バレンタインデー篇
「あげようか?」
咲愛がキラキラした小箱を指先で振りながら言った。
俺が黙っていると、「今日が何の日か知ってる?」と絡んでくる。
「くだらねえ」と俺は舌打ちした。
咲愛は、傍から見るだけで先行きが読めてしまう女だ。一流の私立大学に入って“ミスなんとか”になって、卒業したらアナウンサーになる。
アナウンサーにならなくても、都心の小綺麗なエリアで何か華やかに仕切って、スポーツ選手かデザイナーか、どっかの社長と結婚して子どもを産んで三十歳を過ぎたらちょっとしたビジネスを始める。
要するに母親の人生の焼き直しだ。
毎年、バレンタインデーは咲愛の独壇場であり、本命チョコの相手が誰なのか、校内は大いに盛り上がる。
だが、そのイベントの当日、俺の前で油を売っているのは、どういう風の吹き回しか。
「これ、舞弥先生にもらったのよ」と咲愛は微笑んだ。
「じゃあ、一人で食えよ」
なるほど。咲愛が、舞弥という家庭教師に心酔しているのは聞いていた。
咲愛が第一志望にしている私立大学の法学部に通う。二歳年上の絵に描いた“才色兼備”だ。
二人で食事に行ったり、岩盤浴デートとやらをしたり、女同士で仲が良すぎるのを母親はむしろ心配しているらしい。
確かに妙だ。
違和感がある。
「待て!そいつを一つよこせ」
「何その言い方?あんたなんか、こっちのクッキーを…」
「いいからよこせ!」
俺は、込み入った模様の小さなチョコレートを一つ、咲愛から受け取り机に置いた。
ガラスコップを逆さにかぶせ、偽装を祓った。
俺は鬼祓いを生業とする“土牛童子”一族の端くれだ。本業は鬼祓いだが、人の邪気を狩ることもできる。
今年は、咲愛の頼みで、五人分の邪気を狩った。
彼女はそれで男に凝りたようだが、別の邪気を惹き寄せていたようだ。
ガラスコップの封印の中で、チョコレートから白い蟲が湧いて出た。何千何万匹もの蟲どもは、細長い尻尾を伸ばし、蛇のようにのたくった。
「コイツは…男の体液だ。チョコの具にこんなもの入れやがって!舞弥って野郎、酷いことになってんぞ。オカシイのに気が付かなかったのか?」
咲愛のストーカーを何人も祓ってきた。異常者や犯罪者もいた。だが、性別を変える肉体改造までした男には初めて遭う。
「抑えきれねえ!ここで、実体化させて祓うぞ」
俺は牛鬼を召喚した。
土の中から俺の牛鬼が立ち上がった。ヌラリと青い。喉奥から響く反芻は地獄の粉砕機のようだ。
さすがの咲愛も、俺の牛鬼には怯えた表情を見せる。不思議なことに、咲愛には俺の牛鬼が見えるのだ。
「早くあっち行け!面倒ばっかり持ってきやがって!」
俺は暴れる牛鬼の手綱を操りながら、咲愛を怒鳴りつけた。
コップの中で鬼が実体化を始めている。近くにいると危険だ。
「なによ!あんたなんか!」
咲愛は、自分が持ってきたクッキーの包みを机に叩きつけ、拳でこなごなに叩き割り、ついでに俺の顔を殴りつけると、飛び出していった。




