40話後編 アンテロスの痛み
二女イニティウムの過去はたった1人の男に左右された愛の物語…
その愛は一体どうなるのか?
私は人を愛す…それが生き甲斐、それが私の生きる指標…だから、私は人を愛すの
『天界宇宙は神の居住区だ、我ら神が創造した地上宇宙にて人類繁栄を努めろ』
「「「はっ!」」」
まだ人類が神の元で修行をしていた遠い昔、今から二万年以上も前の話。始まりの人類であるノーヴァと双子の姉妹である私とラウルスを筆頭に紅魔族は、産みの親であるアザトースに命じられて、天界宇宙を離れ、地上宇宙へ降りる準備を進めている最中であった。親の温情かは知らぬが、天界宇宙を降りる前日にアザトースからの呼び出しがあった。
「紅魔族総勢千名の準備はできています」
ノーヴァが上部だけの報告をすると、アザトースは渋い顔をする。
『…明帝族も総勢千名だ、お前達と共存することになりそうだな』
アザトースはたったそれだけを言うと用は済んだと命令を下した。イニティウムを含めた三人は回廊を歩いて、最終確認を行うため、紅魔族全員を召集した場所へと向かう。
「アザトースのあれはどういうことだ?」
もやもやとした気持ちのラウルスがアザトースの神殿から少し離れたところでやっと言葉をかけた。
「うーん、どうなのかしら…別に私は種族とか気にしてないからいいのだけれど」
「お前はな!おい、ノーヴァ…てめぇなら知ってんじゃねえのか?」
ラウルスはノーヴァに話題を振った。一瞬だけだが、彼の顔は強ばったように見えたが、いつもの寛大さを示す笑顔を取り繕っている。
「さあ? だが、明帝族のリーダーたる男は誰にも靡かぬ奴であるのは確かだ」
「へぇ? それは面白いこと…」
その会話から数日、地上宇宙へと降り立った私達は始めて彼ら明帝族と対面を果たす。その一族の長と呼ぶのか、リーダーらしきその男は褐色の肌を持ち、アンバーの瞳、茶髪の髪全体を三つ編みにしている。想像していた麗しの男ではなく、野性じみた風格の漂う凛とした男であることにイニティウムは少しがっかりするも、これはこれで、と受け止めはしている。
(………)
彼を見たイニティウムはどこが源かもわからぬ漠然とした彼に対しての求心欲が漲る。
「こんにちは、私はイニティウム」
「イアシオン」
誰もが見惚れるイニティウムを相手に、男は、イアシオンは無骨に言った。名前だけを言った。
(絶対魅惚れさせてやるわ!!)
初めて冷淡な対応をされたイニティウムは人知れず燃える心を周囲には悟られないようにイアシオンに微笑むが、一つのことを決心した。
それから来る日も来る日も、イアシオンを一度だけでも振り向かせるために美の研究を始めた。
(まずは見た目ね、外見を無駄にしないよう作法にも力を入れましょう)
髪と肌のケア、体型維持のため節制と適度な運動。紅茶を嗜むだけでなく、一瞬で目を奪うような歩き方。日常行動の所作を全てイニティウムは見直して、磨き上げた。
(次はそうね、やっぱり自分の能力を自信をもって誇れるように鍛え上げましょう)
イニティウムは持ち前の手先の器用さと抜群のセンスを生かして、ドレスなどの手芸、アクセサリーなどの工芸に力を入れた。その他にもう一つ、後の彼女の特技となる武器の製造にもイニティウムは手を出し、弟であるフォーセリアの神器を創造することに成功するほどの人類最高の実力を手に入れた。
(これだけじゃ足りないわ、守ってもらうだけの女は嫌い…誰かを守れる強い女になりましょう)
イニティウムは武力も欲して、長きに渡る血の滲む鍛錬を積み、その当時向かう敵なしと謳われる力を持った。
(これなら、イアシオンも魅惚れるはずだわ)
絶対の自信を持ってイニティウムは心が弾んだ。今までの努力が、甘い果実に実る瞬間がもう目の前にあるのだ。喜ばずにはいられないであろう。とびきり美しいドレスではなく、普段と同じ姿で軽い足取りでイニティウムは彼のもとへと足を運んだ。
「お前にとって、人を愛するということは難しいのかもしれんな」
イニティウムの予想だにしていないイアシオンの発言に、表情が凍り付くが、ぶっきらぼうなイアシオンなので仕方ないわ…とイニティウムは会話を終わらせないように、イアシオンの発言を拾う。
「人を愛する、それが私の指標…私に愛されるためにみんなが努力する…そして私も、みんなの努力に値する成果を魅せるために美しさを極める…これ以上にない共生共存じゃない?」
「それは本当に報われているのか…俺が見ている限り、お前は多くの者を愛し、愛されているが…お前を深く、お前の心を深く理解し、愛した者と出逢ったことがあるのか?
そして、お前自身、誰かの心を知りたいと…深く敬愛を示した者と出逢ったことはあるか?」
「…」
イアシオンの鋭い言葉にイニティウムは何も言い返せない。というよりは、初めて、その事実を認知したという解釈の方が正しいであろう。
(たしかに…みんな私を愛してくれるけど、誰もかれも表面だけしか見ていなかった…そして私も誰かを深く知ろうと思ったことはない…イアシオンも単なる探求心からだったわ…そう考えると私の愛はなんのためにあるのかしら?)
今までに感じたことのない苛烈な孤独をイニティウムは心の底から感じ取った。涙ぐみそうになるイニティウムに驚いたのか、イアシオンは珍しく、彼の方からイニティウムに触れて頬を撫でる。すぐに言葉が足りなかったことを悔やんで、彼は本心を語り始める。
「お前の今までの努力は全て知っている、それは俺を振り向かせるためであることも…」
「!」
「だが、俺はもうお前を愛しているんだ…だからこそ、その努力は受け取れない…俺はお前の努力も、心も、生き様も、全て受け止めきれない」
「じゃあ私の愛は誰が受け止めてくれるの?」
イニティウムの純粋な心に、心を掴まれ怯みそうになるイアシオンだが、理性を保って彼女に答える。
「己よりも努力を積んだ者を愛せ…さすれば、己の苦悩も、相手の苦悩も理解し、理解され…対等な愛を語れるであろう」
カァァーーン!!!
人々の記憶から綻びた遥か昔の事象、明帝族のリーダーであったイアシオンという男を知る者も覚えている者も、イニティウム唯一人となってしまった。彼は時代の激流の餌食となり、イニティウムの育て上げた弟と妹によって無惨にも始末された。それは紅魔族と明帝族の敵対関係を示すには必然かつ必要なプロセスであった。だが、人類で最も愛を知っている人間イニティウムに愛の存在を説いたのは、後にも先にもイアシオンだけだった。故に際立つ、彼女の劣情。人類が愛し、子孫を育み、繁栄してきた歴史を見届ける彼女の純粋な気持ち。
―私の愛は誰に往く?
カァン!
邪念と欲を苛むイニティウムの劣情を、鉱石板を強く叩く音で絶ち切る。それは一種の自己暗示、強者たる者、愛の頂に座る者として気高くありつづけろと、弱い姿を見せるなと、イニティウムが刷り込んでいた自己暗示の術だ。しかし、今の彼女はそれとは違う。度重なる愛の行く末の不安、強者としての膨大な責任と重圧、矜持を賭けた威厳の全てがイニティウムを醜くする。普通の人間なら挫折するが、彼女はこの醜さを力へと変える。
カァン!カァン!!カァン!!!
小槌に込められる力が次第に増していく。1度叩く度に彼女の心、本心は揺れ動いて、鉱石板の輝きが最高潮に達しようと彼女の本心と共鳴する。
そしてイニティウムはイアシオンの言葉を思い起こす。
『己よりも努力を積んだ者を愛せ』
その一言は一見簡単だと思っていたが、とんだ難関であった。いや、恐らくはイニティウムよりも努力をしていた者は人類の中にいる。だが、彼女の本心に直感して揺れ動いた者は誰もいない。たった一人を除いて。
『イニティウム』
太陽神アポロンのように周囲を照らす御方、デメテル神のように慈愛満ちた心ですべてを抱擁する寛大なる御方。それこそがイニティウムを揺れ動かした人間、セア・アぺイロンである。敬愛するセアがずっと自分のことを呼んでいる。それは彼女の妄想であると分かっているが、なぜだろうか。どこにいるのかも分からぬのに、遠くから激励してくれているような…そんな事象を感じる。
「イアシオン、やっぱり私は人を愛するわ…あの時言えなかったけど、私の人生の指標は愛なの…今の私は愛によって形作られている」
カァァーン!!
―乗せなさい!イニティウム・テオス!!
愛のために生きてきたのなら、愛のために生き、愛のために生きなさい!!
私が身に着けた美しさは剱の型に…内面と作法は剱の強度に…工芸の数々は剱の趣向に…器用とセンスは剱の柔軟性に…何一つ無駄にするなんてことは赦さない!!
カァァーーン!!
―腕が痛い?手が熱い?そんなことしったことじゃないわ!!
愛を捧げるなら苦しんだ愛がいい!何も苦しまずに実った愛など、ただの自己満足よ!長のために、私が積み重ねた知識も経験も苦悩も…全部全部捧げ尽くしなさい!
カァァーーン!!!
―私のすべてはセア・アぺイロンが掬ってくださる…そして一つも無駄にせず、生きさせてくださるの!!
あの御方自身その身捧げて…
であるなら、この身捧げ、掬ってもらうための自分を創り出しなさい!!
カァァーーーーン!!!
「この剱は私が愛のために生きた証…セア・アぺイロンは私を愛し、イニティウム・テオスに愛された歴史の偉大なる証人…人生を愛して、愛することを人生に!」
地上宇宙創造から脚光を浴びる鍛冶職人イニティウム•テオスだったが、いつの日か鍛冶の世界から姿を消した。
その理由はなんであったのか。
彼女を知る者は口々に、愛と答える。
自身の持つ愛を込めた剣を誰もが持て余すことに、イニティウムは諦めていたのだろう。
しかし、イニティウムは再び、鍛冶の場に姿を現した。それは彼女が慕い、唯一自身の愛を受け止めてくれるという強さを持つセア•アペイロンの剣を造るため。
そして、その剣こそが後に語られ続ける彼女の最高傑作はどんな形であれ、どんな者であれ、一致する剣となる。神にも劣らぬ愛の呪いと愛の祝福を宿したという事実。その神器の名を畏れ多くも誰も口に出すことは叶わない。それはイニティウムが望んでいることが実現したのではないかと、強者らは語るが、その真実は誰も知ることはない。その代わり、人類はこの神器を異名として語り継ぐこととなる。
愛の頂に座る女の愛の結晶アンテロス…と。
「愛の祝福があらんことを」
イニティウムの過去とセアに対しての感情を知った皆さんは思ったでしょう、愛の元祖のほうが相応しいのではと…
しかし、彼女自体そうとうな努力を当たり前として、愛の育みに必要だと思っていますので、愛が血を創る…それが彼女の愛についての考えです…
故に狂っていると言われることはしばしば…




