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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.5-tune
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四十四の二 吹きさらしの五人

 俺は無力感を振りはらえないまま、護布がはだけた月神の剣をひろう。剣に怖さを感じない。師傅が持たねば剣に威圧がないからだ。

 こんなのが破邪の剣であるはずない。それでも俺はあいつの声へと剣先を向ける。


「そういうことはいいから、はやく人になってみな。見届けてやる」

 出入り口の上から、峻計が姿を見せずに笑う。


「松本、かまうな。先に進むしかないのだろ」

 川田が見えない目で俺を見つめる。


 そうかな。最初から進退窮まっていた。そんなこと考えるなよ……。


『お願いだから、はやく箱を開けて!』桜井が怯える。『あいつを食べたがっている』


「瑞希ちゃん、これをかけて。気休めだけど、けっこう効くぜ。俺はもういらねーし」


 ドーンが護布をくちばしで引きずる。

 青ざめた横根が緋色のサテンを体にかける。俺は箱の前にしゃがむ。木の箱をひらき、金属の箱をとりだす。そのふたも開ける。

 かすかな黒色は弱っていた。かすかなブルーはみずから動かない。かぎりなく透明な三つの玉をはべらして、白い玉だけが煌々と輝いていた。


「もうやだ!」


 横根が目をかばう。

 俺は剣を持ち、思玲に言われたように箱を切りつける。


「ふふ。そんなやさしく叩いても、なにも起きないよ」


 あいつの声を無視したい。もっと強く切りつける。


「玉よりあんたが怯えているよ。ふふ。瑞希ちゃんが帰ってきたから、男どもは人に戻っていいのにね」


 彼女の名を呼ばないでくれ。俺は横根を見る。緋色の布をかぶった白色の猫がへたりこんでいた。一撃で決めなければいけなかった……。


『まだ大丈夫。はやく箱を壊して』


 桜井の言うとおりかもしれないけど、横根が再び人に戻ったとして記憶が残っているだろうか。思玲もいない。あいつだけがいる。

 俺は箱を突き刺そうとする。鋭利な刃先が錆びた表面にはじき返される。腕から流れ続ける血が剣をつたう。


「戻るのやめよ」ドーンが言う。「戦うしかな、ゴホゴホッ、オエー」


「違うよ。人になれば和戸君も治るんだよ。戻るしかないよ」

 横根は気を取りなおしている。「どうせなら人になって……」

 観念しかけてもいる。


「今のままで戦うほうが、まだ可能性があるじゃん。哲人、はやく寄こせ」

 ドーンが羽根でくちばしをぬぐおうとする。


 ドーンがなにを求めているかは分かる。でも、もう戦わせない。


「俺は瑞希ちゃんに賛成だ。俺が狼だったときは託された。柴犬になろうがやってやる」


 川田が箱に飛びかかる。

 でも子犬が噛んでも金属の箱が傷つくはずない。……狼の牙よりも師傅の剣が強いに決まっている。なのに四玉は怯えない。剣の持ち手のせいだ。


「玄武くずれは最後まで粗暴だね。蒼玉が割れたらどうする」


 軽快な羽音が舞いおりる。すらりとした大カラスが子犬に爪をかける。真っ黒な目が俺をあざ笑う。

 こいつは峻計だ。みずからの羽根を扇にささげる前の姿。


「老祖師が早々に呼び戻してくれたのよ。みずからのどを突かれてね」


 大カラスが川田を足にして飛びたつ。黒色の子犬が足をばたつかせ上空に消える。


「川田君!」

 白猫が緋色の布から飛びだす。首にぶら下がる赤い珊瑚が揺れる。


「俺よりも、もう一羽来るぞ!」

 子犬は叫び声を残して闇空に見えなくなる。


ガハハハ……


 なぜだか滝つぼの笑いを思いだす。……そうだった。俺も大カラスどもと一緒だ。一度死んで生きかえった。こんなことを見せられるために……。仲間を巻き添えに。

 すべて許せない!


「川田を助けろ」ドーンに命じる。


カカカッ


 瀕死の迦楼羅が待ちかねたように飛びたつ。死力を絞れ!


『怒らないで。私まで呼ばれちゃうよ』


 明けはじめた空が鳴り響く。俺は剣を持ち立ちあがる。


「辛うじて復活だ。俺なんぞのために、老祖師がお一人犠牲になられてな」

 入口から大声がした。

「お前ら、あの扇には気をつけ……んだ? 四神くずれだけかよ」


 川田が告げたとおり、焔暁が戻ってきた。俺は師傅の亡骸を踏みつけた大カラスをにらむ。

 こいつは終わりだ。


「まだ生きていたのか。護符の代わりに剣か? おもしれえ」


 俺を見て、俺の剣を見て、焔暁が笑う。戦いへのうずきをこらえきれぬように、階段口から飛びたつ。


「明王の端くれから燃やしてやるぜ」


 燃える足を俺に向ける。

 俺は師傅がかかげた剣からほとばしった光を思いだす。俺も剣を天にかざす。

 おのれさえも眩しい。

 月神の剣から光があふれる。光が屋上を蒼天と照らす。上空の雷雲さえもかき消そうとする。

 ……こんなにも、剣は俺を待っていた。


「くそっ」と、俺の目前で対の炎が逃れる。俺は剣を右手に跳躍する。心と剣が一体だ。中空を薙ぎ、地へと降りる。


「くそう……」


 焔暁がよたよたと落ちかけ、かろうじて浮かぶ。剣の光がおさまった屋上に、燃える足がふたつ、くすぶりながら転がる。


「ま、松本君、それだよ」横根がつぶやく。「それで箱を壊せばよかったんだ」


 ……どのみち怯えた俺では無理だったよ。箱へと剣を向ける。


ウワン、ウワン……


 かかげただけだ。それだけで透明の四つの玉が怯えだす。俺は箱に飛びつき、あわててふたをする。

 四玉の怯えはなおもやまない。おそらく開けると同時に俺達は人に戻る。


『なんで閉じるんだよ!』


 桜井が怒声をあげる。彼女が俺から飛びでようとする。

 まだだろ。川田もドーンもいないだろ。五人で囲むのだろ!


「ああ」


 白猫が黒雲を見上げる。

 峻計が落ちてくる。続いて川田とドーンも。


「ドーン、どこだ?」

 子犬だけがよろよろと立ちあがる。後ろ足が砕けたのか腰から崩れる。

「俺を助けても意味がないだろ!」

 それでもなおも吠える。


「はやくしないと!」

 横根が緋色の布をくわえて引きずる。


『はやくだせ!』


 桜井が暴れる。俺は抑えることしかできない。俺は確信している。桜井が俺の力を破ったときに、青龍が具現する。


「ドーンはどこだ!」

 川田が叫ぶ。ふいに低くかまえ、一陣の風に飛ばされる。


「また大老師が死なれちまったぞ」流範の声がとどろく。「お前への預かりものだ!」


 大カラスが目前に現れて、くちばしを開く。朱色の光が見える。とっさに腹だけを守る。馬鹿、青龍は狙わないだろ――


ズドウン


 すべてが朱赤に染まる。

 俺の顔、焼けただれたかも……。

 俺は妖怪だ。まだ耐える。残った目で大カラスを探す。むき出しの屋上はこいつらに利がある。

 風はどこだ? どこから吹く?


グワサリ


 加減されたような背後からの一撃。……それでも背骨、砕けたよな。意識がうすれ、腹をかばう手が垂れかける――。







「叫ぶな。お前がどれだけ好きか、誘って断られたのも分かった。だから静かにしろ」

 川田はうんざりしていた。

「近所迷惑だ。……でも、あれはそこまでかな」


 うるさい。お前だって酔っぱらいだ。どうせ彼女を調子よくてサークルに半分も顔をださない適当女と思っていて、几帳面で女好きな俺では釣り合わないと思っているのだろ。

 でも二人だけの小さな思い出があるんだよ。テラスから覗きこんでいた桜井、真顔で言いかえしてきた桜井、ハイタッチをやり直した桜井……。




 ……まだ終わってないだろ。人だった友を思いだすなよ。好きだった子を思いだすなよ。

 今だけに、この屋上だけに意識を向けろよ、俺。





次回「足掻けよ俺」


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