42話弐 九天玄女の痛み
さて、ここで和の海の精鋭兼平、基実、良元の力がついに明かされます!
”気”とは和の海独自の魔力である。それは精霊術に必要な自然的仮想物質エレメンタルの突然変異した奇跡的仮想物質という独自の進化を遂げた魔力。扱いの幅も広いことが利点というが、最もなことは術式なしでの魔法が使えることにある。
だがしかし、”気”は四摂家出自の者にしか宿らない。それ故、あらゆる書物に記されている。
―神の”気”まぐれの産物、と。
「第一の巫覡は自由を求め飛び立つ」
基実が詠唱すると、彼の背中には彼の瞳と同じ孔雀緑の燃える翼が生える。それはこのツァン高原に住まう神を体現しているかの如く、その炎の翼はそよ風に靡く。そして高台から急降下して先陣を切る。それをみたゼーユングファーは三叉戟を掲げる。すると、海が彼女の動きに共鳴して、水の竜巻をつくる。基実はそれを見て、今何をすべきなのかを察した。
「第二の巫覡は荒立つ海を武力で制し、給うことなき恩恵を戒めとする!」
彼の腕を”蒼き炎”は蔦のように守護して、その炎は蒼き大太刀を形どる。それは彼の”気”から創り出せる炎の中で高威力のものである。
「第三の巫覡は身を奏で、万物に踊りを授け舞う!」
次いで、彼が詠唱すると水の竜巻の外部に沿うように”紅き炎”が纏う。まるで、水と炎の、碧と赫の二重螺旋。基実は準備が整ったと、気迫と余裕に満ちた力強い詠唱を奏でる。
「近衛家が受け継ぎし”気”は淀みなき清き炎を生み出す!穢れを払い尚、淀まぬ!何人たりとも近衛を侵せぬことを刮目せよ!
巫の提灯」
基実が蒼き刀で竜巻を一刀両断すると、立ち込めていた暗雲も払いのけ、晴天を覗かせる。荒廃の海はいつもの美しき景観を取り戻す。文句なしの先陣に続くのは、良元であった。
「風は火より深き歴史にありけり。さしも異端さながら無常に吹き荒れ、生物は深淵に沈む。我らは風の祖なり」
良元が言葉を紡ぐと、突風が生じる。兼平が良元を一瞥すると、彼の体は半透明になっている。
(”気”を全身に巡らせて、肉体を風とする術。いつ見ても不可思議なことだ)
兼平が視線を戻すと、良元は風に乗り颯爽と飛び吹く。潮の匂いが、飛び散る波の飛沫が彼をくすぐり、彼を心地よく感じさせる。
「二条家が求めるは”風”と共に吹く風任せの旅。何人の前であろうと動くは心任せの随意の調べ。それに従わぬは悪!何処に吹こうと受動せよ!従わぬものは風神の天罰に啼け!
鎌鼬花散らし」
風がチャクラムを彷彿とさせる武器に変容して、旋風のように六つのチャクラムが相互にゼーユングファーの体を切り刻んでいく。しかし、それは浅く、彼女は三叉戟でいなす。基実が蒼き刀でゼーユングファーの間合いを相手取り、後方から良元が風を吹かせて、六つのチャクラムを変幻自在の軌道で支援する。
(元とは言え守護者。圧倒的な強さがある)
誰よりも前線でゼーユングファーを相手する基実は見た目ほど余裕はなかった。基実の攻撃を彼女が防いで返すという一見すれば、彼女が守備になっている攻撃を得意とする基実にとっては願ったり叶ったりの戦況である。しかし、実のところゼーユングファーの防ぎからの返しの一撃の速度が基実の攻撃速度よりも遥かに凌駕している。それに加えて、彼女の一撃からなる空気の振動がビリビリと基実に肌を震わせて、彼が次の一撃に繋げる意欲を失わせるものである。
(一回でもゼーユングファー殿の攻撃に当たれば只じゃすまない。受けようにも刀が悲鳴を上げて壊れちまう。そうなりゃオレは足手まといになる!それだけはやめろ!)
基実の反応が遅れる度に良元が風を操作してチャクラムを間隙に挟み、攻撃を防いだ。
「たくもぉ〜…守護者はどいつもこいつも強くて、自由気ままで困っちゃうねっ。基実!」
「おう!」
良元の呼びかけに基実が応える。
「第四の巫覡は下なる高みを探求すべし、民を先導する!」
「祖は風となり、火の御霊を先導せし偉大なる者なり!」
二人が詠唱を始めると、基実の持っていた蒼き刀の半分が黄に染められる。そして彼を中心として良元が水中から竜巻を形成するように風を吹かす。何かをするということが端から見ても分かるが、解決策はいたってシンプル。二人を叩けばいいのだ。ゼーユングファーは三叉戟の石突で突いて腹に強烈な殴打を食らわせる。ゼーユングファーは良元が認識できない素早さで三叉戟を投擲する。それは彼の左目を貫通させて視界を塞いだ上、平衡感覚を失った彼を海に落とさせる。ブーメランのような弧を描いた三叉戟を手に取り、ゼーユングファーは後回しにしていた基実に鋭い刃を向け、確実に仕留めようとする。
「!?」
刃鳴りと共に基実が彼女の鉾を受け止める。それに対して驚きこそするが、ゼーユングファーは冷静に次の突きを繰り出す。しかし一瞬動作が止まったことを基実と良元は見逃さなかった。そして詠唱の続きを唱える。
「画策の熱望者よ!」
「永久の吟遊詩は…」
「他者の恩恵を得れて…」
「愚鈍を謳う星星に嘆きを!」
良元の風のチャクラムが基実の炎を帯びて、臙脂色に燃える。そして水をも巻き込んで、水の層と炎の層を作る。基実の大太刀の蒼がより深みを帯びて、深海を表している。
「「鵜殿の雅楽」」
チャクラムと大太刀はそれぞれ熱気を帯び、そのままゼーユングファーに襲い掛かる。彼女は三叉戟で対応するが、彼女の一撃よりも速く重く、幾重にも重なり繰り返される基実と良元の攻撃が苦しめる。
「六つの花、樹氷の凍て星、月下の霜、結氷湖袖の氷、氷面鏡の華美を讃える!」
高台からいつの間にか三人の頭上に移動した兼平を中心にして札がゆっくりと回っている。それによって、兼平から氷の粒子が発生する。彼女の腕も透明感のある次縹に変色する。それはまるで彼女が氷となっているようだ。良元は攻撃の僅かな間隙で上空を見上げて、兼平の動向を窺う。
(司令塔でいつも奥手の兼平が出てくるなんて。しかも詠唱ありで”気”を使うなんて。ガチだね)
「鷹司が表出する水は氷細工。然から織り成す雪は深淵の装飾を承る逸材の手札。されども人を死へと誘う手向けの装飾の意!」
兼平の周囲の氷の粒子がまとまり、砕いたような縦長の氷塊が造られた。兼平は直で触り、勢いよく投げる。
「細雪名残の深雪」
巨大な氷塊が海に触れると、その絶対零度で辺りを高速で氷結させる。氷結に飲み込まれないように基実と良元が空に退避する。退避しても彼女の射程範囲に介入しないように気を配り、事を見守る。
「…っ」
ゼーユングファーは海に潜り、深く深くへと泳ぐ。氷塊の影響を受けぬのは海の下という判断からなのだろうが、兼平はそんな判断も氷結させる。
「魂の髄まで凍れ」
氷塊に次いで、小さな不格好な棘の氷塊が無数に降り注ぐ。それはダイヤモンドダストのように美しく、されど、全てを凍らせる強大で無情な攻撃である。水中でも速度を失わず、水中に入った氷塊は樹木のように水を内側から凍らせていく。ゼーユングファーは一層深くまで潜ると、水中から空を見上げる。彼女の目に移ったのは、氷塊から根を張る氷の凍てつき。
「綺麗」
ゼーユングファーの体を一つの氷塊が貫く。
「!」
上空では氷塊の生成を止めて、海を凍らせて作った足場に三人が揃っていた。
「熱い」
「だろうね」
(“気”という魔力は体に付与する術。”気”を使えば、その家の特出したものに変化できるけど、使いすぎると二度と本来の姿に戻ることができない。特に、)
良元は兼平を見る。彼女の体から冷気が放出されて、氷の粒子も絶え間なく生成される。彼女自身の体温も氷点下のように低く、まるで氷だ。
(兼平の”気”の本質は水蒸気を操ること。だけど、兼平は温度操作の低下を得意としているから、氷の攻撃を主としている。)
(温度の低下は兼平自身にも付与されているらしいから。過去には”気”の使い過ぎで死にそうだったって実経から聞いたんだ)
「兼平~、大丈夫か?」
兼平を心配した二人が、兼平の体調に気を配る発言を連発する。
「寒いよなあ。ほら、オレの炎で暖めるぜ!」
「甘えて良いんだよ。大丈夫?ねっ?ねっ?」
大型犬のように彼女の周りをうろちょろする二人に兼平が平手打ちをして、静かにさせる。
「おかしいなぁ。慰めたのに」
「喧しい。大丈夫などではない。黙れ。」
辛辣な言葉の矢が二人を襲う。兼平の言葉に撃沈している二人に多少の罪悪感を抱いたのか、兼平はそっぽを向いて、
「だが、その気遣いは助かる」
珍しく兼平が甘える姿に二人は顔を見合わせ、しばらく無言でいるが、にまぁと顔を緩ませて、また兼平の周りをくるくると回る。照れくさくなったことを隠そうと、彼女は二人を拳で窘める。
ゴンッッ!!!
轟音に驚いた三人は、音の鳴った箇所を凝視する。氷霧で視界は悪いが、水中から氷の足場に穴が開けられていた。
ぺと、ぴちょ、ぺと、ぴちょ…
素足で氷の足場を歩く音とそれに遅れて水が氷の足場に滴る音が交互に響く。
「下半身が…」
その正体は誰でもないゼーユングファーである。しかし、彼女の本来の魚の下半身ではなく、三人同様に足が生えていた。他の傷ついた腕や顔、首筋とは異なり、真珠のような美しい肌の足。それが違和感を与えている。
「私のカワイイ子供たち、はどこにいるの?」
儚い彼女から紡がれる儚く弱弱しい声。三人は反応が遅れた。
「ねえ、答えて?」
「オーシャン・クラトスのことか?」
「大洋、強さ。いい名前」
儚い独り言を奏でるゼーユングファーに良元は二人に耳打ちをする。
「精神が安定してない。多分洗脳が解けかかってるよ」
「洗脳?」
「うん、それも強力。洗脳が解けることは珍しいけど、あの人は違う。何かしらの言葉が洗脳の引き金だと思うよ」
「慎重に、ってことか」
良元の推測に兼平の神経に緊張が走る。しかし洗脳さえ解ければ、味方となる。なんと心強いことかと兼平が思っていると、ゼーユングファーが話しかけてきた。
「ねえ、あなたの名前は?」
「…51女”詞”の元祖鷹司兼平。あなたの後継として、海族とともにこの地上宇宙の海を管理している者だ」
「兼平…あの?」
「ええ、まだ幼かった私を引き取って育ててくれた。覚えていないか?私はこうして…」
兼平が饒舌に語りかけている。何一つおかしなところはない。事実のゼーユングファーと兼平の記憶。しかし、ゼーユングファーの様子がおかしい。
「う゛っ!」
ゼーユングファーは急に頭を抑えて悶え始めた。その突発的な行動に三人は驚く。
「あ゛〜…あ? う゛~~~…」
悶えるゼーユングファーは必死に頭を抑えて、頭に流れる電撃のような激痛に耐える。それは収まることを知らずに大きくなっていく。その激痛の中で流れる洗脳の言葉。それは長くゼーユングファーに教育を施してきたレヴィアタンの詔。
『ゼーユングファー、君ははめられたんだよ。誰でもない君が育てた兼平にね』
「うるさい、うるさい!」
『信じられないかい?そうだよね、君は兼平の冷徹さを知らない』
「兼平は、そんな子じゃない」
『まあ知らないだろうね。兼平も計画のために君に媚を売ってたんだから』
「違う違う違う」
『教えてあげよう。地上宇宙の海を支配すること、それが兼平の野望だ。その為に海族の滅亡を願っている』
「………」
『所詮は駒だよ。君も海族も。兼平の手で舞う氷の結晶だ』
「そうなのかしら」
『哀れな。奪われたくなければ、守れ。兼平を殺してでも』
「そうね」
急に大人しくなったゼーユングファーを警戒する三人は臨戦態勢に入っている。うつむいていたゼーユングファーがゆっくりと顔を上げる。相変わらず儚い印象の彼女だが、次に発せられた言葉に兼平、良元、基実に戦慄が走る。
「命を海に還して、死んで?」
なにやら兼平とゼーユングファーは面識がありそうですね。しかし、ここに介入してくるのがレヴィアタンです。
良元曰く、ゼーユングファーは洗脳状態であるそう。その引き金がひかれたようです…




