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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.5-tune
88/437

四十二の一 魂を二つ持つ四羽

 あいつの凄まじい絶叫が響く。

 劉師傅が俺を見上げる。剣を持つ手をおろす。


「もう降りていい。哲人君ならば生き延びると思い、地裂雷ディリエレイを走らせた。無傷とはさすがだ」


 そう言われても、にび色の光の渦中にいたらどうなっていたか。

 桜井が力を抜く。俺はすとんと着地する。

 師傅は緋色の布を脇に抱えていた。それを開くと、ドーンがうずくまっていた。


「私を呼ぶために、このものは羽根をやられた。多足の毒も残っている。もはや飛べぬ」


 それほどまでに無理していたのかよ。俺は気づいてやれなかった。

 ドーンが平気な顔をつくろい、俺へとくちばしを向ける。


「ちょっとだけ休ませて。……英語だかで喋ってくる奴ら、ここにいたのだろ?」

 顔を寄せた俺が黒い瞳に映る。

「師傅を呼ぶなと心にうるさかった。気が散ってたまらなかった。あいつらを信用するなよ」


 ドーンのおかげで確信できた。使い魔達は今も陰にひそんでいる。そこで今もなお企んでいる。


「このものを頼む」

 師傅はカラスをサテンで包みなおし、俺に手渡す。

「朱雀のごとき反骨のものよ。守りたい者を思え。その心と護布がそなたも守る」


「カカッ、守りたいものね……」

 ドーンの声が小さくなる。「マジで守ってやるし」


『カラスの和戸君も見納めだ。次に会うときは人間だね』


 桜井が俺の中で無理して笑う。

 彼女は必死に耐えている。また力を使わせてしまった。


「気づいていると思うが、老師は死んではいない」

 あらためて師傅が言う。「この式神を消したところで終わりではない」


 これからが真の悪夢だと、俺だって分かっている。でも、この十数時間まとわりついた悪夢は、すぐそこでのたうっている。俺も玄関の前に倒れる峻計へと目を向ける。

 漆黒のドレスは切り裂かれていた。あいつはなおも這いずる。その先には、骨組みだけとなった黒羽扇が転がっていた。……門灯に照らされた師傅の影が峻計を覆う。あいつへと剣をかざす。ふと道路を見る。


「まがまがしき犬だ」師傅がつぶやく。


 陽炎に揺らぎながら、野良犬が俺達を見ていた。


「がっかりだな。峻計さん、お別れだな」


 ツチカベが裂けた口をゆがませる。

 峻計が顔だけをあげる。


「ツチカベか? す、すこしは役に立て。こいつらを倒せ」


 劉師傅は怪訝な目を向けるだけだ。魔道士とて犬の声は聞こえない。


「こいつらだと? でっかいホウチョウを持った男しか見えないな」

 ツチカベが俺達に背を向ける。

「こんなおっかない目の人間を襲えるかよ。俺はただの犬だぜ」


「ならば私を噛み殺せ! さすれば望みは叶う」


 峻計の叫びに、野良犬が足をとめ振り返る。残虐な笑みを浮かべる。


ウオオン……


 野良犬が空に吠え、俺達へと駆けだす。陽炎を越える。


「力もなき犬め!」


 師傅が一喝する。真横の俺まで震えあがる。

 ツチカベはその覇気に臆することなく、峻計へと飛びかかる。その首を噛む。


「そ、そうよ。私の血をすすって」峻計が恍惚の声をだす。「また会えるわよ。約束するわ」


「異形に堕ちる気か!」


 師傅がツチカベを蹴る。野良犬はあいつの首を裂きながら牙を離す。血に染まった牙を師傅へと向ける。師傅は動じない。

 なのに、あいつの消えかけた手が師傅の足をつかむ。

 師傅がよろめく。その腕をツチカベが噛む。峻計の血と野犬の唾液の混ざった牙が、鹿皮をなめしたような師傅の肌に突き刺さる。


 俺はあいつへ飛びかかる。あいつの眉間へと護符を押しつける。桜井は俺にしがみつき、必死に目をつぶっている。

 峻計の断末魔の絶叫が響きわたる。


「無念だ」


 師傅が剣を薙ぐ。もうひとつの手で野良犬を殴る。

 ツチカベの体は金網を突き破る。陽炎の向こうでぐったりと動かなくなる。……俺の前に、血に染まった野良犬の前足が地面に転がる。


「劉昇、穢れたな」

 おぞましく溶けながら峻計が笑う。「老祖師の勝ちだ」


「哲人君、目をふさげ!」劉師傅がまた一喝する。

 俺は従い、顔もそらす。


 *


「もういいぞ」


 師傅の声に目を開ける。

 黒羽扇は燃えカスさえ消えていた。あいつのいた場所に四玉の箱だけがある。師傅が箱を剣で指す。


「峻計の呪いの血を受けた。私も我が剣も穢れた。箱にかかった妖術を消せない」


 な、なんでそうなるのだよ……。


「どうすればいいのですか?」桜井が尋ねる。


「海神の玉の祈りが必要だ。白虎の娘を引き連れた思玲の愚かすぎる行為に、救われるかもしれない」


 彼女だけは責めさせない。


「連れてきたのは俺達です。横根も望んで来ました」

 俺は師傅を見すえる。

「このビルにみんな吸いこまれました。知っているのですね?」


 日曜の夜明け前、道を行く車はなおも少ない。都会とは思えぬ静けさのなか、師傅も俺を見る。


「草鈴が聞こえたが、私をまどわす幻との判別が難しかった。私へ救いを求める幻聴と幻覚は、あの老人の常とうの罠だ」

 師傅が剣を天へとかざす。

「剣の穢れをはらい真の楊偉天を倒さねば、なにも終わらない。――そなた達が異形である以上、神殺シェンシャーの結界から逃れられない。生き延びるためには、四玉を手に私に続け」


 神殺の結界……。この陽炎の結界は、人に戻れば抜けだせるのか? やるべきことに変化はない。


「まずは四人を助けましょう」

 俺は木箱を持ちあげる。やっぱり小さな箱だったのだな。


『ようやく再ゲットだね。それより何度か鳴っていたけど』


 誰からか知らないけど、俺が琥珀のスマホを持っていることを知らせたくない。


『ふうん。やっぱ慎重だ。松本君に任せるけど……。そういや倒したところで、あいつも蘇るじゃね?』


「峻計も復活するのですか?」

 桜井からの質問を、そのまま師傅に問いかける。


「大鴉は人と鴉から成る。魔物と鴉のふたつの魂があるのならば、奴もやがて戻ってくる」

 師傅が屋内へと剣をはらう。

「それまでに老師を倒せば、あいつは地獄の底に閉じこめられたままだ。他の大鴉どもにしても再び倒せば終わる」


 師傅がビルへと入る。俺も続く。

 この人が剣で散らしても、人除けの術が消えただけだった。気力を削る明かりは灯されたままだ。

 師傅がエレベーター横の階段を見上げる。踊り場にまた楊偉天がいた。





次回「この身が削がれようと」

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