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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.5-tune
93/437

四十四の一 ファイナルカウントアップ

「横根、手を離せ」

 俺の声はどうしても荒くなる。


「桜井はあとまわしだ。瑞希、剣に祈りをささげろ」


 思玲がうしろ手で俺へと剣を渡す。

 彼女は扇だけをかまえ、楊偉天達と向かいあう。俺は屈み、横根の前へ剣を差しだす。胸もとの珊瑚が濡れたように光る。


「私には守りたい人がたくさんいます。その人達は私も守ってくれます――」


 横根は涙顔で必死に言葉に心を込める。彼女の背へと、子犬が後ろ足を引きずりながら陣どる。


「素晴らしい扇だな。日本製か? 儂が授けた白露扇より性にあっているようだ」


 楊偉天が流範から浮かびあがる。

 老人が放つ赤さび色の光の下を、流範が俺達へと飛ぶ。

 墓石を砕いたくちばし。なのに思玲は俺達を背に避けようとしない。


「――だから、どうか穢れを消してよ!」悲鳴のごとき祈り。


 月神の剣に重みが増した。

 俺は穢れが消えた剣を手に思玲を退かす。剣で風を受けとめる。

 流範の突進は重機を彷彿させた。転ばぬのが精一杯だった。


「流範を止めるとは……。破邪の剣に選ばれたとでもいうのか?」


 楊偉天は感心するけど、剣は俺の手から落ちる。……左腕がざっくりと切られていた。あふれだした血は、妖怪のくせに地面へぼたぼた落ちていく。痛みで手がしびれる。血は落ちたそばから消える……。

 はやく終わりにしなきゃ。右手で剣を拾おうとしてよろめく。


「護符がないのか。教えておけ!」思玲が俺を抱える。

「言った!」俺は抱擁をどかす。


 彼女は鬼神のような面相で涙の筋が幾重にもあった――。

 琥珀の話を思いだす。もう一度奴らを消してやる。


「盾になってください。あいつらを一か所にまとめてください」


 俺はポケットからスマホを取りだす。

 彼女の顔にえげつない笑みがひろがる。それでこそ思玲だ。


「薄焼き餅は無理でも喰らわしてやるか」

 笑みを飲みこんだ思玲の顔に画面を向けて電源を入れる。「私の顔がハートで囲まれたぞ。気色悪い」


 思玲が扇と剣を両手に背を向ける。俺はおそるおそる画面を覗く。無事に起動していたが、なんだこりゃ? それどころではない。


「結界野郎、喰らえ!」

 思玲が竹林へと扇を向ける。


「それはお前だろ」

 流範が竹林の前へと浮かぶ。

「ちんちくりん、いつまでもぼっとしているな。薄くていいから姿を隠せ」


 こいつらは残忍なくせに仲間意識だけは強いカラスだ。あとは俺が仕上げる。

 思玲の肩を引き、片腕をぶら下げて前にでる。


「竹ちゃん、スマホを見たくないか?」


 大カラス達に嫌味な笑いをかける。今のひとことに興味を示さなければ、こいつらだけでも吹っ飛ばしてやる。でも、


「それは琥珀のものだ。渡しなさい」

 楊偉天が竹林と流範の前に現れる。厳しい顔だ。「……峻計の術を受けたな。かわいそうに」


 楊偉天が杖をかかげる。俺の手からスマホが離れようとする。必死に握る。


「返す前に、琥珀からのメッセージを教えてやるよ」

 深傷でしびれる左手で画面の隅のアプリマークを押す。どくろマークの11。

「お前達は北七だってさ」


 画面を奴らへと向ける。流範が楊偉天の前へと飛ぶ。


「お逃げに! こいつは姑息――」


ゴワワワアアアアアアアン…………


 とてつもない衝撃波が、画面から広角に飛びでる。おもわず目をふさいでしまう。……すぐに目を開ける。楊偉天達はいなくなっていた。

 角度的に餃子の皮にはなっていないが、どこか遠い空まで飛ばされただろう。桜井の説が正しければ、鏡から離れた楊偉天は消えたかも。

 電子音にスマホを見ると、英語と中国語(繁体字だ)でなにか書かれていた。


『二回使用でロックしました。支払い確認後に再開します。特別使用料、計198000香港ドル。連絡先:夏梓群(Dorothy)』


 英語を翻訳してみたが、つまりもう使えないらしい。


「香港のドロシーって人に問い合わせ――」

「ぼさっとしているな。無茶苦茶娘の名前をだすな」

 思玲に怒鳴られる。「流範はじきに戻る。別の楊偉天が来るかもしれぬ。はやく箱をだせ」


 そうだった。四玉と、浄化された破邪の剣。ようやくそろった。Tシャツの中から木の箱をだす。敵がいないうちに人の世界に退散しないと……。人に戻れることに現実感が湧いてこない。

 余計なことを思うな。こんな世界に残ることなど考えたくもない。


「いよいよかよ」


 ドーンが緋色の布ごと這いでてきて、地面にずり落ちる。

 ぼろぼろだろうがみんなもいる。俺は木箱を地面に置く。まずは、この箱にかかった護りの術を消す……。唐突すぎてだけじゃない。今さら妖怪の感がうずく。


「瑞希、こっちに来い。手をだせ」

 思玲が扇をくわえ、剣を天にかざす。

「月神の剣はすなわち破邪の剣。私を認めぬはずがない」


 思玲のかかげた剣が輝く。

 彼女は深く息を吸い、両手で持ち直した剣を横根の手へとおろす。寸止めされた剣の下で、横根の手が離れる。

 小鳥がコンクリートに落ちる。俺へと飛び、服にもぐりこむ。


 思玲が剣をおろし、

「おそらく白い光が瑞希に向かうから、箱はまだ開けぬ。まず術を裂き、ふたをどかす。それから箱を裂き怯えさせる」

 指をほぐす横根を見る。

「瑞希には最後に大仕事が待っている。他の連中は人に戻ればふぬけになる。引っぱたいてでも安全なところに連れていけ。お前に今の記憶が残っているうちにな」


 人に戻れば記憶が戻り、今の記憶は消える。人任せのタイトロープはまだ続く。


「みんなで警察に行く。自衛隊だって呼んでもらう」

 横根がきっぱりと言う。


「それよか、思玲はあいつらを足どめするつもりかよ?」

 片羽根を垂らしたカラスが思玲を見あげる。

「だったら俺もぎりぎりまで付き合、ゴホゴホ」


「和戸ふんばれ。人に戻れば治癒する。……剣を振りかざす女と師傅の遺体を見れば、お前でもあわてて逃げるだろうな」

 思玲が笑い「すまぬが護布を渡してくれ」


 俺は傷口を押さえながら、倒れたままの師傅の体を見る。心で手をあわせ、伝えきれるはずない感謝を伝える。

 思玲が扇を胸もとに差しこむ。……彼女だって傷だらけだ。しかも使い魔達が苦しむほどの結界に閉じこめられていた。さらには人の身で受けた傷。痛みも跡も残る傷……。


『思玲さんは師傅さんのあとを追うつもりだ』

 桜井が俺にだけ伝える。

『私は引きとめない。……思玲さん、ごめんなさい』


 ……ずっと昔のように思える。コンクリートの踊り場で、桜井が告げたこと。

 心も術も弱い女道士が身を挺して、俺達を助けるかもしれない。


 でも破邪の剣は彼女の手もとにある。身を差しだす必要などない。思玲が剣を緋色のサテンに包む。俺に顔を向ける。


「手順を言うぞ。術が消えたら外の箱を開ける。そしたら剣を持ち、内の箱を開けるなりぶっ壊せ。怯えさせろ。……今の川田には無理だが、今の哲人ならたやすいだろ。

人に戻っても狙われるなら、以後は魔道団を頼……やっぱり頼るな。でも若手連中なら」


 なにを言っている……。思玲がまた笑みを浮かべる。


「もたもたしていると瑞希がミャーちゃんになるからな。この剣があれば、箱を護る術を消すのは容易だ。だが魔道士除けの妖術を跳ねかえせるのは師傅だけだ。哲人、頼んだぞ」

 彼女は箱へと剣をかざす。


「や、やめろ!」


 俺の叫びなんかこいつは聞かない。剣からの光を浴びて、箱にかかった術が霧散する。

 箱から朱色の煙が湧きたつ。彼女の体が術の煙に包まれる。思玲が剣を手放す。抗う間もなく、彼女の体が消えていく。


「松本! 思玲はどこだ!」川田が吠える。「追うぞ! どこにいる!」


 煙はまた箱へと戻っていく。次なる魔道士を待ちかまえるように。


「思玲」


 横根がしゃがみこむ。うつろな目で箱を見ている。俺も同じだ。思玲が消えたあとを呆然と見ていた。

 ……違う。


「先に進もう。思玲にまた怒られる」


 俺はみんなに言う。

 横根が涙の飲みこみ、強い顔で俺へとうなずく。


「松本……」


 川田は、きかない鼻を闇へと向けていた。

 誰がいる? 思玲であるはずがない。


「ふふ。愚かな思玲。老祖師のおっしゃったとおりね」

 あざけりの笑い声。

「今の私は穴熊より弱いから、見物だけさせてもらったわ」


 俺達は悲しむことも混迷することも許されない。あいつなら、これくらい簡単に蘇るのだろう。





次回「吹きさらしの五人」

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