37話 アスタルトの痛み
オベロンの口から語られる地上宇宙の真実、そして竜族とはいかなる存在なのか?
オベロンに案内された場所は円状の部屋で、入口以外の壁は本棚で埋まっており、その内訳を見ると、神聖時代初期に書かれた古代の本や天体、人体に関する書籍、また戦績などの報告書。分野は多岐に渡るが、本の後ろにまた本が置かれている。
「ディーはいつから、チップテトラに移ったんだ?」
ノーヴァが木の椅子に腰を下ろしてスマラグディノスに気づかれぬよう、彼女についてオベロンに尋ねた。
「四百年頃だ…」
「有翼族はもう大丈夫なのか?」
「…」
ノーヴァの問いにオベロンはスマラグディノスに一瞬視線を移して、すぐに戻す。有翼族は腕がない代わりに鳥の翼を持つ種族である。かの種族が誇るべき能力は持久力、翼が散り散りになるまで飛び続け、戦うことが可能な狂戦士。有翼族はレヴィアタン直属の諜報員であり、クヴァレの忠実な駒であった。
「現時点で、有翼族はクヴァレの配下から脱し、この海で秘密裏に匿っている…有翼族の長である彼女が、ここにいるのは…一族の者に貴らが信頼関係にあると示すためだ…」
「そうか…」
ノーヴァの杞憂が払拭することは叶わず、タイミング悪くスマラグディノスが翼を器用に使い、粗茶を運んできてくれた。彼女は変わらず儚く微笑んで、床にほったらかしになっている本の整理をし始めた。
「クヴァレは純潔を重んじている…」
オベロンがノーヴァが退屈しないよう話をし始めた。
「現在の人類の種類は三種類…純紅魔族・純明帝族・紅帝族…
紅帝族は紅魔族と明帝族が共に交わった末の子孫、しかし、その中でも遺伝子優劣が関係してしまった。故に、紅帝族のなかにも紅魔族と明帝族の分別がある」
『最も隠密に長けた明帝族だよ』
オベロンの説明を聞いて、ノーヴァは二条良基との初対面の言葉を思い出して納得する。
「紅帝族の序列って…」
「イニティウムのように純紅魔族もこちらにはいるが、仲間でないにしろ、クヴァレを敵対している味方だ…クヴァレ勢力でない同盟を今では紅帝族としている…」
「なるほど…」
ノーヴァは不意にある者の顔が頭をよぎった。それはゲニウスである。星の海での騒動を終え、守護者のみでの話し合いに召集され、初めて対面した。飄飄としていて、薄ら笑いを絶やさない漢だったが、気づいていた。あの漢は、あの場にいた誰よりも強い存在であるということを。
「竜族」
「…なんだ? 竜族が気になるのか?」
「いずれ話さんといけんからな…」
ノーヴァが微笑すると、オベロンはゆるゆると竜族について説明をしてくれた。
「元祖の才を継承する家門と、竜としての誇りを継承する家門がある…どの家門も長である棟梁が継承し、次期継承者として次期棟梁が一族を支えている」
竜族の”翼”を研鑽する家門・特攻隊の白虎。
竜族の"賭"博を管理する家門・間者の朱雀。
竜族の風光明媚な”苑”を手入れする家門・庭師の玄武。
元祖の継承などせず、竜としての強さを啓示する家門、外交官の青龍。
「戦闘・情報・外交・矜持・宇宙的地位、全てにおいて完璧な一族。その完璧さを確立したのが、竜族の長たる竜王…」
竜族が求めるもの、それは強さ。棟梁も奴隷であろうが、女であろうが、勝った者が選ばれる。
そして竜王は誰よりも勝っている者が家門問わず、その頂に座る。
「そうだ神聖時代中期後半、守護者の面々がクヴァレに敗れてから、クヴァレの勢力が増した暗黒の時代が到来した。兄者もよく覚えているだろう? その当時のこと…」
「ああ、知っているとも。だが、それのおかげで残りの弟妹を育てることができた。その弟の一人がお前だよ、オベロン…」
ノーヴァはその当時のことを感慨深げに思い起こす。実を言うと、眠りから目覚めた時守護者の存在を思い出せなかったのは、その当時に守護者の存在が神隠しにあったのかというほど、無に近しい脆弱なものだったからだ。当時でさえ、俺自身も油断していた。
「きっと油断が命取りになったんだろうな」
「なんだ、あいつの読み通りではないか」
「?」
「いや、なに。実を言うと、貴がいずれ兄者が死んで元祖が動くという旨を伝えていてな? 今から九九九年前…」
神聖時代の終焉、次の地上宇宙の支配者が誰であるか、元祖同士での争いが勃発。その中で元祖を圧倒したのが、八代守護者。
セアを除く現代八つの柱が、六千年と続いた暗黒の時代をたった一年で足らずで晴天を眺めることに成功した。貴らを束ね、今までの汚名返上を成し遂げた人類最強の王、それこそが、
「ゲニウス・ニードホック」
「…」
なぜだろうか、ノーヴァは少しの高揚感とゲニウスに対しての憎悪が入り混じる複雑な感情に至っている。初めてゲニウスと対面した時、これが俺の弟妹を殺した主導者か、と深い兄として弟妹に対しての慈愛が拳に重圧をかけていた。しかし、その一方、ゲニウスからひしひしと溢れる王としての偉大さ。人類最強と謳われてもおかしくない貫禄を感じとった。何も知らぬのに。
だから、こう思った。
”元祖が敗けても異論はない”。
オベロンは淡々と、その当時の事を話す。
「元祖の油断を誘い、敵の矜持が最高潮に達した時に戦場を駆ける死魔。それから名付けられた守護者。十名の革命家”十神王”」
「だけれど、その革命は終わっていない。だからこそ、私たちは革命という犠牲から成り立つ不協和音の時代に勝利の終止符を奏でるメロディーを演奏しなければならないの」
オベロンの言葉に次いで、話したのはノーヴァをチップテトラに向かわせたイニティウムである。作業用のツナギを腰に巻き、ポニーテールにまとめている、いつものお洒落なドレスではなく、仕事姿である。
「わぉ」
「なに? まだ説明してないの? オベロン」
ノーヴァの反応を見て不服そうにオベロンを睨みつけ、テーブルに指輪ケースとエデンの槍を置く。
「たくっ、姉をこき使いやがって…」
「双子の姉でしょ?」
ラウルスがイニティウムの後ろから顔をのぞかせ、ノーヴァと千年ぶりの再会を果たす。が、
「よお、死にぞこない」
「ラウルス、何度も言うが俺は死んだわけではないぞ。眠っていただけだ。千年前も言っていることだ」
「てめえが勝手に死んだせいで、オレ様の仕事が増えたじゃねぇか!」
「お前は教育に不向きを言い訳にして、関わりを極端にしていたからだろう? 少しは俺の苦労もわかったか?」
「残念だが、ほとんどの弟妹が死んでんだからオレ様の出る幕じゃねえ。残ったのは、特段ひねくれ野郎ども。きっちり落とし前つけさせてやるよ!」
「だから!」
「うるさいよ!!!」
ノーヴァとラウルスの口論を一喝したのはプロエレ、二人は彼女を同時に見て、口論を止めた。この二人は毎度のこと弟妹の話題の時だけ、周りが見えなくなるほどの口喧嘩をする。いつものことだが、この忙しい時には厄介であると早々に切り上げたのだ。
「それでオベロン、どこまで解析できたの?」
「解析は完了している」
「それで?」
「妖精の力を使ってみたが、繋縛の水晶の術式が強力すぎる。貴は頭脳専門だ。これ以上の無茶ぶりは断る」
「そこまで分かったんなら上出来だよ。ありがとな」
オベロンにお礼を言って背中をばんばんと強く叩くプロエレの隙間からオリゴがエデンの槍を観察する。
「どう? オリゴ、貴方の眼なら、どうにかなるんじゃない?」
イニティウムの質問にオリゴが首を振るが、指輪ケースを開いて指輪を掌に乗せる。指輪はクロスしたデザインで、エメラルドが綺麗に填め込まれ、その光は失われていない。
「これならば、どうにかはなる。だが、エデンの槍は見えない」
「どうしてだい?」
『当然至極に御座います…』
慣れぬ声に始祖、ノーヴァとオベロンは咄嗟に武器を構えるが、部屋一面に光を放つ正体に目を丸くする。足に光輪、白銀の髪、ドレスを纏い、後光が差す天使。その天使は夜の海にて、結界に閉じ込められていたため、ライラが解除した天使神の獅子であった。彼女は深くお辞儀をして、敵意がないことを証明する。
「当然?」
『はい…繋縛の水晶という手段であの御方の能力を封じたのは三傑。六百年近く、無事であったのはそのおかげ…』
「たしかに。では、どうするんだ?」
「姐殿の愛用武器、熾天使の剱は未だ見つかってはいない」
『あの御方は七洋との闘いで命を落としました。ですが、あの御方が使用していたのは、ただの剣でございます』
「まさか、エデンの槍は元々形が違うのかい?」
プロエレの言葉にイニティウムが拍手をして、正解よと相槌を打つ。
「エデンの槍はセアが形と能力を権能で変えた代物、故に長の権能が纏ってエデンの槍自体を護っているというわけ。本来は私の造り出した神器。だからこそ、私が元の形に戻さないことには何も始まらない」
イニティウムはエデンの槍を肩に預けながら持ち上げる。
「それで、その格好というわけか…」
「ええ、ノーヴァ。もう少し働いてもらうわよ」
イニティウムがノーヴァを嘲笑うかのごとく見下ろして圧制する。
「高いぞ」
彼の返事にイニティウムが首をかしげて微笑み、周りに呼びかける。
「もちろん。さあ、各々私たちの長のため、尽力しましょうか?」
原初一族は他の一族を保護しているため、共存の考え方が根付いています…他の一族の1つである有翼族はクヴァレの忠実な駒であった過去がある危険な一族!
400年と言えば、セアが生きて活躍していた時期では?一体彼女は何を考えているのか?




