表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
4.5-tune
85/437

四十一の一 陽炎のビル

4.5-tune



「人間をどこへ連れていくのだ? 峻計さんもそこに行くのか?」


 国道脇を進む俺達に姿をさらす勇気もないくせに、野良犬はまとわりついている。

 車やオートバイがごくたまに追い越していく。誰も思玲と横根に興味を示さない。深夜の子犬の散歩だとでも思っているのか。そもそも目前にしか興味ないのか。

 この町もいずれ日が昇る。


「あの声を聞くと落ち着かない。追いはらうか?」

 先頭の川田が聞いてくる。


「とっちゃん坊やのシバ野郎。誰に話しかけている。やはりボスの異形がいるのだな」

 ツチカベが言いかえす。俺は人の姿に戻ろうと野良犬にすら見えない。


「なにかいるのか?」

 最後列の思玲も気にしだす。人である思玲には、さすがに生きものの声まで聞こえない。


「さっきの野良犬だと思います。でも、ゆがんだ声……」

 俺の背後で横根が答える。人であるのに、あらゆる声がまた聞こえている。


「ただの犬なんか追いはらうじゃん。俺があぶりだす」

 元気になった姿を見せるかのように、ドーンが声へと飛んでいく。


 いきなり闇からツチカベが浮かびあがる。おとなの首もとを優に超す跳躍力で、ドーンに飛びかかる。

 思玲が畳んだままの扇をかざす。野良犬は地面に叩きおちる。うめき声を飲みこむ。


「いてえ……。これがテッポウって奴か? やはり尋常でない集まりだな」

 野良犬は狭い路地へと消えていく。


「峰打ちとは思えぬ打擲だったな。生身の犬に悪いことをした」

 思玲は新たな扇を感心したように見つめる。


「あざす。あの犬は、あいつと連れになった。もっと痛い目にあわせてもよかった。マジで」

 ドーンが彼女の肩に戻る。


「お前達、なんで立ちどまっているんだよ。完全に捕らえたぞ。先にいくからな」

 先頭の子犬がキャンキャンとわめく。口では言いながらも、傷を負った思玲にあわせたペースで駆ける。


「あそこの電柱で立ちションしながら待っていろよ」

『ははは』

 背後のドーンの軽口が聞こえて、桜井が俺の服の中で笑う。


 ***


『ここはどこ? すごく近いね』

 桜井がみんなへと声かける。


「俺は背が低すぎて、場所までは分からん。でも、ここが終点だな」

 川田が国道脇の建物を首が折れるほどに見上げる。


「な、なんで、こんなことができるの」

 横根は呆然と見ている。


『だから、どこなの!』

 桜井はいらだちを隠せなくなっている。


「ただのビルだと思う」俺は答える。「でも歪んでいる」


 そのテナントビルは、闇の中で陽炎のようにゆらめいている。階のところどころに、人のものではない明かりが灯されるのが見える。ありふれた小さなビルだったのに、今は強大な妖術の嵐に襲われた廃墟だ。

 誰も寄りつけない魔窟……。窓を数えると四階建てで一階は不動産屋みたいだ。

 妖術に覆われたしょぼくれたビルが決着の地とは。人間もどきと四神くずれにはもってこいだ。

 思玲もビルを見あげる。


「おそらく、この鏡のごとき揺らぎは、はるか昔に龍を封じた結界。今の世では楊偉天だけが使える代物だ」

 俺達に目を向ける。

「忌むべき世界に属するものが踏みこめば、奴を倒さぬ限り二度とでられぬ。……人除けの術も充満している。こっちは師傅によるものだな。我々以外は、人でないものしかここにいられぬ」


「カカッ、今さらどうでもよくね?」ドーンが笑う。


 まったくだ。俺達は閉じこめられてきた。そこから抜けでるために、箱の中の箱に入るだけだ。

 子犬が臆することなく妖術の陽炎に飛びこんでいく。俺も揺らめきへと入る。


ヒヒヒ


 老人の笑い声が聞こえた。……警告などではない。ただのあざけりだ。


「ほんとだ。でられない」


 振り向くと、横根が内側から陽炎をノックしていた。外の世界が揺らめいて逃げ水のように見える。


「師傅はどこだ?」俺は川田に尋ねる。


「師傅ならてっぺんだな。屋内ではない」


「楊偉天どもも天上だろう。我が師傅と戦うとき、奴らは逃れるべき空を必要とする」

 思玲が俺を追い越す。


 また屋上か。そこから曙光を見るのだろうか。それまでに終わるのだろうか。


「これが術の気配かよ。俺にすら分かるぜ」

 ドーンがうそぶく。

「それよか、閉じこめられた人がいたらどうすんだよ。ブラックな会社なら土日も寝泊まりしてるかも」


「いないな」手負いの獣が断言する。「ネズミすらいない。……死臭もない」


「いたとして救うまでだ」

 思玲が扇をひろげる。円状になった七葉扇に術を乗せて、狭いエントランスをあおぐ。淡緑の光は開いたままの入り口に飛びこみ消える。

 彼女が振り向く。

「気休めにもならぬな。階段を行くか。裏にでもあるだろ」


 異形の俺達には非常階段も似つかわしいようだ。ただ、この規模のビルにあるとも思えないが。

 思玲と子犬は気おくれせず、ビルの横へと向かう。数台分の駐車場は網目のフェンスで道と仕切られ、営業車が一台停まるだけだ。

 ……道路がゆがんで見える。ここすらも、まわりの世界から分断されている。見あげると高い空は揺らいでいない。師傅から逃れるべき空か。


「俺が見てくる」


 俺の視線を深読みしたのか、ドーンが思玲の肩から飛びたつ。「やめろ」と思玲が怒鳴る。


――思玲。まずは挨拶が常識だ


 どこからか声がした。


――こちらに来なさい


 護符が発動した。同時に背中を引っぱられる。後ろにいた横根の悲鳴が、またたく間に遠ざかっていく。前にいた思玲と川田も、俺の背後へ吸われていく。

 強烈な力に護符が抗う。俺自身も必死にこらえる。俺だけは飛ばされない。


「噂どおりに強いお札だ。我が術を脱ぎ去りし若者よ」

 上空からの声。

「護符と忿怒を授かりし物の怪というべきか。面白い存在ではあるが、儂でもさすがに使いこなせない」

 声の主は近づいている。


『あの声がする……。気配がないのに』

 人である桜井が俺へとしがみつく。

『あのジジイだよ』


 俺は振り返る。老人がぴたりと張りついていた。





次回「老祖師」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 台湾島は私の故郷です! この作品がこの地に関わることができて嬉しいです [気になる点] 伝統的なもの、特に魔法の武器はとても身近に感じます [一言] 台鑑賞に値する作品!
2024/02/09 00:40 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ