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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1-tune
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二の二 蒼光

「わっ、びっくりした」


 桜井が目をさらに大きくする。でかい犬が彼女の脇にいた。暑さにやられたのか目がうつろだ。


「ずっといたの? かわいいね」

 彼女は俺にも笑みをかけ、犬の頭をなでる。


 俺の目には、獰猛な黒い狼みたいだ。むかし親戚の家で飼っていたシベリアンハスキーを思いだすが(よぼよぼの老犬だった)、そいつよりずっと大きくて野性的だ。首輪がないことに気づく。


「気をつけたほうがいいよ。その犬は」

「なにそれ!」


 桜井はさらに満面の笑みで脇の椅子を見つめる。俺と彼女のあいだのデッキチェアに、白い猫が怯えたようにうずくまっていた。


「めっちゃヤバいし」


 彼女は犬の頭ごしに手をのばし、その猫もやさしくさする。野良犬かもしれない大型犬に無防備で、見ていてハラハラする。

 ふいに俺の顔を見つめる。


「私達、なにか忘れてるよね?」

「えっ? ……お土産まだだよね」


 夏休みに学校まで来た用事を思いだす。それでも彼女は見つめてくるので、俺は気弱にも目をそらす。

 白猫と目があった。毛なみは手入れされているから飼い猫だろう。震えて見ひらいた目が子猫みたいでかわいい。

 しかし、せっかく桜井とテーブルを挟んでいるのに、なんだか不穏な空気に包まれている。カラスの一団が鳴きながら旋回しているせいだ。足もとでもガーガーと鳴いていやがる……。

 うわ! カラスが俺を見上げて訴えるように騒いでいた。羽根でも折れて飛べないのか。だから上空で仲間が心配しているのか。しかしカラスはそばで見るとでかいな。


「クローズ、ザ、ボックス! ハリー!」


 片言英語の怒鳴り声に、背骨が垂直になるほどに驚かされる。長髪で眼鏡のお姉さんが俺達をにらんでいた。

 長身できれいな人だ。日ざしの下で仁王立ちしている。大学院の留学生かな……。桜井と一緒だから、余計なことは考えないようにしないと。

 テーブルの箱を閉めろと怒鳴ったのだろう。金属製の箱の中で黄色い布に包まれて、やけに大きな透明のビー玉が三個と、青色の玉がひとつ輝いていた。俺達が開けたんだっけ?

 まあいいや。木札をポケットに突っこんで、命ぜられたままにふたを閉める。


「イン、ザ、ウッド、ケース」


 海外の人は押しが強いな。単語の羅列で意思が伝わる。青錆びた箱を木の箱にしまう。


「あの人のだったんだ。きれいな玉が入っていたね」


 桜井はそう言いながら、テーブルのウチワに手を伸ばす。うずくまる犬は俺をにらんでいた。


バウオホ!


 松本? 妙な鳴き声をあげて向かってきた。とっさに身がまえるが、その必要もなく犬はつんのめる。また前脚をあげて尻尾を振りながら俺へとかかってくる。また転ぶ。

 白猫が椅子の中でさらに縮まる。地べたのカラスがガガッと悲鳴のように騒ぐ。邪魔者だらけだ。


 *


 お姉さんまでテーブルに来た。チェックのシャツとジーンズ姿で、小ぶりなショルダーを肩にかけている。桜井をにらむように見つめる。

 桜井は気おくれすることもなく、ウチワをあおぎながらハローと挨拶する。すぐに興味をなくして、「なにか忘れているんだよな」とまた言う。

 お姉さんは肩をすくめて白猫に目を向ける。無言でやさしくさする。ころんで顎から落ちた犬が牙をむきだす。お姉さんはその頭もさする。ついで彼女は空を見上げる。カラス達をにらみつける。

 留学生をとやかく言うのは避けたいけど、なんだか風変わりな人だ。俺の足もとのカラスにも気づく。侮蔑の面持ちのなかに憐憫の眼差しが浮かんだような。

 カラスが俺の足もとに隠れる。お姉さんはようやく俺に目を向ける。


「ゲット、アウト」


 指を校内の歩道に向ける。……用事がすんだら退出しろだと? さすがに頭にきた。


「私達はくつろいでいるのに、あなたはなにを言うのですか?」

 彼女の十倍はまともな英語で返してやった(第2外国語の中国語は、この人の英語以下だから使わない)。

「この騒ぎはあなたが起こしたのですか? どういう理由をお持ちですか?」


 受験レベル英会話に、お姉さんはぎょっとした顔になる。さらに畳みかけてやろうと思ったが、気になったことをゆっくりと質問する。


「この犬や猫はあなたのペットですか? あなたは中国からの留学生ですか?」

「ペット? チャイナ?」


 その単語は聞きとれたようだ。彼女は猫へと目を落とし、ノーペットとつぶやく。俺に目を向けなおし、

「ノー、チャイニーズ。アイ、アム、タイワニーズ」 

 語気を強めてにらみやがる。


「台湾人?」

 桜井が声をあげる。

「やっぱ大事なこと忘れてる。あのカラス達が知っているよね?」

 立ちあがり空を指さす。


 カラスはさらに増えていた。まわりにいた学生達も気味悪がって、ちらほらと立ち去っている。台湾人のお姉さんも上空をちらりと見上げる。手をかざして太陽の方角をまじまじ見る。

 舌を打ち振り返る。


「ユー、アー、タイムアウト」


 俺へと指をさしやがる。

 この女はバッグからなにか取りだす。白色の扇子? 広げるとお香が漂う。俺達を囲むように駆け足で舞いだす。桜井がぽかんと観る。……これは京劇の舞踊かな。優美でしなやかでスピーディだ。この状況下で見とれてしまう。

 彼女はテーブルを一周して扇子をたたむ。短い時間の舞いなのに息がやけに荒い。ふと日常から隔離された気分になる。ガラスごしに世界を見ているようだ。

 お姉さんは手で額の汗をぬぐい、文句のひとつも言いたげな顔を俺に向ける。手の中の木札が、ずしりと存在感を増す。ポケットに入れたのに、無意識につまみだしていた。


ブワサ


 羽音のように風が抜けていった。桜井の前髪が揺れる。お姉さんが青ざめる。

 上空ではカラスの数が異常だ。カーカーアーアーと鳴きわめいている。学生からの不安げな声も聞こえる。厄災が寄ってきそうで、撮影するのもはばかれる光景だ。

 また突風がくる。鋭くてぬるい風。黒犬が小さく吠える。お姉さんが顔をかばうようにしゃがむ。さらに風が突きぬける。

 お姉さんは再び扇子をひろげる。剣舞のようなパフォーマンスを始める。胸もとで赤いペンダントが揺れるのが見えた。


「夕立前の風かな。駅カフェに移動しない?」


 不安が渦巻く俺は、天候を理由に立ちあがる。足もとのカラスがわめきながら羽根を押しつける。どれもこれも薄気味悪い。


「ううん、行かないよ」

 桜井は悲しげな笑みを向けていた。

「忘れていたこと、やっぱりカラスが教えてくれた。瑞希ちゃんと川田君と和戸君。松本君も思いだせた?」


 聞き覚えのない名前を列挙する。ゼミ関係だろうか。俺は首を横に振る。


「私のせいで、みんなどこか行っちゃったと思う」


 彼女は箱を手もとに寄せる。

 せわしく剣舞をくりひろげるお姉さんが、桜井を横目で見る。切迫した顔で中国語を叫ぶ。

 桜井は木の箱を開ける。俺が閉まった青錆びた箱をまた取りだす。


不行プーシン!」とお姉さんが凍りつく。ストップと付け足すが、桜井は聞いていない。


「みんなに謝りたいのに無理っぽいね」


 滅茶苦茶にかわいくて切ない笑みを俺にだけ向ける。その箱も開ける。青色の玉が輝いている。木札が手の中で燃えはじめる。


 熱さなど感じていられるか! 桜井と見つめあう今だけが存在している。


「ストップ、ハー! アイ、キャンノット、タッチ、ザ、ボックス!」


 お姉さんの叫びなど耳に入れない。




その娘をとめろ。私は箱に近寄れないから、貴様に頼むのだ




 ……こ、声を脳みそに打ちこまれた。

 我にかえる。カラス達が四方から笑い声みたいにわめいている。木札が熱い。なにかが起きている。

 俺はパニックになりかけている。カラスの半分ほどが地上に降りて俺達を遠巻きに囲むのを見て、声をだして逃げたくなる。何十羽いるのだろう。奴らの視線は俺達だけに向けられている。

 お姉さんの眼鏡が落ちた。彼女は自分の頭をはらう。

 頭上から嵐のような突風。お姉さんがよろめき、ショルダーが肩から落ちる。シャツの背中が汗でびしょ濡れだ。


 俺はお姉さんにかまわず、桜井を見る。彼女は観念したように玉へと手を伸ばしていた。

 桜井はなにかに憑りつかれた。いつだかそう感じたはずだ。桜井がどこかに連れていかれる!

 俺は手を伸ばし、彼女の手をはらいのけようとする。反対の手で木札を握りしめたままで。また突風が近づく。


 桜井が青い玉に触れた瞬間、俺の手が重なる。強烈なコバルト色があふれだし、俺は吹っ飛ばされる。





次章「1.5-tune」

次回「セカンドコンタクト」

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