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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.5-tune
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四十二の二 この身が削がれようと

「昇よ、峻計の置き土産を喰らったな。ヒヒッ、耐えていた傷も、うずきだしただろ?」

 血の色に照らされながら、老人が俺達を見おろす。


「異形に堕ちたものに比べれば、なおも耐えられる傷だ」

 師傅がにらみ返し「いにしえの呪文にだけは気をつけろ。あれは道理がちがう」


 俺に言うけど、そもそも道理が分からないから、なにが来ようと同じだ。


「三人はどこだ?」俺も楊偉天をにらむ。


「年長にその口はやめなさい」

 楊偉天が杖をおろす。血の色の光がうねりだし、俺を襲う。護符がたやすくはじき返す。

「昇よ。夏奈は人質のつもりか? お前がその娘に剣を向けるのならば、儂はタンを放つ」


 老人が笑う。……さらなる式神か?


「愚かな」師傅がつぶやく。


「白虎の娘に宝珠を担ったのは思玲だな?」

 狭い踊り場で、なおも老人は話を続ける。

「魔女と呼ばれるには力足りぬが、いつまでも破天荒なことをする。……白虎の破片を娘に残したのも思玲か? こじれておるし気乗りはしないが、あの娘で再び白虎を試してみるしかない」


 横根は青龍生誕の対角にある存在として生かされている。

 老人の饒舌が続く。


「昇が去ったので、儂はみなを屋上へと連れていった。そこで試すことにした。まずは思玲の臥龍窟を逆さにし、彼女自身をそこに閉じこめてみた。念のため儂の結界もかけておいた。重いことだろう。

……明潭ミンタンの件、思玲の仕業と噂があるな。この身が削られようが、それが事実か試してみたい。それまでは思玲は殺さない。

人でありし手負いの獣も面白い存在だと言える。だが子犬のままで大鴉相手に生き延びられるか、それも試している」


 もう許せない。

 俺は手にするもの全てをTシャツに押しこむ。護布に包まれたドーンと心がつながらない。この緋色のサテンはすべてを妨げそうだ。


「桜井。狭くても外へでるなよ」

 俺は木札だけを握りかえす。


『うん。ここで箱を守る。……和戸君は寝てろって!』


 桜井の感情にあふれた声……。カフェテラスでの寝ぼけ眼からの満面の笑み。俺だと気づいたぎこちない笑み。

 ロタマモのせいで思いだしてしまう。俺の嫉妬心。藤川匠……。

 師傅が現れる直前の駐車場で、フクロウは峻計も俺も笑っていたな。

 あれは惑わしだ。


『ううん。そんなんじゃない』桜井は正直だ。『でも気にしなくていいよ』


 ……今はとにかく楊偉天の説得だ。師傅を追い越し、階段を駆けあがる。お約束みたいに結界にはじき返される。

 師傅が月神の剣をおろす。剣もはじき返される。


「急くな。儂の質問にも答えなさい」

 楊偉天が杖をかまえたまま俺達を見おろす。

「琥珀は本当に死んだのか?」


「琥珀が?」


 師傅が俺を見る。小さくうなずくしかない。


「……なるほどな」楊偉天がさめた目で見る。「琥珀は思玲を選んでいたのか」


 楊偉天は式神にさえ裏切られる孤独な老人。俺は結界をなぐろうとして、師傅に押しとめられる。


「琥珀が最初に消えるとはな。楊め。おのれの呪われし所業を憎め」

 劉師傅が楊偉天をにらむ。


「ヒヒヒ。昇よ、万物が怯える眼力が弱まったぞ。もはや結界をたやすく消せぬではないか。我が一番弟子の代わりに、儂が破片としよう」

 楊偉天が杖を振りおろす。結界が粉々に砕け散る。

 そして俺を見る。

「日本の若者よ、夏奈と箱を持ってきなさい。儂は屋上で待っている」

 杖のさきを自分へと向ける。


 楊偉天が杖でおのれの首を突く。苦悶の声で倒れこむ。じきに消える。

 空気がさらによどむ。俺の心を恐怖が包む。


「みずから命を絶つなんて……、あの男はマジで不死身なのですか?」


「それはない。妖術による惑わしでもない。なのに骸が残らない。魂も現れない」

 劉師傅の声に疲れを感じる。

「知り得たことは、複数が同じ場所に存在できぬこと。あり得ないとしても、考えられるのは鏡……」


 鏡? 姿を映す鏡……。駐車場で消された楊偉天も、目の前で自死した楊偉天も、師傅が台湾で倒したと言う幾人もの楊偉天も、鏡に映しだされたものなのか?


『たくさんいるくせに、ジジイは公園に来なかった。鏡から離れたところに行けないんじゃないのかな』


 桜井が俺に伝える。その理屈だと、もし鏡が関わるならば、それはここにあるはずだ。おそらくは本人も。


「その鏡とは、どういうものなのですか?」俺は問う。


「いにしえから伝わる魔鏡だ。我が一門の長の象徴であるゆえ、他言などできぬ」

 そう言うと師傅がむせる。ぬぐった口さきを見せずに「私は気を高めるために剣舞をせねばならない。じきに終わるゆえ、断じて一人で行くな」


 師傅は窮地に陥った。つまり俺達も。





次回「スタンドバイミー」

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