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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
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四の一 畜生どころか座敷わらし

「俺が人間って分かってるなら、なんとかしてよ。スクールキャンパスはネクストステーションって教えてやったじゃん。そういや桜井があやしかった。もしかしてお姉さんは台湾人だったりして。桜井夏奈ってジャパニーズガールに会わなかった? とにかく人に戻せよ」


 カラスがガーガーと鳴き声まじりにわめきたてる。俺の耳というか心には、ドーンの声がそのまま伝わってくる。


「和戸君うるさい。いつも」

 横根の声がした。白猫があくびしながら伸びをする。「ご、ごめん。寝ぼけた」


 手さきで目をこする。うっすらと開けた目をまたつむる。見た目も仕草も猫だが、声は横根だった。

 いやでも確信する。カラスがドーンで、猫は横根だ。なら、そのでかい犬が川田だ。俺や桜井より前に、みんなは異形というかアニマルになっていた。


「これは本当にうまくないぞ。現実だ」

 黒い大きな犬が川田の声で牙をむく。俺達を見まわし「なんで瑞希ちゃんが猫なんだ。松本はさっきまで人間だったのに浴衣ゆかたのガキにされたな。しかもドーンはカラスかよ。ひどすぎる、許せない。桜井の仕業か?」


「桜井であるわけないだろ」


 俺の口から反射的に強くこぼれる。黒犬が俺にはっと目を向ける。


「落ち着け。仲間同士の言い争いなど毎回見たくない。ミャーちゃんも寝たふりするな。何度目覚めようと、この悪夢は終わらぬ」

「ざけんなよ。お前は誰だ」

「私は台湾の魔道士だ。お前達のために詮方なく日本に来た」


 王は川田の問いをあしらい、

「三人とも哲人を見習え。こいつは畜生どころかキジムナーと化しても、冷静どころか豪胆だ」


 褒められたというより、そんなに無様な姿なのか?


「ま、松本君はキジムナーじゃないよ」

 横根は薄眼を開けていた。

「座敷わらしだと思う。東北地方の妖怪。本でも読んだし、漫画でも見た。ご、ごめん、変なこと言って」


 それなら俺も知っている。子供の妖怪だ。


「なんであろうと自分の姿が見えないんだ。でも妖怪になった自分なんか見えないほうがいいかも」

 横根へと嘆く。……みんなに失礼だったかな。


「かわいいよ、安心して。それに松本君の面影がある。年少の頃って感じかも」


 まだ細いままの瞳孔の目に、かすかに安堵が浮かんでいる。純白の猫の言葉と眼差しも、俺に少なからず救いを与えてくれた。

 横根は立とうとしてつんのめる。猫の顔に照れ笑いを浮かべて四肢で立ちあがる。ぎこちなく王に寄っていく。


「す、すみません。みんなもとに戻せますか? 両親が心配すると思います」


「そうだった!」 

 川田が吠える。また後ろ足で立とうとしてこける。ようやく四本足を地につける。

「俺は五時半からシフトだ。夏休み前にいきなりやめた奴がいるうえに、今日はさらに一人休みだ。金曜だろ? 俺が行かないとパンクする」


 川田は犬になろうとバイト先の心配をする。今度はドーンがガガガッと鳴く。


「スマホがねーし! 姉ちゃん、探してよ。財布も」


 学生達が俺達を見た。


「スゲエデカイ犬ガイルゾ」

「カラスガ真横デ騒イデイルシ」

「ゲットアウト! ステイホーム!」


 王が人の声で追いはらい、

「バウバウ、ミャーミャー、カーカーうるさいからだ。結界を張ってないのだから静かにしろ」

  

 心への声で俺達に怒鳴る。この人は説明もなく専門用語を口にする。おそらく川田達を隠した術のことだろう。


「見えなくなるのですよね。張ればいいんじゃないですか?」

 たしかに俺は比較的冷静なようで、周囲の目が気になる。俺は見えないのだろうけど、地べたのカラスに説教する女性。


「私に同じ過ちをくり返せさせるのか? 哲人みたいな高慢ちきな輩は、どうせ見ないと納得しないからやってやる。暇な学生どもがまだ見ているから、姿隠しでなく跳ね返しの結界だ」

「てめえのが傲慢だろ」


 川田のうなり声を無視して、王は扇を開き舞いはじめる……。思いだした。彼女はさっきも舞いをおさめた。

 俺達はドーム状のガラスに包まれる。夏の光にきらきらと輝く。


「この中は安全みたいだな。それより人に戻せ」


 川田が肉食獣の眼光で言う。そんなはずはないとも思いだす。あの舞いの直後に彼女は風に襲われ……、俺達を守るかのように剣舞を始めた。

 空中にひびが入った。亀裂はひろがり崩れおちる。破片は氷みたいに溶けていく。


「言ったとおりだろ」

 彼女が忌々しげに俺へと扇を向ける。

「これは貴様の……、哲人の火伏せの護符の仕業だ。哲人が封じこまれたと勘違いしやがる」


 俺の護符が結界を破った? お天狗さんの札のことだろうが、大金を払って手に入れたものでもないし……。手にした由縁を考えれば、突拍子もないお守りなのかも。なんでも弾きかえす、とか言っていたな。


「哲人を追いはらわぬかぎり全体の結界は張れぬ。私は斯様なことは望まぬ。だから騒がずに私の話を聞け」

 王は椅子に座り、扇をカバンにしまう。みなを見まわす。

「私の名前は王思玲。お前らも名前を教えろ」


 みんなが納得しない顔で自己紹介したあとに。

「それと俺と一緒にいた女の子は桜井夏奈です。彼女のことも忘れないでください」

 それだけは付け足す。


「川田と横根だな。あの娘がやはり桜井。お前達は想像できぬ事象に巻きこまれても、見事なまでに正気を保っている。だからこそ、これからの話をよく聞け」


 西に傾きだした日差しが、王さんを背後から照らす。


 *


「まずはお前達がもとの姿に戻れるかだが、私ではどうにもならない」

 話は絶望の切り口から始まった。

「しかし幸いにも箱が手もとにある。我が師傅が近々お見えになりそれをぶっ壊せば、四人は人に戻れるかもしれぬ。私は同じ事柄を何度か見てはきたからな……」


「いま壊そうぜ。どこにあるんだよ?」


 ドーンが言う。俺は見えない腹をさする。


「短絡にほざくな。師傅以外が挑めば、意味なく壊して万事休すだ。もうしばらく我慢して、仲間同士でなすりあい傷つけあうだけはやるな」

「俺らがするはずない。師傅って奴はいつ来るんだ」


「教えておくぞ。二度と師傅を奴呼ばわりするな」

 王が黒犬をにらみつける。

「いつ来られるかなど分からぬ。じきお見えになるかもしれぬし、明後日になられるかもしれぬ」


 にらみながらペットボトルに手を伸ばし口をつける。それは桜井へのおごりのお茶だ。


「連絡を取れないのですか?」


「師傅も私も携帯電話など持たぬ。斯様なものは霊力を落とすらしい。戦いが続き、もはや伝令は一羽もいない」

 横根の問いに答えるとまた口をうるおし、

「とにかく聞け。私の兄弟子でもあられる師は劉昇と言われる。大陸も含めてもっとも力ある魔道士でおられる。もちろん師傅にも師匠がおった。そいつの名は楊偉天。奴は年を重ねるにつれ邪念にとらわれた。私が師傅に預けられてしばらくすると、ついに二人は袂を分けた。あの男はさらに妖術へと惹かれていく。人の心を読む術、人を操る術など。邪悪ではあるが、まだプリティものだった」


「夏奈ちゃんがおかしかった! ぜんぜん笑わなかったよね」

「たしかに。そういや桜井はどこだ?」


「横根と川田だったな。口を挟むな!」


 王が手のひらをテーブルに向ける。光を浴びて、置いてあったウチワが粉々になる。全員が固まる。

 

「次は魔道具を使うからな。あの男は人を式神に変えだした。おぞましい失敗をくり返したうえに、人間と融和性が高い生き物ならば成功するに至った。人と同じく知に富み、群れで動き個でもあざとく、騒々しく、残忍な生き物。いわゆる鴉だ……。和戸は違うぞ。もうひとつの術でたまたまだ」


「さすがにカラスはないし。あいつら、俺をまっさきにつつき殺すとか言っていたし。とくに、あのでかいカラス。マジで別格だった」


 心の声は漢字まで伝わる。王は鴉と呼びドーンはカラスと名乗る……それよりも、あのときは、俺はまだ人間だから見えなかったのか。あの生ぬるい突風は大カラスだったのか?


「人を式神に変えるには資質が必要だ。そんな人間は滅多にいない」

 こいつはドーンのぼやきなど聞いていない。

「なので大鴉は四羽だけで、その一羽が先ほどの流範だ。二羽は消滅したから残りは二羽。ちなみに無数にいた使いの鴉は、大鴉の誘いを受けいれて異形と化した愚かな奴らだ。流範の起こす風に乗ってここまで来た」


「王さん。な、何度も話の腰を折ってすみません。式神ってあの式神ですか?」


「なおも口を挟むか。横根も強いな」

 王が白猫に薄い笑みをかける。

「思玲と呼んでくれ。式神とは我々が使役とする異形だ。はるか昔にこの国へ伝わり、ここで確立したと聞く」


 式神なら、俺もアニメだかで見た覚えがある。主人公とかにこきつかわれていたよな。


「お、教えてくれてありがとう。私のことも瑞希と呼んでください」

「思玲。お化けカラスは戻ってくるのか?」


 川田が下の名で呼んだ。ならば俺も今後は思玲と呼ぼう。


「流範は蒼光に巻きこまれて吹っ飛んだ。鴉どもは親分を追った。しかし、いずれ連中は戻ってくる。青龍を生誕させるために」


「それよか夏奈ちゃんはどこにいるんすか」

「知らないってさ」


 俺がドーンに答えてやる。はやく見つけてあげたいのに、庇護者のような思玲から離れられない。俺はその程度の元人間だ。





次回「つまり四神くずれ」

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