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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.5-tune
96/437

四十四の四 曙光

 俺は桜井を探す。


 上空の暗雲は消えていた。宇宙がぎり透けて見えたのに、成層圏が今まさに太陽に照らされた。その空へと、巨大な異形が登っていく。


 あんなのは桜井なんかじゃない……。

 俺の手から力が抜ける。白猫を抱えたまま、楊偉天の前へと引きずられる。緋色の布が転がっている。そこにカラスはもはやいない。でも護布の力を借りながら、ドーンの魂は必死にあがいている。

 龍はすぐ上の空で、もがくように暴れる。その上にひろがる蒼天が陽炎のように揺らめきだした。神殺の結界が閉ざされた。

 楊偉天が俺を押しのけて、金属の箱の前に屈む。青ざめた老人がふたを開ける。


ウワン、ウワン


 老人の眼差しに四玉達が怯える。俺の中の異形を呼びつける。

 龍が屋上を見おろした。箱へといざなわれようとしている。


 青い光が玉に戻れば、桜井も人に戻れる。そして俺も……。どこまでも無力だった。人に戻ることさえも楊偉天次第だった。この二日間してきたことは、すべて悪あがきだった。

 老人も怯えていた。


「大鴉どもよ。魔鏡の導きは奴に無意味だった」

 楊偉天が立ちあがる。杖を両手に持ちなおす。

「いにしえのごとく、天と地が水平なるを望むものあり……」


 杖を横にかかげ、強力な呪文を唱えだす。龍が狭い空に長い胴をくねらせる。爬虫類のように感情のない目は、楊偉天だけを見つめる。従わぬ龍を見て、四玉がさらに怯える。俺から忌むべき力が抜けていく。


「老祖師、無理!」

「峻計、逃げるな!」


 竹林と流範の絶叫が咆哮にかき消される。……龍は箱に呼ばれたわけではなかった。龍はおぞましき食べ物として、この老人を選んだ。

 大型トラックほどもある巨大な顔が口を開く。楊偉天が呪文をあきらめる。迫りくる龍へと杖を向けなおす。

 俺は立ちあがる。俺はあきらめない。最後まであがいてやる。よろめきながら、老人の目前に迫った龍へと割りこむ。

 桜井はまだ人だ。でもこいつを食ったら、彼女は人でなくなる。


「桜井、帰ろうよ。一緒に」


 異形の力が玉へと去っていく。言葉を伝えるのさえ、つらくなってきた。巨大な龍がちっぽけな俺を見つめる。


『いい加減、夏奈って呼べよ』


 彼女の悪戯っぽい声が心に伝わる。龍が顔をあげる。その先には残酷なほどにさわやかな青空がひろがっていた。その空へと龍が駆ける。陽炎へと飛びこんでいく。


 巨大なガラスが砕ける音は、寝ている人間にも聞こえただろうか。龍は垂直に天へと昇る。銀鱗が輝く。姿は小さくなっていく。


「人の心の仕業……。神殺の結界が破られた。せめてこの国に封じる。竹林よ、見逃すな。流範よ、我が天馬となれ」


 楊偉天が切迫した声で叫ぶ。

 俺は膝から落ちる。

 人に戻りたくない。なのに全身の力が消えていく。意識が遠のきはじめる。


「峻計。お前は四玉の巣をつかみ、剣をくわえ、無様に追ってくるがいい。……その若者は儂の命を救った。手をだすな」


 楊偉天を乗せて、流範が風のように去る。竹林があとを追う。

 最後に残った大カラスが、あざけりの笑みを俺に向ける。


――死んだほうがましなのにね。その醜い面で何百年もさまよいな


 あいつがくちばしで四玉のふたを閉じはじめる。俺はもはや見ることしかできない。


『峻計は鴉になってもいい女』


 呼ぶ声がした。峻計が慄然と顔をあげる。


『代わりに魔力は消えた』


 誘う声があいつを囃したてる。


『あるのは悪知恵』

『器用な爪、キッ』

『羽根を使ってさあ逃げろ、ホッ』


 使い魔達は姿を見せない。俺など相手にしない。


『筋書きがずれるから箱は開けておいてくれ。異形ではなく人の魂が欲しいのだよ』

『嫌なら、鴉VS梟&蝙蝠だ。キキキ』


 こいつらは楊偉天が去るのを待っていた。


――おのれ……、なぜ復活した


 あいつがくちばしをきしませる。俺の意識は溶けていく。


『人の魂を得るために決まっているだろ。おったってないと入れられないのと同じだ。ホホホ』

『そんで、お前が消え去るカウントダウンは11秒だぜ。9,8……』


 このいやらしい声は誰だっけ。……でかいカラスが口惜しそうに俺を見ている。こいつは誰だ。


――人に戻ろうが、いずれ殺してあげるわ。黒羽扇でね


 大きな鳥が飛びたつ。俺は考える力も消えていく。


――松本君、助けて!


 誰かの魂が俺にしがみつく。俺は抱えることもできない。その魂は恐怖に包まれたまま俺から離れていく。俺にはなにもできない。


『松本哲人。契約を反故にしたな。桜井夏奈を守れなかったな。キキキ、おかげで見事な龍が生まれちゃったぞ。違約のむくいとして、この娘の魂はもらっていく』


 呼ぶ声がかすかに聞こえる。女の子が救いを求める手を伸ばしたまま遠のく……。俺は誰かに許しを請う。川田許せと。

 青龍の光の破片も、名残惜しそうに俺から立ち去る。


 二人だけの時間。クリスマスと元旦に挟まれたモールにあって、そこだけひっそりした二階のテラス。その記憶さえも溶けていく。


 俺は青い光へ手を伸ばす。でも光は消える。……もうすこしだけふんばれよ。小柄でまじめでかわいい女の子。友人達。俺達のために戦って死んだ人。誰かの笑顔……。俺の虚無に刻みこめ。


『ホホホ。しかし特記事項で猶予を与えると約束した。よって次の新月までは、この娘は捧げない。我らが主であられる、ゼ・カン・ユ様にな。お前と違い、私達は約束をたがわない。たとえお前が覚えていなくてもな。ホホホホホ……』


 横根、川田、ドーン、夏奈……。虚ろの中で、みんなの名前を刻もうとする。


『ロタマモ見ろよ。極東の都が朝日に照らされる……。生まれて初めての、すがすがしい朝って奴だな。カウントダウンし忘れたけど』

『サキトガよ。薄氷ではあったが我々の勝利だ。さて、主と合流しよう』


 異形であった俺はもう存在しない。曙光が町を照らすだけだ。……もうすこしだけ名前を刻め。劉師傅、思玲……。


「思玲」


 消え去った彼女を呼ぶ。反応などあるはずない。


「思玲!」


 俺は絶叫する。迎えに来てくれるはずなどない。もう終わりだ。すべてが遠のく。


「思玲……」


 自分の声さえ遠ざかる。誰かの名前を呼びながら、妖怪としての俺は消える――





次回「三十七時間後」

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