42話参 九天玄女の痛み
クヴァレ帝国の元祖は研究熱心!そのおかげなのか、海族の秘密がわかったようです
クヴァレ帝国城内にある魔法研究室はいつもと変わらない資料まみれの部屋。その部屋でいつも魔法の研究に没頭しているキルケはおらず、代わりにソロモンとメルキゼデクが資料の整理に明け暮れていた。
「メル」
「なに?」
せっせと資料を棚に戻して、同じ部類の研究物を仕分けするメルキゼデクの名を呼ぶソロモンはひらひらと資料の束を見せる。
「汝も貴様も魔法のほかに、元祖の才も研究している。才の転用はいずれ役立つ」
「うん。だから裏切り者の元祖を使ってるんでしょ。それで、その資料は?」
メルキゼデクで興味深そうにソロモンが手にしている資料に視線を送る。
「これはキルケとレヴィアタンが合同研究の成果をまとめたものだ。研究名は《”嵐”の元祖ゼーユングファーの子孫》」
「海族…」
「気になったことはないか?海を絶対的領土とする海族の歴代長は水を帯びていることは分かる。でも、なぜ高速で動けるのか。あの二人はそれを知りたくてゼーユングファーの研究を始めた」
「ああ、お前が参加させてもらえないってごねてた研究か…」
メルキゼデクは研究の内容は知らなかったが、その研究があることは朧気ながらに覚えていた。そして、研究に参加できなくてその当時ごねていたソロモンのことも思い出した。メルキゼデクの発言にソロモンからは痛い視線が刺さるが、彼は話を進める。
「海族には興味深い細胞が見つかったらしい」
ソロモンは資料を渡す。メルキゼデクは資料の文章を口ずさむ。
「《海族の者には加速を意図的に発生させることができる細胞がある。海族はこれを綿津見細胞と呼んでいるらしい。そして、自身の発生させた加速に身体が耐久できるように形成された由良比女細胞がある。簡潔に言うと、加速に特化した綿津見細胞、耐久の為の由良比女細胞がある》」
一枚捲り、次の文章も口ずさむ。
「《私たちは捕縛した約5000体の海族を被検体としていた。その過程で、海族と言っても含まれている細胞の総数は顕著だった。細胞の総数が多い者ほど直系の血筋であると判明。そして被検体とお話ししていると面白いことが聞けた。なぜ直系に近ければ、総数が多くなるのか。話を聞いて、私はゼーユングファーの残した功績が大きく反映されているからであると結論付けた》」
うむうむと頷くソロモンとは対照にメルキゼデクはどうもピンと来ていない。それはゼーユングファーの才に馴染みがないからであろう。
「ゼーユングファーの才”再編”を初めて見た時、身がすくんだ。なんたって彼女が歩めば海自ら道を拓いたんだ」
「そんなのがなぜ守護者に?」
「あの人魚も元祖だ。異端でないことがそも可笑しい。そして、”再編”は新たな細胞の形成と付与。一度敵と見咎められでもしたら、幾千の強者も太刀打ちはできんだろうな」
ソロモンは愉快そうに嘲笑う。
「死ね、だと?」
「守護者って過激なんだね。関わりたくはないけど、兼平はあの人魚とどういった関係?」
良元が尋ねてくる。兼平は珍しく言葉を濁して、苦悶の表情を浮かべる。そんな彼女を見て、基実が前に立ち、大太刀を構える。
「質問を変える。兼平はあの人魚を助けたいか?」
「……叶うことなら」
兼平の言葉に基実と良元は戦闘許可が下りたと判断する。肉親のような存在であるゼーユングファーに攻撃を仕掛けるといういたたまれなさに震える体を抑えて、兼平は詠唱を始める。
「夏の霜は灼熱を夜の静寂と諫める…初弦の月は夜半を満たす…
天満月昼を欺く!」
氷の唸りとともに、兼平は強固な氷にゼーユングファーを閉じ込める。すかさず、人が間合いに入る。牢獄のような攻撃の氷はゼーユングファーの体に密着しているが、彼女には関係ないと言わんばかりに、内部から氷を破壊する。
(兼平の氷を予備動作無しで!?)
驚きつつも、その荒ぶりは動作には出さずに大太刀を勢いよく振る。その筋はゼーユングファーの三叉戟の矛に食い込んで、ゼーユングファーと基実の力勝負に持ち込ませた。
「あなたも海族に仇なす兼平の一味なの?」
「一味じゃない。仲間だ!」
刃の向きを変え、基実は力いっぱいに大太刀を振る。急な太刀筋の変化にゼーユングファーの三叉戟の力が弱まった。基実は自身の髪の先端を切り、ゼーユングファーに向けてばら撒く。
「数え第五の巫覡は岩を焦がし、頑強な檻を焼却する…その炎は赤土を生み、恵みを焦らす!
華燐火祭」
ばら撒いた基実の髪は発火する。まるで空に咲く花のように、小さくはあるがその数は多く、無機質な宙を彩る花畑のように金色の火華が咲く。
ゼーユングファーの体に触れていた基実の髪にも例外なく、火華が咲く。その火華はゼーユングファーの皮膚にある油を火種として、ゼーユングファーの肉体を焼く。
「あ゛あ゛あ゛っ!!」
ゼーユングファーは悲鳴を上げて、海に飛び込もうとするが、良元が風の防壁を作り妨害する。火が収まらぬ余韻にゼーユングファーの捕縛に二人は動く。動きの鈍ったゼーユングファーに近づく。
「鬱陶しいわ」
火傷と風のチャクラムの痛みは彼女にとっては耐え難い連続する苦痛。それに憤怒するゼーユングファーにいち早く気づいたのは、彼女に育てられた兼平であった。
「退け!!」
兼平は間に合わないと察しながらも、大声で二人に逃げるように警告する。しかし、案の定、彼女の言葉はさざ波で搔き消されてしまう。
「天香香背男」
さざ波が浜辺に波打ち、人々の足をくすぐるような油断する些細な現象の如き、二人もゼーユングファーの彼女が三叉戟に力をこめるのが、足掻きであると油断の残る判断をしてしまう。その結果、三叉戟の慈悲すらない攻撃に二人は一度目の敗北をしてしまう。
「は、づっ!!がっ、、、」
氷の足場に倒れこむ基実はゼーユングファーに一番近かったせいか、腹が大きく抉れて臓器が見えてしまっている。
(三叉戟の間合いには入ってなかった。いや、これは三叉戟から零れ出る海!)
彼が三叉戟に目を向けると、それからは水が滴っている。まるで、第二の”刃”と似たような現象だ。
(良元は?)
基実は痛みで軋む体を起こして、辺りを見ると良元は右腕が無くなっていた。信じられないと硬直する基実に気づいた良元は風となり、姿をくらます。
「情けないのね」
「いいや!これがオレらのやり方だ!」
基実は立つことができない代わりに火の弓矢を形成して標準を合わせる。
「止まってくれ…」
今度は兼平が前線に赴いて、ゼーユングファーを止める。水の温度を調整させて、氷の薙刀をつくる。薙刀を素手で受け止め、三叉戟を氷の足場に突き刺して氷塊とする。ゼーユングファーはその氷塊を盾にして基実の矢を防ぐ。
(他愛のない攻撃。意味のない時間。でも、何かしら。何かを忘れているような気がする…)
ゼーユングファーは不審がりながらも、兼平を蹴り撃沈させる。そして、誰にも気づかれぬ速度で基実に近づいて、彼の頬を殴って意識を削り取る。
「…ああ、この程度で私の子供たちに…可哀そうだわ」
「それは、どうだろうな?」
「!」
ゼーユングファーの言葉にか弱い声ながらも基実が反応する。
「風の気配、なんて…意識したことあるか?」
動揺を誘う謳い文句を奏で始める基実にゼーユングファーは怪しいなとは思いつつも、その先が気になった。
「オレの火は、、派手が取り柄だ。ははっ!元祖でもあいつの隠密を見破れないのか!?」
基実がそう言うと、ゼーユングファーに風が運ぶ。それは海風であり、彼女にとって馴染み深いものであった。それによって彼女の警戒心は緩やかに解かれていたに違いない。彼女が基実の発言にあった隠密という言葉を気にかけていれば、もしかしたら。
「ぼさっとしないでよ!」
海風が海にあるものを包み込むように、ゼーユングファーも海風を防ごうとはしなかった。故に自身の体が貫かれたという事実は、突然姿を見せた良元の言葉で発覚した。背後から襲う良元の片腕がゼーユングファーの胸を貫通する。
「逃げたのではないの?」
ありえないことに優しく声をかける彼女に良元は声を荒らげる。
「仲間が命懸けて戦ってんのに、逃げる臆病者が始めから戦場に立ってるわけないだろ!」
良元は片腕を引いて一度後退するが三叉戟の鋭い刺突に首が掠め取られる。
「不思議な感覚だったわ。私、あなたのことを忘れていたの。教えてくれないかしら?」
「風だよ。”気”は自身に纏えば、家門で司る自然になれる。”気”を極限にまで纏えば、ボクは風となる。風となったボクの存在は誰にも悟られない!そう、アンタみたいな元祖にもね!!」
良元は言葉の強さのままに、ゼーユングファーに渾身の拳を食らわせる。そして、もう一度”気”を纏い、完全な風となる。
(あら?私は誰と戦っていたのかしら…)
ゼーユングファーが存在しない感覚に襲われる。
「悟られなくなるのは感覚だけじゃない。意識からも二条良元という存在が消えるんだ!!」
先ほどよりもぐんと近くなった良元が瞳に大きく映る。ゼーユングファーは刹那の瞬間に驚くことすら叶わなかった。
「これが最も隠密に長けた明帝族だ!
鎌鼬…花散らし」
自分の存在を強制的に忘れさせる"気"、それが良元が最も隠密に長けた明帝族であることの由縁です。
しかし、そんな奇襲にも動じぬのが、元祖で守護者という強者なのでしょう…




