表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.5-tune
92/437

四十三の二 朝空遠からず

「どうしてでられないの?」


 桜井が手から顔だけだして困惑する。横根がまとわりつく子犬を蹴とばし歩きだす。


「その娘は妖術にまみれている。白虎の娘は、青龍への罠であり籠であった。さすがは我が老師。幾重もの策だ」


 なにを感嘆していやがる。


「だったら、あなたが横根の術を解いてください!」


 叫んでしまう。護符を持つ俺が手をだしたら、横根はおそらく死ぬ。

 振り向くと、師傅は楊偉天を抱き寄せていた。


「我が力は尽きる」師傅が言う。


 月神の剣が楊偉天を眉間から刺し抜いていた。楊偉天の杖は、師傅の胸に押しあてられていた。


「これより先は思玲を頼れ」


 楊偉天が消えゆくままに、劉師傅の体は前へと崩れる。

 生暖かい風が俺の横を過ぎる。風が師傅の頭を飛び蹴りする。数メートルもはじかれ、そのまま動かない。……焔暁が地面を歩き、師傅を見おろし笑う。燃える足で踏みつけようとする。


「やめろ」


 俺の声に、焔暁がびくりとする。

「やべっ、札つきの明王もどきが怒りだした」

 羽根をばたつかせて歩いて逃げる。


『哲人、俺をだせよ』


 ドーンの声が腹から聞こえた。こいつまで飛びでないように服を押さえる。カラスがグエッと悲鳴をあげる。……なにをやっているんだ。落ち着けよ俺。


「カッカッ、焔暁がいつもの朱雀くずれみたいだった」

 すぐ上で竹林が笑う。

「こけこっこー」


 落ち着いていられるか! 拳をかかげて上空へと跳ねる。


「かくれんぼと追いかけっこ」


 たやすく逃れた竹林の声を聞きながら着地する。

 見えない敵にかまっていられない。次なる楊偉天が現れるまえに、桜井を助ける。俺は横根へと向かう。


「松本、こっちに来るな! お前は思玲だ!」


 なにも見えない川田が、横根の前で立ちふさがる。

 そうだよ、思玲を助けるんだろ。彼女に頼るために……。

 俺は振りかえる。地面にはりつけになったままの思玲を見おろす。


「み、な、を、救、え」

 夜空しか見えない彼女が、結界越しに必死に伝える。

「師、傅、は、健、在、か?」


 俺達を助けるために苦しみを背負った思玲……。


「思玲!」


 俺は結界に飛び乗り、はじき返される。すぐに起き上がり、護符を握った手で結界をぶん殴る。はじき返されても、なおも殴りつける。……拳の骨が砕けそうだ。それでも殴り続ける。


――劉昇も虫の息か。焔暁、こいつらの処遇は老祖師にお決めいただくぞ

――見て。白虎の娘が行き場がなくておろおろ。カッカッカッ


 竹林も姿を現し、大カラスが三羽ならんで俺達を嘲笑する。俺はひたすらぶん殴る。結界がついに割れる。


「哲人、我が師傅は」


 思玲の声が聞こえた。答えるよりはやく、結界が再生される。あやうく手が挟まりかける。閉ざされた結界を俺はまた殴る。


――瑞希ちゃん……


 夜より深い闇に閉ざされても、川田はなおも人のために嘆く。


――瑞希ちゃん。川田君が呼んでいるよ。お願いだから帰ろうよ


 空は低くどよめいている。


――思玲の結界をひっくり返したうえに、はね返しをかけられたんだぜ。あいつが闇を落とそうが、消せるはずないだろうのにな


 焔暁がまた俺を笑う。俺は殴るのをやめる。


 大ケヤキの下で、暗黒を降らす峻計へと向かった扇の破片――。俺は握りこぶしをほどいて、大人の手には小さすぎる木札を見つめる。


「ありがとうございました」

 焦げた護符に礼を述べる。思玲を閉じこめる結界に押しつける。奴らへの怒りをこめる。

「消し去れ!」


 空間にひびが入るなり割れていく。すぐに再生しようとする結界を、両手で無理やりひろげる。思玲を抱きあげる。閉ざされていく結界から引きずりだす。


「し、昇様は?」


 黒目がちな瞳で、師傅の名を聞いてくる。俺は彼女を抱きしめながら、手のひらを開ける。

 木札は不均等に四片へと割れていた。

 最後まで異なる役目をさせてしまった。黒ずんだ木っ端をポケットへとしまう。


「やった。護符が割れた。誰が試す?」


 真上から竹林の声がする。こいつらは抜け目なさすぎる。


「俺がやりなおす。四玉を割らぬように頭だけ吹っ飛ばす」


 視界の隅で、流範が舞いあがる。

 東の空の縁がかすかに青い。そのはるか上空から、奴が起こす風切音が近づく。俺は思玲をさらに抱き寄せる。

 剣が風へと向かう。


 二羽の大カラスがフェンスを突き破り、闇へと消える。

 俺達の前に剣が落ちてきた。流範と竹林をはじき飛ばした月神の剣は、コンクリートに浅く刺さり、横へと倒れる。


「思玲、すまぬな」

 劉師傅は立ちあがっていた。俺が抱えた彼女へと、償いのような笑みを向ける。「すまなかった、玲玲リンリン……」


 師傅はうつぶすように力が絶える。



「松本君、師傅さんが」

「松本、あの人は」


 桜井と川田が感づく。横根は無表情のままだ。


「この野郎! 竹林まで吹っ飛ばしやがったな」


 焔暁が師傅の亡骸を足蹴にするのを、思玲が俺の肩ごしに見る。


「……どけ」


 思玲が俺の腕をはらいのける。立ちあがり扇をひろげる。焔暁へと亮相にかまえる。円状の扇から、幾重もの孔雀色の光(おそらくは七重)を描き飛びだす。


ズドン


 直撃を受けた焔暁が、ドアを突き破り屋内に飛ばされる。ガタガタと音をたて、階下に転がっていく。

 思玲は割れた眼鏡を投げ捨てて振り向く。


「状況は?」

「じ、状況って、師傅が亡くなっちまったら! た、魂が――」

「見るではない!」

 頬をおもいきりはたかれる。「私達みたいなものは死者に寄り添ってはいけない。惑わせるつもりか? 悲しんでもいけぬのだ」


 俺は頬に手をあてながら、思玲を見る。彼女の目から涙がとめどなく流れていた。……くそ。思玲が耐えるのならば、俺も師傅から顔をそむける。


「横根は傀儡になって桜井を捕らえています」

 それをまず伝える。

「ドーンは羽根を折られて俺が守っています。川田は両目も鼻もやられました。護符は割れました。……琥珀は生きています」


「よい話がひとつでもあって幸いだ。……このような剣で戦われていたのか」

 思玲がおおぶりな剣を片手に持ち「瑞希と桜井を救う。そして、瑞希に私達を救わせる」


 俺は彼女の背にうなずく。俺達に師傅の死に寄り添う時間はない。


 横根は小鳥を両手で握ったまま、屋上の真ん中で棒立ちしていた。足もとにまとわりつく子犬を足で追いはらい、次なる楊偉天の登場だけを待っている。

 思玲が扇をたたみ、横根へと向ける。


「奴の妖術だろうが消してやる」


 亮相にかまえる。術を受けた横根がのけぞる。


「無駄ダヨ、スーリン」

 横根が能面の顔で棒読みに話しだす。「カンゼンナ傀儡ダ。オマエデハ消セナイ」


「これならどうだ」


 思玲が破邪の剣で亮相にかまえる。見えない光を浴びて、横根がまたのけぞる。


「ムダダヨ、昇」また喋りだす。「ツルギガ弱イ。ツカレテイルノカ」


 ……あの老人は思玲や師傅の行動を見越して、横根に言葉をインプットしやがったんだ。


「桜井をだせ!」

 俺は横根の手を包み、無理やりこじ開けようとする。


「やめて、瑞希ちゃんの手が引きちぎれる!」


 桜井が悲鳴をあげる。……護符がなくても同じだ。俺は思玲に押しのけられる。


「瑞希」

 思玲がやさしく抱きしめる。「心は苦しんでいるのだろ? だから、なおさら無理強いするぞ。術から逃れてくれ」


「無駄ダヨ、スーリン」横根が口を開く。「情ニウッタエルノハヤメナサイ」


「やめない!」思玲が強く抱く。「みんなのもとへ戻ってこい」


「無駄ダヨ、スーリン――」


 横根は涙を流しながら、同じ言葉をくり返す。……思玲が横根から手を離す。座りこむ。


「言っておくべきだよね。私の中のこいつが朝空を飛びたがっている。もうじき瑞希ちゃんの手を食いちぎると思う。私を殺したほうがいいかも」


「ふざけるな! こんなの、もうじき終わるだろ? お前のもうじきよりもうじきだ」


 吠えて叱咤する子犬を直視できない。人間の子どもですら勝てそうな図体なのに、なんで戦い抜いて、なおも戦いつづけようとするのだ。こいつこそ抱きしめてあげて、ミルクを飲ませて温かいタオルで寝かしつけてあげたい。


『終わりが近いならば俺も戦うぜ。また哲人に殴られようがな』


 いつから目が覚めていたのだろう。布の中からドーンが告げる。

 みんなを守りたい。でも俺になにができるんだ。考えろよ。それしか俺には能がないのだから……。

 なにも浮かばない。

 横根の足もとに草鈴が落ちている。もうこたえてくれる相手もいない笛だ。しゃがんで拾うと、川田が足を引きずりながら寄ってきた。


「松本、俺にも試させてくれ。瑞希ちゃんの顔まであげてくれ」

 閉ざされた目の子犬が訴える。


 抱きあげた犬のぬくもりを感じながら、あたりを見わたす。東の空が白みはじめている。都心のビル群の影が、うっすら縁どられている。朝が近い。


「また来たな。ハエよりしつこい。いつか倒してやりたいな」


 目が見えぬ子犬がにらむ西へと顔を向ける。こっちの空はまだ闇だ。その闇へと、人と異形のシルエットが浮かんでくる。結界をまとわない竹林もふらふらと飛んでいる。こいつらを何度乗り切らないとならない。


「今はまだ放っておけ。瑞希ちゃんが先だ」


 思玲が月神の剣と七葉扇を両手にかまえ、俺達と楊偉天のあいだに立つ。俺は子犬を横根の前へと差しだす。

 子犬がひとしきり鼻を動かす。余計痛むだけだとぼやく。


「でも瑞希ちゃんがそこにいるのは分かるよ」

 川田が横根に笑いかける。

「瑞希ちゃんの笑顔をみんな見たいってさ。はやく、みんなであっちの世界に戻ろうね」


 川田の言葉はあたたかい。思玲が扇と剣で楊偉天の術を必死にはね返している。

 そのすぐ後ろで、子犬が横根の頬を舐める。


「川田君……、傷だらけ」

 横根が泣きながら崩れ落ちる。

「私なんか猫のときから迷惑ばかりだ。ごめんなさい」


 謝られることなんて、なにもしていない。

 子犬が俺の手から飛びおりる。





次回「ファイナルカウントアップ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ