41話後編 オェングスの痛み
原初との共存を図る妖精王オベロンはスマラグディノスを、セアをどう思っていたのだろう?
原初以外にもそして新たに動くものもある…
チップテトラ中央部原初一族支部特別研究室、その扉には入るなという壁紙が貼られている。そう。この部屋はセアが健在の頃、オベロンのために作るように命じたオベロン専用の研究室である。その室内には、オベロンの研究に関する資料や証明の済んでいない定理の紙が散乱している。そして、中央にある丸形の机の上にはチェス盤のような土台と、色の異なる多くの玉がある。そのいくつかはチェス盤の上に浮遊して、動いている。チェス盤の中央にある黒と白の玉は激しく動いたかと思うと、白の玉は砂のように砕け散る。
「負け…」
それを見たオベロンが小さく呟く。このチェス盤と玉の正体は、この研究室と同様にセアがオベロンのために、イニティウムに作らせた代物である。この道具はオベロンが立てた計画や作戦が実行されている時に限り、チップテトラの範囲に限らず、地上宇宙全土のヒトの動きを示す、一種の羅針盤のようなものである。そして、黒の玉はラウルス、白の玉はスマラグディノスを見立てている。そして、白の玉が砕けたということは、ラウルスに敗れたスマラグディノスが死んだということ。
「っ………はぁ」
想定していたことだ。そうだろう。オベロン・ティターニア。今更何を戸惑っている。呑み込め、いつものように。
「…」
オベロンは事の顛末の黒幕と言っても過言ではなく、ラウルスを始めとした原初一族の守護者と呼ぶべき始祖に偽りの計画を伝え、騙したのだ。その理由は過去の記憶に由来している。そして、この計画も600年前から企てていたことだ。
(いや、謀略が見透かされていたのだ…姐殿)
『オベロン、お前達を迎え入れるには条件があるわ』
それは妖精族が原初一族の保護下に加わる少し前の話である。オベロンは妖精族存続のため原初一族に助けを求めることを選択した。会談という名目で原初一族の長であるセア・アぺイロンと初対面を果たす。
『条件?』
開口一番放たれた言葉はオベロンの予想通りであったため、大して驚きはしなかった。それよりも名目上でも姉であるイニティウムやラウルスが尊敬する者でさえ、利益を求めるという行為に些か吐き気を催した。
『有翼族の長スマラグディノスをあなたの頭脳で消しなさい』
その一言にオベロンは腹の奥底からこみ上げる憤慨の衝動に抗うことなく、セアの胸ぐらを掴み、冷徹な悪魔のごとく睨んでいた。
『それがなにを意味するのか、貴に対しての侮辱であると…貴殿なら疾うに知っているだろう!』
オベロンの手は胸ぐらから首に動き、憤慨の衝動をその原因にぶつけるように、手に力をこめる。
『ディーは貴に裏表のない知恵を施してくれた唯一の元祖だ…尊敬している、だから殺さぬ!』
『それが妖精族を滅ぼす張本人であったとしても?』
『関係ない!貴の頭脳さえあれば、五万とある可能性の中から、ディーを阻止する解を導き出せる』
『可能性が1つもなかったから、私の提案に乗ったんじゃない』
『!』
セアの比類ない言葉にオベロンが本心を突かれたのか、手の力が弱まった。それは感情が1つしかないオベロンの心の移行が分かるセアにとっての事象である。続けて、
『確かにあなたは守護者、いえ…人類一の頭脳を持つ偉大な妖精王…だけれど、そんなお前でもスマラグディノスを救う解を導き出せない…なぜかわかる?』
『何故だ?』
食い気味に聞き返すオベロンに蛇のように悪い顔で返すセア。
『それはスマラグディノスを消せばわかる』
オベロンは納得のいく解を提示されなかったため、しばらくの間、セアを睨んだ。その間にも彼女を殺そうと、オベロンは強く首を絞める。が、セアは苦しみの声すら出さずに、オベロンの瞳を掴んで離さない視線を送る。
『蛇のようだ』
オベロンはするりと手を離す。そして額に手を当てて、今から遥か先の未来で起こり得る事象の可能性を憂う。
『何故スマラグディノスはレヴィアタンに従順でいるのか、何故お前自身スマラグディノスを助けようと躍起になっているのか、何故可能性を導き出せないのか』
『それがわかるのか?』
『さあ?天才のお前は、その解はもう理解してるはず、認めたくないだけでしょ?』
セアの抽象的な物言いに覚えがあるオベロンは目を泳がす。セアはだけど、と続ける。
『いずれ、私は始祖に命令を下すわ…有翼族の長を殺してでも、有翼族とクヴァレ帝国の関係を断ち切れと…その為にあいつらは無慈悲な選択も厭わない、それは私に対しての忠義よ』
セアはこれからのことを話してくれたが、その中にはある種オベロンの求めていた解を語ってくれたのかもしれない。
(姐殿は知っていたのだろうか、レヴィアタンがディーをどう思っているのかを…)
オベロンは虚ろかつ親しみの瞳で、砕け散った白い玉の残骸を眺める。
(ディーはレヴィアタンが自分のことを道具の一つだと知っていながら忠誠を誓っていた、故にディーの首を取るのはレヴィアタンではいけない…取られれば、より有翼族の手綱をレヴィアタンが握ることとなる…しかし、貴が首を取れば妖精族と有翼族との戦いに発展しかねない…だからこそ、反逆の罪で始祖に断罪されたとしなければならない)
オベロンの計画は何一つ狂いなく、時間が誰の干渉も受けずに時を刻むように、一寸の狂いもないものだった。しかし、1つだけ狂いがあった。オベロンの頬を一筋の涙が線を引く。
「ディーはレヴィアタンに忠誠を持っている…それが貴ですら解を導き出せなかった要因…そして、貴が躍起になっていたのはそれほどまでにディーを慕っているからか」
オベロンは白の玉の残骸となった砂のような灰のようなものを手に取り、窓を開ける。
「無知など愚かしいが、悲しめないのなら無知でいたいと思ってしまう…なんと愚かで無知だ」
懺悔と共に彼の頭の中で初対面でのセアとの会話の続きが再生される。
『感情は少なければ人生を振り回されることはないでしょう…ただ、感情が多ければ、人生はどれほど色が咲くのかしら』
何気ないセアの一言こそが、オベロンに課した二人だけの秘密の事象。頭脳でこそ理解できど、それは感情で理解しなければならない。オベロンは探求心以外の感情を持たない。だが、今の気持ちは探求心ではないと実感している。
「恭順の意を表する彩華は一陣の風を謳歌し主人を癒し給う…その強き恭順が己に向かずとも、栗花落の雫になりて邂逅するであろう」
己の探求心に廓寥の無力さに嘆き、そして尊敬する姉との定離に悲壮を告げる。
「妖精王の祝福があらんことを」
オベロンの新たな感情は一陣の風とともに沈む。彼の手から零れ行く灰は風に乗って飛翔し、一陣の風の一部となり遥か遠くへと。
天地創造の海、天皇直下組織八咫烏本拠地であるヴァルチャー都市、天皇の居住区である城には1人の竜族が謁見を申し立てていた。溌溂とした声とは反対に、その表情と仕草は畏まっている。その声の主はゲニウスの専属侍従であり、竜族を支える四つの家門朱次期棟梁である雀謝氾である。
「偉大なる天皇陛下に御挨拶申し上げます」
「よい、上辺だけの礼儀は求めておらぬ…面を上げよ」
謝氾の礼節を即座に踏みにじるのは、彼の目的である紅魔族序列6位である天皇大紫蝶。彼女は一段高い上座に姿勢を崩して座り、謝氾を見据える。
「朕はあまり機嫌が良くない…口には気を付けるならば発言を許す…竜族の小僧」
不機嫌な蝶を一瞥しながら、一瞬、彼女のそばに控えている女に目をやる謝氾は緊張の素振りを見せないよう、一族の代表としてきたことを自覚して臆さずに話す。
「勅命をお受けくださいッス」
オベロンはスマラグディノスのことを心の底から尊敬していました。ですが、それを抜きにしてもいずれは離れる運命であると、その頭脳ゆえに嘆いていたところを、セアの条件で渋々承諾…
まあ、セアもそれを見越しての判断でしょうが…侮れませんね
さて、次に動くのは天皇と竜族の謝氾!?
一体どうなってしまうのか?




