三十四の一 座敷わらしとやさぐれ猫
フサフサは表通りに向かわない。民家の裏庭を歩き、商店と商店の隙間を抜け、塀を越えて駐車場の車の下を進む。フェンスをくぐり、犬小屋の真横を小走りで駆け抜ける。
俺は野良猫を追いかける。
「さっきのは哲人のイエかい?」フサフサに聞かれる。
「狼……じゃなくて子犬が人間だったときの部屋。俺もよくいるけど」
「ふん。あの柴犬の縄張りか。そういや白猫はどうしている?」
「人に戻ったよ。さっきいた女の子」
「ふん。おめでたいね。化けカラスはどうなったかい?」
フサフサは色々と聞いてくる。塀から路地へ飛び降りる。
「……消えたよ」
「天罰だね。ざまを見な。あんたらと一緒にいたメガネ女は、本当に嫌な奴だね。昨夜の別れ際の顔を見たかい?」
ひっきりなしに質問してくる。本気で探しているのか?
「ミカヅキなんて知らないよね?」
質問がだらだらと続く。ふいに気配をまるだしにして、ずけずけと歩きだす。
「カラスだろ? 昼にも早朝にもあったよ。おまじないをかけられた」
俺は返事をしながらあたりを見る。路地の奥の奥だ。こんなところに師傅がいるのか?
「へえ。あいつにも見えることがあるのかい。……なんのノリトウだい?」
「人に戻れるらしい」
もしかしてノリトウでなく祝詞か? その手の話は、人のときから興味ないから分かりはしない。
「フサフサ、邪魔させてもらっているよ」
ふいに声がした。路地の塀に雌猫が座っている。くたびれた風貌から察するに、こいつも野良猫だろう。
「ミミツブレじゃないかい。妙なところで会うね。ネズミでも探しているのかい?」
フサフサが嫌味たらしく見上げる。しかし、ろくでもない呼び名だ。
「ここでかい? 面白い冗談だ。……あんた、憑りつかれていないか?」
「後ろにいる奴か? ペットみたいなものだから、かまわないでおくれ。ところでハラペコを見かけたかい? あいつも、ちょくちょく私の縄張りに入りこんでいるらしいからね。いくら痛めつけても懲りずにね」
「遠回しに脅さないでおくれよ。ここいらでネズミを獲るわけじゃないから、目をつりあげないでおくれ」
ミミツブレって猫が塀の向こうに飛び降りる。フサフサの縄張りで出くわしたからか、緊張を隠すのに必死だった。
「ふん。毎晩のように間抜けがやってくる。縄張りが広いのも考えものだね」
フサフサが来た道を戻りだす。
「ハラペコってのも野良猫かよ」
「いつまでもチビのまんまの黒猫さ。名前とおりのしょうもない奴だけど、私ぐらい感が強そうだね。余計にびくびくしてやがる」
夕方に図書館前にいた奴かな。……俺に呼ばれたのかな。
「ところでカラスの話など、あまり信じないことだね。哲人が人間だったときは、どういう人間だったのだい?」
また始まった。それでも野良猫の気分を損ねないように、
「ありふれた学生。おたがい見かけていたかもね」
律儀に答える……。思いだした!
「ミカヅキには、俺が本来の人間に見えていた。なぜだか分かる?」
質問を受けて、野良猫が不調法に俺をながめる。
「知るはずないけどね」
フサフサが前を向く。「あの生意気な鳥は導きのカラスだから、縁起のよい話なら行きつく先がたまに見えるらしいね。よかったじゃないかい。あんたはお墨付きだ」
内々定みたいに言われても、実感がまったくわかない。一緒にいたドーンはハシボソガラスにしか見えなかったし。
「やけにたいそうな人間を探していたのだね」
フサフサは立ちどまっていた。駆けだして、また立ちどまる。ひげがかすかに上下する。
「見つけたよ」
「……マジ?」さすがに緊張が走る。
「エキマエの向こう側だね。ここからは哲人が先にいきな」
フサフサにうながされて、細い路地から駅前通りにでる。電線に沿って進む。
「このでかい道を進みな。そっちじゃない。反対側だ」
背後のどこかからフサフサが指図され、駅方面へと向かう……師傅は駅ビルからほとんど移動してないのか?
「その人は怪我しているか?」
「分かるはずないだろ」
フサフサの声が真下からして、ビクッとする。野良猫は歩道に姿を現していた。
「それよか、早々に嫌な感じまで寄ってきたよ。土着のお札をだして、そばに来ておくれ」
聞きたくないセリフだ。
「ツチカベと一緒にいた女か?」
「それっぽいね」
……あいつは黒い光をだせない。俺を消す手段はない、はずだ。おそらくだけど。
奪還の機会だと受けとめよう。俺は道へと降りる。野良猫と並んで進む。
次回「レッドリスト」




