42話壱 九天玄女の痛み
さて、続いての舞台は天地創造の海と和の海のようです。一体どんな敵と結末が待ち受けているのか?
チップテトラでのスマラグディノス捕縛の特殊任務が行われている同時刻に、天地創造の海ヴァルチャー都市でも新たな動きがあった。
「勅命をお受けくださいッス」
謝氾の不躾かつゲニウスの一方的な命令を聞いて蝶は煙管を握力で壊した。その破片がはらはらと蝶自身の足元に落ちる沈黙が一室に重たい空気を澱ませる。ピリピリと重圧は謝氾だけでなく、側仕えの女にも中てられる。手が軽く痙攣するが、謝氾は手元に置いていた書簡を開き、内容を言葉に出して伝える。
「”クリスチャン・ローゼンクロイツを63代青棟梁に任ずるため、薔薇騎士団団長の任を解くこと…竜王ゲニウス・ニードホックがここに命ずる”」
書簡を側仕えの女に渡して謝氾は一先ず任務を果たすと安堵の吐息を漏らすが、蝶のままならぬ睨みに背筋が凍るが、側仕えの女が救いの手を差し伸べる。
「母上、あまり後継をいじめるでない」
「杠」
その梔子色の髪は波打ち、全体的に柔らかい印象を与える。中華を基調とし、菫の花の色合いを重視したドレスは儚く、しかし、タイツや手袋など装飾品は桔梗の儚くも凛とした色合いが持ち込まれている。金髪に、桔梗のような紫の瞳。ヴェールが彼女と現実を引き離すのか、それとも彼女を現実とは異という存在であるのかを表しているのか。だが、彼女のミステリアスさを醸し出していることには変わりないだろう。そして極めつけは鹿のような角を持っている。謝氾は女に向き直り、挨拶をする。
「初めましてッスね。同じ次期棟梁として、また元竜王として竜族を発展させた貴方の噂はかねがね」
「妾もそちのことは知っておるぞ。竜王の専属侍従としては最年少で務めておる優秀な者として。玄次期棟梁、偽名ではあるが今は杠と名乗っておる」
「同族の挨拶は済んだか?」
仏頂面の蝶がぶっきらぼうに尋ねると、謝氾はッスと、杠はあいと返事をする。
「腹立たしくはあるが竜王にも考えがあるのじゃろう。愚兄にも手を貸すと言うた手前、協力せぬのも朕の矜持に欠ける。仕方なし、勅命渋々じゃが受けてやろうぞ」
望んでいた言葉に謝氾の様子が明るくなる。おそらくはゲニウスが何が何でも了承させろと圧をかけていたのだろう。杠は少し可哀そうだと哀れむ。
「献上品もあることじゃしな」
「献上品スカ?」
「なんじゃ、知らぬのか!?」
謝氾の知らないという言葉に杠が驚き、蝶と目を合わせて共感する。
「献上品はそなたのことじゃ」
「オレ?」
「と言っても一時的なものじゃ。今から起こる災害の要を穿つために協力する駒として献上してもらった」
杠が棚から一つの巻物を取り出して蝶に渡す。シュルシュルと留め具を外して、内容を確認する。
「それはなんスカ?」
恐る恐る聞くと、蝶が答えてくれた。
「守護者妖精王オベロン・ティターニアを知っておるじゃろう。あやつの守護者選抜理由は頭脳。未来の可能性を何本もの複雑な鎖であろうと導き出せる。それは千年先をも見通しておって、その頭脳で元祖の動向も詳細に導き、クヴァレ帝国相手に勝利までに導いた策謀の手腕を讃え、”叡慮の預言者”の2つ名を持っておる」
「オベロン殿の策謀はあくまで可能性の高いものじゃ。じゃが、突発的に未来を預言する。起こり得る事象は彼の想定でも可能性の低いゆえに、本人も驚いておるが、それがどうにも的中してな」
「…預言を記したものが、それスカ?」
謝氾は巻物を指差す。蝶は頷いて肯定する。
「待つっス!それがもし起こり得る事象なら、”確定した未来を漏洩することを禁ずる”…神姫の黙示録第二級禁忌に違反するッス!」
「案ずるな。セアがどうにかしておる」
「神王様…その御方は一体何者ナンスカ?」
謝氾の言葉は悪意からではなく、心配なのだろう。それは彼の怯えるような、不安そうな顔から読み取れる。そうだろう。何故なら、セア・アペイロンは人類史の名を刻む英雄なれど、それは一昔前のこと。若人は人柄や実力も知らぬのだ。だと言うのに、彼女の復活に躍起になっている現状を些か憂いているのだ。事実として、蝶や杠でさえセア・アペイロンの本当の姿を知らない。だが、これだけは言えよう。
「神皇は我らに必要な賽子じゃ…それが幸か不幸か、運命は賽子で決まる…じゃが賽子を回すのは我ら生きとし生けるもの故、神皇の存在を決めるのは我らじゃ」
(今はこれしか言えぬ。すまぬ、小僧。じゃがセアさえ復活すれば異種族が団結する。不幸にはならぬ。そうじゃろう、セア)
蝶の説得に謝氾は頷いて、しばし沈黙するが、
「…ウス」
了承と納得の返事をしてくれた。
「それよりも今は戦いに備えるぞ」
「ちなみに敵は誰スカ?元祖スカ?」
「元祖ではない」
杠の否定に謝氾は首をかしげる。蝶は渋い顔をして答える。
「七洋アスタロト、守護者アストラ・スパティウムを戦闘不能にした恐るべき神じゃ」
ところ変わり和の海、四摂家二条家領地ツァン高原は広大な草原が広がっている。しかし、もう1つの魅力は広大なる海原があることだ。日常的に波は安定しており、危険な場所ではない。だからこそ、波が荒れ、青が黒く澱むことなどあってはならぬことだ。
「あ~あ、ボクの海が汚なくなちゃってる」
最も隠密に長けた明帝族であり、四摂家二条家当主二条良元が荒れ果てた海を眺めて嘆く。それを励ます四摂家近衛家当主近衛基実。だが、基実の声も軽く揺れている。
「海が荒れる理由は難解ではない」
ざっざっと草履で草原を歩いて、二人に近寄る四摂家鷹司家当主鷹司兼平。その手には巻物が握られており、彼女の手には墨の汚れがある。
「兼平~」
涙目をして兼平に抱きつく良元を邪魔だと一喝して無情に突き放す。
「あれ〜?ここは慰めるのが相場じゃない?」
「殴っていいなら」
「ひぇ」
「兼平、これは一体?」
兼平の代わりに基実に抱きつく良元を横目に、基実が彼女に事の一端を尋ねる。それは兼平ならば知っているだろうという信頼の表れだ。兼平はすぅと目を細めて巻物を胸の高さまでに上げる。
「始祖がひとり、役職は書記官エドガー・アゲリアフォロスの記した神託の預言書こそがオベロンの確定した事象を後世に残し、尚且つ、神による神託として確定した未来の漏洩という第二級禁忌を避ける神皇の策を実現させた」
「エドガー?というのは?初めて聞く名だな」
「エドガーは原初一族本部最深部特別文庫地で任務を全うしている。あの4人の始祖の主の仕事が情報収集ならば、エドガーという始祖は情報管理・操作を主の仕事としている」
「ふーん。強いの?」
「さあな、あいつとはもう長いこと会っていない。どんな顔で、元祖で、始祖で、人格で、思想も誰も覚えていないだろう。しいて言うならば、今の状況でもセアだけとは交信しているのではないか」
「神皇と?復活できたの?」
「そんな予感がするだけだ。だが、あいつも食えぬ奴。原初一族は隠し事の多き一族だからな。だが、仕事は確かだ。基実!」
「おう!」
兼平が指示を出すと、すかさず彼女の前に庇うように立つ。基実が気を全身に巡らせて、炎の形として形成する。その炎はメラメラと大きく揺れるが、彼が一度指を動かすと、炎は澱め動き、次は弓を形成する。孔雀緑の瞳が揺れ、矢を放つ。その矢は一直線に風をも穿ち、荒れ果てる海にある異端の存在を貫こうとする。
「!?」
「うそ~ん!!」
「やはりそうか」
基実の放った矢は異端の存在が顕現させた三叉戟で真っ二つにされ、投擲された三叉戟は安全圏である高台にいた3人の間隙を突くまでに高精度なものであり、三叉戟は彼女の手に戻っていった。
「今からあれと戦うのかあ。困っちゃうな」
海が荒れた理由、異端の存在。その風貌はエバーグリーンの三つ編みをしたハーフアップの上半身が人間、下半身が魚の人魚。その下半身は鋼鉄の鱗が煌く。半透明の紫のエラ耳、クリムソンの光は宿らずともつぶらな瞳の少女に近しいような人魚。儚げで悲壮感のある彼女だが、どこも傷を負っており、痣や固まった血など、治療をされていない酷い状態であることが目に見えて分かる。戦うには気が引けてしまうほどのハンデがあると幾千の強者ならば避難するであろうが、3人は知っていた。あの人魚の、彼女の正体を。
「18女”嵐”の元祖、彼女は弱者を尊ぶ優しき元祖だった。元初代守護者、そして七大一族海族初代族長の正妻として、オーシャンを始めとした海族の全なる母ゼーユングファー」
「海族の最大武器は海。そして、ここは地上宇宙内でも屈指の海原。挙句の果てには初代守護者だよ」
「ああ、滾るな」
預言の神託書、第7章産み弾き記し給うこと曰く、海神ポセイドンの名に刻む
古来の翼が失われし時、空は晴れど、海は荒廃の一途を辿りし兆しを示す
なれど海の最果てを望まぬもの、此に挑む
炎の矢吹は開戦の嚆び、それは海の母に貫き足るもの
母は災厄を創造する、名を嵐の息吹き
和の海に出現したのはまさか初代守護者!
圧倒的な実力を有するであろう彼女とどう戦うのか!?




