34話 スクルドの痛み
すべての戦闘に終止符が打たれた余韻に浸るのは、敵も味方も変わりない…
次の戦いに、次の出会いに、どう繋がるのか…
クヴァレ城内、無機質な壁と廊下が続く場所、蝋燭の光だけが頼りで、それでも薄暗い。その中を横に並んで歩くソロモン、ロワ、レヴィアタンが話のチャッチボールをしている。
「こちら側の負けか…」
「仕方ないよ、最善は尽くした…けれど、フォーセリアが動くとは思いもしなかったよ、同時に精霊王召喚を成し遂げた者がいようともね…」
「あんま気にしてなくなぁ〜い?レヴィ兄…精霊って存在がいなくなれば七大一族の一角は崩れるし、まず精霊ってのは自然と人類を結ぶ懸け橋…あのまま順当に行ってれば、地上宇宙の均衡が崩れて~、少なくとも精霊の海は制圧できたよぉ!」
「まあ、残念なところもあったな…七洋が倒されたとなると、計画も急がねばならん…」
不機嫌そうなロワとは打って変わって、上機嫌に話すソロモンにがんを飛ばす。
「いいのかい?実経どころか、座天使級魔法使いの魔法が向上するんだよ?」
「それこそ汝の望んでいることだ、汝は未だ踏破されぬ魔法の高みを見届けたい…故に魔法で負けることはない」
「期待させてもらうよ」
ソロモンがそれだけを言った直後に大きな溜息を吐くロワを横目にレヴィアタンは薄ら笑いを浮かべる。
「慰めが必要なら、私の部屋を訪ねるといいよ…」
「いらないよ!」
「つれないね、私はセアを慰めたことがあるんだよ?」
「敵なのに…」
「敵だからこそ、だよ」
ロワはレヴィアタンを蔑むような目を向けるが、彼はふふふと口角を上げて嫌みが伝わっていないようだ。ロワは軽蔑の意で鼻で笑い、腰にぶら下げている鍵をレヴィアタンに投げる。
「ノーヴァ兄を捕まえてからがよかったんだけど…私情は後回しだねー」
鍵を受け取ったレヴィアタンは1つの巨大な牢獄の前で止まり、鍵穴に差し込み開ける。レヴィアタンは無言で中へと入る。ピチョピチョと歩く度に、靴音が鳴る。
「御機嫌如何かな?」
そうレヴィアタンが向ける言葉の相手は、錆びた鎖に繋がれているエバーグリーンの三つ編みをしたハーフアップの人魚である。その人魚の特徴であるエラ耳は半透明の紫であり、こんなに薄暗い場所でもなお輝きを失っていない。
「それなりに教育したからね、今度は裏切らないでくれよ」
その人魚はただ捕縛されているわけではなく、体には杭が打たれて身動きがとれないどころか、そこから血が滴っている。また痣など多く、青紫がその教育とやらの酷さを表しているようであった。
「海族初代族長の正妻ゼーユングファー、君の手で海族を壊そうか?」
魔法の海、ヴェスタ帝国最大級のメインストリートに店を構えているカフェにノーヴァが足を運ぶ。通常のカフェとは違い、一人一人に個室が用意されている特別なカフェである。
「お待たせして申し訳ございません、ノーヴァ様」
「無事のようだな」
ノーヴァを呼び出したのは察しの通りカトレアである。迷宮内で深手を負っていたが、自力で歩くことができているようでノーヴァは安心した。
「お恥ずかしい限りです、やはり妾は若輩者ですわ…」
「ここのカフェは防音なんだな」
「ええ、この帝国の地主・貴族などの密会に使われていますので…ノーヴァ様、今回は折り入ってお話がございます」
「話?協力できるならしてやりたいが、生憎俺は原初一族の里に行かなければならんのだが…」
「まさにそれですわ…座天使級魔法使いであっても、お互いに素性も隠しています…ひどい場合では名前もわからない状況ですの」
ノーヴァはイニティウムから聞いたことを思い出した。それは魔塔に所属する魔法使いがクヴァレに情報を売って漏洩させたこと、座天使級魔法使いという存在は魔法情報そのもの…だからこそ、極秘情報として扱っているという。魔塔に関するものは魔塔主であるウェルテクスだけが全貌を知っているらしい。
「現在、座天使級魔法使いは7名…武器魔法使い木聯、聖女タチアオイ、時空魔法使い実経、そして妾古代魔法使いカトレア…」
「残りの3人は?」
「そこまでは聞けませんでしたが…師範からは、その内の2人は生死が微妙であると言われていまして…」
「じゃあ、頼みって…」
ノーヴァが問うと、カトレアが便箋を差し出してきた。
「これは妾個人の依頼状ですわ、ノーヴァ様にはこちらを在る方に渡していただきたいのです」
「在る方…」
「ええ、座天使級魔法使いオリゴ・アポストロス様…原初一族を守護する始祖の一人で御座います」
カトレアはノーヴァと分かれて魔塔へと帰る。魔法陣を介して最上階に行くと、目の前には螺旋階段がある。コツコツとヒールブーツの音を奏でて1歩1歩歩むと、扉が見えてきた。カトレアはノックをして、扉を開け、中に入る。
「木聯、具合は?」
「歩ける程度には大丈夫ですぅ、心配かけてすんませんねぇ」
「別に心配じゃないわよ、魔法使いが減ったら仕事が増えるのよ」
「相も変わらずの冷酷さやな~、カトレアの御姉様…それで依頼はどうなったんです?」
「依頼は達成したわ、あとはノーヴァ様が辿りつけさえすればイニティウム様から報酬が支払われる手筈よ」
「それで? うちらの処遇はどうなるんです? 失態が多かったんやないですか?」
「どうかしら…一連のこと、妾自身、口出しできるような成果があげられていないから…師範から直々に今後の意向が伝えられるわ」
カトレア、木聯、タチアオイが雑談を交わしていると、三人の中央に魔法陣が突如として出現して、眩い閃光を放つ。三人はすぐに跪いて頭を垂れ、魔塔の主であるウェルテクスを出迎える。
「ご機嫌麗しゅう、魔塔主様」
「ああ…」
怪訝な瞳のウェルテクスが腰を下ろして、三人に直れの合図を出すと、三人はそれぞれの椅子に座ったり、壁にもたれかかったりする。
「師範、至らずの結果で申し訳ありません」
即座にカトレアが魔塔NO,2として謝罪を入れる。しかし、カトレアの対応にウェルテクスは首をゆるく横に振って否定する。
「謝る必要はない、確かに至らぬところは多々あったであろう…が、皆最善を尽くせた」
「そないなこと言うても誤魔化せんで? どうせ、いちゃもんつけられたんやろ?」
ウェルテクスの言葉を信じられないタチアオイが机を強く叩いて抗議する。それだけ今回の一件の失態を挽回できるチャンスが欲しいのだ。すると、ウェルテクスは指を動かして魔法を展開させて三人に、とある映像を見せ始めた。
赫灼と燃え盛る街並みは七洋と戦った場の商店街、そこで七洋に反撃の余地すらなく殺されてしまっている木聯とアロエが映る。次に流れたのは、大量の黒に染まった天使の群衆が聖女であるタチアオイが張った結界を破壊して他の海に進行している映像、
「この天使…確か、クヴァレが天使族を壊滅させたときに捕縛した天使かしら」
カトレアの見解に木聯は沈黙で答えた。そして、次に流れたのは迷宮、トリスメギストス跡殿だった。その瞬間、大量の魔物が迷宮から溢れかえり、近くの村々を破壊して回っている衝撃のものであった。あまりのものに、三人は言葉を飲む。
「これは余が見た予知夢、余が急遽配置を変更していなければ、こうなっていた…カトレア、お前はイニティウムの依頼は受理したとしても直接赴くことはなかったであろう」
「そうですわね、ええ、正直言うと…ノーヴァ様やら、実経がいるのであればそこまで戦力は必要なかったと思っていましたので…」
「せや、師匠! まさか、大教会に正式な要請出したんは…」
「七洋を相手するには3人でなければならなかった、それだけだ…」
ウェルテクスの急な作戦変更や、カトレアに任務を出したなどの一連の不可解な指示は予知夢で見た最悪な出来事を回避するための行動であったこと、それに三人は納得ずくの頷きをした。
「ゲニウスとも審議したが、こちらに落ち度はないと判断された…故に、魔塔はこれからも続いていく…そして、アロエに名誉魔導士の称号を与えることが決まった」
「えっ」
「なんやて?」
「それは一体…七洋を倒したのは精霊王であると、公表する手筈ではなかったのですか?」
衝撃の映像から、安堵の決定かと胸を撫で下ろしていた三人を、今度は衝撃の言葉が鼓動を早まらせる。なぜなら、七洋ルキフグス神を倒したのは木聯でも、アロエでもない精霊王であるからだ。精霊王を召喚したのがアロエであろうと、倒したわけではない。しかも、アロエは殉職してしまったのだ。
「フォーセリアからの我儘でな…魔法界初精霊王召喚という偉業を成し遂げた者にせめてもの祝福を、だそうだ…」
「…それ、随分な重荷ですねぇ…精霊使いの称号を冠するうちへの挑戦状ですやん」
そう、それはフォーセリアが贈る木聯への試練…名誉魔導士という破格の称号を持った精霊使いアロエの後任として、如何なる困難も突破し、精霊王の祝福を授かったものに似合うだけの実力と強さを欲しているのだ…その意図に苦笑を浮かべる木聯だが、
「木聯、できるか?」
ウェルテクスの問いに、真剣な面持ちで、
「できる気ぃしかありませんよ」
木聯の迷いのない答えに満足したのか、ウェルテクスは珍しく頬が緩む。カトレアも安堵の吐息と、タチアオイは肩を落とす。しかし、それは決して悪い意味ではなく、木聯への心配事が机上の空論であった喜びを意味する。
「どうせ、やれと言うんでしょうが…無理難題…でも、師匠から課せられた任務よりはマシですよぉ」
ウェルテクスは椅子から立ち上がり、木聯へと歩み、頭を一回だけ撫でる。
「ならば、教えてやろう…貴様の宿敵七洋が如何な存在であるかを…」
不穏そのもの、元祖というか、クヴァレ帝国に属する元祖は狡猾かつ残虐性を持つひねくれ者なので、その作戦自体も倫理なんてないです
今まで動かなかった理由はノーヴァを捕まえたかったということ、私情なので決心がついたみたいですね




