデナは嬉々として語る。防御していなかったオーシャンの鳩尾に燦然(ボイポス)の剣が貫いた。



時は数刻遡り、セア・アぺイロンの結界が解除されるほんの少し前。その結界を解除すると豪語したキルケのいる夜の海。

『人類最高峰の結界をかい?』

キルケの言葉を聞いたエドガーも奇怪な言葉に首をかしげる。

「仮にできたとしても、絶対にやらせはしない」

絶対阻止という弟子であるオリゴの返答に師匠であるキルケは嗤う。

「なら、やってみせろよ」

貫通させる魔法(ヴィルベルヴィント)

キルケの言葉が終わるなり、オリゴは小石を投げたと同時に魔法を展開する。その魔法はどの魔力にも適合するように開発された魔法術式。その魔法を使ったことで、キルケの機嫌が一層悪くなる。

「どの魔力にも使えるよう開発された情けの魔法か。気持ち悪い」

小石を避けることもなく、手で払う。キルケは静かに語る。

「すべてに適用? ふざけたこと言ってんじゃねえ。人類が数多ある魔力に合うように、計算の試行錯誤を積んで作られた魔力専用の魔法術式があるってのに、なんでわざわざそんな魔法を使う!?」

『自分に合う魔法を使うのが定石じゃないのかい?』

「その定石は今の才能のないくせに魔法を使う人間が使う落ちぶれた考えだ。歴戦の魔法使いは、何もない地上宇宙(バース)で血の滲む努力の末、築かれた魔法の歴史を知っている。そして味わっている。だからこそ、それを否定する現代の魔法を俺は魔法と認めない」

魔法の開祖として語る言葉に説得力は大きく、オリゴも黙ってしまう。しかし、エドガーは否定しない。それが魔法開発の一人者で、魔法のため奔放したキルケの強い意志なのだから。しかし、それとともに今からキルケの言った結界の解除という不可能が可能に変わる事実にエドガーは納得していなかった。オリゴの言った通り、絶対に阻止してやるという腹積もりでいる。

『どちらにしろ、君が小生らにとっての危険分子であることには変わりない』

低い声でキルケを非難して、彼を見据えるエドガーの瞳は冷たく燃えていた。エドガーに注意が注がれている隙を見計らって、オリゴがキルケの間合いに入る。

「マナ魔法原子系原子構築ゾネンフィススターニス

オリゴは魔法を展開して、祢々切丸を構築する。オリゴの一つ一つの行動が意にそぐわぬのかキルケからは憤怒の意が読み取れる。しかし、それをわざとやってのけるオリゴにエドガーは感心してしまう。オリゴは刀であるのと対照に、キルケは素手で組み手を行う。激しい一手が交互に飛び交う中、それに追い打ちをかけるようにエドガーもキルケの背後に立ち、鋭い拳をキルケの横顔に決め込んだ。見た目よりも重たい一手にキルケは怯み、攻撃の手が止まる。だが、キルケの本質は拳にあらず。キルケの本質は魔法なり。

「マナ魔法禁忌奇術永劫の時を封ずる鉱物(フェアビンドゥング)

キルケが魔法を展開した瞬間、エドガーとオリゴの体が鉱物へと変貌していく。普通の魔法使いや冒険者なら混乱に陥り、無様に鉱物となって生涯を終えるが、二人は幾度となく視線を潜り抜け、数多の歴史的瞬間を経験した猛者であるため、この程度一切動じない。

「マナ魔法原子系原子分解モーントフィススターニス

オリゴが”極夜眼”でキルケの展開した魔法術式を原子まで見通し、瞬時に分解するお得意の原子系の魔法術式を展開する。そして自身らにかけられた呪いに近い禁忌奇術を分解して、無効化する。自分の魔法を分解されて、キルケには苛立ちが見えるが、この戦場で一番冷静なのは彼だろう。キルケはオリゴの視界に入らないように十つの異なる魔法を展開して、二人を追い込む。

「どうした? 馬鹿弟子。この程度分解できねえのか」

煽るように魔法を増やしていく。組み手に持ち込めない状況はキルケにとっては好都合である。しかし、キルケを師匠としてよく見ていたオリゴは弟子としての意地を見せつける。常時”極夜眼”を発動させて、瞳に映る魔法術式を最速で分解していく。ただでさえ肉体に負荷の大きい原子系魔法を発動させている上に、才の継続使用に、オリゴの瞳からは血の涙が流れる。

『君の弟子は無茶が過ぎる』

仲間の無茶にエドガーは呆れるが、魔法を無意味に沈ませるオリゴの行為を無下にしないように、キルケとの組み手に周る。男にしては細身の体つきからは、想像通りの俊敏な動きが織り成されるが、見た目騙しの重たい拳や蹴りが繰り広げられる。体格差で劣るキルケは不服ながらも、武術では勝てないと判断して、神器フューリズの短剣を死角から取り出して、エドガーの腕の神経を斬り、拳の連打を止めさせる。

(フューリズの短剣、何に使う気だ?)

エドガーが傷を負った腕を押さえて、キルケを見る。

「言っただろうが。これは三女神の権能を抽出したって」

『偽りの神器だと君が言ったんじゃないか。それ、もう壊れるよ』

「だから、ここで三つのモノの解除をするんだよ!」

キルケの発言を一瞬で理解したエドガーは思考を巡らせる。

(フューリズの短剣の効果はあらゆるモノの解除。だが、偽りであるがために一つのモノに対しての解除しかできないはず。そして三女神と言ったね。ならば、三回できる。

そして一回目は死の溜まり場(デスポピー)の解除へ、残りの二回のうち一つはセア・アぺイロンの結界に使うはず。では、最後の一つは?)

キルケの動向を見守るしかないエドガーだが、彼の行動がエドガーの想像を上回る奇策を執行する。一回目と同様に、フューリズの短剣を地面に刺す。

「魔力の宿る宝石の樹(ジュエリーバウム)の根が地下に張り巡らされた土地。膨大な自然の魔力が暴走しねえように、結界線が張られてある。さて、これを解除したらどうなると思う?」

キルケの言葉にエドガーは顔を真っ青にして、最悪な考えに至る。そんな彼を見たキルケは最悪な出来事が起きるように願い、フューリズの短剣に魔力を込め、短剣に眠る神の名を呼ぶ。それが神器の解除の力を呼び起こすものだと言うことをオリゴは束の間の猶予で察した。どうにか止めようと、手を向けた矢先に、キルケの近くにいたエドガーが血相を変えた表情でオリゴを庇うように抱きかかえて、できる限り、その場から離れる。

「エドガー!」

『あれは止められない。オリゴ、考えなさい。その先の話を。魔力暴走に巻き込まれたら小生ら始祖とて只では済まないだろう』

冷静だが、キルケを止めることができなかったエドガーの声は震えていた。オリゴの目を塞ぐように、エドガーの大きく、ごつい手が覆う。

止まない者(アレクト)、轟かせろ」

キルケが三女神の一柱の名を声に出すと、地中に張られていた結界線が解除された甲高い音が地上に響き渡り、地中に何万年と眠っていた自然の魔力が動き出した。早く早く地上に出たいという個々の魔力のぶつかり合いが起きて、その魔力が地上に出た瞬間、大爆発を引き起こす。全てを焦土と化すその魔力暴走の餌食で、純白の雪が敷き積もっていた雅な景観が失われ、宝石の樹(ジュエリーバウム)の続く道も、それ自体も焼け尽きる。原形をとどめていない黒色の惨劇。そこにはキルケしか立っていなかった。エドガーとオリゴの魔力が弱まっていることを魔力探知で確認すると、彼は地面に刺さったフューリズの短剣を抜いて、それを握りしめる。

殺戮の復讐者(ティシポネ)、瓦解せよ」

キルケが短剣に眠っている最後の一柱の名前を呼ぶと、彼の魔力に共鳴するように、短剣は毒々しい緑に光る。それと共に、キルケは魔法術式を展開すると、地面に彼の構築した魔法陣が描かれていく。

「栄光の神よ。月輝く地に魔法の讃美歌を齎せ。

禁忌奇術永劫を為遂げる一等星(ペルレカタストロフェ)

禁忌奇術の付与された短剣を勢いよく、地面に突き刺すと、そこから一柱の光が天空にめがけて昇っていく。その光は惑星を超えて、宇宙空間にまで到達して、薄く煌く膜に当たる。その膜こそがセア・アぺイロンの結界である。光柱は昇華する威力を保ったまま、結界を構築していた全ての術式と、人類の仮想物質である魔力を蝕んで解除する。結界の頑丈さ故に、多少の時間は掛かっているが着実に一つ一つのモノを蝕む。それが進むにつれて、結界が人のような苦しみの怨嗟を上げ、それが一部の者の耳に止まる。だが、その怨嗟が聞こえたところで止める手立てはない。着実に進むモノも終わりが来るように、結界の構築された術式も最後の一つが蝕まれ、人類最高峰の結界と名高いセア・アぺイロンの結界は諸刃の剣のように舞い堕ちて、崩れ落ちる残骸は硝子の破片のように、人類に絶望を比喩した雨を降らせる。

結界を解除した張本人であるキルケも、ただ黙って、その雨を一身に浴びていた。その佇まいは事を起こした者とは思えぬ悲壮感に包まれて、刺さることのない結界の残骸に情愛を向けていた。敵である前に、魔法の開祖であるキルケは、全ての仮想物質を用いた長年何人たりとも破られることのなかった結界を解除できた偉業の余韻に浸るとともに、もう二度と誰にも隙を見せることのない完璧な結界に立ち会えることがないという悔恨が全身を巡る。

「キルケェェェ!!!」

悲壮感にまみれた憂いの表情で、自身の名を呼んだ者を見る。爆発の影響で全身傷だらけで、血が滴る鬼の形相のオリゴだった。祢々切丸を抜刀して、怒りに身を任せた一撃をキルケの体に刻み込む。しかし、渾身の一撃もキルケは瞬時に治癒魔法で治してしまった。そして、悲壮混じりの啓発をオリゴに向けていった。

「魔法の深遠を語るのはお前じゃなかった」

それだけを言ってキルケはその場から姿を消した。残ったのは自然の魔力暴走を物語る黒の惨劇の景観と、途方に暮れる始祖の2人だけだった。


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